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魔王戦

 廊下に出ると、リカルドが後ろから追いかけた。


「お、リカルド」


「いや、なんですか、このおじいさん! いいですねー、さっきの会話劇最高でしたよ! やはり戦いには人間ドラマがつきもの! しかし、ちょっと長すぎたので映像としてまとめようとすると難しいところですが……」


 リカルドが激しい身振りで話しかけてきた。


「いや、しらんって。とにかく魔王の部屋へ。あと、女神もついてきてるか?」


「居ますよ。マイク要員が足りないので、マイクを持ってもらっています」


 女神までこき使う映像作家志望は強い。


「さてさて、ここが魔王の部屋です」


 リカルドが扉の前で足を止めた。

 扉には巨大な紋章が彫られており、扉の左右には甲冑が飾られている。

 まさに最後のラスボスの部屋という雰囲気だ。


「なんか、こうしてきてみると、すごくあっさり感を感じるなぁ」


「いや、俺としてはようやくという感じなんだが」


 と小林がつっこんだ。


「まぁ、そう言われればそうだな……ん?」


 後ろをふりむくと、じいさんがついてきていた。


「いや、じいさん、まだついてきてたのかよ。危ないだろ」


「ケチケチするな。魔王って言ったって、中身はあの美人な子供だろ? 八百長だってわかってんだからどうってことはねぇさ」


「それ、後ろの女神に聞こえないように頼むぜ」


「分かってるって。ここまで来たんだ、魔王の部屋ってのも見てみてぇじゃないか」


「では、開けますよ」


 リカルドが扉を開く。

 すると、ここも広大な部屋だった。

 壁には豪華絢爛な宝飾品が並び、部屋の中央には赤い絨毯が敷かれている。

 そして、赤い絨毯の行き着く先には巨大な玉座が鎮座していた。


「おお……ん?」


 しかし、肝心の魔王の姿がない。


「おい、どういうことだよ」


「あ、あれ……?」


 リカルドが困った顔をする。


「まさか……」


 リカルドがつぶやいて、足早に部屋の隅に向かって歩き出す。

 俺と小林もその後を追いかける。


「な、なんだどういうことだ?」


「今回急でしたからね……」


「なんだ一体?」


 部屋の隅にたどり着くと、そこには壁と同じ模様になっているドアがあった。

 取っ手がついているのでよく見ればドアだとすぐ分かるが、遠目にはドアだとは分からない。

 ちょっとした隠し扉だ。


「あの、こっちは裏側なのでカメラとかで映せないので……撮影班はそこで待っていてください」


 カメラクルー達と一緒に女神も頷く。

 マイクを持った女神はすでにカメラクルーとなっている。


 こうして、女神とカメラクルーとじいさんをラスボス部屋に置いたまま、俺と小林とリカルドは隠し扉に入った。


 そこはいわゆる執務室だった。

 そして、執務机ではイケメン姿の日村が書類をにらんでうなっていた。


「あの、日村さん、お時間なんですが」


 リカルドが声をかける。


「うるさい! いきなり決戦とか言われても困るんだよ! なんでいきなり天界の人間がこっちに来てるんだよ! こっちだって片付けておかないといけない決裁書類がたくさんあるんだからさ! 細かいことは後で裏でやるけど、とにかくこの書類は魔王が表にいるうちに決済しておかないとつじつまがあわなくなるんだから!」


「事情は分かりますが急いでもらえないですかね」


「無茶を言うな! そうだな……あとせめて1時間! 1時間時間を稼いでくれ! ボス役のみんなに時間稼ぎをしてもらってさ」


「いえ、日村さん、お二人ともすでにここに来られていますが」


 日村が顔を上げて俺と小林の顔を見た。


「お、おう、日村。なんかすまんかったな」


「先輩!? え、ええ、もう来て……っていうか、天界の人間は大丈夫なんですか!?」


 日村は慌てた様子で答えた。


「ああ、女神はラスボス部屋に待たせてあるから大丈夫だ。でも、早く頼むよ」


「ま、参ったなぁ……もうちょっと時間がほしいんですが」


 すると小林が口を開いた。


「なぁ、日村。傷つけられたらこの世界から去るって約束はしたけど、『すぐに』とは言ってなかったよな。その書類仕事は戦いが終わった後でもいいんじゃないか?」


「あ……な、なるほど。その方がいいですね。急ぐと変なミスもしますし。わかりました。とにかくちゃっちゃっと戦いを終わらせましょう。すぐ行きますから、部屋で待っていてください」


