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イベントバトル(魔術師カイエル)


 魔術師のカイエルというじいさんににらまれる俺と小林。


 うーん、鎮痛剤がまだ効いていてよかった。

 頭がぼけていて、いい感じに恐怖心が薄れているぞ。

 横に居る小林はまともに恐怖して、すごい顔をしている。


「ややややややばいぞ、桃山!」


「うん、知ってる」


「落ち着いてる場合か!?」


「どうしろってんだ」


 小林が視線を床に倒れている団体さんに向ける。


「ま、待て! ここに倒れている者達は、俺たちに協力しただけだ! この人たちには危害を加えないでくれ!」


 小林が叫ぶと、カイエルも床を一瞥した。


「ふん。小童だがなかなか芯が通っておる奴だな。よかろう」


 カイエルが腕を振り払うと、倒れている男達に次々と渦が被さって姿が消えている。


「なに!?」


「案ずるな。魔王城の外に転移させただけじゃ。さて、ゆっくりとお前達を料理してやろう」


 カイエルが腕を上げて、手のひらに先ほどの黒い渦を発生させる。

 そのまがまがしさが先ほどの魔法使い少女とは段違いだ。


「うわ、やば……」


 一応、例のチート防具は使っているが、物理的な攻撃には対処できても熱とか不条理な魔法に対処できるとは思えない。


「ふん。一瞬で蒸発させてしまってはつまらんな。軽くいたぶってやろう」


 とカイエルじいさんがにまりと笑う。

 おいくそ、こいつめちゃくちゃ性格悪いぞ!

 ちらりとカメラクルーと女神をみたが、女神は固唾をのんで見守っているだけで助けてくれそうな雰囲気がない。

 怪我してたときに水持ってきてくれたし、いざとなったら協力してくれるのではないかと思っていたが、どうも甘かったようだ。


「も、桃山なんとかしろ!」


「無茶を言え! 俺の呪いはじいさん相手には効かないんだよ!」


 やばい。

 鎮痛剤の効き目が弱くなってきた。

 ひしひしと恐怖感が襲ってくる。

 まるで走馬灯のように異世界に跳んでからの生活の光景が脳裏をよぎる。


 タートル退治

 まずい飯

 冷たい寝床

 臭い便所

 男しか居ない灰色の日々


 全然楽しかった記憶が無い。


「ち、ちくしょう……」


 そういえば、あの茶屋のじいさんとゲルトじいさんは元気にしているだろうか。

 まさか、俺たちがこんな目に遭っているとは思っていないだろうな。


「ん? ここでお前らを蒸発させただけでは、見せしめにはならんな。はっはっはっ、そうだ、貴様らの大切な者の前で切り刻んでやろう。そうだ、それがいい!」


 カイエルがにまりと笑う。

 本当に性格が悪い。


「大切な者が見ている前でもがき苦しみ刻まれていく……よい光景だ。どちらでもいい、顔を思い浮かべてみよ」


 カイエルが見下した表情で俺たちの顔を見る。


「ん……まさか思い出した人をこの場に呼ぶってことか?」


 俺は小林に視線を向けた。


「そう……じゃないか。だけど、俺たちにはそんな人は……」


「だよなぁ。そりゃ両親とか呼ばれたら困るけど、さすがのあいつも違う世界から呼ぶ用意はしてないだろうし」


「大切な人かぁ……日村……」


 小林の本音がこんなところで。

 やっぱりお前はそっちの趣味か!

 でもまさかカイエルも魔王をこの場に呼ぶわけはないだろう。


「ふん。なかなかしぶとい奴らだな。そこまでして思い人を守りたいか」


 カイエルが顔をしかめる。


 いや、そもそも思い出す顔がないだけなんだけど。


「おい、小林、一か八か日村の顔でも思い浮かべてみるか。多分ダメだけど!」


「だ、だが、そもそもあの見た目も普段の姿と違うし、駄目かも……」


 小林が言いよどむ。

 どうした、お前の男の娘に対する愛はそんなものか!


