ギルド登録(しない)
翌日、俺はわりと機嫌良く目が覚めた。
便所の隣の部屋と比べると天国のような寝心地だったんだ。
さらには朝食までごちそうになって、俺と小林は茶屋を出ることにした。
「世話になっちゃってすいませんでした。助かりました」
「いや、いいってことよ。しっかし、おかしいなぁうちのかかあ、晩には戻ってくるはずだったのに、戻ってこなかったな。出先でなんかあったか?」
店主が首をかしげる。
あかん。
それたぶん俺のせいだ。
店主は50前後に見えるが、その奥さんは年下なのだろう。
俺がここに居続ける限り、この店主の奥さんは51才になるまで店に帰ってこれないぞ。
「な、なんでしょうね……ハハハ。じゃ、じゃあ、これで……」
と足を踏み出そうとしたところで気がついた。
どこに行くか決まっていない。
「あの、なんか働けそうな所ないですか?」
「ん? 昨日その話をうちの親父に聞いたんじゃなかったのか? 結局、ただの無駄話に付き合わされただけかい。んー、そうだな。じゃあ、とりあえずギルドにでもいってみな」
「ギルド!?」
前の村では小林はギルドなんてないと言ていたが、なんとこの街にはあるらしい。
「あそこならいろいろ仕事は転がってるだろう。まぁ、なかなかいいのはないだろうが、とりあえず日銭を稼ぐならいいと思うな」
「あ、ありがとうございます!」
「そうします」
俺と小林は頭を下げて、教えてもらったギルドに向かって歩き始めた。
「ってか、なんだよ昨日のじいさんの話は。全くもって役に立たなかった」
「まぁ、傾聴ボランティアってやつじゃないか」
「俺たちの方がボランティアで助けてほしいくらいだ」
「泊めてもらったんだからいいだろ。お前が団子を食いまくるから、宿屋に泊まれるかヒヤヒヤしてたんだ。今日稼がないと多分野宿だぞ」
「それは御免被りたいわ……」
わりとすぐにギルドについた。
冒険者が集まるような立派な建物を想像していたが、なにかの派出所とでも言えばいいのか、かなり小さな建物だった。
入り口をくぐると、椅子がいくつか並んでいて、その前に受付があった。
テンプレでは受付にいるのは美少女か色気むんむんのお姉さんと相場が決まっているが、そこにいた受付はおばあちゃんだった。
「なぁ、受付嬢ってもっとロマンがあるもんないっけ」
「し! 聞こえるだろ」
小林に突っ込まれながら受付に近づく。
椅子が並んでいると言ったが、そこには誰も座っていない。
テンプレ作品ではギルドは冒険者のたまり場になっている物だが、このギルドは非常に閑散としている。
たしかに、この場所にはおばあちゃんがふさわしいかもしれない。
こんなわびしい場所に色気ムンムンのお姉さんが居たら、それはそれで痛々しい。
「あのー、すいません、仕事したいんですけど……」
「はいはい。あんらぁ、見掛けない顔ね。初めてかしら」
受付おばあちゃんが目をしばたかせながら、俺たちの顔をのぞき込んだ。
「えっと、他の街から出稼ぎに……なんかいい仕事ないですかね」
「あらあら、普通のお仕事は口入れ屋さんに行った方がいいわよ。ここは危ない仕事とか日雇いの仕事ばかりだから。ええっとねぇ、そこからみて赤色の建物があるでしょ。あそこの角に入って右を見ると途中で折れた柱があるから、その柱の横の小さな建物が口入れ屋さん」
「いや、こっちでいいんで。この連れとか、前の街では魔物を倒してたんで」
と、小林を指さす。
カメでも魔物は魔物だ。
「あらあら。元気ねぇ。そうねぇ、どんなのがいいかしら。んー……」
おばあちゃんが紙をつかんで近づけたり離したりしている。
眼鏡とか普及していない世界なので、目が悪いとかなりつらそうだ。
これが他の転生物であったなら、眼鏡を取り出して感謝されまくる展開だろうが、残念ながら眼鏡なんて持ってない。
「んー……これはお便所のくみ出しね。あら、ウィットニーさんがやってたと思うけど、やめちゃったのかしら。どう、ちょっと臭いし汚れるけど、お金は割といいわよ」
「あ、じゃあ、それで……」
と小林が手を上げかけたので、慌ててその手を下ろさせる。
「な、なんだよ」
「おい、お前、便所のくみ出しをやる気か!?」
「しょうがないだろ。実際、この金額なら結構いいぞ」
小林はこの状況に対して何も疑問に思っていない様子だ。
「あほか! お前はどこまでこの世界に慣れきって、自らの存在意義を消失しているんだ! 俺たちは転生してきた勇者だぞ!? 俺TUEEEが信条の転生勇者が便所のくみ出しなんてやってられるか!」
「いやいや、お前現実をみて……」
「異世界に転生してきてまで現実を見たくない! 現実なら一昨日の便所の隣の部屋で十分味わった! 俺は夢を見たい!」
俺はくるっと受け付けおばあちゃんに振り返った。
「魔物討伐でお願いします!」
「うーん、これは……」
しかしおばあちゃんはまだ紙と格闘していた。
「これはマルゴさんのところの雑草抜きね。それからうーん、読みにくい、もっと大きな字で書いてくれないかしら、あぁ、お鍋の番ね。リフィルさんのところで軟膏用の鍋を一晩中煮ないといけないから、徹夜で火の番をしてほしいようね。え、魔物退治? そうねぇ……読めないわねぇ、誰が書いたのかしら、字が汚いし小さいし、うーん」
あまりに埒があかなくて、小林が首を突っ込んでおばあちゃんと一緒に紙を読み出した。
これがギルドねぇ……
「あ、これでお願いします。タートル退治」
小林が一つの紙をつかんで言った。
「タートル?」
「俺が言った飛び跳ねるカメのことだよ」
タートルってカメそのまんまやんけ。
「あら、それにするの。まぁ、いいんじゃないかしら。依頼してきたのはファーモさんね。そういえば、お二人ともギルドへ登録してないわよね?」
おばあちゃんが俺と小林の顔を見る。
思っていたのと違うが、やっぱりギルドはギルドだ。
よーし、憧れのギルド登録!
「ええ、登録します! 最初はFランクですか? それともDランク?」
「あら、登録してないのね。でも別にいいわよ、無理に登録しなくても」
しかし、おばあちゃんは俺の言葉をさらっと流した。
「い、いや、いかんでしょ! ギルドと言ったら、登録して段階的にランクアップしてものでしょ!?」
「一応そういうのはあるけど、結構年会費が高いのよ。大丈夫?」
「え、年会費あるの?」
異世界転生系のギルドって年会費とかあったっけ。
たしかにそういう作品もわずかにあった気もするけど、普通は「国が奨励している」とかそういう建前でお金はかからないのが通例だよな。
ちょっと、どうなってるんだこの世界は。
「ギルドって普通国が後ろ盾になってたりするんじゃ……?」
そう聞くと、おばあちゃんは不思議そうな顔をした。
「だってギルドって組合だもの。皆さんの年会費で支えられてるのよ」
あ、うん、たしかにそう言われるとそうだな……。
意味的にはギルド=組合だもんな。
「でも、ちょっと仕事をするだけで登録してもらうのもねぇ、なんだか悪いから、私はお目こぼししてるのよ。何度も仕事を受けるようだったらちゃんと入ってもらうけど」
「お、俺たちはちゃんとギルドに登録して……」
と言いかけたところで小林に肩をつかまれた。
「その金は誰が払う」
「あ、やっぱり登録なしで」
いよいよギルド登録。しない。




