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茶屋

 丸一日かからない旅路だった。

 しかし、体育会ではない俺には苦行でしかなかった。

 隣の街にたどり着いて、街の入り口にある小さな茶店の椅子に腰を下ろすと、俺はそこで根が生えたように動けなくなった。


「おい、行くぞ。とにかく宿を探さないと」


 小林がせかすが、もう立ちたくない。


「無理。頼むから探してきて」


「探した後で戻ってくるとか勘弁してくれ。立てって!」


「わかったわかった。立つから、もうすぐ立つから、もうちょっと待ってくれ!」


 俺はやたら渋いお茶をすすって、串団子を食べる。

 普段のパンはまずいが、この団子は甘みがあってそれなりにおいしい。


「おい、あんまりパクパク食うんじゃないよ! 俺の財布なんだぞ」


「後で恩返しするから。あと2・3本食べたら立てるから」


「馬鹿野郎! そんなに腹が減ってるなら飯屋で食え! こういう甘い物は高いんだよ」


「やだ、俺もうあのすっぱいパン嫌い」


「どあほがーー!!」


 小林が諦めて俺の隣に腰を下ろした。

 小林が言っているのは正論に違いないが、この甘みはあまりにおいしすぎる。

 というか、あのパンがまずすぎる。

 きっと発酵に使っている菌がおいしさとは無縁なのだろう。


「ん……なぁ、これ一応転生モノだよな」


「あぁ、だからなんだよ。俺の財布のダメージについてはいつかちゃんと補填してもらうからな。ってか、俺だってそんなに金がないんだよ!」


「分かってるって。いつかなんとか……するように努力するよ」


「努力かよ」


「とにかくこれが転生物だとしたら、こんな飯のまずい世界、日本の飯UMEEE展開ができるんじゃないか?」


「まぁ、そりゃそうかもしれないが……お前料理とかできるの」


「いや、全く。でも、日本の料理の知識とか日本の材料を持ってきたりすれば、俺TUEE展開間違いないぜ! おい、なんとかしようぜ!」


「その前にそれ以上団子を食うな!」


「い、いや、ほらこれ頼んじゃった分だからな」


「それ以上は頼むな。頼んだら殺す!」


 小林の目が鋭くなる。

 本当に金額的にやばいらしい。


「わ、分かったって。俺は特殊能力がないから日本から物を取り寄せとかできないけど、お前はどうなんだ? 例えば胡椒とか塩とか砂糖を取り寄せればそれだけで大もうけ」


「俺もそういうことはできないって。確かに俺も最初はいろいろ考えたけど、無理なんだよ」


「じゃあ、Wikipediaは!? そういうのは見れないのか!?」


「だから見れないって」


「ってことは、転生してきた日本人が二人もいるのに、飯UMEE展開もできないわけ? どうなってるんだよこの世界は」


「おい、お前これ以上は……」


 小林的には飯UMEE展開とかどうでもいいらしくて、先ほどから殺気だった目で団子を持った俺をにらみつけている。


「分かった! 頼まないって!」


 諦めて立ち上がると、小林が店の人にお勘定を渡す。

 お金を払いながら小林が本気で歯ぎしりをする。

 けっこうあかん金額だったらしい。


「てめぇ……これだけあれば飯が二食食えたぞ。俺たちはスイーツにうつつを抜かせる身分じゃねぇんだぞ、ちくしょう」


 小林の目が本気で怖い。

 ちなみに、小林が勘定を払っている相手はもちろんかわいい女の店員ではなく、しょぼくれたおっさんである。

 おそらくこの茶店の主人だろう。

 ちょっと聞いてみよう。