「わかりました。早めにお願いしますよ」


 と、リカルドが釘を刺す。

 いよいよラスボス戦の前だというのに、ラスボスがこんな有様で大丈夫だろうか。


 隠し通路を抜け、ラスボス部屋に戻る。

 するとカメラクルー達と一緒に居た女神が声をかけてきた。


「うっかり見過ごしちゃったけど、あんた達どこにいってたの?」


「ちょっとトイレに……」


 こんなごまかしが通用するだろうか。


「あぁ……たしかに途中でトイレなかったものね」


 しかし納得してくれた。

 意外とちょろい。

 銀髪眼鏡がこのくらいゆるかったら、俺はこんな呪いなど浴びずに済んだのだ。


「なかなか……こないな」


 小林が貧乏揺すりをしながらつぶやいた。

 いくら八百長であってもこの部屋はラスボス部屋である。

 不穏な雰囲気が漂っていて、とてもリラックスできる空間ではない。


 なんとも落ち着かないので、とりあえず荷物を下ろして中身を整理する。

 今更整理する意味は無いのだが、なんとなくだ。


「それにしても……まさか、この笹を背負ったままここまで来ることになるとは」


 俺は床に置いた荷物から生えている笹を見つめた。

 葉っぱは少し減っているが、まだ青々しい。

 さすが聖なる笹だ。


「お前なんかまだいいぜ。俺なんかムンクの叫び人形と頭の上のみかんつきだ」


 小林がため息を吐く。

 普通こういうネタ的な呪いって途中で解けるよな。

 まさかラスボス戦にまでこの呪いがついてくるとは思わなかった。


「というか、よくみかんを載せたまま動けるよ。いくら固定しているとは言え、激しく動いたら落ちるだろ」


「あぁ、へんなバランス感覚が鍛えられたよ。全く」


「あ、そうだ。小林、ヒュッポス踊り、今のうちに済ませておけよ」


「いや、大丈夫……でもないな、念のために踊っておこう」


 小林がヒュッポスヒュッポスと叫びながら、その場をくるくる回る。

 その周りをカメラが取り囲んで様々な方向から撮影する。

 この映像、映画には使えないと思うけど、カメラクルー達の様子は本気だ。


「まだかなぁ……まさかまた書類の処理をしてるんじゃ……」


 つぶやいて、右腕で工業用万能カッターをつかんでもてあそぶ。


「まさか……ん、桃山、右腕使えるのか?」


 小林が少し驚いた声を出した。


「え?」


 言われて改めて右手を見ると、ただれがほとんど消えて普通の皮膚に戻ってきている。

 鎮痛剤の効き目も多少あるとは思うが、ほとんど痛みがなく剣を持つことができる。

 あの魔法で本当に治っていたらしい。


「おお、すげぇ。あの治癒魔法は本当に効果があったんだな」


「右手問題なく使えるか」


「使えそうだ。ま、ラスボス戦に片手で参戦するような舐めプはせずにすみそうだな」


「舐めプどころか、本気で言っても勝てるかどうか……」


「まぁ、そこは日村も……」


 と言いかけて、後ろでカメラクルーと一緒になっている女神がいるのを思い出した。


「そ、そうだな! くっ! この俺たちにあの恐ろしい魔王が倒せるのか!? 生きて帰れるのか!? ぬおおおおおおお!!!」


 剣を握って左右に振り回す。

 どうだ、格好いいだろ。


「おい、桃山危ないって!」


 しかし、小林から非難の声が飛んだ。


「おめぇ、なんか格好いい剣を持ってるが、とんでもない不器用だな。クワでも振り回してるみたいだぜ」


 と、じいさんからも厳しい批評をされる。


「駄目そう……」


 と、女神にまでつぶやかれる。


「おい、誰か褒めてくれないのか!?」


 すると、リカルドが手を上げた。


「今のシーン、もう一度お願いします」


「おおっ!?」


 もう一度剣を構えて、左右に振り回す。


「はい! 結構です。いいですねぇ、素人が慣れない武器を振り回している感が出てますよ。無謀な戦いの感じがよく出てますね。あとはうまく演出して音声を入れればいい感じになるでしょう」


 リカルドがグサグサささる言葉を言う。

 そんなに酷いのか、俺?

