第86話 机の下で蹴りあうのは好きではないのですが……
私たちは侍女に案内され、宰相の執務室に招かれた。
「ヴァンニ宰相、ジーナ・ネビオロ様、イラリア・クローチェ様が参りました」
「ああ」
侍女は扉を開けると中に入るように促す。
「どうも、神々しさと妖艶さが隠し切れない美女が入室します」
「師匠、自分で言ってて恥ずかしくないんですか? それに、神々しさもなければ、妖艶さもない。ついでに言うなら、どんな容姿でもカバーできないレベルの残念な人間性だと思います」
「今のは暴言に該当しますよ?」
「初めまして、ネビオロ殿。教祖が若いと聞いていたが、これほど若くてかわいらしい方とは驚きだ」
驚異のスルー能力を持つこの人がヴァンニ宰相、やり手の政治家だと聞いていたが、見た目は優しそうなおじいさん。
カーショさんもそうだが、帝国には見た目と中身のギャップが激しい人間しかいないのか?
「ありがとうございます、ヴァンニ宰相」
「こちらの少女は?」
「私の一番弟子です」
「さらに若いとは驚きだ。この歳で一番弟子と言う事はさぞかし優秀なことなのでしょうな。ぜひとも、帝国に力を貸してほしいものですな」
こちらを持ち上げてきた。
発する言葉すべてに裏がありそうで面倒だ。
一応こちらも持ち上げておこう。
「いえいえ、閣下の素晴らしい手腕に比べれば、我々などお粗末そのものですよ」
「いやいや、わしはこの世界に長くいるもんですから、多少こちらでの振る舞い方に知識があるだけですよ」
「私は若輩者ですから羨ましい限りです」
「立話も何ですから、どうぞお掛けになってください」
「ありがとうございます」
私は腰掛に座る。
イラリアは場の雰囲気に飲み込まれているようだったが、私が座ると慌てて座った。
「入国の許可が遅れてしまい申し訳ない。まだ、帝都に来て間もないと聞きましたが……」
「いえ、閣下のお計らいのおかげで快適に過ごしております」
実は密入国直後に教団本部から帝国政府に入国の許可をもらうための交渉を行った。
役人に多少の金を握らせるとすぐに宰相の耳にまで届き、ひとまずの滞在の許可が下りた。
断られると思っていたから密入国したのに、こんなことなら待てばよかったと、その時は後悔したが、今思えば、いろいろと準備ができたので、帝都入りが早くできたのは良かったのかもしれない。
とは言え、密入国がばれないように、私とイラリアの影武者を用意して、帝都入りをさせるのにかかった経費を考えれば、あまり喜べない。
「して、此度は布教の許可をお願いとのことだが……」
「ええ、神のお告げがありまして、この素晴らしき国に我らの教えを広めるべしと」
「ネビオロ殿はご存じかどうかは知らないが、帝国は基本的に外国の人間を受け入れない。それを分かった上でのお願いと言う事でよろしいのかな?」
こいつ、賄賂の額を増やすための口実を言ってきやがった。
「ええ、我々もその点は危惧しておりました。しかし、聞くところによれば、帝国の財政は厳しいものがあるとか? 我々ならば、微力ながらもお助けできると思いますよ? それに、我々の活動は帝国にとって利があるはずです」
「というと?」
「私たちの信者では様々な場所での交易を行っています。その商人たちに私が掛け合えば、帝国の経済事情は今よりも良くなると思われます」
「帝国の人民を金で売れと?」
「いえいえ、そんなことは申しておりません。しかし、何事をするにも金は要り様ですからね。それに、私たちならば、閣下の理想の実現をお手伝いできるかもしれません。閣下に置かれましては太陽と月にお困りだとか。我々はこの二つよりも帝国を遍く照らすことができると確信しております。どうでしょうか? 私たちの活動をお許し頂けないでしょうか?」
「……、まずは帝国にどの程度貢献できるかを見定めねば、なりますまい。話はそこからです」
「それはそうですね。お伝えするのを忘れておりましたが、配下の者に閣下へのお土産をご用意しています。どうぞお納めください」
「それはありがたい。私としても可能な限り応援したいが、許可に関しては陛下のお許しが必要です。やれるだけの事はやってみますが、それ以上のことは何とも言えないのが心苦しい」
「閣下のお力添えがあれば、心強いですね。良いご返事を待つばかりです。閣下のお時間をこれ以上使うわけには参りませんので、これにて。イラリア、帰りますよ」
「客人がお帰りだ」
私が立ち上がると、イラリアは慌てて立ち上がった。
「では、色よいお返事をお待ちしております」
「できる限りの手は尽くさせて頂くつもりです」
侍女が扉を開ける。
「どうぞこちらに」
「では失礼します」
私が宰相に会釈するとイラリアもつられて頭を下げた。
そのまま、侍女に出口まで案内してもらい馬車で仮押さえしている教団の帝国支部に帰った。