「どうでもいいことだけど、こんなところで茶店なんかやるなら若い女の子でも雇ったらどうっすか?」


 するとおっさんは苦笑いした。


「あぁ、うちには看板娘のキオラってのがいるよ。ただ、お客さん、運が悪かったね。今日は用事があるってんでお休みだよ」


 あぁ、なるほどそう来るわけね。

 街中でこっちから女の子に近寄ろうとすると相手は倒れるし、近寄ろうとしなければ勝手に女の子が脇道にそれていく。

 店であっても昨日のように狙って近づければ相手は倒れるし、特に意識しなければ女の子が休んだりして遭遇しない。

 会おうとすれば倒れるし、会おうとしなければ絶対に遭遇しないらしい。

 なんつー酷い呪いだ。

 世界全体が男子校になったみたいな絶望感だ。


「そ、そうか。それは残念。ところで、仕事を探すにはどうすればいいと思います?」


「あぁ、仕事? お客さん達、随分と若いけど出稼ぎにきたんかい。おいおい、出稼ぎに来ていきなり茶店で団子を食いまくるなんて、なかなかいい根性してるね。もうちっと金の使い方に気をつけな」


 茶店のおやっさんにまで手厳しく言われる。

 それに同意した小林が何度も頷く。


「ま、まぁ、出稼ぎみたいなものだけど、俺たち働く場所とかよくわかんなくて、どこに行けば……」


 と話しかけると、後ろから次の客が来ておやっさんは手でどけどけという仕草をした。

 俺たちを脇に寄ると、おやっさんは後ろの客の対応を始めた。

 なんとなく脇に立って待っていると、客の対応の終わったおやっさんが俺たちを見た。


「俺も暇なら相手をしてあげるんだが、キオラが休みで手が空かないんだ。そういう面倒な話は……え~と、おい親父! 出稼ぎの若いのが二人、話を聞きたいとよ! 暇なら相手してやってくんな!」


 おやっさんが店の中に向かって叫ぶと、「おーよ」という返事とともに髪が薄くなったじいさんがしっかりした足取りで歩いてきた。


「ははん、こいつらか。こりゃまごうことなきお上りさんだな。この頼りなさげな顔ったらないぜ。しかし、この時期に出稼ぎに来るとはめずらしいじゃあねえか」


 見た目の年齢に寄らず、じいさんの言葉ははっきりしていた。

 しかし、なんか口が悪いな。


「店先で話をされるとちょっと邪魔なんだ。奥へ行ってくれや。あぁ、うちの親父は話し好きでやたら長話をするから気をつけな。相手できなくて悪いな」


 そう言って、店主らしいおやっさんは次の客の相手をする。


「あ、ご親切にどーも」


「どーも」


 俺と小林はおやっさんに礼を言って、じいさんと一緒に店の奥の居住スペースと思われる部屋に入った。

 薄汚れたテーブルと椅子が置いてあり、じいさんが椅子に座った。


「よーし、なにがききてぇんだ? 茶は出せないが、水なら裏の井戸にある。ちょうどいい、そこの若いの、そこにコップがあるから水をくんでこいや。そこの水壺のはちょっと生くせぇから、生じゃ飲みたくねぇんだ」


 とりあえずコップをつかんで裏に出て、井戸から水くみ上げる。

 ちなみに、井戸から水をくみ上げるなんて初めてだったので、案外と時間がかかってしまった。

 水をくんで戻ると、じいさんは俺と小林の顔を見た。


「ほぉ、同じ村からきたんか?」


「ま、まぁ、両方日本人なんで。群馬と栃木で違うけど、ま、まぁ、同じ村みたいなもんです」


 俺が答えると、小林も調子を合わせて頷いた。


「グンマ? トチギ? 知らんなぁ。まぁいいや、でおめーたちは出稼ぎか。また珍しい時期に来たな。なんでぇ、なんか村にいられないようなことしたか? でかい借金こさえたとか、領主の娘をかどわかしたとか、へっへっ」