「ち、畜生。他に呼べる人なんて……」


 タートル退治の仕事をくれたファーモさん。

 ギルドの受付嬢のおばあちゃん。

 見ず知らずの団体さんたち。

 そして、ゲルトじいさんに、茶屋のじいさん……


 ん、あ、なんか茶屋のじいさんの昔話をしたときのどや顔が頭をちらつく。


「ほほお、そいつか。お前の育ての親という所か。よかろう、ここに呼んでやろう!」


 カイエルが得心いった顔で頷く。


「へ? いや、違うし……なんで!?」


「知るか!」


 カイエルが何かを唱えると、激しい光と共に人影が俺たちとカイエルの間に現れる


 光が収まると、そこに居たのは呆然とした顔の茶屋のじいさんだった。


「あ、ああん? おい、どうなってやがる。とんでもねぇな」


 じいさんは不思議そうに周りを見回した後、俺たちを見据えて怒鳴りだした。


「てめぇらだな、あの美人な子供の仕業に違いねぇ! いきなり跳んでくるならまだしも、いきなり呼び出すってのはどういう了見だ! さっきまで便所に入ってて、これから手を洗おうって所だったんだぜ。クソを垂れているときにこんなとこに呼ばれたらどうすんだよ。おうおう、なんとかいいやがれ! それにしても、久しぶりじゃねえか。元気にしてたか、おいクソ坊主」


 じいさんは驚いているだろうに、それでもしっかりした足取りで俺たちに向かって歩いてくる。


「ちょっとじいさん、手を洗ってないのか!? 触るなよ!」


「うるせぇ、細かいこと気にすんじゃねぇ!」


 じいさんは俺と小林の背中をバンバンと叩いた。


「せっかくの再会だが残念だな。お前の息子が切り刻まれるところをそこで見ているがいい」


 カイエルが腕を構える。


「おう、なんだありゃあ」


 じいさんがやっぱり動じてない様子で聞いてくる。


「いや……なんか魔王の配下なんだけど、事情を知らないらしくて本気で襲いかかってきてるんだ」


「おめぇら、本当におもしれぇ人生送ってるじゃねぇか」


「命に関わるんだよ! ってか、危ないからどっかどいてろよ!」


「んなもん、事情説明すればいいじゃねぇか」


 じいさんが今にも魔法を放とうとしているカイエルのことを全く無視して普通に話してくる。


「女神があそこにいるんだよ。女神の前じゃ、八百長のことをばらせないだろ!」


「なんだよ、しちめんどくせぇなぁ」


 じいさんは不満げにつぶやいてから、面倒くさそうにカイエルに向かって歩いて行く。


「な、なんだ!? 命乞いか? そんなものは聞かんぞ。たとえ子供だろうと、魔王様に刃向かったからには生きては帰さん」


 じいさんがあまりに動じない態度で近づいていくので、カイエルが軽く驚いているようだ。


「けっ、なんだこの偏屈じじいは!」


 カイエルの前まで詰め寄ったじいさんが、ペッとつばを吐き捨てた。


「お、おいおい、じいさん危ないぞ。俺たちは死んでも元の世界に戻るだけだけど、じいさん死んだらそれっきりだぜ」


「ま、待て! もうちょっと様子を見よう」


 俺が出ようとすると、小林が俺の肩をつかんで引き留めた。


 じいさんはカイエルと向き合っている。

 背の高いカイエルと小柄のじいさん、どうみてもじいさんの勝てる見込みはない。

 というか、背の高さ以前の問題だが、見た目からしても絶対に勝てる要素がない。


「ん~……」


 じいさんが頭をかいてから、俺たちを振り向いた。


「ところでおめぇ、なんで頭にみかんなんか載せてるんだ? へんな人形までぶらさげてるじゃねぇか」


 じいさんが小林を見てつぶやく。


「い、いや、じいさん、そんなことどうでもいいから! 危ないって!」


「うるせぇ」


 じいさんは気にせず、またカイエルと向き合った。


「おい、弱いいじめとはとんでもねぇくそじじいだな。その年になったらもうちっとまともなことができそうなもんだがなぁ。ガキじゃねぇんだぞ」


 突然の暴言にカイエルが顔をしかめた。


「な、なんだと? 貴様、死にたいのか」


「死にてぇわけねぇだろ。くだらねぇこと、聞くんじゃねぇよ。まだ天国に行くには気が早え。なんだよ、気取りやがって。老いぼれが気取っても格好つかねぇよ」


「なんだと、このわしを愚弄したものがどうなるか見せてやる!」


 と、カイエルが腕を構える。

 おいおい、あいつ気が短そうだぞ。

 じいさん蒸発するぞ!


