魔王城一歩手前
とりあえず、前回の3冊分の展開の結果、魔王城一歩手前の国境線までたどり着いた。
三冊分の内容はきちんと覚えておられるだろうか。
忘れている方はもう一回ちゃんと読もう。
この国境線手前の時点で、茶屋のじいさんと別れてからだいだい二ヶ月ほど経っている。
ちなみに、この時点でも俺は呪いを避けるために笹を背負うことを余儀なくされている。
そして、三冊分の内容を読んだ方なら理解しているだろうが、小林の方は「笹を背負って変な踊りを踊ってムンクの叫び人形を38個ぶら下げて悪夢にうなされて頭にみかんを縛り付けている」という有様である。
それを思えば俺は大分マシな方である。
そして、三冊分の内容を読んだ方なら理解しているだろう。
俺たちの後ろには、「36人のおっさん達」がぞろぞろとついてきている。
「おーい、この袋は誰のだっぺか?」
「おらんのではないな。キスケどんのもんではねぇがぁ?」
「しっかし、あるじさまも気の毒なこってなぁ。どこに行くにもあんなおおぎな笹をもってえっちらおっちら歩いていかなならんとは。このまえなんぞせまい便所に入ろうとして入り口で引っかかって漏らしそうになっておったど」
「なんじゃなんじゃ、なぜこうもやかましいのだ。おぬしらはもっと静かに歩けぬのか」
「腹減ったのう」
「貴殿であるな、昨晩拙者の頭を蹴りおったのは。今だはっきりとした謝罪をしてもらっておらぬ」
「旦那、そいつは人違いだぜ。俺は昨日は酒の一滴も飲まずに宵のうちからすやすやと平和に寝てたんだ。そんななんくせやめてもらおう。旦那の頭を蹴飛ばしたのはクマーの野郎に違いねえぜ。なにしろあいつの酒癖の悪さったら一通りじゃねぇんだ。前にも酔っ払って連れ立ってた3人と喧嘩して、その3人とも肥だめの中に放り込んだことがあったんだい。あれにはさすがの俺も同情したね」
「おいおい、てめぇ宿代の割り前はどうした!? 払う払うとか言いながらもう3日分も貯まってんだぞ! さぁ、耳そろえて払ってもらおうか!」
「いてぇっ! 誰だ今俺の足を踏んだ奴は!」
「言っておくが、魔王を倒すのは俺様だからな。手出し無用だ」
「バカを言え! 手柄は俺の物だ」
「寝言は寝て言うんだな。魔王は俺の剣術で倒す」
「あんたら威勢がいいね。ま、俺はいいところ露払いが精一杯だが、あの転生者達を信じて一暴れしてやるさ」
「おい、おっさん、あの二人は転生者だけど全然能力がないらしいぜ。ま、そうは言ってもなにか隠れた能力があるのかもしれないが」
「ふん、転生者というものはかならず常軌を逸した力があるものだ。おそらく、あまりに強大な力故に隠しているのだろう」
「なるほどそういうことか」
この、36人、とにかくうるさい。
なにがなんだかわからないが、とにかくうるさい。
そのうるさい36人が団子になって俺たちの後をついてくる。
「なぁ、どうすんだよ、これ。これじゃ、日村相手に八百長とかできないぞ」
「そうだな……断ってるのにどんどんついてくるんだから困ったもんだよな」
と、頭の上にみかんを載せてムンクの叫び人形を山のようにぶら下げているどうみても変態の出で立ちの小林が言う。
これで時々珍妙な踊りを始めるんだから、さらに始末が悪い。
その様相でどんなセリフを言っても決まらないが、慣れとは恐ろしい物で俺はすでになんとも思わなくなってしまった。
「とにかく減らそうぜ。これじゃどうにもならん。第一うるさいしな。宿屋だろうと飯屋だろうと喧嘩が始めるのはもうこりごりだ」
「そうだな。でも、中には俺たちを助けようとして同行してくれる人も居るんだから、そう粗末にも扱えないな」
「そんな真面目なことを言ってもさ、これじゃしかたないだろ。なんとか考えないと」
「そうだなぁ……」
と街中を歩きながら小林と相談する。
その間も後ろの36人がわいわいと騒いでいる。
どうも、誰かと誰かが取っ組み合いの喧嘩を始めたようだ。もうしらん。