 じいさんが下品に笑って俺と小林の顔を見た。


「いや、違うって! な、なぁ!?」


 まさか、街中の女を卒倒させてきたとは言えない。

 小林も違う違うと首を振る。


「ま、えーわ。で、みたとこ、そっちのわけぇのは鎧も着てるし魔物退治でもしてたんだな。こっちのは……ん、なんだい、学者志望かいいとこの商人の息子か?」


 俺の体つきを見てじいさんが顔をしかめる。


「ま、まぁな。そんなところだよ。だから肉体労働とかてんでダメなんだ」


「ふぅん、そりゃ厳しいな。肉体労働なしの出稼ぎか……ふぅん、どうしたもんか」


 じいさんが宙を見たまま固まってしまった。

 え、そんなに絶望的なのか?


「お、おい、なんか駄目っぽいぞ……」


 と小林に耳打ちすると、


「まぁ、そうだろうな。だいたい肉体労働みたいな仕事しかないだろうな」


 と小林も渋い顔をした。

 すると返答に困ったじいさんが、


「ところでよ、この街に出てきたのは初めてか?」


 と話題を変えてきた。


「あぁ、はじめてだ」


 そう答えるとじいさんが随分と派手なくしゃみをした。


「あー、いけねぇ。風邪でも引いたか。おぅ、初めてっていうんなら、この話は聞いておきな」


 じいさんがじろりと俺達の顔をにらんだので、少し背筋を正す。


「な、なんだよ」


 なにか重要な話のフラグが立っている。

 俺は真剣な顔をしてじいさんの次の言葉を待った。


「ここには昔昔、それはそれは綺麗な女神様が住んでいたんだ。その女神は村人からあがめられ、村人は女神を敬い、それはそれは幸せに平和に暮らしていた。しかし、あるとき、東の方からやってきた軍隊が村に攻め込み、村はめちゃくちゃになっちまった。女神様はそれはそれは悲しみ、悲嘆に暮れ、悲しみ、とにかく悲しみ、なんというか、悲しんだわけだ。分かるな?」


 ん?

 ん?


「え、なんの話? まぁ、とりあえず悲しんだってことは分かるよ。えーと、この村の昔話か? 昔そんなことがあったんか」


 俺はかなり困惑しているが、じいさんがそんなこと気にせずに話を続ける。


「そうしたら、まぁその女神様があまりに美しいものだから、軍隊のごろつきどもが目の色を変えて捕らえようと躍起になったわけだ。ところが、腐っても女神様だ。女神様は神聖な力で姿を隠して立ち回り、それを追いかけてごろつきどもが村中を駆けずり回る。村の中は血の気の荒いごろつきが這いずり回る戦場になったんだな、これが」


「待ってくれ、その前に村は占領されて戦場になってるだろ」


 とツッコミを入れる。


「うるせぇな。そうやって話の腰を折るんじゃねぇ。たしかに戦場にはなったが、村の守りがしょぼかったんでちょっと戦っただけであっという間に占領されたんだよ。男は殴られる、女は襲われる、そんなさなかで女神様を見掛けたごろつき達は手を止めて女神様だけを追いかけ回し始めたんだ」


「なるほど! そうやって注目を自分に集めることで乱暴狼藉を止めたんだな!」


「そりゃどうかしらねぇが、まぁとにかくそうなったわけだよ。しかし、どこの国の軍隊だかしらねぇが、とにかく一国の軍隊だからんよぉ、それなりの軍師がいるわけだ。軍師が命じて町中に砂をまいたってんだな。そうすると姿を隠して移動しても足跡が残っちまう。それでついに女神様は男どもの手に捕まった! おうおうおう! 若いのっ! これからどうなると思う!?」