「おいおい、気が短えなぁ。そんなんじゃ、頭にあっという間に血が上って早死にするぜ。もうちっと、余裕っつーもんを持ちな、余裕っつーもんを」


 ところが、じいさんが飄々と流す。

 その態度に少し恥ずかしくなったのか、カイエルが腕を崩してなんでもない顔をする。


「ふ、ふん。どいていろ老いぼれ。わしの相手はあの二人だ」


「だからよ、弱い者いじめってのは感心しねぇな。言わなくても分かってると思うが、あいつら弱いぜ? なんだか知らねぇが、おめぇは強いんだろ。そういうのはいけねぇなぁ」


「ゴタゴタと訳の分からんことを! どいていろ!」


 カイエルがじいさんを押しのけて、俺と小林の方に向き直る。


「おいおい、じいさん。その年になって礼儀も分かってないのかよ。話の途中だぜ」


 ところが、じいさんがカイエルの前に回って、またカイエルと向き合う。


「わしはお前に話などない! どけい!」


 その仕草を見ていると、カイエルはどうもあのじいさんが苦手らしい。

 無力な一般人を呼んで、その一般人が震える中俺たちをギタギタにしたかったのだろうが、じいさんが全然怯えないので困っているのだろう。


「なぁ、小林……あのまま放っておいて大丈夫か? ちょっと危ないと思うぞ」


「わかってる。もう少し茶屋のおじいさんが注意をそらしてくれたら、俺たちであのカイエルって男を倒そう」


「え、行けるかな……俺まだ鎮痛剤が効いてるんだぞ」


「やるしかないだろ」


 小声で相談していると、じいさんの声が響いてきた。


「どけだと!? おう、てめぇいくつだ!」


「そ、そんなことはどうでも……」


 なんかじいさんがカイエルをカツアゲしているような構図になっている。


「いくつだって聞いてんだ!」


「な……72だ」


「72? 俺は80だぜ。年上に対する礼儀ってもんをしらねぇのか!? ああん!?」


「う、うるさい! どけ!」


「おう、てめぇ、72でなにやってやがる。その年になったら、後に続く連中に教えでも授けてるもんじゃねぇのか。なんでこんなことやってやがるんだよぉ」


「は!? 後に続く連中!? あのバカどもがか!?」


 じいさんの言葉が琴線に触れたらしい。

 カイエルが俺たちから視線を外して、完全にじいさんに向き合った。

 もはや俺たちは眼中にない。


「お、小林、今じゃないか?」


「あ、あぁ、そうだな……」


 小林もいまいち踏み出せないようで躊躇している。

 しかし、そんなことはつゆ知らず、じいさんとカイエルは怒鳴り合っている。


「バカども? 若いのってのは馬鹿に決まってんだよ。そいつをなんとか一人前に仕立て上げてやるのが年寄りの役割じゃねぇか」


「何を言うか! あの馬鹿ども、才能もなければ気力も無い。それでも一人前に育ててやったと思ったら、わしに反旗を翻して王国側に寝返りおった! あんな馬鹿どものことなど知るか!」


「ほお、そりゃ気の毒なこったな。だけど、裏切られるおめぇの人徳の無さを恨んだ方がいいな。だいたい育ててやったなんて偉そうなこと言ってるから誰もついてこねぇんだよ」


