第1話 八神人柄
この物語は僕が別で投稿している小説、「クロレキシ」の番外編の第1話です。
母さんが死んだ。
病気だった。
俺が病院に駆けつけた時にはもう遅かった。
母と最後に交わした言葉は、また来るから、だった。
「……来てねーじゃねぇか……!」
俺は母の亡骸の前で泣き崩れた。
傍には母の両親や親戚、俺の父さんと父さんの両親がいたが、そんなの気にならなかった。
明るい性格で誰にでも優しく、笑顔を振りまく。俺はそんな母が大好きだった。
それから6年間、今までずっと抜け殻のように生きてきた。
心にポッカリと穴が空いたような、そんな空虚感が常にあった。
友達だった奴らも、暗くなった俺からどんどん離れていった。
いつのまにか、学校では1人になっていた。
中学の頃はいじめにあっていたが、そんなの全く気にならなかった。
母さんがいないと、俺は何も感じない。全部がどーでも良かった。
「ねぇ、キミの名前、なんていうの?」
高校2年生になって、初めて声をかけてくれたのは彼女だった。
新学期が始まった4月。早速クラスに馴染めず、いつものように教室の隅っこでボーッとしていた時だった。
「俺は……八神人柄」
「トツカ? どんな字なの?」
俺は机の中から鉛筆といらないプリントを取り出し、プリントの裏に「八神人柄」と書いて彼女に見せた。
「こう書くんだ」
「へぇー! 人柄って書いて人柄って読むんだー!」
これで用が済み、彼女は自分から離れていく、と思ったが、全然離れていく様子がない。それどころか、クラスメイトの男子生徒を1人、呼び出した。
「佑助、こっちこっち」
彼女は手招きをして、その男子生徒を来させた。
「何だよ、優姫」
彼女は俺がさっき自分の名前を書いたプリントを男子生徒に見せた。
「問題! これはこの子の名前ですが、何と読むでしょう?」
そのプリントを見た男子生徒は腕組みをし、難しい顔で考え始めた。
「え? うーん……やがみ……ひとがら?」
「ぶぶー! 違いまーす! 人柄って書いて、とつか、って読むんでーす!」
彼女は楽しそうに男子生徒に正解を発表した。
「マジ? これでとつかって読むのか……間違えてごめんな」
男子生徒は俺の方に向かって手を合わせた。謝罪のつもりだろうか。
「別に構わない。むしろ読める方が驚く」
俺はぶっきらぼうに言った。久しぶりに人に囲まれて疲れたからだ。
「そうか! そりゃそうだよな! だって、名前にすげぇ意味込められてそうだもんな!」
男子生徒がニカッと笑いかけてきた。
「別に大した意味なんてない。どーせ、良い人柄の人間になってほしいって理由で付けたんだろ」
俺は机に頬杖をついた。早く1人にしてほしかった。
「うーん、そうかなぁ?」
女子生徒が首をかしげた。
「私はそうじゃないと思う。もっと深ーい意味があると思うんだ」
「それって、どんな?」
俺は思わず、彼女に訊いていた。無意識だった。
「分かんない!」
彼女はニッコリと笑いながら、そう言い切った。
期待して損した。
「分かんないのかよ! どんな意味なのか、ちょっと期待したじゃねーか」
男子生徒の言ったことに同意する。心の中で激しく頷いた。
「でも、なんとなくすごく深い理由があると思うんだよねー」
その後、結局放課後まで彼らと付き合った。
男子生徒の名前が天神佑助。
女子生徒の名前が稲田優姫というらしい。
2人は幼馴染で、小学校、中学校、高校の10年間、ずっと同じクラスだそうだ。
「そりゃすごいな……」
「でしょー? 私たち、もしかして運命で結ばれてるのかしら……なんてね」
「しょーもねぇこと言ってないで、とっとと人柄の家、行こうぜ」
俺は学校で話しているうちに2人と少し打ち解けていた。
2人は俺と帰り道が同じだったので、俺の家に行きたい、と言ってきた。
渋々、了承した。
俺の家は住宅街にあるごく普通の一軒家だ。
「珍しいもんなんて何もないぞ?」
「別にそんなの期待してないよ。ただ、人柄がどんな家に住んでるのかなーって、ちょっと気になっただけ」
「そうそう。まぁ俺はぶっちゃけ、ちょっと期待してたけど」
「ちょっと佑助!」
ハハハ、と俺は小さく笑う。人前で笑ったのは本当に久しぶりだった。
その時、俺はあることを思い出した。
「あ、そういえば……」
「お、なんだ? 何か珍しい物があるのを思い出したのか?」
「そんなわけないでしょ」
優姫はそう言って佑助のことを肘で小突く。
「いや、実は佑助の言う通りなんだ」
「「え!?」」
佑助だけでなく優姫も目を輝かせた。優姫も本当はそういう物があることを期待していたようだ。
「家の庭に物置があるんだけど、そこに何か置いてあったような……」
「「見たい見たい!!」」