 じいさんがやたら言葉に力を込める。


「そりゃ……まぁ、あれだろ。荒くれ者が綺麗な女神様を捕まえたとなれば、服を剥いで乱暴狼藉ってことだろ」


 となりで小林も頷く。


「へへっ。そう思うだろ? ところが腐っても女神様だ。そうそう簡単にやられやしねぇ。湖の中から一振りの剣を取りだした! ザパーンッ! ってな!」


「ん……この辺りに湖なんてあったっけ?」


 小林に話を振ると、小林もしらないと首を振る。

 するとじいさんは、面倒くさそうに虫でも追い払うように手を振った。


「うるせぇなぁ、そのときは湖があったんだよ。女神様は湖から剣をとりだした。キエエエエエエェェェェェェェェ!!!!!!」


 じいさんが鼓膜を突き破りそうな声を上げる。


「イエェェェェェッッ!! かけ声とともに剣を振ると、空から雨あられと雪が降ってきた!」


「じ、じいさん、うるさい! ってか雨と雪、どっちだよ!」


「雪だ! 雪が降ってきた! 干ばつに苦しむ村人は喜んで、犬は走るは子供は雪だるまをつくるは、それはそれは大騒ぎ!」


 じいさんが大興奮で腕をリズミカルに振る。


「待った待った! 湖があるのに干ばつ? ってか、軍隊はどうなったんだ?」


「うるせぇ! とにかく、子供は雪だるまをたくさんつくったわけだ。そして、今度は女神様がウオオオオオオォォォォ!!と雄叫びを上げると、今度は雪だるまと雪だるまがとっついて大きな雪だるまになって立ち上がるぅ! その迫力はすさまじく、腕の一振りで山が吹き飛び湖は干上がり、はげた村長の髪がふさふさになる! さらには地面に穴が空いて水が湧く!」


 じいさんがこぶしを効かせて語る。


「え? なに? 髪が生える?」


「とにかく女神様の力ってのはすげぇんだよ。そして雪だるまは軍隊に襲いかかり、軍隊は散り散りに。そらぁ、村人は喜んだなぁ」


「あ、うん……ん? うん? そ、そうだな」


「ところが軍隊がいなくなっても雪だるまはそのまま居続けて、これが大食いで村人は困り果てた。ついには一計を案じた村長が逃げていった軍隊の頭に相談し、最後には軍隊と村人の力であの悪しき雪だるまを倒し、村に平和になってったことよ。どうだ、いい話だろ」


 じいさんが満足げな顔で俺たちの顔を見る。

 ごめん、ちょっと意外な展開が多すぎて頭に入ってこない。


「あ、うん、そうですね。ところでその後、女神様は?」


「さぁ、そこはしらん。とにかく、これは俺が小さいときにじいさまから聞いた話よ。いやぁ、うちのじいさまは話がうまかったからもっとうまく話したんだけどよぉ。うちのじいさまが話を始めると、子供がみんな集まってきた物よ。いや、懐かしいじゃあねぇか」


 じいさんが遠い目をする。


「は、はぁ。それで、それが俺たちとなんの関係があるんだ……?」


「おめえたちがここは初めてだって言うんで、教えてやったまでのことさ。なかなか有名な話で、雪だるまの墓が川沿いにたっとるぞ。お前らが暇だったら後で案内してやろうか?」


 と、じいさんが窓の外を指さす。

 おそらくそっちの方向に雪だるまの墓とやらがあるのだろう。

 というか、このじいさんはいきなり何の話を始めやがるんだ。


「いや、ご遠慮します。ってか、そんな昔話はどうでもよくて……小林、なんとかしてくれ」


 小林に話を振った。


「俺たちはとにかく当座の金を稼がないといけないので、金を稼げる場所を教えてもらえないでしょうか。俺は弱い魔物や動物なら狩れますが、こいつはまったくそういう経験がありません。できれば肉体労働じゃない方がいいですが、肉体労働であってもこいつができそうな仕事を紹介してくれませんか」


 さすが小林だ。

 俺はわけのわからない話で頭が混乱しているのに、そんな話などスルーしてよどみなくすらすらと言葉を紡いだ。


「ふぅん。ま、なんかしら仕事はあるだろうよ。しかし日銭を稼いでたって先はねぇぜ。田舎からでてきてこの街で一旗揚げようって魂胆じゃねぇのか? だったら、もうちっとよく考えな。日銭稼ぎで年寄りになっちまった連中もよく知ってるが、あんまりおすすめできねぇな」


