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怒りのボルテージ 急上昇中


「まて、日村、今聞き捨てならないセリフを聞いたぞ」


 日村の言葉に、俺は顔を上げた。

 俺は今相当険しい顔をしているだろう。


「俺も聞き捨てならないセリフを聞いた気がする」


 小林も険しい顔をしている。


「どういうことだ。お前は一体何を食べてたんだ?」


 日村に迫ると、日村があたふたし出した。


「な、なんですか、そんな怖い顔をしないでください! べ、別に僕だってこの世界のご飯は結構食べてましたよ。ただ……その……高級料理ばかり」


「なにぃ!?」


「そ、その、安い食事は口に合わなくて。だってまずい……ですよね?」


「あぁ、まずい。それには全力で同意しよう。少しまともなのはスイーツ類だけだ。だけど、俺たちはその安い食事を食べないと……いや、時にはその安い食事でさえも食える食えないかのギリギリの生活を送ってきたんだ。そんな中、お前は高級料理ばかり食べていただと!?」


「いくら日村でも俺も許せないなぁっ!!」


 日村に対して甘いはずの小林でさえも吠えた。


「そ、そんな怒らないでください! 僕だっていつも高級料理ばかり食べてたわけじゃないですよ! 元の世界に戻ったときは中学生の姿だから、ファミレスしか入れませんでしたし」


 そういえば日村は元の世界に自分で帰れる能力があるんだった。

 しかし、日村のその発言はとても聞き流せるモノじゃない。


「ファミレス!? ファミレスだとっ! 貴様っ! そんな贅沢な食事を!?」


「ああ、許せんっ! 許せんなぁっ!」


 俺と小林が日村に食いつく。


「正直、この世界の高級料理を食っていたことより、俺たちが懐かしんでやまない日本の食事を普通に食っていたことのほうが許せん! どうこの落とし前をつけてもらおうかっ!」


「そ、そんなに怒ることですか!?」


「怒ることに決まっているだろうっ! これで怒らなければ何に対して怒るんだ!?」


「え、え、ええ……。あの、僕だってそんなファミレスばかり食べてた訳じゃないですから。あとは例えば日本のスーパーで食材を買い出して運んできて、こっちで転生仲間と鍋をしたり……」


「鍋ぇ!?」


 怒りのボルテージが増す。


「あとは海外の人ばかりだから、業務スーパーでその国の冷凍食品を買ってきてみんなで試食会をしたりとか……」


「試食会!?」


 怒りのボルテージがさらに増す。


「ぢぐじょう゛、う゛ら゛や゛ま゛じい゛」


 キャラが崩壊する勢いで小林が歯ぎしりをしている。


「で、でも、正直日本人の口には合わない食品も多かったですよ。だから、僕だってそんなおいしいモノばかり食べてたわけじゃ……」


 日村が笑ってごまかそうとする。

 そんな口先でごまかせるような状況ではない。


「い、一度、インド人の転生者が自分で料理するって言ってへんな料理を作ったんですが、調味料がなくて無理矢理醤油とか味噌で作ったのですごい味になったんですよ。あれは悲劇だったなぁ~あはは」