「ってか、あのスピード凶のシドウキが居なくなってから、誰も来ないんだが、それもどうかと思うよな。日村の奴、もしかして俺たちのことを忘れているのか? 本人が来たときに天界と出くわしたらまずいとか言ってたけど、それなら代理の奴をよこせばいいのに」
「それについては俺もそう思うな」
と、小林が頭の上のみかんの位置を調整しながら頷く。
「全く、日村の奴、年下ながら経験豊富で俺たちよりもずっとできる奴だと思っていたのに、こんなざまとは……ん?」
街中の大通りの中央。
あからさまに俺たちが来るのを待っている男がいる。
髪の毛が紫でつんつんとがっていて、更に間違った日本風の服を着て袴を締めている。
その怪しい風体の男が腕組みをしてこちらをじっと見つめている。
「なぁ、あれはどうみても現地人じゃないよな。転生してきたやつっぽいな。魔王の使いだと信じていいんだよな」
「いや、桃山、気が早いぞ。魔王とは関係ない転生者で魔王討伐に同行しますとか言い出しかねない。さらにややこしくなる」
「たしかに……。よし、ちょっと避けるか」
「その方がいいだろう」
ということで、右にちょうど脇道があったのでそちらに逸れる。
俺と小林はなんなく抜けたが、36人の一行は押し合いへし合いしながらついてくる。
「なぁ、あいつらには譲り合いという精神がないのかな。やっぱり日本人とメンタリティが違うのかな」
「違うんだろう。って、おい、ここ行き止まりだぞ!」
小林が言う通り、目の前には建物があって行き止まりだった。
どこかへ通り抜ける道ではなく、奥まった所にある家に行くための道だったようだ。
「おい、バック! 戻ってくれ! おい、だから来るなって! おいおい!」
俺がいくら怒声をあげても最後尾には聞こえずに、後ろから36人がどんどん詰めてくる。
「ちょ、お前、戻れよ!」
「あるじさん、そう言われましても、後ろから押されるもんで……」
「ぬお、くそおおおおおお!! おい、戻れ! 後ろ! 戻れ!」
そんなことをやっていると、ちょうど突き当たりにあった家の扉が開いて、杖をついたじいさんが出てきた。
「な、なんじゃ? なにかあったのかい?」
「い、いえ、道を間違えまして」
「そうかい。なんじゃ、賑やかじゃのぉ。わしも出かけるんで、どいてくれんかの」
「どきたいんですけど、どけないんですよ……。おい! 後ろまで伝言してくれ! 戻れって伝言してくれ!」
俺が叫ぶと前にいる男が後ろに伝える。
「おい、戻れってよ! 行き止まりだ!」
「行き止まりだってよ! 戻れ戻れ! おいおい、押すんじゃねぇ!」
「いてぇな! おい、行き止まりだ! 後ろの奴、戻れ!」
「戻れ戻れ!」
伝言が順調に伝達されていく。
「誰だ!? いま、俺の剣に触ったな!?」
「触ってねぇ! クソガキがいちいちうるせぇんだよ」
「誰がガキだ!?」
伝言が途切れて、そんな喧嘩が聞こえてくる。
「あー、あるじさま、どうも喧嘩がおっぱじまったようだね。こりゃ収まるまで待つしかないねぇ」
先頭の男が言う。
「うおい! そんな喧嘩は後にしてくれ! いいから戻れって!」
「わしも早く出かけたいんじゃがのー」
じいさんが俺をせかす。
「ぬがーーー!! もういい! どけ!」
俺は小林と一緒に停滞する隊列に突っ込んで、もみくちゃになりながら路地を逆に進んでいく。
めっちゃきついけど、こうでもしないと埒があかない。
「いてぇ! じいさん、杖を振るな!」
そんな声がしたので後ろを振り向くと、先ほどのじいさんが杖を左右に振り回しながら俺と小林の後を追いかけてくる。
なんてアグレッシブなじいさんだ。
「ちくしょう! 通せ通せ!」
「桃山殿、その笹をもってここを通り抜けるのは無謀ですぞ! むぎゅ……や、やめでぐだざれ゛~~!!」
「くっ。どこかでムンクの人形が取れそうだな。みかんも落ちそうだ」
小林も人形やみかんを押さえながら、俺の後をついてくる。