「いや、一旗揚げようというつもりではないんですが、ちょっと目的がありまして……これが、なかなか込み入っているので」


 と、小林が俺の顔を見る。

 その目は俺たちの内情を話してもいいかと聞いている。


「い、いや、その辺の話をしても、普通におかしいと思われるだけだろ」


「そうだけど、なんかいろいろな話を知っていそうだし、事情を説明すれば情報が出てくるんじゃないか?」


 と、小林が言う。

 なるほど、重要な情報を知っている村人か!

 RPGとかではよくある要素だ。


「そ、そうだな、ダメ元で話してみるか」


 そう答えると、じいさんが怪訝な顔をした。


「なんだよ。言いたいこと言ってみろってんだ。別にお前達の事情を外で言いふらしたりはしねぇよ」


 とてもそんな口が堅いようには見えないが、とにかく当たってみよう。


「えー、俺の目的は……いや、言いにくいな。まず、この小林の目的は……」


 といいかけると、小林が俺の肩を叩いた。

 BL展開は人に語りたくないらしい。


「なんでぇ。はっきりと言えや。若いんだからシャキシャキしろって」


 じいさんにそう言われると、俺の肩を押さえたまま小林が言葉をつないだ。


「俺の目的はとりあえず今はいいんです。一番の問題はこいつなんですよ。すごく簡単に言うと変な呪いをかけられていまして、魔王を討伐しないと故郷に帰られないんです」


「あぁん!? 魔王を討伐だ!? おめぇ、そんなこと考えて旅してるのか!? おいおい、とんでもねぇ奴が飛び込んで来やがったな」


 じいさんが目を見開く。


「信じてもらえないかもしれませんが、そういう事情なんです。日銭を稼ぎながら、魔王討伐にむけて活動していきたいのですが、なんとかならないでしょうか」


「おめぇ、無茶言うじゃねぇか。お前らに魔王が倒せるようなら、北の連中は軍隊から王様に至るまで、まとめてとんでもねぇ無能ってことにならぁ」


 じいさんがわりと辛辣な指摘をする。

 まぁ、そりゃそうだろうな……


「しかし、魔王を倒さないといけない呪いだと? そんな呪いがあるのかねぇ。呪いといえば……ガキの時に向かいのゲオルグがどこかの森に入って魔女に呪いをかけられて肩が上がらないと騒いでやがったことがあったな。ガキの時は信じてたが、今思えばありゃただの四十肩だったな。へっへっ、馬鹿らしい話だぜ」