「味噌!?」「醤油!?」


 俺と小林の声がハモる。

 味噌……味噌ってどんな味だっけ。


「味噌汁……食いてぇ」


 そうつぶやくと、脇で俺たちのやりとりをスマホで撮影していたリカルドが「あっ」と声を上げた。

 当たり前のようにこの世界にスマホを持ち込んでやがる。


「日村さん、たしかインスタントの味噌汁を買ってましたよね。持ってきましょうか?」


「あ、あぁ、頼む」


 日村が言うと、リカルドはスマホをしまって足早に部屋を出て行った。


「なに……なんだと? まさかここで味噌汁が食えるというのか!? あの伝説の!?」


「ちょ、落ち着いてください先輩! ただの味噌汁ですから、それにインスタントだし」


「馬鹿者、インスタントだろうがなんだろうが味噌汁は味噌汁だっ! おお、小林、味噌汁が食えるぞ」


「あ、あぁ……やばい、俺泣きそう」


 俺と小林は手を取り合って、不思議な感動を分かち合った。


「まだか……まだ来ないのか」


「もう少し待ってください。多分、お湯を沸かしていると思うので」


 ちくしょう。

 まだか。

 まだかまだかまだか。

 もうすぐ、夢にまでみた日本の飯がやってくる。

 もうすぐ。もうすぐだ。


「持ってきましたよ」


 扉が開いて、リカルドがホテルにあるような車輪のついた台の上にカップを載せてごろごろとひいてきた。

 お椀がないので、普通のカップに入れたのだろう。


「こ、この匂いは……」


 カップを机の上に置くと、中身も見えないうちからあのかぐわしい匂いが漂ってきた。

 カップをひきよせ、その中をのぞき込むと、そこにはあの懐かしい茶色い液体があった。


「くぅっ……!!」


 火傷しないように気をつけつつ、口をつける。

 口の中に広がる、あの懐かしい匂いと味。

 ゆっくりと飲み込んで、カップを机の上に置く。

 これを一気に飲んでしまったら、楽しみがなくなってしまう。


「これだ……俺はこれを飲むために生きてきた」


「あぁ……」


 同じように味噌汁を飲み込んだ小林が頷いた。


「そ、そんな大げさな」


 と日村が笑う。


「うおい! 大げさじゃないぞ! 海外旅行で長期滞在したらせっかく現地のおいしい料理がいくらでもあるのに日本の飯が食べたくなって、割高な日本食をわざわざ海外で食べたなんてエピソードがあるだろ! おいしい料理でもそうなるのに、俺たちは救いがたいほどまずい料理しかなかったんだぞ!? その苦しみが分かるか!」


