莉々 六
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恭子さんは矢野家という、見鬼の能力で有名なお家の跡取り娘だったんだ。見鬼というのは、妖を見ることが出来る能力の事だよ。腕のいい退治屋には必須の能力さ。
恭子さんは箱の中のお姫様のように育てられる予定だったけれど、そういうのは本人の気質に合わなくてね。幼い頃から家を抜け出して遊んでいるような人だった。
大人になってからもその性格は変わらず、矢野家が興した仕事を選ばずに、個人で妖怪退治屋をやっていくことにしたんだ。
個人でやるといっても限界があって、仕事の依頼に失敗した恭子さんは『個人祓い屋労働組合』という組合に参加することにしたんだ。『個人祓い屋労働組合』は仕事を斡旋してくれたり、一人じゃ対応できない妖を数人で退治出来るよう助っ人の手配してくれたりする組織だ。
そして、恭子さんはそこで昌と……君のお父さんと出会った。
出会った当初こそ二人は反発しあってたけれど、それも後から思えば良い思い出だよ。一緒に仕事をこなすうちに二人の距離は縮まり、やがて恋人同士になった。
傍から見ててもお似合いの二人だった。
何も問題ないと思われていた二人だけれど、矢野家に結婚の意志を伝えに行ったときに障壁が現れた。矢野家は二人の結婚に反対したんだ。
理由は昌にあった。矢野家は昌の体質を危険視したんだ。
昌は特殊な体質だった。そう、莉々ちゃん、君と同じようにね。その体質は条々家に代々遺伝するものだ。
条々家の人間の肉体は妖を惹きつける。手足や臓器、髪の毛、血液。涙や爪さえ妖は欲しがった。
肉体自体に特別な力があるわけじゃない。大抵の妖は強い術者の血肉を欲しがるが、それは術者の血肉に霊力が宿っているからだ。けれど、条々家の人々は術者としての能力値は極めて平凡なものだった。妖から身を守るだけで精一杯さ。
なぜ妖たちが条々家の人々に惹かれるのかはわかっていないんだ。今まで何人もの人が解明しようとしたが何も突き止められなかった。
妖を惹きつける条々家の体質は矢野家にとって危険因子でしかなかった。
なぜなら、矢野家は長年の間、婚姻相手に才能のある人間を選ぶことによって優秀な術者を産み出せるようにコントロールしてきたからだ。何が原因かもわからない能力を持つ血をいれてしまったら、子孫の能力がコントロール出来なくなってしまう。
だから矢野家は恭子さんと昌の結婚に反対したんだ。
もちろん、恭子さんは黙って従って昌と別れるような性格じゃない。恭子さんはそれまでの積もり積もった不満もあって実家と縁を切り、昌と二人で暮らし始めた。
それから数年経ち、恭子さんは赤子を身ごもった。君のことだよ、莉々ちゃん。
恭子さんは君を身ごもってから妖に狙われることが多くなった。それで、お腹の中の子も条々家の体質を受け継いでいるとわかったんだ。
恭子さんはいずれ生まれてくる赤ちゃんのことをとても心配した。お腹にいる間は恭子さんが文字通り一体となって守ってあげられるけれど、外に出たら無防備だ。身を護る術をもたないうちに妖に殺されてしまうと思ったんだ。恭子さんは最悪の事態を避けるために、持ちうる限りの知識と力でお腹の子に守護の呪いをかけた。
ただ、その守護の呪いの詳細は私は知らない。恭子さんは具体的なことは誰にも話してくれなかった。きっと、自分が莉々ちゃんに直接話そうとしていたんだと思う。秘密を共有する人が少ないほど守りは固くなるからね。
私が教えてもらったのは、それが莉々ちゃんを妖から『隠す』物であること、それが莉々ちゃんが大人になったら解ける物であること。これだけだ。
二人は君を術者として育てるつもりだった。自分自身で妖から身を守れるようにね。守護の呪いのおかげで大人になるまでの間は危険も少ない。ゆっくり君を訓練していけると思っていたんだ。
けれど、そういうわけにもいかなくなった。
二人が結婚した頃から、世間では災厄レベルの妖――当時は単に魔物と呼ばれていた――が猛威を振るっていた。大きな妖が力をつけると周辺の妖力が高まり、妖に居心地のいい場が出来上がってしまうんだ。それによって小さな妖も蔓延ってしまう。
そんな状態だから、条々の血を引く昌と、彼の子を身ごもっていた恭子さんは今まで以上に危険にさらされていた。
そこで恭子さんは身を隠した。誰も入って来られないように特別な結界を張った場所で、君を生む準備をしながら日々を過ごすことにしたんだ。
昌の方は、それまで以上に妖退治に勤しんだ。寝食すら忘れる勢いだったよ。けれども、世間の状況は悪くなる一方で、とうとう妖の世界『隠』だけでなく、人間の世界『現』にまで影響が及ぶようになった。
とうとう魔物を倒すためにたくさんの術者たちが集められて大討伐が行われた。昌もその討伐作戦に参加した一人だ。
たくさんの犠牲を払い、ようやく魔物を封じ込めることが出来た。
昌はその討伐で命を落とした。身体はすべて妖に食べられてしまって骨も残らなかった。
昌は死ぬ直前、使役していた妖に恭子さんへの伝言を託した。その妖が鶴原だ。
魔物の討伐が行われている間、恭子さんは命を懸けて出産に臨んでいた。人間の病院では妖から身を守れないとわかっていたので、産婆を呼び隠れ家で産んだ。
私もその場にいて手伝ったよ。そうして君が産まれた。平均的な新生児と比べると少し小柄だったけれど、健康的な赤ちゃんだった。
唯一の懸念は、お産で恭子さんの体力がとても消耗してしまったことだった。
君が産まれた数日後、鶴原が昌の伝言と訃報を伝えにやって来た。
昌の死は恭子さんに大きなダメージを負わせた。産後の体調不良と心的疲労が重なり、恭子さんは医者の手当も虚しくこの世を去ってしまった。
死の間際、恭子さんは私と鶴原に『莉々のことを頼む』と言った。
こうして両親を失った産まれたばかりの君は、私たちに託された……。
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