 じいさんはすぐに元の調子に戻った。

 全然動じないじいさんだ。


「いや、呪いの話を聞きたいわけじゃなくて、魔王討伐につながるヒントだけでもほしいんだけど。なにか知っていないか?」


「魔王討伐のヒント? 何で俺が魔王の倒し方を知ってるんだよ」


 とじいさんがばっさり斬った。


「や、やっぱないのか……」


「だけど、魔王討伐に関しちゃ、いい昔話があるぜ。もしかして役に立つかもな」


 じいさんがにやりと笑った。


「む、昔話? でも、魔王討伐に関する話なら、何かの参考になるかもしれないな」


 小林も頷いた。


「なるほど、聞きたいってことだな。よーし」


 じいさんが肩をコキコキ鳴らした。


「ちょっとなげぇんだが、仕方ねぇ、話してやらぁ。そうだな、どこから始めるか。とりあえず勇者ヒオキが何才の所から聞きたいんだ?」


 仕方ねぇ、とかいいながらじいさんはうれしそうだ。


「何才?」


「ヒオキが魔王を討伐するのは32才なんだが、どのあたりから語るよ? さすがに魔王討伐寸前から話したんじゃ、おもしろいところ全部すっとばしちまう」


「よくわかんないけど、話をコンパクトにまとめて短く頼む」


「そういわれてもこの話は難しいんだぜ。なんなら赤ん坊のところから始めるか? またこの生まれるに当たっての話がなげぇんだ。村中がでかっさわぎになったり、ヒオキの親父が赤ずきんの娘を抱えて山に走ったり、薬売りのばあさまが村長のところでやっかいになったあげくに急死してそこから始まる騒動が、これが複雑なんだ。でもおもしろいぜ」


「え? なにそれ? い、いや、そこは飛ばしてくれ。ってか、その話から始めると一体どれだけかかるわけ?」


 赤ん坊のところから32才まで話してその上魔王討伐となると、話が長くなるのも納得できる。

 なんつー昔話だ。


「そうさなぁ。まぁ、全部話すとなると三日はかかるだろうな」


 じいさんはなんでもない様子で言った。

 はぁ、三日!?


「おいぃ! そ、それは勘弁! 俺たち、そこまで暇じゃないんだよ! じゃあ、村を出発するところから語るとか、そんな感じでうまく省略して概要だけ教えてくれよ! 俺たちは昔話を聞きに来たんじゃないんだよ」


「ああん、村を立つところ? ってことは、ヒオキが村をでる原因になった女8人がくんずほぐれつになるあのおいしい話を飛ばすってのか? とんでもねぇこといいやがる」


 じいさんが舌打ちをした。


「え、なにそれ。ちょっと聞きたいかも」


 するとじいさんはにやりと笑った。


「おうよ。聞かせてやらぁ。ってことは、ヒオキが3才くらいから話が始まるな」


「え、そんな巻き戻るの? や、やっぱいいよ」


「そう言うな。特別におめぇたちのために、飛ばし飛ばしで説明してやる。そうだなぁ、3才のときにヒオキの幼なじみのエントーニャとスンダラとモリオミおばさんが左巻きの緑のツタを探して、禁忌の森にピクニックしにいくところから始めるか」


 話のはじめからすでに登場人物が多くて変なアイテムまで出現している。


「ちょっと待って、そのエピソードすんげぇ長そうなんだけど! 語るのにどれくらいかかるわけ!?」


「まぁ、半日ってとこだ。あー……そんな顔をするなって。分かったよ、飛ばしてやるぜ。だけんど、ここを飛ばすとわかんねぇと思うんだけどなぁ。しかたねぇなぁ。そんなに急がなくたっていいだろうがよ、ったくしけてやがる。じゃあ、この話は飛ばすぞ。この話の終わりで、ヒオキは髪の毛が茶色から金色になって、黄金の右腕と空飛ぶ草と、ヒオキの命令になんでも従うエルフの下僕が出来てるんだ」


 さらに謎のアイテムと登場人物が増えた。


「え、なんで? めっちゃ気になる……けど、わ、分かった! いい、説明しなくていい! どんどん進んでくれ!」


「ヒオキが5才になった頃には、庭に植えた空飛ぶ草が大きくなってついには村まるごと空に浮かぶことになるんだ。ヒオキが赤い壺をこすると空から天使が舞い降りてきてすすけた皿に黄金のスープをついでくれる。その黄金のスープを緑のアヒルにあげると、エルフの下僕が悲鳴を上げて喜ぶんだな」


「え? は?」


「ほら見ろ、途中を飛ばしたからわかりゃしないだろ。なんなら説明するか?」


「い、いや、いいって! そのままずんずん進めてくれ! じゃなくて、進めてください!」


「ヒオキが空に浮かんだ村を操って、エントーニャを助けるために紫の森の塔にいる熟達の賢者に向かって、エンドウ豆の弾丸をひまわりの筒で放つわけだよ。禁忌の森で手に入れた右ネジ巻きの鍵がここで役立つわけだ」


