第4話 ぬらりひょん
この小説は僕が別で連載している小説「クロレキシ」の番外編の4話です。
本編もぜひご一読ください!
季節は移り変わり、夏。
俺たちが師匠と出会ってから4ヶ月近くが経過していた。
その日も俺たちは高校のグラウンドに集まり、師匠による特訓を受けていた。
どうやら、俺たちそれぞれに固有術式というものが目覚めたらしい。
「固有術式は、各々の身体に刻まれている妖術のこと。まぁ、ゲームのユニークスキルや特性みたいなもんだね。固有術式は後から覚えた妖術よりも妖気の消費が格段に少ないから、できるなら後から覚えた妖術よりも固有術式を優先して強くした方がいい」
それが、妖気と関わりを持ってから、1ヶ月くらい経った時に師匠から受けた固有術式に対する説明だった。
佑助の固有術式は、“加護”。なんでも、どんなものからでも守るバリアみたいなものを生成できるんだと。しかも、そのバリアの大きさは人1人分。すごいよなぁ。
今はそのバリアの大きさをさらに大きくするための特訓をしてる。
優姫の固有術式は、“超強化”。自分以外の者にバフみたいなものをかけることができるらしい。
“超強化”をかけられた者はパワーと妖力が増す。つまり、攻撃力が格段に上がるって訳だ。すげぇ。
そんな2人に比べて俺は……
「さぁ、撃ってこい人柄ー」
いつものように、俺は妖気を体内で練り上げ、師匠に向かって剣を構える。
そして、放つ瞬間が1番大事。
少し力加減を間違えると、違う妖術が出てしまう。だからここは、気持ち強めに剣に妖気を込めて……
「五つ首目」
そう唱え、剣先から電撃を放った。
電撃は閃光を放ちながら師匠に迫る。
「ほいっとな」
しかし、師匠は腕を払い、その電撃を軽々と弾き返した。
「……くっそ」
「うん、前より威力が上がってるね。なかなかいい調子じゃん」
師匠は俺に歩み寄ってきて、そう言った。
俺の固有術式は、まぁそのままで“八岐大蛇”という。8つの妖術を扱える術式なんだけど……俺はまだ妖気のコントロールがうまくできないから8つ全ての妖術を扱えるワケじゃない。
俺は今、8つ中6つの妖術を扱えるようになっていた。
もっとも、最近扱えるようになった今の電撃ともう一つの術は、お粗末な威力だが……
「……まだまだこれからですよ。もっかい頼めます?」
「望むところさ。どんどん撃っておいで」
師匠はニッと笑い、また俺から少し離れた位置につく。
「じゃ、いきますよ!」
俺がそう言って、妖術を繰り出そうとした時だった。
「待て、人柄!」
師匠が手で俺を制止した。
「佑助! 優姫! こっちに来い! 早く!!」
師匠に呼ばれた2人は、急いでこちらに向かってきた。
俺は師匠のいつもと違う様子に戸惑っていた。
いったいどうしたっていうんだよ……?
「来るぞ」
「師匠、いったい何が……」
俺はそこまで言って、声を出せなくなってしまった。
なんで? と訊かれたらこう即答する。
恐怖で。
夜の校庭の入り口側からとてつもない妖気を放ちながら、1人の老人が現れた。
「やーぁ、十握剣に選ばれし者。はじめまして」
目の前に現れた和服を着た老人は、ゆったりとした口調で話し、俺に向かって一礼した。
ハゲてて目つきが悪く、後頭部が異様にデカい。なんだ……コイツ……!?
「なんだ? もう剣を狙いに来たのか? ぬらりひょん」
師匠が老人に向かって憎々しげに言った。
老人がふっふっと笑う。
「いやぁ、まだその時ではないですよ」
ぬらりひょん……!? その名前なら俺でも知ってる。ゲームとかアニメでよく目にする、妖怪の親玉じゃないか……!!
「ふふ、実際はそんなものではありません。ただの、一般妖怪ですよ」
背筋がゾクリとした。
俺の考えていることを読み取ったのか!?
「おい、俺の弟子の心を読むの、やめてもらおうか」
「ふっふっ。これは失礼。つい癖でして」
ぬらりひょんはニコリと笑う。
昔の、妖気を感じ取れない頃の俺なら、ぬらりひょんのことを「変なジイさん」で済ませていたかもしれない。
でも、今は違う。感じ取れるのだ。
ぬらりひょんの……とんでもない妖気量を……!!