2人は目をキラキラとさせたまま、顔をズイッとこちらへ近づけてきた。
「わ、分かった分かった。家に着いたら見せるから」
「「やったー!」」
2人はイェーイ、とハイタッチをする。
やれやれ、と思っていたら俺の家の前に着いた。
「ここが俺ん家。とりあえず、中に荷物を置いてくれ」
俺は家の鍵を使い、扉を開けた。
「「お邪魔しまーす!」」
シーン……
2人の声が家中に響き渡った。
「ねぇ人柄、ご家族は?」
「兄弟姉妹はいないし、父さんは仕事で夜まで帰ってこない。母さんは……俺がガキの頃に死んだ。」
俺がそう言うと、優姫が申し訳なさそうな顔をした。
「そうだったんだ……ごめんね」
「知らなかったんだから仕方ないさ。それに、母さんがいなくなってから6年も経ってる。気にしなくていい」
俺がそう言うと、その場の空気がますます気まずくなった。
気を遣ってくれてるのだろうか。
「ほら、物置を見に行くんだろ。荷物ここに置いて」
俺は玄関の靴箱の側の床を軽く叩いて、2人に荷物を置くよう促した。
「あ、ああ、そうだったな。よし、じゃあ早速案内してくれ!」
「おう」
俺は2人を、家の庭にある物置の前に連れてきた。物置は小さな小屋のようで、100人乗っても大丈夫なくらい頑丈だ。
「じゃ、開けるぞ」
俺はそう言い、物置の扉の取ってをグッと握り、横にスライドさせようとした。
「ふっ……ぐっ……!!」
しかし、扉はビクともしない。長年手入れをしてなかったせいで、扉が錆びついているようだ。
「っはぁ! はぁ……はぁ……くそ、開かない」
「なら、3人で開けよーぜ」
俺の後ろに立っていた佑助がそう言ってきた。力こぶを作って、気合を入れている。
「ああ。そうしよう」
俺たちは顔を見合って頷きあい、3人とも扉に手をかける。
「いくぞ? せーのっ!」
俺の掛け声と同時に、3人で指先に力を込める。
グ……ググ……
「お! ちょっと、開いてきたんじゃねぇか!?」
俺の後ろから佑助が言った。
「ああ、もう少し……!」
ググ、グググ……
「ま、まだぁ!? もう指が限界〜!」
「あと、ちょっとだから……!」
俺が優姫を励ました、その時だった。
バァァンッ!!
「「「うわぁっ!!」」」
扉が勢いよく開き、大きな音が鳴った。
俺たちは芝生の上にドサッと倒れた。
「あ、開いたよ!」
上半身を起こした体勢で優姫が物置を指さして言った。
「よっしゃあ、やったな!」
佑助がそう言うと、2人はイェーイとハイタッチをした。
「ほら、人柄も!」
「あ、ああ……」
俺は佑助に促され、2人とハイタッチをした。パチンという音と共に、手のひらにジンジンとした弱い痛みを感じた。
「さてさて〜、んで、物置には何があるんだ?」
「んー……分からない。でも、珍しい物を置いてあるって、母さんが死ぬ前に言ってたような気がするんだ」
俺は物置に入り、中を物色する。2人も俺に続いて、中に入ってきた。
「うわっ、暗いなぁ。で、出ないよね?」
優姫が少し怯えた様子で俺に訊いてきた。
「優姫はお化けが怖いんだってよ。阿呆らしいだろ?」
佑助が少しからかうような口調で説明してくれた。
「なっ、阿呆らしいって何よー!」
優姫が地団駄を踏んだ。
「なら、これでいいだろ?」
物置の中がパッと明るくなった。
俺がスマホのライトをつけたのだ。
「なるほど! 人柄、頭いい!」
優姫はそう言うと俺の真似をして自身のスマホのライトをつけた。
物置の中がめちゃくちゃ明るくなった。
「うわっ、結構物があるな……」
佑助が物置の奥を見て言った。俺もライトをつけるまでは気付かなかったが、物置にはかなり多くの物が置いてあった。
「なんか、その曰く付きの物とかありそうだな」
佑助がダンボールの中をガサガサ漁りながら言った。
「ちょっと! 怖いこと言わないでよぉ!」
優姫が佑助の言ったことに半べそをかいた時、俺はある物を見つけた。
それを恐る恐る手に取る。
「なんだ……これ」
それはボロボロの包帯のようなものでグルグル巻きにされていた棒のようなものだった。
包帯の切れ目と思われる部分に怪しげなお札が貼ってある。
「なんだなんだ?」
「何か見つけたの?」
と、2人が俺に寄ってきた。
「うわ、何それ……!?」
「うおぉ、なんかすげぇ……!!」
2人が俺が手に持っている物を見て言った。
「さぁ……でも、曰く付きなのは間違いなさそうだな」
いぶかしいお札が、コレは曰く付きである、と語っている。
「なぁ、その札外してみようぜ」
突然、後ろから佑助がニヤニヤしながら提案してきた。
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! 絶対ダメだって!」
