失恋になろうとも
淡い恋心だった。はにかむ表情に見惚れて、細かな気遣いに優しさを見て、話してみれば抜けているところがあって意外で、内緒だよと耳まで真っ赤にしているのが可愛らしい。
仕事上、彼女の姿を見る機会が多かった。私は騎士で、彼女はメイド。共に姫の専属で、長い時間をかけてほのかな気持ちが育っていた。
「好きです」
プラチナの柔らかな髪が穏やかな風によって頬に触れ、姫は細やかな指でそっとよける。
伏せていた目蓋がゆっくりと持ち上がり、滲んだ瞳が私を見上げる。あまりに小さな身に対して、私は背が高すぎた。
「ずっと好きだったのです。あなたは気付いていなかったでしょうが……」
日の眩しさからか、目を眇めている。目尻に雫が溜まるが、拭うには今の私の気持ちからして不誠実だった。
何もできないまま、姫は立ち去る。
「ああ、なんてことだろう」
私は姫に忠誠を誓った身だ。気持ちに応えられなかったことに、恥をかかせてしまったことに後悔した。
私が犠牲となったとしても、姫を守り切るつもりだった。だが、何という様だろうか。私自身が傷付けてしまうことになろうとは、思いもよらなかった。
塞ぎこんで、その夜は眠れることはなかった。クマが隠しきれていない私だったが、姫は私の顔を見ることもなく政務に励む。常ならば軽やかな会話が弾むのだが沈黙が占めて、必要な言葉以外は音にもしない。
メイドの彼女は私に何かあったのですかと問うが、私の口からは何も言えない。彼女は心配の念が募っていた。他者の目から見ても分かるぐらいに姫が耐え忍んでいる事実に、私は早急にどうにかしなければと焦る。
二日目の夜もどうせ眠れないだろうから、とある店を尋ねることにした。
フードを目深にかぶり、これをと小瓶を指す。店主の婆は下卑た笑みをするが、はいよと言うだけだ。
「私が至らぬから駄目なのだ。私は、私の恋心を捨てる。そして、新たな恋心を手に入れる」
小瓶の中は液体だ。舌に絡む、とろける甘さに眩暈を感じながら、喉に下す。身を焦がすような熱にうなされながら、夜は明けていた。
気絶していたようで、寝不足は多少改善されている。逸る気持ちを抑えながら、私は彼女の元に向かった。以前とは段違いの恋心で、姫、と自分でも思いもよらないような甘い声が出た。
「お返事がまだでしたね」
片膝をついて、姫の手の甲に口付ける。そのまま衝動のままに指先にもして、私は顔を上げる。姫は顔を蒼白にさせていた。
「……なんで?」
「これが私の気持ちです。好きです。愛しています。これで、私たちは想いが通じ合いましたね」
「う、嘘よ。だって、貴方はあの子が好きなはずなの。私、報われないって分かっていたわ。それでも諦めきれないから、終わりにするために告白したの」
なのに、なんで。姫は泣いているように見えた。今度こそ私はハンカチを手に拭おうとする。だが、錯覚だったようだ。想像以上に冷えた頬が微かに触れる。
「あなたに強いるつもりはなかったの。私は身勝手だったけれど、許されない身勝手さまでは望んでなんかなかった」
私のことなどいいのですと言いたかったが、なぜだか躊躇われた。よく分からない感覚を持て余しながら、その震える体を抱きしめて安心させたいと強く思う。
私の力で折れてしまいそうな体だった。壊れ物を扱うかのようにして両腕で包み込み、ほうと息を吐く。
甘い香りに頭がくらくらとする。身じろぎもしない姫のことが気になって一瞥すれば、愁眉に対して頬は僅かに吊り上がっていた。
――失恋になろうとも、いいのです。
――失恋になろうとも、諦めきれなかったの。