 そりゃ、タートル相手に木槌を振る戦いしかしたことないから、当たり前なんだろうが。

 そもそもこれは剣の形をしているが、工業用カッターだ。

 振り回して使う物ではなく、何かに押し当てて使う物なのだろう。

 絶妙に振り回しにくい。


「ところで、あんたなんなの?」


 ものすごく今更だが、女神がリカルドとカメラクルーに声をかけた。

 逆になぜ今まで普通にカメラクルーの一員として活動していたんだ。

 なにか疑問に思っていなかったのだろうか。


「あぁ、私ですか。私は映像作家志望の転生者です。あなたたちの敵ではありません。私の目的は撮影ですから」


「ふーん。まぁ、変なことしなければいいけど」


 女神はスルーした。

 なんて適当な。

 銀髪野郎なら逐一問い詰めていただろう。


「しかし、遅いな……」


「あぁ」


 俺もいい加減にしびれて小林と一緒に貧乏揺すりをしていた。


 すると、玉座の前に音もなく黒い渦が出現した。


「お、いよいよ……おいでなすったか」


「だな」


 小林が剣を構え、俺も剣を構える。

 もちろん防具のスイッチも入れた。


「お、いよいよかい」


 と言ったのは茶屋のじいさんだ。


 黒い渦が大きく広がったかと思うと、泡のような音を立ててその渦が消失した。

 渦が消失した場所には、角の生えた恐ろしい姿の男がいた。

 ゲルト家で見た魔王の姿そのものだ。

 あのとき見たように、紋章があちこちについた軍服のようなものを着ている。

 改めてみると、その威圧力は半端ない。


「ほほー、こりゃいい土産話になるな」


 じいさんが後ろの方で楽しそうにしている。

 しかし、俺と小林は結構ひるんでいた。


「う……や、やっぱすげーな。なんか敵をひるませる効果とかかかってるんじゃないか?」


「か、かかってるな、絶対。めちゃくちゃ体が重い……」


 小林が構えている剣の切っ先がどんどん地面に落ちていく。

 おいおい、と思って自分の剣を見ると、すでに剣の先が地面に当たっていた。

 いつの間にか脱力していたらしい。


 魔王はこちらをぎろりとにらんだ。

 その姿はまさに魔王。

 あとはマントをしていれば完璧だっただろう。

 日村の奴、なんでマントをつけなかったんだろう。


「よくぞここまでたどり着いた。まさか、貴様らが我の配下を退けるとは。だが、我の言葉に二言はない。この我に傷一つでもつけることができたら、この世界から去ってやろう」


 魔王が威圧効果たっぷりのセリフを言うと、後ろで女神が叫んだ。


「本当に元の世界に帰るのね!? 嘘じゃないでしょうね」


「我に二言はないと言ったであろう。ふん、この我に傷一つでもつけることができたらな。だが、できるとは思えんが」


 魔王がこちらを見ると、また威圧効果が襲ってくる。

 うわ、体がすくむ。


「桃山、小林! あんなこと言ってるわよ! コテンパンにしてやんなさい」


 後ろで女神が叫ぶ。

 そういうセリフ、パーティ初期から居るヒロイン的メンバーから言われたかったな。

 ピザ女神に言われてもうれしくない。


「こ、小林、頼む!」


「いや、俺も体すくんでる!」


「おいおい、気張れよ、ガキども」


 じいさんが後ろから声援を浴びせる。

 俺たちよりじいさんが戦った方がいいんじゃないか?