優姫が佑助に語調を強めて言った。この棒のような物を本当に怖がっているらしい。
「何言ってんだよ! こういうのは外すと何か凄い力が手に入るみたいな、そういう伝説の……」
「そんなわけないでしょ!? ただ呪われるだけだよ! ねぇ、人柄も佑助を止めて!」
優姫が札を外そうとしている佑助を必死に止めている。
俺もこの札を外すのは、なんとなくダメな気がする。だから俺も佑助を止めることにした。
「佑助、俺もやめといた方がいいと思う。なんか嫌な予感がするし……」
「えー? なんだよ人柄まで。ビビってんのか?」
「び、ビビってるワケじゃないけど……」
「じゃあ、大丈夫だって……」
「あーーー!!?」
優姫が突然、大声を出した。物置の中だったので、その声は痛いくらい耳に響いてきた。
「な、なんだよ!? 急に大声出して!?」
「お、お札が……!!」
優姫が声を震わせながら、俺の持っているモノを指さした。
「札がどうかし……」
「札がなんだって……」
「「あぁーーー!!?」」
俺は思わず、声をあげてしまった。
なんと、札がいつのまにか剥がれ落ちてしまっていたのだ。
俺は慌ててその札を拾い、包帯に貼りなおそうとする。
「あ、あれ? 貼れない……」
ペタ、ペタ、と何度貼ってもその札はハラリと落ちてしまう。先ほどはいったいどうやって貼り付いていたのか。
「あーもう、しゃあねぇ! その包帯みたいなのも外しちまえ!」
佑助はそう言って、棒に巻きついていた包帯みたいなボロボロの白い布を外していった。
「ちょ、ちょっと! 危ないよ! 呪われちゃうよ!?」
優姫が泣きそうな声で佑助を止める。
「もう札が剥がれてんだ、今更包帯があろうとなかろうと……関係ないだろっ!」
佑助は棒に巻きついていた白い布を外し終わり、バッと捨てた。
「って……コレは……!」
「剣みたい、だな……」
俺が持っていた物は棒ではなく、剣のような形をしていた。ファンタジーでよく見る西洋風の剣ではなくて、日本史の教科書に載っていそうな古風な剣だ。
今のその剣からは怪しいというより、妖しい雰囲気が醸し出されている。
その時、剣がパァァと輝き出した。
「お、おい、なんか光り出したぞ!?」
「何が起きるの!?」
「わ、分かんない……!」
俺は、思わず目を瞑る。その光は一度俺たちを包み込んだ後、スゥ、と消えた。
「な、なんだったんだ……?」
「何も……ないよね……?」
「ああ……」
俺たちは自身の身体や、物置中を見回す。
どうやら2人とも、俺と同じで特に異変は感じられないみたいだ。
「今のはいったい……」
なんだったんだ、と言おうとした時、
ゾクッ……
悪寒がした後、物置の外から得体の知れない気配を感じた。
どうやら2人も気配を感じたらしい。顔が青くなっているのが分かる。
「で、出てみるか……?」
佑助が物置の外を指さして言った。
「い、嫌よ! 何がいるか分かんないもん! お、お化けだったらどうするの!?」
「お化けなら、まだいい方だと思うけど……」
俺たちはそんなことを言い合いつつ、少しだけ扉を開け、外の様子を確かめた。
「っ!!」
「なっ!!」
「ヒィッ!!」
俺たちはその場で尻もちをついた。
俺たちが外の様子を覗いていた扉の隙間。その隙間を物置の外からも覗いている者がいたのだ。
その者には、目玉が数え切れないほど付いており、その目玉をギョロギョロと動かしていた。
「な、なんだよ!? あの化け物!!」
「何あれ、何あれ!? 何あれぇ!!?」
2人は身を縮こませ、ガタガタと震えている。
そんな2人に追い討ちをかけるように、怪物が物置を揺らしてきた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「ぐっ……!」
しかし、俺はなぜか冷静だった。
「アイツ……この剣で倒せないかな……」
俺はずっと握っていた剣を見る。
「な、何言ってんだ人柄!? やめろ!」
「そうだよ! 危ないって!」
2人が俺にそう言ってくれた。
「……優しいな。お前らは」
優しい2人を守りたかった。いつも1人でいた俺に話しかけてくれて、俺を見下さないで、同等の存在として見てくれた。
そんな2人を。
俺は剣を握ったまま立ち上がり、物置の扉に手をかける。
「人柄! よせって!!」
「お願い人柄!! やめて!!」
2人はさっきよりも大きな声で俺に向かって呼びかけた。
そんな2人と、俺はーー
「もし、アイツを倒したらさ」
俺は2人に笑顔を向けて、こう言った。
「俺と、友達になってくれないか?」
そして、俺は扉を開け、怪物がいる庭に飛び出した。
お読みいただき、ありがとうございます。