「あぁ、その通りだ。ところで、他にも日本の食べ物はあるのか?」


「い、いまあったかなぁ……。とりあえずポテトチップスぐらいはあったと思いますが」


「「よこせ!」」


 俺と小林の声がハモった。


「でも味噌汁とポテトチップスは会わないと思いますが……」


「なんでもいい! もってこい!」


「はいはい~。まだ残ってたかな」


 リカルドが台を引いて部屋を出て行く。


「飯どころか菓子まで日本の物を食べていたのか。とても許せない!!」


「あぁ、ゆるせない」


「そんな、大げさな……い、いいじゃないですか。それぐらい」


「よくないっ!」


「ひっ」


 日村が少しおびえた顔をする。

 魔王なんだからその程度でうろたえないでほしい。


「全く、とんでもない奴だ……」


 と言っていると、リカルドがまた台の上にいろいろ載せて部屋に入ってきた。


「とりあえず日村さんの部屋に置いてあったの全部持ってきましたよ」


 すると、日村が飛び上がった。


「ま、待て! それは共有のお菓子じゃなくて、僕個人のやつ! それは持ってきちゃ……」


 俺と小林がじろりとにらむと日村は黙り込んだ。


「い、いや、いいです。ご自由にどうぞ……」


 日村が黙ってそのまま座り込む。

 台の上にはポテトチップスどころかポッキーだのじゃがりこだの、聞いたことのない名前のお菓子にせんべいにあげくにはコンビニスイーツまで並んでいた。


「こ、小林……ここは桃源郷か」


「桃源郷のようだな」


「日村、もらっていくぞ」


「え」


 日村の答えを待たずに、片っ端から袋をつかんで荷物に詰め込んでいく。


「あ、あああ、ちょっと手加減してくださいよ!」


「うるせぇ! お前はまた買いに行けばいいだろ! ってか、物体のコピー能力とかあるんだろ! 後でまたコピーしてもってこいよ!」


「僕の能力は食べ物はコピーできないんですよ! コピーできるのは無機物だけなんです!」


「だとしても、金も山のようにあるんだろ! ケチケチするな!」


「そ、それはそうですけど! 中学生からお菓子を巻き上げて恥ずかしくないんですか!?」


「恥ずかしくないっ!!」


 俺と小林は荷物に詰め込むだけ詰め込むと、あとのお菓子をその場でバリバリと開け始めた。


「あ、あああ……」


 日村がなにか言いたそうな顔をしているが、無視する。

 開けた菓子を口に放り込んでいく。

 甘い。

 うまい。

 一部、微妙な味のモノもあるが、その微妙な味さえも愛おしい。


「よ、よく味噌汁でお菓子食べられますね」


 日村が突っ込む。

 そう言われると、たしかにさっぱりしたものがほしくなる。


「おーい、リカルド、できればお茶とかくれないか」


「紅茶で良ければ出せますよ。ただ、撮影協力お願いしますよ」


 ここまでされると断りにくい。


「ま、まぁ……わかったよ」


「よかった! じゃあ、持ってきますね」


 ついには、紅茶給仕付きのお菓子食べ放題という夢のような状況が完成した。

 俺と小林は紅茶をがぶ飲みしながら、日村の菓子を食べ尽くしていく。


「後で食べようと思ってたのに……」


「うるせぇ。ちくしょう、こんなうまいものを食べてやがったのか。許せん。許せん……いい味だ。この半分でもいいからこの世界の飯屋はがんばってもらいたい」


「十分の一でも相当改善するだろうな」


 なんだかんだといいながら、俺と小林は食べる手を止めない。


「俺たちが苦労している間にこんな生活を送っていたとか、まったく許せん。百回土下座されても許せんな!」


「全くだ! 桃山と一緒に居るものだから呪いのあおりを食って全然女の子との出会いがなかったしな」


 と、小林がブツブツつぶやく。


「おい、それは俺のせいじゃない! あの銀髪片眼鏡のせいだ! そういえば、女の子と言えば、日村、お前配下が女の子ばかりだとか言ってたな! ちくしょう! ハーレム作りやがって!」


