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魔王の姿(効果:ゲルトじいさんがすごく驚く)

 日村は立ち上がって、椅子をどけて周りにスペースを作った。


「ただいま、帰ったぞ。なんじゃ、客か? またギータか? なに、あの子供らも? まぁいいわ、よいしょっと」


 そんな声が玄関から聞こえてきたのと、日村が目をつむったのは、ほぼ同時だった。

 扉ががばっと開いて、


「おお、ギータ」


 とゲルトじいさんが茶屋のじいさんに声をかけ、続いて俺たちの顔を見て、さらに男の娘姿の日村を見た。

 一見して不条理なほどの美少女なので、ゲルトじいさんがくわっと表情を変える。

 その表情が変わりきった瞬間に日村の姿が光に包まれた。


「う、うわあああああああああ」


、その光を見たゲルトじいさんが情けない声を出して尻餅をつく。

 そし光が収まると、バッジや紋章がついた軍服のような服を着て頭から角が生えている筋骨隆々の大男が立っていた。


「お、おお!?」


 と茶屋のじいさんが声を上げる。


「お、おぉ……」


 と小林が驚きと残念さが両方混じった複雑な表情を浮かべる。


 しかし、そんな二人の反応はどうでもいいくらいゲルトじいさんの驚きは激しかった。


「うわあああああああああああああああ! ばあさん! ばあさん! ばあさぁぁぁぁぁん! うわああああああああああああ!!! 女の子がっ! 女の子がっ!」


 ゲルトじいさんがすごい表情で叫びながら、台所に突っ込んでいく。


「うわああああああああ! あああああ!!!」


「なんですかおじいさん、やかましい! わたしゃ、今お湯を沸かしているんですよ。危ないじゃないですか!」


「そ、そ、そんな、それどころじゃない! へ、へんな大男が! 角が生え取る!」


「なにを馬鹿なことを言っているんですか。暇なら、そっちのお茶碗を取ってくださいな。棚が高くて手が届かないんですよ」


「じゃから、わしはあんな棚などいらんと言ったんじゃ! そんなことはどうでもいい! 大変だ大変だ大変だ! 誰か人を呼んでこよう!」


「まぁまぁ、なんですか一体」


 二人でずっとわちゃわちゃ言っているのが聞こえてくる。


「ま、まぁ、あっちはほっといて、話を進めようか? な?」


 俺が言うと、魔王スタイルになった日村が椅子に座り込む。

 男の娘スタイルと比較すると横幅が2倍になっているので非常に窮屈そうだ。

 というか、頭から角を生やして鋭い眼光をした大男が小さな椅子にちんまり座っているのはかなりシュールだ。


「私が魔王だ」


 と、日村が威圧効果とか加わっていそうな低い声で言う。


 その声が台所にも響いたようだ。


「ま、魔王じゃ! 魔王が攻めてきたんじゃ! お、おおおお、恐ろしい!」


「何言ってるんですか。魔王がうちに来るわけがないでしょう。まぁまぁ、そうやってお友達と一緒に私をからかおうなんてして。本当におじいさんはいつまでたっても子供なんですから」


「だれがからかっておる! 本当じゃ! そこまで言うならばあさんも見てこい!」


「嫌ですよ。扉を開けたら、ばぁって驚かす気でしょう。忘れていませんよ、30年前ジョーゼフさんが来たときにそうやって私をからかって二人で笑ってたじゃないですか。私がどれだけ気まずい思いをしたか知らないんですね」


「違う! 違うんじゃ! 本当に魔王じゃ! そう、あんな姿魔王以外にありえない! こ、この前、天界のなんちゃらがやってきたのがいかんかったんじゃ! この家どころか、街そのものが吹き飛ぶぞ! う、裏口から逃げるぞ!」


「はいはい。お好きにどうぞ」


「馬鹿者! 亭主が冗談で言っているか本気で言っているかぐらいわからんのか!? ばあさんも早く来て一緒に逃げるんじゃ!」


「わかりますよ。冗談でしょう」


「冗談ではないわ! 馬鹿者、一刻を争うんじゃぞ! また冥土に行くには早いんじゃ!」


 と台所からじいさんの声がわんわん響いてくる。


「……なぁ、日村、元に戻ろうぜ。その姿はゲルトじいさんでなくても他人に見られたら大騒ぎになる。じいさんもこれで日村が魔王だってことが分かっただろ?」


 じいさんは呆けた顔のまま頷く。


「よし、日村戻れ」


 日村が立ち上がって、また元の男の娘スタイルに戻った。

 もうここまで行ったら普通に女の子でいいんじゃないか?