なんやかんやと隊列の中程まで来ると、まだ二人が喧嘩をしている。
「はいはい、ちょっと横通るぜ」
その二人は放っておいて、うまくすりぬける。
すり抜けてから、隊列の後ろ側の男どもにむかって大声を出す。
「おい、バックバック! 行き止まりだ! 出ろ出ろ!」
そう発破をかけると隊列の後ろ側は人数が少ないこともあり、すぐに路地から出て行く。
それと一緒に俺と小林も大通りに戻る。
「ふぅ。酷い目に遭ったな。ん?」
振り返って路地を見ると、まだ二人が喧嘩をしている。
その片方が刀を抜いたようで、喧嘩が大事になっている。
そのせいで、その奥に居る隊列がそこを通り抜けできずに止まっている。
ちなみに、さきほどまで杖を振り回してついてきていたじいさんもそこで足止めを食らっている。
「おい、小林、おっさん達の半分は足止め食らってるぞ! いますぐここをずらかろう!」
「桃山、そいつは甘いぜ。いくら俺たちが姿をくらましたって、この笹があっちゃすぐに見つかっちまうぞ」
と、小林が笹を指さす。
俺としては笹よりも小林の頭に乗っているみかんの方が気になってしょうが無い。
っていうか、なんでこんな異常属性がぽんぽん重複で追加されていくんだ。
普通、こういう呪いとかって一つの話が終わる時に解けるよな。
「う、うーん……ま、まぁ、俺も小林も身を隠すのは絶望的だな」
と言っていると、ポンポンと肩を叩かれた。
「ん?」
振り向くと、紫の髪の男が俺の前にいた。
「うわお!?」
至近距離に居るくどいメークの顔。
「なんで私が待っていたのに横の道に逸れたんですか」
「いや……それは……怪しかったから」
「なんですと!? このクールな出で立ちが怪しいとは! あなたはそれでも日本人ですか!」
と紫の髪が怒る。
この人、何人なんだろう。
メークが派手すぎて分からない。
「え、えっと、魔王討伐の参加者? 見ての通りもう枠は一杯だよ。受付してないから。じゃ」
と、手を振って逃げようとしたところをその腕を捕まれた。
「げ」
「何を言っているんですか。私は魔王……って言って他の者に聞こえてはいけませんね。日村さんの使いの者ですよ」
なんと魔王の使いだった。
俺は小林と顔を合わせた。
「内密に話をしたいけど、この有様だからな……」
と声を潜めて答える。
すでに後ろから36人の男達がわらわらと集まってきている。
「大丈夫です。とおっ!」
紫の髪の男が戦隊ヒーローのようなかけ声をあげると、36人の男達が次々と道ばたに倒れた。
「眠ってもらいました。これで大丈夫です」
男が得意げに言ったが、俺たちを奇異の目で見る街の人たちの姿が俺の目に入ってきた。
「なぁ、こんな衆人環視の中で普通やるか!? 魔王軍にはまともな奴がいないのか……」
「だ、大丈夫なのか?」
と36人を心配したのは小林だ。
「眠っているだけです。さぁ、今のうちにこの場を離れましょう」
俺と小林と男は、通行人の注目を盛大に受けながら早歩きでその場を離れた。
十字路で右に曲がり、三本隣の狭い通りに入る。
そこで飯屋を見つけて、俺たち三人は奥の部屋に身を隠した。
もちろん、全然隠れていないが。
男は机を挟んで俺と小林の前に陣取っている。
「ここなら大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃ無いと思うが……それより、日村はどうしてるんだ。あのシドウキとかいう変なのが居なくなった後、二ヶ月ほったらかしだったんだが」
俺が疑問をぶつけると、男は頷いた。
「日村さんは決してあなたたちのことを忘れていたわけではありません。日村さんはあの後面倒な政争に巻き込まれてしまって、すぐに日本に帰るわけには行かなくなったのです。それをなんとか治めて、ようやく心置きなく日本に帰れるようになったのがつい先日。それで私がこうやって迎えに来たわけです」
「なるほどな」
と小林が頷く。
ちなみに、隣の机にいる小さな子供が俺たちの笹と小林の頭の上のみかんを指さしているが、よくあることなので無視する。