「ふん、我から行くぞ」


 魔王は片腕を突き出した。

 その瞬間、大きな破裂音がして魔王の手からなにかが飛び出した。


「!?」


 当然反応する間もないまま、すべてが終わっていた。

 すなわち、バリアが正しく働き、飛び出した何かが俺たちの2メートルほどの距離で止まって地面に転がった。


 一つ分かることは、当たったら普通に俺たちを貫通していたと言うことだ。

 

「ほお。なかなか面白い物を持っている。宇宙軽作業のインテリジェントシールドだな」


 魔王がにやりと笑った。

 あ、そうだったんですね。

 初めて知りました。

 俺たちはこれがなんだかよくわからないで使っていたんですよ。


「イ、インテリジェントシールド!?」


 と聞き返したのは小林だ。

 あ、馬鹿、スルーしろ!

 話がややこしくなる。


「ふん、宇宙での作業ではまれにチリやゴミが宇宙服に激突することがある。極小とはいえその速度によっては容易に宇宙服を貫通する。そのための防護装置だ。我がこの世界に持ち込んだ物だが、どこでそれを手に入れたものか。なかなか油断のならぬやつらだ」


 しかし、魔王がもっともらしく説明してくれた。

 なるほど、やっぱりこれも宇宙世紀の転生者が持ってきた便利道具なんだな。


「や、やるわねあんたたち! そのまま魔王に剣をたたき込め!」


 後ろで女神がわめく。


「おうおう、やっちまえ、ガキども!」


 じいさんもわめく。

 じいさんがカメラを遮るので、カメラクルーが迷惑そうに移動する。


「よ、よし、とりあえず、行け! 小林!」


「やっぱり俺かよ! くそ!」


 小林が剣のスイッチを入れて、紫に光る剣を持って魔王に向かって走って行く。

 こうしてみると、俺よりはマシだと言え、動きはやはり一般人。

 たどたどしい。


 魔王の方は当然のように、余裕の表情で待ち構えている。


「おりゃぁぁぁ!!」


 小林が魔王のちょっと手前で剣を振る。

 

 怖いのは分かるけど、その距離は絶対当たらない……


「ふん」


 しかし、魔王が気を利かせたらしく、腕を突き出してその剣を跳ね飛ばす。

 よし、なんとか格好がついたぞ。


「くっ……」


 小林が剣を構えたまま固まる。


 おい、次のアクションを早くしろ!

 なんか魔王が気を利かせている感が出過ぎるぞ!


「し、仕方ねぇ! うおおおぉぉぉ!!」


 とりあえず自分も駆け出す。

 多分、魔王がなんとかしてくれる!

 頼むぜ魔王!


「うおおおおおおぉぉぉ……おおお!?」


 しかし、勢いをつけすぎて少し前に出すぎた。

 慌てて剣を振り落としたが、完全に魔王の間合いの中、完全に魔王を縦にぶった切るコースだ。


 しかし、さすがは魔王。

 紫に光る万能カッターを指先で軽くはじき返した。

 その動きは常人離れしており、見惚れてしまうほどだ。


「ふん、この程度か」


 魔法が腕を振り払って俺の胸を突く。

 俺は転びそうになったが、なんとか踏みとどまり、小林の隣で剣を構え直した。

 

 乱暴に見えて、ずいぶんとソフトタッチな突き方だった。

 さすが魔王だ。


「おい、どうする小林!? ってか、この剣最強のはずなのに全然効かないぞ!?」


「あ、あぁ……」


 小林も脂汗を流すだけで、気の利いた答えなど返してくれない。

 そりゃそうだ。


 魔王め、ちゃんと戦うために最強の剣を人に渡しておいて、その剣を指先一つで弾くとか鬼畜にもほどがある。

 本当にチートのチートぶりを表現するだけの戦いじゃないか。


 俺と小林が剣を構える前で、魔王が大仰に腕を振るった。


「ふん、その程度か……」


 あれ、さっきと同じセリフだ。

 ものすごく余裕そうに振る舞っているが、実は日村も焦っているのではないだろうか。

 俺たちが弱すぎて。


 いや違う、お前が強すぎるんだ!

 万能カッターをはじき返すな、こんちくしょう!