「し、師匠……あの、おじいさんは……?」
優姫がなんとか絞り出したような声で師匠に尋ねた。
「アイツは妖怪ぬらりひょん。十握剣を狙ってる一味の親玉だよ」
なるほど……この威圧感、さすが親玉ってところだな。
「な、なぁ人柄。あのジイさんの妖気量……なんだよ……!? どんだけ強いんだ……!?」
佑助が額に汗を滲ませながら俺に言ってきた。
その汗がこの夏の夜の蒸し暑さのせいでないことは一目で理解できた。
「……分からない。でも、今の俺たちじゃ、到底敵わないことは分かる」
その時、ぬらりひょんがふっふっと笑った。
「安心なされ。今日はただ一度、見ておきたかっただけですよ。剣に選ばれし者をね」
「……冷やかしか?」
俺はなぜかぬらりひょんに話しかけてしまっていた。
奴の鋭い眼光が俺を貫く。
「冷やかしなどではありませんよ。あなた方の準備が整っていないように、私もまだ準備が整っていませんからね」
そう言うと、ぬらりひょんはクルリと背を向け、去っていこうとする。
「逃がすかよ!!」
佑助がバッと飛び出した。
「やめろ! 佑助!!」
「佑助! ダメッ!!」
俺と優姫がそう呼びかけたが、もう遅かった。
「おおおおおお!!」
佑助はぬらりひょんに向けて拳を振りかぶる。
キィィィン……!
金属音が響いた。
「……さすがですね、黒神」
ぬらりひょんがニヤリと笑いながら、そう言った。
一瞬ことで、何が起きたのか分からなかった。
だが今の光景を見る限り、ぬらりひょんが佑助に斬りかかろうとしたのを、師匠が目にも見えない速度で阻止したのだろう。
師匠もぬらりひょんも、どこからか取り出した刀をジリジリと押しあっていた。
一度距離をおき、2人は再び刀をキィン、キィンと交える。
しかしその速度はまさに目に見えぬ速さだった。
刀をぶつけ合った時に生まれる火花と音だけが俺たちの目と耳に届いていた。
2人は少しの間剣を交えていたが、ぬらりひょんがバックステップで師匠と距離をおいた。
「そう怒らないでください。これは正当防衛ですよ? その少年から殴りかかってきたのですから」
ぬらりひょんが佑助をギロリと睨みつけた。
佑助がビクッとする。
「いささか過剰な気がするんだが」
「いやぁ……そんなことはありませんよ……」
師匠とぬらりひょんは睨み合いながら、そう言葉を交わす。
「では、今度こそ私はこれで。ああ、そうだ」
ぬらりひょんは一礼した後、何かを思い出したような顔をし、俺の方を見た。
「剣に選ばれし者、八神人柄……次は戦場でお会いしましょう」
そう言うと、クルリと背を向け、今度こそ俺たちの前から去っていった。
ぬらりひょんの姿が完全に見えなくなり、佑助がその場にヘナヘナと座り込んだ。
「はぁぁ〜……」
「佑助……よくぬらりひょんを殴ろうと思えたね」
師匠が佑助に笑いかけた。
「いや……だってなんか腹立ったし……それに、アイツ悪い奴なんっスよね? だったらもう、ここで倒そうと思って……」
コイツ……俺の話を聞いてなかったのか?
俺は佑助の頭を後ろからポカっと殴った。
「痛えな! 何すんだ人柄!?」
佑助は俺に殴られたところを押さえながら、俺の方を振り返る。
「俺はさっきアイツには敵わないって言っただろ? なに飛び出して攻撃仕掛けようとしたんだ馬鹿」
俺がそう言うと、今度は優姫が佑助を殴った。頭をグーでなく、左頬をパーで。
パチィン!
うわー、いい音。絶対痛いわ。
「な、なんで優姫まで殴んだよ!? 泣くぞ!? 泣いちゃうぞ俺!?」
佑助は右手で頭を押さえながら左手で叩かれた頬を押さえている。
どんなポーズだ、それ。
「泣きたいのはこっちよ!!」
優姫が突然、声を荒げた。
俺と佑助、師匠までもがビクッとした。
優姫は、涙を目に浮かべていた。
「もう……ホントに……! 本当にビックリしたんだからね!!」
佑助に向かってそう言った後、キッ、と俺の方も睨む。
「え……俺なんかした?」
「したよ! なんであんな煽るようなこと言ったの!?」
そういえば、「冷やかしか?」なんて言ったな。たしかにあの時、ぬらりひょんイラついてたかも。めっちゃ睨んでたし。
「あの時私がどれだけ心配したか分かってるの!? 人柄が殺されちゃうんじゃないかと思ったんだよ!?」
むー、と涙目でほっぺを膨らましている。
「謝って」
「「へ?」」
「謝って!」
優姫が地面を指さして言った。
俺と佑助は顔を見合わせた後、優姫に向かって90度のお辞儀をした。
「「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」」
「……よろしい。もうこんなことしないように」
まだ彼女の顔は不満げだが、どうやら俺たちは許されたらしい。
でも、優姫はなんでそんなに怒ったんだ……?
お読みいただき、ありがとうございます。