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第5話 稲田優姫

 ぬらりひょんが俺たちにちょっかいを出してきた日の夜。

 俺は高校の校舎内に設置されている自販機の前に来ていた。

 今は特訓が休憩で、その間に水を買おうと思ったからだ。


「はぁ〜、今日の特訓もキツ過ぎ……」


 ガシャコン、という音が鳴り、自販機から水が入ってペットボトルが落ちてきた。

 俺は自販機から水を取り出し、キャップを捻って水を口にした。

 冷たい液体が喉を通っていく感覚が分かる。これがいいんだよなぁ。


「ぷはぁっ……」


 一気に半分以上も飲んでしまった。念のためにもう一本買っておこうと思い、再び自販機に小銭を投入した時、


「あ、人柄(とつか)


「お、優姫(ゆうき)か」


 優姫がやってきた。手には小さな財布が握られている。どうやら彼女も飲み物を買いに来たらしい。


「奢ってやるよ。どれがいい?」


「え、いいの? うーんと、どーれにしよっかな〜」


 彼女は自販機のボタンを指でなぞった。


「ん〜、これ!」


 彼女は少し悩んだ末に俺と同じ水を選び、ピッ、とボタンを押した。

 ガコンっという音が鳴り、水の入ったペットボトルが落ちてきた。


「ありがと、人柄(とつか)!」


「ああ……それでよかったのか?」


「うん! ジュースも飲みたかったけど、夜の10時に甘いのはマズイかなーって思って」


 彼女はパキッ、とキャップを開け、水を口にした。

 そうだ……せっかく2人きりなんだし、気になってたことを訊いてみるか。


「なぁ優姫。なんでさっき、あんなに怒ってたんだ?」


 俺がそう訊くと、優姫はゴホ、ゴホとむせてしまった。


「あ、悪い……大丈夫か?」


「う、うん……大丈夫」


 小さい笑みを俺に見せた後、優姫は顔を俯かせた。

 窓から差し込んだ月明かりが、彼女を優しく照らす。

 その姿は妖艶で、俺はつい見惚れてしまった。


「私と佑助が幼馴染ってことは、前に話したよね」


 彼女の声で、俺はハッと正気に戻った。


「あ、ああ。聞いたよ」


 だよね、と優姫は再び小さく笑う。水の入ったペットボトルを持ったまま、彼女は体の後ろで手を組んだ。


「昔ね、人柄(とつか)と出会うずっと前。私と佑助と、いつも一緒に遊んでいた子が死んじゃったんだ」


「……なんで?」


「……自殺」


 俺は驚いて、目を見開く。


「その子の自宅でね。首を吊ってた。まだ小学生だった私たちには、かなり強烈だったな」


 友達が亡くなったのか。そりゃあかなりキツい……って、ちょっと待て。今、なんて言った? 強烈だった?


「きょ、強烈だったって……見たのか……? その子の……」


 その先を言うのは気が引けたので、言わなかった。それに、言わずとも彼女には伝わったようだ。

 俺から目線を逸らした優姫は小さく頷いた。


「うん。その子の家に遊びに行く約束をしててね。家のチャイムを何回押しても出ないから、家の庭に回り込んで家の中の様子を見たの。そしたら、リビングで……」


 それはたしかに強烈だ。もちろん、死体を見たこともあるが、何よりも『友達が』目の前で死んでいたことが。


 ……言葉が出てこない。長年コミュ症だった自分を恨んだ。


「でもね、1番辛かったのがその子の死んだ動悸」


「動悸……?」


「うん。その子はね、親からの暴力に耐えかねて死んじゃったの」


 家庭内暴力……DVか。死ぬほど辛かったってことは、よっぽどのものだったんだろうな。


「私がそれを知ったのが、その子のお葬式の時」


「え……それじゃあ……」


 彼女は困ったような笑顔で頷いた。


「うん。何にも話してくれてなかったんだ。でもね、それは仕方なかったんだよ」


「仕方ないって……」


「その子は親に黙って遊んでいたから、暴力を受けてたんだって」


 ……誰だよ。そんなこと、優姫(こんないいこ)に言った奴。


 そんなことしたら、優姫は……!


 ポロリ、と光り輝くものがこぼれ落ち、地面に当たってパチン、と弾け散った。


「……私のせいで……その子は……死んじゃったんだ……! 私が、遊ぼって毎日誘ってたから……!!」


 ほら。絶対にこうなるに決まってる。

 彼女は泣き出した。苦しそうに嗚咽を混じえて。


 情けない。

 