「ち、畜生、やっぱり団体さんを連れてくれば良かった! 小林、なんで戦闘から退場させた! 叩き起こして連れてくるべきだっただろ!」


「今そんなことを言うな! く、くそ!」


 小林がもう一度駆け出す。

 今度は拡張スイッチを押したらしく、紫の刃が三倍の長さになっている。


「ほお」


 魔王が一瞬うれしそうな顔をして、小林を待ち構える。

 よし、うまくピンチになってくれよ!


 ところが、魔王が指先一つ出すと、やはりその剣を跳ね返してしまう。


「畜生! 強さ設定間違えすぎだろ! おい!」


 思わずそう叫ぶと、魔王が一瞬俺を見て申し訳なさそうな顔をする。

 そんな顔をされても困るんだよ。


 剣を跳ね返された小林は器用にステップを踏んで、俺の隣に移動してきた。


「おいおい、下手だなぁ、お前ら」


 後ろからじいさんの声が飛んでくる。

 ほっといてくれ。


「こりゃ無理ね」


 後ろから女神のコメントまで飛んでくる。

 うるさい。


「ち、ちくしょう!」


 魔王がこちらに目配せを送ってきた。

 え、なにかしろって?

 いや、無理だって。


 魔王は俺のアクションを待ち、俺はアクションをとらない。

 よって、全く何も起こらず、なんとも形容しがたい時間が5秒・10秒・20秒と過ぎていく。


「ふ、手も足も出ないか。では、こちらから行くとするぞ」


 魔王がこちらに目で「何かないの?何かないの?」と聞きながら、嫌そうに腕を振るう。

 無いから困ってるんだ!


