魔王城
結局、ジョコビッチの眠りの術で兵士を眠らせ国境線を越えた。
最初はあまりに安直だと思っていたが、その安直な方法が効果的なので文句も言えない。
「どうです。あれが廃墟の街です。あの中の大きな館を改修して魔王城にしているんです」
とジョコビッチが進行方向を指さした。
平野の向こうの川沿いにぽつんと四方を壁に囲まれた街が見えてきた。
壁に阻まれて街の中は見えないが、縦横1キロメートル前後はありそうな巨大なものだった。
「あんなでかい街が廃墟? それに壁もピカピカじゃないかよ」
「元はもっと小さなしょぼくれた街だったんですがね。日村さんがお得意のチートスキルで補修したり大規模化したりしたんですよ」
「街一つなんとかしちゃうチートとか酷い」
それに比べて我々は。
となりの小林は無言で歩きながら、頭の上のみかんの位置を調整しているし、俺だってさっきから笹の位置がずれてきて歩きにくいし。
ああ、考えない考えない。
「街の半分は魔王城になってます。街には宿屋・武器屋・防具屋・道具屋とRPG定番の店が全部そろってますよ」
「え、ここだけいきなりRPGっぽいわけ?」
「日村さんが設計した街ですから」
「あぁ、なるほどね」
ラスボス周りだけRPGされてもなぁ。
これまでの道のりがあまりにファンタジーとかRPGから無縁すぎた。
「お二人とも感動がありませんね。どうしたんですか。魔王城ですよ? わくわくしませんか?」
ジョコビッチが一人ではしゃいでステップを踏みながら歩いている。
「うーん。そうだな。感動するべきなのかもしれないが、俺たちもそんなロマンを楽しむ余裕を失ってしまってな。なぁ、小林」
「あぁ」
「なんですか、お二人とも。そんな若い身空で冷めたことを言ってはいけませんよ。さぁさぁ、ラストダンジョンに入りますよ!」
ジョコビッチだけが元気に街に入っていく。
ちなみに城塞都市であるしラストダンジョンのはずだが、門は堂々と開いている上、一般の旅人や商人と思われる人たちも数少ないながらも出入りしていた。
「なぁ、ラストダンジョンって盛り上がってるけど、あんまりラストダンジョンっぽくないぞ」
「俺もそう思う。別にまがまがしくもないしな。たしかに、あの建物は馬鹿でかいが」
小林もそう答えた。
この二ヶ月の旅は想像以上に堪えた。
俺も小林も全くテンションが上がらない。
「あ、あぁ……来ちまった」
小林が足を止めて、荷物を下ろす。
「またか、小林」
「またですか、小林さん」
小林がポーズを取って、その場をくるくると回り始める。
その動きにも切れがない。
「ヒュッポス、ヒュッポス、ヒュッポス~。あああ~いえあ~……よし、終わり」
踊りの時にあげる雄叫びも非常に控えめだ。
ここのところずっとそんな感じだ。
「呪いも元気がないんだな」
「あぁ、呪いも旅疲れしたらしいな」
と小林が無表情で言って荷物を背負い直す。
「なんですか、お二人さん! ラスボス前なのに景気が悪いですよ! どうです、武器屋を見に行きませんか。ここはラストダンジョンですから、強い武器が山のように並んでますよ。日村さんがそろえたので」
「だが金がない。見ても悲しくなるだけだ」
小林が首を振る。
「ああ、そうだな。それに、どんな強い武器だとしてもチートなしの俺たちが持ったところで意味ないしな」
俺はうなだれた。
「そ、そんなことを言わないでください! じゃあ防具屋に行きませんか? 防具屋で最強の防具を買いましょう!」
「駄目だ。金がない。見ても悲しくなるだけだ」
小林が首を振る。
「ああ。それにチート相手にどんな防具を身につけたところで無意味だ」
俺はうなだれた。
「ちょっと、どうしたんですか! 昨日まではもっと元気だったじゃないですか! じゃあ道具屋に行きましょう! どんな傷でも治す秘薬が売っています。といっても怪しくありませんよ。秘薬という名前はついていますが、実際は宇宙世紀からきた転生者が持ってきたナノマシン内服薬です。効果も安全性も折り紙付きです」
「だから、金がない。見ても悲しくなるだけだ」
小林が首を振る。
「ああ。それにチートが本気を出したら傷がどうこうというレベルじゃなく、体ごとこの世から消滅するだろうしな。そんな秘薬は意味が無い」