 謎のアイテムがガンガン出てくるが、それを聞くと話が三日になってしまうのだろう。


「もういい。いいから進めて! とにかく、早く魔王討伐まで話を進めてくれ!」


「ここからがおもしろいぞ。熟達の賢者が正体を現して、よもよもの妖精になって、そこにゲルガル村の村長が槍を持って現れて、『俺の女はわたさんぞ』と言ってヒオキの村の村長に向かって借金の催促状を見せて交渉に挑むわけだな」


「もう全部聞き流す! 先に進めて!」


「そこで、エントーニャが泣き崩れてヒオキを裏切ってよもよも族と猫洗い族の族長をだましてスンダラを牢獄に入れたことを謝るが、それはただの嘘泣きで、ヒオキが油断したすきに右七曲がりの杭に血を垂らしてヒオキの右腕に呪いをかけようとするが、しかしヒオキはありったけの願いと希望と先祖から伝わる力を呼び起こしてそれを跳ね返して、するとズンドートとエンドラの夫婦が闇の中からありったけの鍋を取り出して……」


「ちょ、その話いつまで続くの!? 村が空に浮いた話はいいから、もっと先に! 早く、魔王討伐に到達してくれ!」


 そう嘆いていると、さきほどの店主と思われるおっさんが部屋に入ってきた。


「親父の長話に付き合ってもらって悪いな。ちゃんと話は聞けたか?」


「なんでぇ、いいところで入ってきやがって」


 じいさんが文句を言う。


「なんか魔王討伐の話をするとか言って訳のわかんない話を初めて……正直、頭痛が痛いんだけど」


「俺もさすがにこれはきつい……」


 と、小林も応じる。

 すると、その様子を見た店主が苦笑いした。


「さては勇者ヒオキの話だな。おい、親父、あんなわけわからん話をお客さんにするなよ」


「わけのわからん話とはなんだ! おい、こいつはなぁ、俺がガキの時に二軒隣の材木屋のじいさんから5回も6回も聞いて、ようやく覚えた話なんだぞ。俺は大抵の話なら一回で覚えられるが、これだけは一回じゃとても覚えられなかったんだ。お前が生まれたときにようやく披露できると思ってたのに、どういうわけかお前はガキん時からこの話を聞きたがらねぇ」


「おいおい、いくらガキだってあんなわけわからん話を3日も4日も話し続けれちゃがまんならねぇよ。二人とも、災難だったな」


「おい、いまいいところなんだ! もうちっと語らせろや!」


「親父、いい加減にしとけって」


 おやっさんとじいさんで親子げんかが始まってしまったので、俺と小林はおとなしく待っていた。

 しかし、外を見てみるとすでに日が落ちている。


「げ、宿まだとってないよな?」


「あ、しまった!」


 俺と小林が立ち上がろうとすると、店主が喧嘩を止めて俺たちの顔を見た。


「二人とも、うちのくそ親父の長話に付き合わせてすまなかったな」


「だれがくそ親父だ! おめぇの親だぞ!」


 じいさんが店主の後ろから抗議をする。


「今から宿を探すのも大変だろう。うちの親父を楽しませてくれたみたいだし、たいしたことはできんが今日はうちにとまってけ」


「え、いいんですか!?」


 と、小林がすごくうれしそうな顔をした。

 財布厳しそうだもんな。


 俺も頷いて、その晩は茶屋で一晩お世話になったのだった。



作者的には、自由にどうでもいい話をするじいさんがかなり気に入っています。

(そもそも、女の子が一切出てこないから、男キャラしかいない!!)


むちゃくちゃな設定故に、主人公達も物語自体もあてどなくさまよっていくことになりますが、それが個人的に結構好きだったりします。

このふらふら感からなんとかエンディングまで持って行ければ作者の勝ち!(うわ、きっつ)


無謀な作者に向かっての応援コメントお待ちしております(汗;

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