「くっ、まさかこんな強いなんて……」


 小林が演技か本音か分からないセリフを言う。


「まぁ、貴様ら程度であれば初級魔法で十分だ」


 魔王が呪文を唱えると、そよ風がふわっと吹いてきた。

 いくらなんでも手加減しすぎ……と思った瞬間に、とんでもない強風が吹き荒れた。


「うわ!? じょ、冗談だろ!?」


 台風の中で傘を持って歩いているような状況だ。

 剣を構えるどころではなく、そのまま後ろに吹き飛ばされる。


「うわあああ………あああ……あ?」


 風が収まってみると、自分は床に仰向けに倒れてる状態だった。

 見上げるとじいさんが立っている。


 剣を杖代わりに立ち上がる。

 見回すと、じいさんと女神とカメラクルーはなんともない様子で立っている。


「あ、あれ、じいさん、なんで平気だったんだ?」


「ああん? そりゃ風があそこしか吹いてないからよ」


 じいさんが指さす。

 振り返ってみると、魔王の周りだけうなりを立てて激しい風が吹いていた。

 こうしてみると効果範囲がかなり狭い。


「うわ、こうしてみると間抜け……だけどあれにも負ける俺たちって……おい、小林大丈夫か?」


「あぁ」


 小林はすでに立ち上がっていた。


 魔王は嵐の中心で不適な笑みを浮かべている。

 でも俺には分かる。

 魔王は俺たちが弱すぎて心の底から困っている。


「しかし、なんだな……本当にどうしようもないな。馬鹿馬鹿しくなるくらいに」


「あぁ……参ったぜ」


 小林が頭の上のみかんを調整する。

 よくあの嵐で落とさなかったな。


 ふと、戦いの前に床に置いておいた荷物に目をやる。

 俺の荷物、小林の荷物、その両方から笹が生えている。

 さすがに戦いの途中は笹は背負っていない。


 この笹のおかげで呪われてもここまでやってこれたのである。


「む……笹、聖なる笹! よし、それだ……っつーかそれしかない」


「は? なんだ?」


 疑問を浮かべる小林を無視して、荷物から笹を取り外す。

 なにしろ2.5mの笹だ。

 持つとものすごくリーチが長い。


「よし、これだ!」


「いや、そんなもんで戦えるわけないだろ……」


「いいからお前も持て!」


 俺と小林は2.5mの笹を持って槍のように構える。


「おい、魔王、よく聞け!」


 俺がそう叫ぶと、魔王は嵐を止めてこちらを見た。


「これはな、俺たちにかかった動けなくなる呪いに対抗するための聖なる笹だ! つまり、聖属性の笹だ! この攻撃を無効化できるか!?」


 俺はできるだけ挑戦的な口調で説明をした。

 魔王は一瞬ハッとした表情を浮かべた。

 分かってくれたみたいだ。


「くっ、馬鹿な!? 聖属性の笹だと!? そんなものがここにあるはずがない。たしかに聖属性は我の防御をも突き抜けるかもしれん……」


 いや、それは説明しすぎだ、魔王!

 そこはイキレ!


「そ、そうだ、これを使えば貴様の防御を破ることなどたやすい! い、行くぞー!!」


 俺が笹を持って走り出すと、小林も遅れて走り出す。


「ば、馬鹿な。そんなものが我に効くはずが……ぐがぁ!?」


 さすがの日村先輩である。

 笹を振り回すと、防御せず胴体を俺たちに叩かせた。

 そして、素晴らしいダメージ音声を演じてくれた。


「よ、よし効いてるぞ、小林! もっと行くぞ!」


「おう!」


 小林もその気になって笹を振り回す。


「おりゃ! おりゃ! おりゃ! おりゃあ!」


 笹を左右に振りながら、魔王の胴や胸辺りを叩きまくる。

 さすが聖なる笹だけあって、かなり手荒く扱っても折れたり曲がったりする気配はない。

 いやぁ、丈夫な笹だなぁ。


「ぬおぉ!! 馬鹿な、こんなものでこのようなダメージが……」


 魔王が迫真の演技をする。

 このふざけた行為はすべて魔王の演技力で支えられている。

 がんばれ魔王!

 がんばれ日村!


