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怪解異意  作者: メジロ
10/10

蛇虫電鉄1

● 蛇虫電鉄


マンションを出た莉々は、堺に手を引かれ日の当たらない薄暗い場所を歩いていた。建物の影から影へ移動する。周りの街並みが、まるで雑誌に張り合わされた風景写真のようにつぎはぎになっていた。


ブロック塀の欠けた隙間や足元のひと際暗い影から小さな手が生えている。光る羽虫が目の前を横切って視界の邪魔をする。莉々は濡れた地面を這って近づく蔦に気をつけながら歩いた。


たんまりと肥えた芋虫が道をふさいでいる。芋虫、だと思う。軽自動車くらいはある大きさだけれど。てらてらした粘液がまばらに生えた毛の隙間からにじみ出ている。莉々は目の焦点を合わせたことを後悔した。ひどく気分が悪い。堺が莉々を抱き上げて軽々とその芋虫を飛び越えた。


飛び越えた先で莉々は地面に降ろされる。脚が地面に触れた時、背後でブシュっと何かが飛び出る音が聞こえた。堺が大きな袖で莉々を覆う。堺を振り仰ぐと彼は顔をしかめて背後を見ていた。

莉々も恐る恐る振り返り袖の向こうを見ると、巨大な芋虫が割れて内から蛾のようなものが這い出てくるところだった。脚はなぜだか人間の指のような形をしていた。翅は濡れたままでまだ飛べない。不格好に大きい頭部には蛾にあるはずのない牙が生えていて、ガチガチと音を立てていた。その口は莉々を狙っていた。


堺は無言で莉々の肩を押して歩を進めた。二人は再び手を繋いで影から影を渡り歩く。


太陽の当たっている場所には何もないのかというとそうではなかった。

切絵の向こう側、真夏の都会の景色にはヤモリのような形をした毛の塊がビルの壁を這い上っていたり、やけに首の長い猫が歩道を歩く何人もの人間の背後を付け回していたりした。


交差点の中央では、枝分かれする道路それぞれを見つめる多面の人をかたどった像が浮かんでいた。像の人々には皮膚がなく、むき出しの筋肉に金属の破片が突き刺さっていた。手を祈りの形に組んでいる面もあるば、血だらけの杭を持っている面もある。居眠りをしている面、上下に並んで掴み合い噛みつき争っている面たちもある。どの面の目玉もぎょろぎょろと眼下の道路を、そしてそこを行き交う人間や自動車の動きを辿っている。

その下、揺らぐ道路の陽炎だと思っていたものが、よく見たらコンクリートの上で踊り狂う火のついた小人たちだった。


そうして不思議な光景の中を二十分ほど歩き続けた後、莉々の目がレンガが印象的な建物を捉えた。堺と一緒に影から出て日の当たる場所に足を置く。不思議な形をした物、妖の姿はぐんと数を減らした。


莉々は首を傾げた。ここには幾度か来たことがある。莉々の家から電車で乗り継いで一時間足らずの場所だ。


「ここは……東京駅?」

「そうだ」


二人が到着したのは東京駅丸の内駅前広場である。申し訳なさ程度の街路樹とぽつんと建つアガペーの像、 タクシーやらバスの乗り場があった。


莉々は堺の風変りな格好を見て、それから周りの人を見た。誰も堺のことを気にしていない。都会には奇天烈な格好をしている人がたくさんいることを知っているが、さすがに堺は度を越していると莉々は思う。


「どうして騒ぎにならないの? 誰もわたしたちのことが見えてないみたい」

「気付かれないようにまじないを掛けている」


堺は荷物を持つ莉々の手を引いて駅へと歩いた。影を歩いていた時よりも堺の歩幅は莉々よりかなり大きく、莉々は小走りでついていく。

すれ違う人々は二人を避けるように歩く。莉々はまるで自分が透明人間になったように思った。


「電車に乗るの?」

「あぁ」

「何線? どこまで?」

「お前が使ったことのない路線で俺の家の最寄りまで行く」


二人は丸の内南口から中に入った。改札を無視してひたすら通路を歩き、やがて新幹線の乗り換え口の辺りで速度を緩めた。

堺が、店舗横の関係者しか入ってはいけなさそうな扉を開けて入ろうとするので莉々は慌てた。


「だ、大丈夫なの? これ駅員さんとかしか入っちゃだめなところじゃない?」

「扉をよく見ろ」


莉々は扉をよく見た。よくある『関係者以外立ち入り禁止』という文字が印字されている、と思ったら、文字がぐにゃぐにゃと形を変えて『行口札改 鉄電虫蛇』に変わってしまった。


「文字が書き変わっちゃった……」


堺は扉を開けながら言った。


「見れる者にしか見えない扉だ。大きな都市の駅には大抵この扉がある。新幹線が通っていればその乗り場の近くにあることが多い。覚えておけ」

「てつでんむしへびって線路の名前? 聞いたことない」

「これは右読みだ。蛇虫電鉄だちゅうでんてつという鉄道会社だ。この会社は現に線路を引いていない」

「へぇ、妖怪の世界にも鉄道会社があるんだ」


堺に続いて莉々は扉を抜けた。抜けた先はまたもや通路だった。けれどもこの通路にはただの人間はいないようだ。

着物を着ていればまだ普通の方で、平安時代の衣装を思わせる格好の人や、スーツに甲冑を合わせている人がいた。堺の格好が不自然にならないくらいのトンチキ具合だ。むしろ莉々の方が異質だと感じられる。


