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ヤドヤド亭

 街の隅にあるその建物は、宿屋と酒場がつながった施設のようだった。

 入るとむさい男達が酒を飲んだり芋を突っついていたりした。


「なぁ、なんでこんなに男ばかりなんだ?」


「ここはそういう所だからよ。お前の制限とか関係ないよ」


「そうなのか……?」


 どうしても疑心暗鬼になる。

 しかし、見回しても本当に一切女っ気がない。


「その給仕の子ってのはどこにいるんだ?」


「ちょっと待てって。まずは座ろうぜ」


 小林が空いてる机に座って、荷物やらを脇に置いて粗雑な鎧も脱いでその上に置く。


「なんちゅー重装備で歩いてるんだよ」


「さっき魔物を倒してきた所なんだよ」


 そう言って、荷物をポンポンと叩く。


「ああなるほど。で、給仕の子は? かわいい女の子は?」


「ああ待てって。おーい、ライラ!」


 小林が声を出すと、厨房とみられる扉から少女が顔を出した。

 年頃は俺らと同じくらいだろうか。

 髪の毛の色は日本人と違う赤毛だが、整った顔立ちで笑顔がかなりかわいい。


「おぉ! やっぱり、異世界転生はこうじゃなけりゃな! 異世界に来たらまずかわいい女の子と仲良くなって……ん?」


 言いかけたところで、その少女は突然苦しそうな顔をして倒れ込んだ。

 突然のことに客達がどよめく。


「おい、ライラ、ライラ、どうした!?」

「なんだ、この症状はなんだ? 誰か、医者を呼んでこい!」

「おいおい、飯どころじゃねーぞ!」


 店の中の客が立ち上がって少女の元に駆け寄る。


「小林、な、なんかやばそうだぞ」


「あ、あぁ! 俺も見に行ってくる」


 小林も立ち上がって、他の客達と一緒にその少女の元に駆け寄る。

 人垣ができて、少女の姿は見えなくなってしまった。


 こりゃ、本気でやばそうだぞ。

 俺も様子を見よう!


 立ち上がって一歩踏み出す。


「うぐぅっ」


 人垣の向こうから変な声が聞こえた。

 たぶん、倒れているライラとかいう少女だ。


「ん?」


 なにか違和感を感じて足を止める。


「おい、息が止まったぞ! 早く医者を! 誰か人工呼吸を!」

「俺だ! 俺が人工呼吸をしてやる!」

「バカを言え、俺がやる!」

「ふざけてる場合じゃないぞーーー!!」


 そんな声が人垣から聞こえてくる。

 客の背中で少女の姿は見えないが、さらに重篤になったようだ。

 さっきの声が息が詰まる音だったようだ。


「え? まさか……」


 嫌な気配がして、試しに数歩離れてみる。


「い、息が戻った! とにかく医者を! 医者はまだか!」

「ちくしょう! 人工呼吸したかった!」

「あほか! んな冗談言ってる場合じゃないぞ! だれかこの症状が分かる奴はいないのか!? 医者が来る前に死んじまうぞ!」


 さらに数歩、店の隅まで移動してみる。

 その机に座っていた客が妙な顔をしたが、気にせず移動する。


「う、うぅ……」

「おう、ライラ、どうした!?」

「急に気分が悪くなって……」

「どうした!? なんか病気か!?」

「わかりませんが、とにかく気分が悪いんです……」

「今医者を呼んだぞ! もう少しの我慢だ!」

「い、いえ、自分で行きます」

「立てるのか!?」


 人垣の向こうから聞こえてくる声を聞いていると、そのライラという少女は誰かと一緒に医者のところまで行くことにしたらしい。


「ええ……おいおい」


 少女がふらふらしながら扉に向かって歩いて行くのが、人と人の間からチラチラと見える。

 その少女が店を出て行くと、店内は落ち着きを取り戻した。


「な、なんだったんだろうな?」

「病気じゃないか。働き過ぎだろう」

「心配だな。いつもあんな元気なのに……」


 と客達が心配そうに話している。

 周りに女性がいないことを確認してから元の席に戻り、しばらく待っていると小林が戻ってきた。


「なんだったんだ……心配だな」


 小林が少女が出て行った扉を見てつぶやく。


「いや、なんか俺のせいっぽいんだが」


「は?」


 小林はぽかんとした顔をした。


「……ああ!? まさかあの制限か!?」


「そんな気がする……ちょっとしゃれになってないぞこの制限」


 こっちから近づくと相手が死にかけるとは。

 こっちのほうがハーレムよりよほどあかんと思うが、あの銀髪野郎の頭の中はどうなってるんだ。


「さっきの娘、大丈夫だったか?」


「あ、あぁ、立ち上がった後はなんとか自力で歩いてたし、意識もはっきりしてたから、たぶん大丈夫だと思う……。しかし、まさかお前の制限がそんなに強力とはね」


「くそっ! 俺の異世界チートハーレムはどうなるんだ!? 異世界転生って言ったら、美少女だろ! 出会いだろ! 俺の異世界ライフはどうなるんだ、こんちくしょう! ぬおおおおおおお!!!」