「な、なにおぅ!? 良いか、このわしはエフエル国きっての大魔術師で、周辺国でその名を知らぬ者がいないほどの……」


 カイエルが言いかけると、じいさんが臭い物を前にしたかのように手を振った。


「あぁ、いけねぇいけねぇ。そうやって自慢するような老いぼれになったらおしまいよぉ」


「くそ、老いぼれ! 言いたいことを言わせておけば! 死にたいか!」


「うるせぇ、お前だって老いぼれ一歩手前だろうが。そうやって、力に頼るようなやり方をしてるから誰もついてこねぇんだよ」


「うるさい! わしは力になど頼っておらん! わしには膨大な魔術の知識も……」


 カイエルが言いかけると、またじいさんが言葉をぶった切った。


「ほお、そいつはいい。じゃあ、魔法だかなんかしらないが、そいつでねじ伏せるんじゃなくて、きちんとお前さんの知恵で俺を納得させてもらおうか」


「何を勝手なことを」


「ほお、できないのか?」


 じいさんが喧嘩を売ってる顔でカイエルの顔をのぞき込んだ。


「馬鹿なことを! その程度たやすいことだっ」


「そりゃいい。んじゃ、きっちりと納得させてもらおうか」


 じいさんが答える。


「あれ、なんかじいさん、向こうの魔法攻撃封印してないか?」


「っぽいな……」


 小林がぽつりと言った。

 小林は剣を構えているものの、すでに脱力している。

 完全に切りかかる気を失っている。


 じいさんのマシンガントークはまだ続いている。


「ったく、どうしてお前はそういう性格になっちまったんだ」


「うるさい! なぜお前はそう偉そうに」


「年上だからに決まってるじゃねぇか。ったく、筋肉馬鹿は年食っても筋肉馬鹿なんだからしょうがねぇぜ」


「だれが筋肉馬鹿だ! わしの魔術知識は……」


「そいつが筋肉馬鹿だって言ってんだぜ。まったく、何でもかんでも力で押し切れるから、おつむが育たなかったんだよ。俺みたいに身一つで商売してみろや、そりゃあ随分と賢くなるぜ」


「なんだと、この貧乏人が偉そうに」


「貧乏人? はっ、お言葉だな。これでも子供3人育てて、孫の8人目ができようってな男だぜ。これで貧乏なら貧乏で結構だ」


「その程度のことで偉そうに。わしは王都に大邸宅があり、金庫には200万ルーブの金貨が……」


「だからよぉ、そいつが筋肉馬鹿だって言ってんだよ。力と金でごり押しすることしかしらねぇんだから、救いようがねぇ」


「な、なんだと!?」


 カイエルの口が先ほどからブルブル震えている。

 めちゃくちゃ怒っているのがここからでも分かる。


「おうおう。随分とすばらしい知識に、それはそれは素晴らしい頭なんだってな? だってのに、さっきからお前の口から出てくるのは悪口ばかりじゃねぇか。もうちっと中身のあることを言ってみろ」


「な、なにを馬鹿なことを」


「そればかりじゃねぇか。おい、ほら、言ってみろや!」


 するとカイエルは言いよどんで、視線をそらした。


「どのような魔術の神髄だろうと聞けばたやすく答えて……」


「だからよぉ、俺がそういうことを求めてるんじゃないってことぐらいわかんだろうがよぉ。おい、言ってみろい」


 カイエルはしばし沈黙して、そして咳払いをした。


「……貴殿には失礼した。わしは魔王様に挑んできた不届き者を成敗しようとしただけじゃ。貴殿は関係ない。帰って頂いて結構だ」


 あれ、じいさんを貴殿呼ばわりし始めた。


「これは……いけるんじゃない?」


「あぁ、いけるな」


 小林も頷いた。


「おう、今そういう話をしてるんじゃないだろう。おめぇの頭はどうなってんだ?」


「も、もうよい。帰れ」


「おうおう、話を勝手に終わらせないでもらおうか。俺は今、お前の含蓄のある言葉がききてぇって言ってんだよ。ほら、なんか言ってみろ。納得したら帰ってやる」


「もうよい!」


 カイエルが腕を構えると、その腕の先に黒い渦が出始める。

 じいさんを強制的に転移させるつもりだろう。


 しかし、じいさんはその腕をがしっとつかんだ。


「おいおい。力でねじ伏せるのはなしだって言ったよなぁ? 言葉できちんと納得させるっていったな? あれは嘘かい?」


「ぬ……」


 黒い渦が消える。

 カイエルがすごく困った顔をしている。


「ほれ、頭のいい大魔法使いなんだろ。この俺を納得させるぐらい簡単だよな。ほら、言ってみろや」


「ぬ、ぬぅ……」


「さーて、大魔法使い様の含蓄のある言葉をお聞きしてぇところだ。俺はさっきから待ち望んでるんだぜ。ほれほれ、言ってみろ」


「な、何を言えと……」


「そうさなぁ。なんで大魔法使い様が、こんなところで弱い者いじめをしているか聞かせてもらおうか」


「余計なお世話だ」


 カイエルがじいさんから視線をそらす。


「ほお、言えないのか。ってことは、そんな簡単なことも説明できない馬鹿者ですってことだな。わかった、わかったよ」


 その言葉にカイエルが目を見開いた。


「老いぼれ、言わせておけば! ならば言ってやる! わしはエフエルで自他共に認める最も優秀な魔術師だ。だというのに、育てた弟子は次々とわしを裏切って、王国側に回りおった! ほとほと下らぬ人間どもに愛想が尽きたのだ! そのときに出会ったのが魔王様だ。この世界からわしの世界に転移してきた魔王様はすばらしい力を見せてくださった。まさにあれが神の力! わしは下らぬ人間達から離れ、あの魔王様のために尽くそうと決めたのじゃ。わかったか、老いぼれ」