「そういえば、祭りの時も周りに女の子連れてたもんな」


「ああ、思い出した! 美少女ばっかりで固めやがって! ゆるせん! 許せんぞ!」


 ポッキーをポリポリかじりながら紅茶を飲み、そして日村をにらみつける。

 日村に対する怒りのボルテージがさらにさらに上がってくる。


「そ、そんなハーレムなんてとんでもない! そ、そ、そんなことしてないですよ!」


 日村が手を振って否定する。


「いえ、日村さんは毎日のように少女を連れて寝室に行かれますよ」


 リカルドがしれっと言う。

 ちなみに、リカルドは紅茶を取りに行くときにカメラを持ってきて、部屋の隅にデジタル一眼レフを設置している。

 この場をかき回してその場面の映像を記録する気まんまんなのだろう。


「ぬわにぃ!? おい、小林、聞いたか!?」


「あぁ……許せん……」


 小林の声にすごみが乗る。


「ち、違いますよ! そんな毎日だなんて! た、たまにですよ!」


 日村が慌てて否定するが、それがフォローになっていないのを自覚してないようだ。


「ちなみに日村さんは、二人とか三人とか女性を連れて寝室に行くときもありますよ」


 リカルドがニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。


「な、なにぃ!? てめぇ、死んでも文句はないな!?」


「あぁ、俺が殺してやる」


「ちょ、ちょっとまってくださいよ! そ、そんな怒らないでください! リ、リカルド、そんなところ見てたのか!?」


「ご存じないようですが、魔王城の中は隠しカメラで一杯ですよ」


 リカルドがしれっと言うと、日村の表情が崩壊した。

 みため美少女の男の娘姿だから崩れてもそれなりに見れるが、常人だったらとんでもない顔になっていただろう。


「リ、リカルドォ!? お、お前、いつの間に!? まさか僕の部屋にも仕掛けてないだろうな」


「ばっちり8個しかけてありますよ。後で録画されてる映像を見ますか?」


「うがあぁぁぁぁぁ!!」


 日村が顔を真っ赤にして机に突っ伏す。


「おう、いいぞ、リカルド! その映像をここにもってこい! 目の前で見せてこいつに復讐してやる!」


「そうですか。それなら持ってきましょうか」


「やめろおおおおぉぉぉ!!」


 日村が拘束形のスキルを使ったらしくて、リカルドがその場で動けなくなる。


「日村さん、仲間に使ってこういうのはなしですよ」


「う、うるさいっ! お前なんか仲間じゃない! 盗撮魔がぁ!!」


 日村が顔を真っ赤にしたまま、リカルドを指さす。

 見た目美少女だから、完全にいけない場面に見えるな。

 しかし、悪いのは日村の方である。


「って、本気にしないでくださいよ。冗談に決まっているでしょう。僕が使っている機材は全部日村さんが日本の家電量販店からコピーしてきた物ですよ。盗撮用機材なんて手に入るわけ無いでしょう」


「あっ……そ、そうか……」


 日村がリカルドの拘束を解き、リカルドは腕や足を動かして体が動くことを確かめた。


「ちっ、ちくしょう! 魔王をからかうとか、とんでもない奴だ! ちょっとトイレ行ってくる!」


 そう言うと日村が突然消えた。


「ん? あれ、日村はどこに行ったんだ?」


 するとリカルドが答えた。


「あぁ、知らないんでしたね。日村さん、こちらのトイレがあまりに汚いので、トイレに行きたいときはいつも日本に転移して、向こうのコンビニとか大型店のトイレを使用しているんですよ」


「んなにぃ!? トイレごときのために能力使いまくってるのか!?」


「いやぁ、ずるいですよねぇ。私らは普通に城内のボットン便所なのに」


 リカルドがヘラヘラと笑う。

 ちくしょう、あいつはずっとトイレットペーパーと水洗トイレを使っていたのか。

 何から何までうらやましい。


「あ、日村さんがいないので言っちゃいますけど、本当に隠しカメラはありますよ。絶対に秘密にしてくださいね」


「ん? だって、電器屋のカメラを日村が能力でコピーして持ってきたんだろ? 電器屋にそんなもの売ってないって自分で言っただろ」


 すると、リカルドは「チッチッチッ」と言いながら人差し指を振った。


「日村さんも案外忘れっぽいですねぇ。家電量販店だと細かいアクセサリーとかレンズが全く無いんですよ。だから、一度秋葉原の専門店の商品をまるごとコピーして持ってきてもらったんです。その中には隠しカメラぐらいありますよ。そもそも、普通のアクションカメラだってスマホだって盗撮に使えますしね」


「お前……大分悪だな」


「どれもこれも、最終的には映画のためです。あとは日村さんを脅して無理矢理協力させるときにも使えるかと」


「うん、普通に悪人だな」


 と言っていると、日村がまたワープしてやってきた。

 日村は小さなビニール袋を持っていて、そのビニール袋から「マウントレーニア カフェラテ」と書かれたコーヒーを取り出してストローを刺した机の上に置いた。


「あれ、トイレ行ってたんだろ?」


「はい。コンビニのトイレに。何も買わずに出てきにくいのでコーヒー買ってきました」


「……自分だけ?」


「い、いいじゃないですか。先輩方は紅茶を飲んでるでしょ!? もう、リカルドも先輩方もなんですか、人のことをグチグチ言って! べ、べ、別にいいじゃないですか」


「いや、良くない。全く良くないよな、小林」


「あぁ、良くないな」


 日村の様子を見れば見るほど、鬱憤がたまってくる。

 怒りのボルテージがどんどん高まるばかりだ。


「やはり日村は魔王だったな……俺たちが倒さなければならない存在だ。小林、そう思わないか?」


「100%同意する。うまい食事に美少女に囲まれる生活。そして、俺TUEEEの体現者。まさに我々の敵だ」


 俺と小林の気持ちがひとつになった。





悲報。

ここでストック終わり。

続きは……2-3日待ってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い、むしろクソチートてんこ盛りの方がクソ作品だと思ってます。 初めはただ面白いだけなのが魔王良い奴そして最新話でルサンチマンが充填されていく起承転結が素晴らしいです。
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