「人間ばっかりだね」

「ほう、わかるか?」

「うん。もしかして、わかると変?」

「そうだな、普通はわからない。特に、変化に優れている妖は見鬼の目も誤魔化す。お前の目はよほどいいようだな。ここはまだ現が近いから人間の方が多い。だが隠との重なりが強まれば妖も増える。通ってきた影の中のようにな」


莉々は影の中で見た妖たちを思い出して身震いした。あんな道はもう歩きたいくない。

そういえば、と莉々は堺に質問した。


「影から影まで歩いたでしょう? どうしてマンションからあなたのお家まで歩いて行かないの? 歩けないほどすごく遠いの?」

「出来なくも無いが、あれは足跡が着くんだ。妖や術者に追跡されてしまう。その点、この蛇虫電鉄は追っ手を撒ける」

「……追跡って、誰かついて来てるの?」

「いや、今はついてきている者はいない。だが今後、お前を探す者がいないとも限らないからな。念のためだ」


一体、誰が何のために莉々を探すのだろうか。莉々は堺に問いを重ねようとしたが、通路の壁からぬるりと現れた妖に気付いて口を閉じた。


その妖は美しい人間に見えた。とろけるような長いブラウンヘアーに囲まれた人間離れした造形の美しい顔はきらびやかなアイメイクと鮮やかなリップが印象的だった。肩と胸元が開いたコケティッシュな服を身に着けていて、足元は莉々にはとても履きこなせない高さのヒールパンプスだ。

けれども莉々が注目したのは美貌ではなく、その服装に似合わない、頭に付いた獣の耳や胸元のふさふさの獣毛だった。腰からは尻尾も生えている。


(コスプレ、じゃないよね)


その妖は流し目で莉々のことを見てきた。その顔が美人な女性から獣の顔にくるくると変わる。鼻っ面の長い犬のような顔だ。口の端から涎を垂らして舌なめずりをしている。

莉々は怯えて堺の服の裾を掴んだ。


「ね、ねぇ、あそこのひと、こっち見てくるよ」

「無視しろ。害はない」


堺は莉々の視線の先をちらりと見てそう言った。莉々は犬頭にバチっとウィンクをされてとっさに目をそらした。それからは前しか見なかったので、その後の犬頭がどうなったのかはわからなかった。また美しい女性の顔に戻ったのだろうか。


しばらくすると通路は人間の世界の駅と変わらないほどの混み具合になった。


「もうすぐ改札だ」


堺の言った通り、改札が近くなるにつれて妖が増えた。重なり、というものが強まっているのだろう。一体どこからその重なりが強くなって妖たちが合流したのか、莉々にはさっぱり解らなかった。


数メートルも歩かないうちに、莉々はいくつもの視線が自分をチクチクと指しているように感じた。居心地悪く、少しでも視線から逃れようと堺にくっついて歩く。堺は莉々の肩に腕を回して隠してやった。


二人は改札に着く。

改札前まではJRの地下鉄と変わらない造りなのに、改札から後ろは異世界のように何もかもが違った。


床は土になっていて、奥行きのある通りの両脇に小店がずらりと立ち並んでいる。小店は木造で二階三階と上に伸びていて、天井までひしめくように見えた。天井だけは莉々にもなじみ深い、電灯が付いた駅の白い天井でミスマッチだ。

木製の手すりや、壁から飛び出た杭など、所々に赤い提灯がぶら下げられている。

店には何が売られているのだろう。


堺は改札前の販売窓口で切符を二枚買った。腰に下げた巾着から小銭を出して販売窓口の駅員に支払う。ICカードも電子マネーもここでは通用しないのだ。

二枚ある切符の内、一枚を莉々に渡す。切符は普通のものより二倍くらい長かった。堺はお手本の方に先に改札を通った。


改札機は、普通なら切符を入れるところに入れ歯がくっついていた。堺がその入れ歯に切符を噛ませると、入れ歯がガチンっと閉じて切符に穴をあけた。開いた入れ歯から切符を引き抜いて、堺は改札の向こう側に進む。

莉々もすぐに続いた。指を噛まれないように出来るだけ切符の端っこを持った。切符の長さは指を噛まれないようにするために思えた。


改札を抜けた二人は通りに足を踏み入れた。莉々は物珍しさにきょろきょろとあちこちに視線を走らせる。


小店が何を売っていたかというと、服や雑貨、食品など多岐にわたった。

服は洋服が多かった。形は人間が着るものと同じだけれど、見たこともない材質で出来ており不思議な感じがした。サイズも明らかに様子がおかしく、莉々の手のひらほどのワンピースやら、身長を大きく超えるようなTシャツなど様々だ。

食品はお弁当がよく目についた。食品サンプルを見て、妖も人間も食べるものはあまり変わらないようだと思ったところで、駅弁当の箱から何か黄色と青色のでろでろとしたものが溢れているのを発見した。やっぱり食べるものは大きく違うようだ。


さながら、駅なかのショッピングモールといったところか。莉々は自分が置かれている状況も忘れて夢中で通りを観察していたが、堺は歩みが遅くなる少女を急かした。

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