 なるほど、日村に対する忠誠心は本物なのか。

 ってか、日村がちゃんと告知して置いてくれればこんな目に遭わなかったのに。


「おいおい、本当に筋肉馬鹿だな。その魔王様ってのはどういう奴だよ。若い身空でとんでもない力を持ちながらも、先輩が困ってりゃ助けようとするようないい若者じゃねえか。よくそんな姿を見ながら、そこまでひねくれていられるもんだな」


 じいさんがため息をはきながら言った。


「うるさい、老いぼれ」


 ついにカイエルがぶち切れたらしく、腕を構える。


「ほお。ついに魔法で俺をねじふせようってか。なるほど、お前にとっちゃ力が強い方が正義ってことだな。そんじゃ」


 じいさんが手のひらにペッとつばを吐いた。

 便所を出てから洗ってない手と組み合わさって二重に汚くなった。


「おい、腕を出せ」


 じいさんが右腕を突き出した。


「……ん?」


 カイエルが腕を構えたまま、顔をしかめた。


「腕を出せって言ってんだよ。年上のことは聞くことだぜ。ほらよ」


 じいさんが無造作にカイエルの腕をつかんだ。

 じいさんの力が案外強いらしく、カイエルの腕の構えが崩れて姿勢を崩す。

 じいさんは何を思ったか、そのまま腕をつかんだまま地面に腹ばいになった。

 引っ張られてカイエルも地面に倒れる。


「な、なにをする」


 カイエルがもう片方の腕で身を起こそうとする。


「うるせえな。ほら、始めるぞ。俺は腕相撲には昔から自信があるんだ」


 じいさんはカイエルを無視して、腕に力を込めた。

 カイエルは力を入れてなかったらしく、そのまま簡単に腕が倒れる。


「おい、本気だしな」


「なにを馬鹿なことを……待て、ぬおっ……」


 じいさんに突然力を込められて、カイエルも反射的に腕に力を込めたようだ。

 その結果、腕相撲の状況が完成した。


 カイエルは歯を食いしばっているが、じいさんは余裕の表情だ。


「へっ、年寄りだと思ってなめるなよ。茶屋の人手が足りないから、10クエルや20クエルの荷物は毎日運んでるんだぜ。運動不足の魔法使いに負けるかい」


 じいさんが涼しい顔で腕を押し倒していく。

 カイエルはさらに歯を食いしばっているが、まったくなすすべがなくカイエルの腕は床まで押し倒された。


「ほら、俺の方が強いってことだな。強い方が偉いんだろ? んじゃ、俺の方が偉いってことだ。よし、お前ら、行っていいぞ」


 じいさんが俺と小林に手で合図した。


「へ? え?」


 俺たちは何を見ているのだろうか。


「な、なんで……?」


 小林も首をかしげる。


「なんでもなにもあるか。腕相撲で俺が勝った。それで終わりよ。ほらほらさっさと行け」


 じいさんが立ち上がって寄ってきて、洗ってない手で俺たちの背中を押した。


「い、いいのかな……」


「いいんだよ。細かいことを気にするな」


「いや、気にするけど……」


 振り返ると情けない顔をしたカイエルが立ち上がっていた。


「ま、まあよい。戦う気が失せた。どうせお前らでは魔王様には勝てん……」


「へっ、ようやく物わかりが良くなったな。人生相談にはあとでのってやるから、おとなしくしてるんだな」


「だれが貴様に相談など……」


「本当に頭がいいんだったら、どっちの人生経験が上かは、わかっているよなぁ?」


 じいさんが目配せすると、カイエルが下を向いた。

 すごく悔しそうな顔をしている。


「な、なんかよさそうだな」


「いいんだよ。さっさと行け! まどろっこしいんだよ」


 じいさんに押されて、俺と小林は部屋を出たのだった。


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