俺はうなだれた。
「ちょっと、お二人ともどうしたんですか! とりあえず、魔王城の中に入りましょう。あそこなら天界の者が直接転移してこれないようになっているので、日村さんと存分に話してもらって大丈夫です」
ジョコビッチの言葉に少しだけ気を取り直して、俺と小林は魔王城に向かって歩いた。
ついたのは、通用門のような小さな扉だった。
なんとなく怪しく見える扉だったが別に罠などはなく、するすると進んでいき通路を抜けると、豪華な内装の部屋にたどり着いた。
上からはシャンデリアがぶら下がり、椅子や机には凝った装飾が施されている。
「ほへー……」
ものすごい間抜けなセリフが出て、完全に貧乏人の立場で所在なさげにキョロキョロと部屋の中を見回してしまう。
「すごいな」
と、小林も言う。
「では、これで私の仕事は終わったので帰らせていただきますね」
ジョコビッチが手をひらひらと振って、やってきた通用口の方に歩き出す。
「あ、ああ、ありがとうな」
「いえいえ」
ジョコビッチはあっという間に消えていなくなった。
こうして小林と二人で所在なさげにしていると、なんだか不安な気分になってくる。
正体不明の紫の髪の男に引き連れられて、変な扉から魔王城に潜入する。
そして、その男はいなくなってしまい、魔王城の部屋に俺たちだけが残される。
これが普通の物語だったら、俺たちは罠にかけられたパターンでこのあと酷い目に遭うコースだ。
実際には日村は敵対しているわけではないので、そんなことになるわけがないが。
「なぁ、この椅子座っていいのかな」
「いいんじゃないのか?」
装飾してあるピカピカの椅子に恐る恐る座る。
これが普通の物語だったらなにか仕掛けがしてあって、「くっくっくっ、かかったな勇者よ」とか魔王の手下が出てくる所だ。
しかし、特に何もない。
いや、本当に何もない。
なんなんだこの無の時間は。
「遅いなぁ、日村」
「忙しいんだろうな。できればあのでかい姿ではなく、あのかわい……小さい姿で出てきてほしいな」
小林、本音が出すぎだ。
「はぁ……」
思わずため息を吐き出すと、小林が俺の顔を見た。
「もしかして、お前帰りたくなくなったのか?」
「はぁ!? そんなわけないだろ! 飯もまずいし、女も全然いないし、なんでもかんでも大変なばかりのこんな世界、さっさとおさらばしたいに決まってるだろ!」
「俺も同じだぜ。だけどなぁ、なんか……なぁ……」
小林もはっきりしない言い方をした。
どうも、小林も似たような気分のようだ。
「っつーか、俺は普通に帰りたいぜ。それは小林も同意するだろ?」
「だから、そう言ってるだろ。俺も帰りたいのは同じだ」
「だけど、なんか引っかかるというか……わかるかこの感じ」
「ああ、分かるな。なんだろうな、RPGで重要イベントを全部スキップして魔王場前まで来て、魔王と戦う前に電源切っちまうような感じだ」
その小林の言葉が俺の心にジャストフィット。
俺は思わず快哉を叫んだ。
「おお、それだぞ小林! それだ! これで終わりってのは……なんか納得できないんだよな。たしかにここで日村と談合してあの腐女子をごまかせば帰れるんだけど、なんか……なぁ。しっくりしないよな」
「あぁ、しっくりしないな。お前なんか笹だけだからいいけど、俺はこんなみかんを頭に乗せてこんな変な人形まで山のようにぶら下げてここまで来たんだぞ」
改めて小林を見る。
「あ、改めてみると……す、すげぇ格好してるな。なんか慣れきってたけど、冷静に見ると……うわぁ。よくお前こんなんで街中歩いたな」
「お、お前、そういうこと言うな! 適当に流せ! その反応が一番つらいんだよ! とにかく、こんな苦労してここまでやってきたんだぜ。それが適当に八百長しておしまいじゃ、気分が収まらねぇ」
「そうそう、そういうことだよ。俺だって、なんだかんだでこの世界に3ヶ月以上は居たんだから、なにかいい感じに終わりたいよな。やっぱり最後は派手に行きたい。でも、どうしたもんか……」
俺と小林は、もやもやした気持ちで日村が出てくるのを待っていた。
お二人さんが、この物語の展開自体に文句を言い出してしまうと、作者としてもかなりつらい。
普通に八百長してくれればいいんだよ?
え、それじゃ納得しないの?




