映像作家志望
日村が鈴を鳴らすと、足音が響いてきた。
扉がガチャリと開いて、もじゃもじゃ頭の白人が顔を出した。。
「どうもー。じゃ、打ち合わせ初めていいですかー?」
もじゃもじゃ頭が俺たちの顔を見回した。
「「は?」」
俺と小林がハモった。
「いや、待ってくれ。撮影の打ち合わせではなく、ちょっとそれ以前の説明をしたいんだ」
日村が言うと、頭もじゃもじゃが
「はぁ」
と曖昧な返事をした。
「ん? ん? なになに、どういうこと?」
「えーとですね。僕と先輩達が八百長するはずだったので、それを撮影したいと言っていたのが彼です。今日は先輩方が来たので撮影の打ち合わせもする予定だったのです」
「あぁ、なるほど。どうも、俺たちが魔王を倒しにやってきた転生者……ってとこですよ。あんたも転生者?」
「ええ、そうです。私、映画作りに携わりたいと思っていて、個人で映画を撮っていたんですよ。その真っ最中にカンガルーにノックアウトされてこの世界に飛ばされたんです」
どこの国だか知らないが、トラックではなくてカンガルーに異世界に送られる国があるのか。
世界は広いな。
「この世界に来ても、正直魔王討伐とかどうでもよかったんです。そうしたら、日村さんに仲間に誘われて、そのまま仲間になったんです。日村さんに映画作りの話をしたら、日村さんが元の世界から機材を買ってきてくれたのですよ。何しろ異世界ですから映像は取り放題ですよ。夢のような話じゃないですか」
もじゃもじゃ男がものすごい熱意を感じさせるボディパフォーマンスで語った。
「な、なるほど。たしかに映像を撮るのは楽しそうだな」
「ですが、素材は撮影できても、戦闘シーンやアクションシーンを撮る機会が無くて困っていたんですよ。転生者と魔王のバトルなんて盛り上がるじゃないですか。是非とも私に撮影させてくださいっ!」
「いや、そう言われると……だって八百長だぜ?」
「知ってます。しかし、魔王の戦いです。これは格好良くなるに違いありません! さぁ、撮影プランを一緒に考えましょう!」
もじゃもじゃが腕に力を込めると、力こぶが盛り上がる。
海外の人は筋肉があるなぁ。
「リカルド、今その戦いを省略しようという話をしているんだ」
と日村が言うと、もじゃもじゃが一転して悲劇的な表情を浮かべる。
そうか、リカルドっていう名前なのか。
動きや表情がはっきりしていて、見ているだけでなんか面白い人だ。
「な、なんすか、それは。せっかく魔王を倒そうという人間が現れたのに、戦わないなんてそんなことあってたまりますか! 私がこれまでどれだけ魔王戦を待ち望んだことか……。人のことは言えませんが、どの転生者も全部魔王様サイドにひっくりかえっちゃうもんですから、全然戦いのシーンとかないんですから! やっと、やっとなのです! さぁ、勇者さん、戦いましょう! このにっくき魔王を倒しましょう!」
と日村を指さすリカルドさん。
いやいや、「にっくき魔王」ってあんたの仲間だろう。
「え、えーと、リカルドさん。そもそもこの戦いって、天界の人間に見せて俺たちが魔王を傷つけて魔王がこの世界を去るところを見せるための物だから。それで俺と小林が元の世界に帰れるって訳だ。でも、天界の人間がいないんだからわざわざ戦う意味が無いって」
「えぇ、そんな!? 私は許しませんよ! ここまできて戦わないなんて、そんな、そんな、そんなことはありえない!」
リカルドは手を天に向かって突き出してひざまずく。
なにかの宗教的な儀式だろうか。
「いやいや、俺たちも無駄に戦って怪我とかしたくないし。だいたい、この日村はチート持ちだぜ。ちょっとした手違いでこっちが大けがする羽目になる。下手したら死ぬぜ。そりゃ、死ねば元の世界に帰れるけど、そういうトラウマ級の経験はしたくない」
「そこは打ち合わせをきちんとやれば大丈夫です! それに、登場人物が死ぬのも劇的でいいと思いますよ。とても絵になります」
リカルドは満面の笑顔で言う。
「あのな、死ぬのは俺たちなんだが……勘弁してくれよ」
「こんな状況だから、戦わずに終わらせるとリカルドがうるさいんですよ。僕も面白半分で機材集めに協力しちゃいましたし、ここで放り出すのも申し訳なくて」
と日村が言う。
「うーん、話は分かるけど、困っちゃうな」
「ってか、どうなるんだ、この話は……俺たちは帰れるのか?」
と小林も困った顔をする。
はぁ、本当にこの異世界転生どうなってるんだよ。
ハーレムとか俺TUEEE的な楽しい展開もなく、バトルは飛び跳ねるカメを倒すだけ、後は日銭を稼ぐ毎日。
さらには魔王は割といい奴というか、すでに仲間だし、その仲間を倒す八百長をやって地球に帰るとか、もうほんとわけがわからな。
さらには、魔王の仲間が八百長を撮影したいとか言い出すし、その八百長で騙すはずの肝心の天界の人間は誰も来ない。
「ほんとーに、酷いな……はぁ……。あぁ……なんかもうほんと疲れてきた……」
俺も思わずため息を吐くと、日村が俺たちの様子を見てあたふたし出した。
「ちょっと先輩方、そんなに落ち込まないでください! 元気を出してください! 先輩方は大変だと思いますが、僕だって政治に巻き込まれて結構苦労してるんですよ。そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでください」
「うーん、たしかに日村は大変そうだよな……。周辺国につけ込まれたりいろいろしてるんだろ。俺たちには全く分からない次元の話だわ」
「そうですよ。大変なんですよ。それでもなんとかやってるんですから、先輩方もがんばってください」
そうだな。いくらチートでも日村も苦労しているんだ。
中学生ががんばっているのに高校生の俺たちが愚痴ってちゃ格好がつかないよな。
「うん、そうだな。俺たちもがんばるよ……たとえ飯がまずかろうと、足が痛かろうと、金がなかろうと……う……」
言っていてつらくなってきた。
なんだかんだ言って、金がないのが一番つらかった。
「た、大変でしたね……。そっか、先輩方はずっとこの世界のご飯を食べてたんですもんね」
……ん?
まて、なんだそのセリフは?