 頭をかきむしって、机をバンバンと叩く。

 その様子を見ていた小林が、突然親指を立てた。


「なんだよ。人の不幸を楽しむとはいい性格だな」


「違う! ライラには気の毒だったが、いいことを思いついたんだ。俺は今まで『男の娘』を探していたんだけど、どうにも見つけられなくてさ。だって、探し方なんて分からないだろう。だから、ただ魔物を退治して日銭を稼ぐ毎日だったんだが……お前が来たおかげで可能性が出てきた」


「なんだよ。意味が分からん」


「つまりだ。お前が近づくと若い女の子はみな具合悪くなるわけだ」


「そういうレベルじゃないぞ。50才以下は全部ダメなんだから、人妻だろうがおばちゃんだろうが全部だめだ」


「年齢の話は置いておいて、とにかくお前が近づくだけで女は倒れる。つまり、一見美少女な男を見つけるにはこれ以上のいい方法はない! 見掛けた美少女に片っ端から近づいて、倒れない奴を探す! それがつまり男の娘だ!」


 小林が拳を握りしめる。

 腕の筋肉がミシミシ音を立てる。

 文化系の俺と違ってなかなかいい体をしている。


「あーうん、そうだな……。それぐらいしか取り柄がないスキル……っつーか呪いだからな」


「あぁ、これで俺の方は一筋の光が見えてきた」


 小林が希望に満ちた笑顔を浮かべる。

 いや、そんな表情が似合う爽やかなシチュエーションじゃない気がするんだ。


「お前はいいよ。俺の方が一筋の光とか一切見えてないんだが。チートハーレム……」


「おい、そんなのはさっぱり諦めろ。悪い夢だと思って、さっさと目標を果たして日本に帰ればいいんだ。俺だってそうする気だよ。こんな肉体労働とは早いところおさらばしたい」


「おい! 魔王討伐だぞ!? 無理に決まってるだろ!? 俺はこんなところで女っ気がないまま一生を過ごすのか……」


 打ちひしがれていると小林が背中を叩いた。


「まぁそいつは後で考えよう。とにかく飯だ。腹が減るとろくな考えにならない」


「あぁ……そうだな」


 スープや串料理に手をつける。

 ぶっちゃけ、それほどうまくはないが、それでも腹が膨れると少し気分がマシになってくる。


「まぁ、お前も不運だけどよ。もっと不運なやつもいるんだから気を落とすなよ」


 食事の後半、小林が話しかけてきた。


「BL展開を押しつけられたお前のことか?」


「違うよ。この前ワンさんという中国人が転生してきたんだが」


「中国人!?」


「ワンさん、中年で肥満気味でなんか心臓の病気があったらしいんだ。だけど、この世界に飛ばすような担当者だから、なんの転生特典もなしだ。もちろん向こうの世界の物品の持ち込みも禁止だ」


「たしかに。甘い転生担当者だったら、もっとましな世界に転生させてくれるだろうしな」


「あぁ。それでワンさんは毎日薬を飲まないといけないらしいんだが……」


「ええ、まさかそれもなし!?」


「ああ。薬なしで心臓の発作を起こして転生してきて3日後に亡くなったよ」


「ひでぇ! ひどすぎないか!?」


「まぁ、死ねば元の世界に戻れるから、ある意味運が良かったのかもしれないが」


「死ねば戻れるのか!? ならここで死ねば……」


 と思って自分の体を見た。

 日本にいたときと全く同じで、つまりは現実そのもので、この体で死ぬと言うことはあまりに生々しい。


「いや……無理だな」


「あぁ、無理だな。そう簡単に死ねない。ワンさんいい人だったから、もうちょっといてほしかったんだけどな。それから劉さんという台湾人もいたんだけど、他の街に行ってから会ってないな」


「台湾人!?」


「珍しいところではコンゴ民主共和国とかルワンダもいたぞ」


「コンゴ!? ルワンダ!? ってか、それなのに日本人は俺が初めてなのか……」


「俺が会った中では桃山が最初の日本人だぜ」


 飯を食べ終えた後、俺たちは街の中を歩き回った。


 小林が先に街中を駆け回り、気に入った少女を見つける。

 小林が手招きしたら、俺が近づいていく。

 すると少女は100%具合悪くなって、小林が手でバッテンをするので俺は進むのを止めて戻っていく。


 こうして街中を歩き回った結果、通りにいる女性達はくまなく体調不良になり、奇病が蔓延していると街は大騒ぎになったのだった。




作品のコンセプトがわかりやすいように、作品のサブタイトルを変更しました。


前:「この転生系クソラノベにはヒロインが居ません ~チートもない~ ✝魔法もない✝ 『ハーレムもない』 ☆そもそも女の子がいない♪」

後:「この転生系クソラノベにはヒロインが居ません ~異世界転生モノの面白い要素を全部削ってみました~」


今読み直してみると心臓麻痺で亡くなったワンさんが気の毒すぎる。

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