「ええい! これはチートの恨み! これはハーレムの恨み! これは貧乏の恨み!」


 そう言いながら魔王を叩いているのは小林だ。

 冷静なふりをして、小林も意外と気にしてたらしい。


「ば、馬鹿な、こんなはずでは……」


 魔王は俺と小林の隙をついて、後ずさりして笹のリーチから離れた。


「くっ、こうなったら……貴様らの大事な者を道連れに!」


 魔王はまた黒い渦に飲み込まれた。

 おそらく転移魔法だ。


「や、やったのか!?」


 俺が演技たっぷりでセリフを言うと、小林は首を振った。


「いや、そんな感じはしないな……また来るぞ」


 俺と小林は笹を構えて、魔王を待ったが、来ない。

 1分、2分、3分……まだ来ない。


「ん? ん?」


「そ、装備を変えるか……」


 小林が笹を構えたまま、荷物に向かって移動していく。

 笹を置いて、荷物の脇に置いていた剣を手に取った。

 俺も同じように剣に持ち帰る。


「聖属性ダメージで相手を弱体化させたから、この剣で戦えるってことだな」


「あ、あぁ……たぶん」


 と小林が頷く。

 うまくはったりを効かせてほしい。

 うしろで女神が見ているのだ。


「しっかし、来ないな……」


「あぁ、なかなか来ないな」


 時間が過ぎていく。

 おそらく5分は経過している。


「なぁ、小林、さっき『大切な者を道連れに』とか言ってなかったか?」


「ん? そういえば言っていたような……」


 俺は女神に聞こえないように小林の耳元に口を近づけた。


「な、なぁ……もしかして、日村はあのシナリオのことを言ったんじゃないか? ヒロインを人質にとってそのヒロインに自分を襲わせるって奴」


「あ、あぁ、そういえばそんなことを話していたな」


 いやな予感がしてきた。


「ヒロイン……いないぞ?」


「いない……な……」


 小林の言葉も詰まる。


「どうなるんだ……?」


「俺に分かるわけ無いだろ……」


 と、ひそひそ話していると、女神が後ろから声を出した。


「ちょっと、なに油断してるの! どこから来るかわかんないのよ!」


「わ、分かってるって!」


 構え直して辺りを見渡す。

 まだやってこない。


「く……いつまで待たせ……」


 と、言いかけたところで、また玉座の前に黒い渦が現れた。

 渦に隠れて魔王の姿はまだ見えない。

 一体誰を連れてきたのか。

 それとも、ヒロインがいないから諦めて単身で来たのか。


 渦が晴れていくのを固唾をのんで見守る。


「ん……ん!?」


 渦が薄まると、魔王ともう一人の人影が見えてきた。


「お?」


 小林も小さく声を上げる。


 渦はさらに晴れていき、ついに姿があらわになった。

 一人はもちろん魔王。

 そしてもう一人は……


 ゲルトじいさんだった。


「お……おう。え、は? ど、どうする?」


「いや、どうするって聞かれても困る」


 動揺しながら様子をうかがう。


「おい、ゲルトかよ。なんでぇ、お前まで来たのか」


 茶屋のじいさんが雰囲気ぶち壊しの緊張感のないセリフを言った。

 しかし、魔王と一緒に居るゲルトじいさんは何も言い返さない。


 魔王はゲルトじいさんの腕をつかみながら、こちらを見た。


「ふふふ、転生者達よ、この者がどうなってもいいのか?」


 いや、そう言われましても……。

 まぁ、知り合いと言えば知り合いですが。


 すると、ゲルトじいさんは悲痛な顔で叫んだ。


「わ、わしの命がどうなろうとも、気にするな! さぁ、その剣を魔王に向けるんじゃ!」


 その様子を見た女神は、固唾をのんで見守っている。


 だけど俺は直感した。

 ちょっとわざとらしいし、あれは演技だ。


 分かった。

 時間かかると思ったら、ゲルトじいさんのところまで転移してから、事情を説明して演技をするように頼んだりしてたな。

 だとすると納得できる。


「ほお、貴様らはこの老人の命が惜しくないのか。それ以上挑んでくるようであれば、この老人の命はないぞ」


 といって魔王はゲルトじいさんに背中を見せた。

 その瞬間、ゲルトじいさんは懐から柄がピンク色の包丁を取り出した。

 さらに、柄が黄緑色の包丁も取り出した。

 左右の手にばあさんのカラフル包丁を手にした状態だ。


「え、まさかあのヒロインにいきなり襲われるってやつをやるつもり?」


 実際、そのつもりらしく、ゲルトじいさんが包丁を持って魔王の背中に襲いかかろうとする。

 しかし、手元がわたわた動いて滑って両方の包丁を取り落とす。


 カチャン、カラン


「ん?」


 その音に魔王が振り返り、そして固まった。

 あぁ、お前のシナリオ台無しだぜ。


 魔王は不自然な動きで俺たちを見据えた。


「さ、さぁ、我と一騎打ちをせよ」


 やばい。

 魔王が壊れて、やけくそになってる。


「ど、どうする桃山?」


「どうするもなにも、やるしかないだろ、おい」


 俺と小林は剣を構える。

 魔王は俺たちを見据える。


 待て、魔王よ、雰囲気を出そうとしているつもりだろうが、お前は本気を出しすぎだ。

 隙がなさ過ぎて全く踏み込めないぞ。


「ど、どうした?」


 魔王が少し焦った声を上げる。


「ど、どうする?」


 今度は俺が小林に聞いた。


「ど、どうしよう」


 小林が返した。


「いや、俺が聞いてるんだ」


「聞かれても困る!」


 膠着状態だ。


 そのとき、魔王の後ろにいるゲルトじいさんが突然腹を抑えた。


「い、いかん、気張りすぎたら腹が……べ、便所はどこじゃ」


 その様子は演技ではなく、本気でやばいことが一瞬で分かった。

 このままでは、魔王の部屋がク○まみれになるかもしれない。


「え? な、べ、便所?」


 魔王が一瞬素になって、じいさんを振り返る。


 ここだ。


 ここしかない。


「ぬおおおおおおお!!!」


 日村、ちゃんとダメージ軽減しろよ!