「しかし、お二人とも、ずいぶんと珍妙な格好ですね。日村さんから呪われていることは聞いていましたが、まさかここまでとんでもない格好をしているとは。こんな格好で歩くなんて度胸がありますね。私にはとてもできない」
「放っておけ! 俺だって気にはしてるんだけど、しかたないだろ! じゃあ、とにかく日村の方は片がついたんだな。あんたは魔王を倒す同行者という扱いだな?」
「ええ、そういうことです」
「だけどなぁ……見ただろ? あの俺たちの後ろからついてくる行列をさ。あれがあっちゃ日村と八百長勝負なんてできないぞ」
「そこはお任せください。私は先ほどのように相手を眠らせることができますから、やつらを足止めしてやりますよ。ちなみに私の名前はジョコビッチといいます」
ジョコビッチね。
偽名だろうが、なんとコメントしていいかわからない名前だ。
「じゃあ、とにかくさっさと行こう。でも、日村が拠点にしている廃墟って言うのは、隣の国なんだろ。俺たち身分証明書とか持ってないんだけど、国境越えられるかな」
これまで二度ほど国境を越えた。
一度目はシドウキと一緒に機械の馬で山の中を突き抜けた時だ。
あのときに、知らないうちに国境線を越えていたらしい。
二度目は小国の姫様を救うへっぽこ騎士に出会ったときだが、あのときは俺たちはなにもしれないのになぜか感謝されて、へっぽこ騎士の計らいで国境を無事越えることができた。
今思えばあのときに身分証みたいなモノを作ってもらえば良かったのだが、そこまで頭が回らなかった。
「お二人とも、転生者でしょう。国境線なんかチート能力でうまく飛び越せないんですか?」
と紫の髪が無茶なことを言う。
「無いよ」
「ならば私の出番ですな。私が国境を守る兵士を眠らせますので、そのうちに通り抜けましょう。実はいつもそうやって国境線をくぐり抜けてるんですよ」
紫が国境をくぐり抜ける度に、兵士がみんな眠りこけるのか。
そんな目立つ方法じゃ、逆に大騒ぎになる気がするが、まぁしかたがない。
「まぁ、そうするしかないな……というか、こういう話は歩きながらするべきだな。のんびりしてると36人が起きて俺たちを追いかけるんじゃないか?」
当たり前だが、俺たちは笹とみかんとムンクの人形のせいでどこにいっても目立つ。
すでに店内の客達も俺たちをじろじろ見ている。
紫の髪がいるからさらに目立つ。
「私の能力はそんなに甘くありません。あと2時間は大丈夫です」
「2時間か、自慢するほどでもないと思うが……」
「とにかく腹ごしらえです」
紫が店員に日替わり定食を注文する。
すると、小林が机を叩いて身を乗り出した。
「ジョコビッチさん、ちゃんとお金は持っていますよね!? 俺たちお金はありませんからねっ!」
その様子に紫ジョコビッチが目をぱちくりする。
「も、持ってますよ。なんですか」
「そもそも魔王城に向かって旅に出るとき、日村が金の心配はしなくていいって言うから旅に出たんです。だけど、シドウキが金を持ったまま走って行っちまったから、この旅は金欠の連続なんです! どいつもこいつも礼は言うけど礼金をよこさないんですよ。酷くないですか?」
小林がぐちぐち言い始めた。
いかん、小林が金について文句を言い出すと結構長い。
「あー、わかったわかった。小林、その辺にしとけ」
結局ジョコビッチがおごると言い出して、俺たちは一切懐を痛めることなく飯にありつくことができた。
しかも味もなかなか良く、久しぶりに満足感がある食事だった。
しかし、飯が終わったところでジョコビッチがデザートを注文しようとしていたので、せかして飯屋を出た。
あんまりゆっくりしてると36人がやってくる。
「よし、行くぞ、魔王城へ!」
飯屋を出たところで、俺は気合いを入れた。
小林は何も言わなかった。
ジョコビッチも「ですね」と言っただけだった。
なんだよ、この雰囲気は。