 何も声を掛けてやれない自分が、とても情けない。

 過去(むかし)の俺も、現在(いま)の俺も、どちらも呪った。


「……ごめんね。こんな話しちゃって」


 優姫は目元の水滴を指で拭っていた。

 こんな時にとても口にはできないが、その姿もとても綺麗だった。


「いや……そんな、優姫が謝ることじゃない」


 俺はなんとか言葉を発したが、こんな言葉では彼女の沈んだ気持ちがどうにもならないことも分かっていた。

 何か……何かないか……? 優姫を、またいつもの明るい笑顔に戻せるような言葉が……。


「さっ、戻ろっか。だいぶ休憩しちゃったし、そろそろ戻んないと」


 赤く目を腫らした優姫が困ったような笑顔で言った。

 彼女はクルリと俺から背を向け、自販機の前から去ろうとする。


「……あ、あのさ!」


 頭にはいい言葉など何も思いついていなかったのに、自然と声が出た。


 そうしないとって思ったからだ。


「俺……今の話聞いて、優姫のことも佑助のことも全然知らないなって思った……もちろん師匠のことも」


 優姫はこちらを顔だけ振り向かせた。


「だから……もっと知りたいと思った。俺の……大事な友達だから。大事な人たちのことだから」


 俺は足を一歩踏み出す。彼女に訴えかけるように。


「だから……俺は絶対死なねぇよ。優姫のことを……優姫の全部を知るまでは」


 優姫はキョトンとした顔で俺の方を見ていた。しかし、クスッと言ったかと思ったら、アハハハ、と笑い出した。


「な……なんで笑うんだよ……?」


「だって……だから、だからって言い過ぎてて……! ワザとかって思うくらい言っててさ……!」


 アハハハ、と遂には腹を抱え出した。

 くっそ……悔しいけど、語彙力が絶望的なのは事実だしなぁ……。

 俺が悔しそうな顔をしていると、優姫が歩み寄ってきた。


「なーんて、冗談だよ、じょーだんっ」


「……冗談とは思えないほど笑ってたけど」


「あぁ、知らなかった? 私、女優だから」


「そういう冗談はすぐに分かるんだけどな」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。どっちが先に笑い出したかは分からない。けど、お互い笑ってる相手に釣られてずっと笑い続けた。


「アハハ……はぁー……あー、おっかしぃ」


「ハハ……ったく……なんで笑うんだよ……」


人柄(とつか)が笑うから釣られたんじゃんか……!」


 彼女は再び瞳に溜まっていた涙を指でそっと拭う。


「さっきの、さ。約束してよ?」


「さっきのって?」


 俺が訊き返すと、彼女は人差し指同士をチョンチョンと触れさせて、照れ臭そうにした。


「だから……その……わ、私の全部を知るまで死なないっていう……」


「……わーったよ。約束する」


 俺はさっき言ったことを思い出して恥ずかしくなり、頭をポリポリと掻きながらぶっきらぼうに答えた。


「ほ、ホント……だよね?」


「……何回も言わせないでくれ。約束するって」


 彼女は目を少し輝かせて訊いてきた。

 あーもう……めちゃくちゃ恥ずい……黒歴史になりそう……。


人柄(とつか)、目ぇ閉じて」


 突然、優姫が囁くような声で言ってきた。


「え? なんだよ……」


 俺は彼女に言われた通り、目を瞑る。


「これでいいか……?」


「うん、動かないでね」


 いったい何を……。












 チュ。












「……!!」


 俺は驚いて目を見開き、バババッと5歩ほど後ろに退がった。

 目の前では優姫が顔を必死そうに俯かせている。


「……あ、ありがとう!!」


「あ、おい……!」


 彼女は顔を両手で覆い、俺の前から一目さんに逃げていった。

 その時の彼女の顔が真っ赤に染まっていたことを、俺は見逃さなかった。


「ん……」


 俺は口元を触る。


「……案外、柔らかいもんなんだな……」


 思わず呟いた。それを聞いて、また顔を赤くする。


「っ……! あーもう! 優姫のせいで頭ごちゃごちゃだ……!」


 髪を掻きむしり、なんとか恥ずかしさを取り除こうとするも、それはできそうになかった。

 のぼせたように熱くなった頭を冷やそうと、ペットボトルの水をグビグビと飲む。


「ぷはぁっ……」


「お、こんなとこにいた」


 その時、佑助が俺の所までやってきた。


人柄(とつか)、お前どんだけ休んでるんだよ。師匠怒ってるぞ」


 呆れたような目をした彼は、片手を腰に当てた。


「あぁ、悪い……っていうか、なんで佑助がここに?」


人柄(とつか)を呼んでこいって師匠に言われたんだよ。んで、探しにいく途中に優姫に会ったからお前の場所を聞いたんだ」


「な、な〜る……あの……優姫はどんな様子だっ……た……?」


「あん? 優姫? 別にいつも通りだったけど?」


 ええええええええええええええええ


 マジか……佑助が鈍いだけなのか? それともさっきのが演技……いや、そんなことはない……はず。だって優姫(むこう)からしてきたもん。


 俺は顔をブンブンと横に振り、先程のことを頭から離れさせる。

 とにかく、今は特訓に集中だ!

 そう思って気合を入れた俺は佑助と共に、師匠と優姫のいる校庭へ向かった。


 この時の俺は、考える(よし)もなかったんだ。


 この3日後、優姫がいなくなるなんて。

お読みいただき、ありがとうございます。

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