 俺と小林、同時に駆けだした。


 小林が剣の延長モードで魔王の背中から切りつけ、俺は近寄ったところで剣を思いっきり投げた。


 小林の剣は魔王の背中を斜めに切り裂き、俺の剣は背中から魔王の腹部を貫通した。


「な……なに……?」


 魔王は腹部に突き出た剣を見ながら、そのまま崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な……この我が貴様らのような、虫けらに……」


 そして、ひとしきりもがく。


「魔王……甘く見たな! だが、窮鼠猫を噛むってやつだ! 分かったか!」


 俺がセリフを言うと、小林もあわててうなづいた。


「そ、そういうことだ!」


 小林は気の利いたセリフを思いつかなかったらしい。


「ぐ……馬鹿な……我が……」


 魔王はそれだけつぶやくと、そのままゆっくりと目を瞑った。


「や、やったああ!! やったわよ、あんたたち!」


 振り向くと、歓声を上げたのは女神だった。


「へ、やるじゃねぇか!」


 茶屋のじいさんも笑っていた。


「あ、あぁ、まぁ、なんとかなった……かな」


「だな……」


 俺と小林はどうリアクションをすればいいのかわからず、居心地悪く頭をかいたり、埃を払ったりして見せた。


「これがめでたしめでたしってやつだな。ああ、そういやぁ、勇者ヒオキの伝説でもこんなことがあったぜ。南巻き巻き貝で勝利の雄叫びを上げたヒオキは、銀髪オオカミと金髪キツネと一緒に祝いの祝杯を挙げるために、紫の森のかまどに向かってだな……」


「いや、じいさん、ヒオキの話はどうでもいいから!」


「ま、いいじゃないか。少しくらい話させてやろうぜ」


 と言ったのは小林だ。

 たしかにめでたいが、本気かお前。


「おお、ついにやりましたね。じゃあ早速、戦勝パーティをやりましょう。勝利の後のパーティも大事な場面ですからね」


 といったのはリカルドだ。

 撮影はもうよいらしく、カメラを気にせず普通に話している。


「パーティ!? いや、でも、俺呪われてるから男だけのパーティだろ? それはちょっとなぁ」


 なんて言ってみたが、実は普通にうれしい。

 だって、いままで食べられなかったうまい料理がわんさか並ぶのだ。


「いえいえ、目的を達成したので転生の時に与えられた能力はすべて消えたはずですよ。女性を近づけない能力ももう消えたと思います」


 リカルドの発言は、俺に今世紀最大の衝撃を与えた。


「え、え!? まじ!?」


「そうですよね」


 とリカルドが女神に確認を求めると、女神も頷いた。


「ええ、そのはずよ。ただ……」


「お、おう!? まじで!?」


 俺は驚喜した。


「そうだ。パーティには魔王に洗脳されていた……ということになってる魔王のハーレム要員達も呼びましょう」


「うをおおおおおお!?」


 俺は叫んだ。


「うがああああああ!!!」


 これは小林の叫びだ。

 まさに魂の叫びだった。


「よし、リカルド! はやくパーティの準備だ! 早く食い物を! そして、早く美少女を! 美少女! 女の子!」


「はいはい。大丈夫ですよ、これからすぐに……」


 と、リカルドが言いかけて、変な顔をした。


「ん、どうした?」


「桃山さん、なにか白くなってますけど」


「え?」


 自分の体を見ると、うっすらと白くなっている。

 見ている間に、その白さがどんどんと増していく。


「え、な、なんだ!?」


 見ると小林も白くなっている。


 すると女神が言いにくそうに答えた。


「目的を達成したってことだから……元の世界に帰れるわよ」


「いや、ちょっと待て! パーティは!? 美少女は!? おい、おい!」


 わめくが体はどんどん白くなっていく。


「く、くそ、俺もか!?」


 小林も同じようにどんどん白くなっていく。


「うわぁ、まだだ! まだ、帰りたくないぃぃぃぃ!!!」


 リカルドは気の毒そうな顔で俺たちを見守る。

 女神は気まずそうな表情を浮かべる。

 茶屋のじいさんは親指を立てている。


「へっ、お前達の伝説、伝えてやるから安心しろや」


「い、いや、そんなことより、パーティ! 美少女! う、うわあああああ!!」


 そのまま俺の意識は暗転した。


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