 あ、そうすると俺が近寄れないか。


 姿が戻ったことでじいさんが幾分か表情を取り戻す。

 小林もまた安心した顔をする。

 お前、ちょっと露骨すぎるぞ。


「信用できんのなら、ばあさんも見てこい! じゃが、そっと開けるんじゃぞ! 目でもあったら大変じゃ!」


「はいはい。そうやってからかって私が驚いて尻餅でもつかないと納得しないんですね。もうわかりましたよ。はいはい、魔王様、いらっしゃいますか?」


 ゲルトじいさんの忠告を無視して、ばあさんが無造作に扉をがばっと開ける。

 そこに居るのはもう男の娘スタイルの日村だ。


「ほら、誰も居ないじゃないですか。気が済みましたか。じゃあ、私はお湯を沸かしているので」


 とこちらの顔を一瞥したばあさんが台所に戻っていき、ゲルトじいさんが恐る恐るといった様子で扉から顔を出す。


「ギ、ギータ! さっきのはなんじゃい!」


「まぁ、座れ座れ!」


 ゲルトじいさんが来たことで5つの椅子がすべて埋まり、茶屋のじいさんが説明することでゲルトじいさんも納得した。


「にわかには信じられんが、とりあえず言いたいことは分かった。しかし、なんでうちには変なもんが次々とやってくるんじゃ! 自分の家で話せばいいじゃろうが」


「うちだと客に話を聞かれることもあるからな。内緒話にはお前の所が一番なんだ。気にするな、けちくさい」


「気にするわい! ああ、肝が冷えたわい。あぁ……」


 ゲルトじいさんが椅子に座ったまま放心する。


「そういえば、お前は昔の魔王討伐に参加したんだったよな。どうだ、目の前の魔王も討伐してみるか? ひっひっ」


 茶屋のじいさんがゲルトじいさんにけしかけると、ゲルトじいさんは首を振った。


「じゃから、わしはただの露払いしかやっとらん。それに、あの大男と戦うなんぞごめんだ。ほっといてくれ……」


 またゲルトじいさんが放心する。

 完全にぼけ老人の顔をしている。


「まぁ、わかったよ。お前が魔王ってことかい。しかし、魔王なのに元の世界に帰りてぇのか? 北方でやりたい放題やってるって話だろ?」


「話せば長くなるのですが、自分は魔王になるつもりでああいうことをやったわけではなく、自分の身を守るために行動していたら魔王を呼ばれるようになってしまっただけです。身の安全が保証されるなら元の世界に帰りたいのです」


「なるほどな。あとは天界をうまく言いくるめれば一件落着ってことか。しかし、魔王を倒すってのはどういうことだい? 別に今すぐお前が魔王を止めて元の世界の戻るって言えばいいじゃねぇか」


 じいさんの言葉に俺の脳みそもぐるぐるっと回転する。

 うっかりスルーしていたけど、あの書面の内容はおかしい。


「そ、そうだぜ。なんで俺たちと日村が戦わないといけないんだ!? 意味ないだろ」


「それがいくつか理由がありまして……。まず第一に、いきなり僕が魔王の立場を捨てて元の世界に帰ると言っても信用されないと思います。天界の方は僕を世界征服を企む魔王だと思い込んでいるようですしね。だから、僕が転生勇者を甘く見ている傲岸不遜な魔王役を演じます。『こんな転生者に我を倒せるものか。万が一傷の一つでもつけたらすべてを元に戻して元の世界に戻ってやっても良いぞ。まぁ、そんなことはありえんだろうがなぁ。はっはっはっ』みたいな。その方が納得できると思います」


「なるほど。絶対強者の舐めプって装いか。それで、うっかり契約しちゃうって流れにするのか」


「ええ、そうです。第二の理由は……実は魔王城に集めてきた転生者の一人が地球の映像系の学生で……魔王と勇者の戦いを記録したいと気合い入ってるんですよ。かなえてあげないと後ですごく恨まれそうで」


 いや、なんだよそれ!?


「ど、どうやって記録するんだよ!? まさかスマホとか持ってるのか?」


「いえ、僕は普通に地球から物を持ってこれるので、一眼レフカメラとか編集用パソコンとか全部こっちに持ち込んでます」


 思ったより本格的だった。


「第三の理由は、せっかく魔王になったんだから倒されて終わりにしたいかな……と。僕個人の要望です」


「え、あぁ……そういう。たしかに、その方が終わりすっきりというか、残尿感がないよな。な、小林?」


「う? あ、あぁ、そうだな……」


 小林はビクッと震えて日村から視線をそらしてから、ぎこちない笑みで答えた。

 お前ほんと気をつけた方がいいぞ。


「でも俺たちは日村と戦っても絶対に勝てないぞ。それだけは自信を持って言える。なにせチートなしだからな。魔法もない。スキルもない。あ、魔王に洗脳されないように幻惑耐性はつけてあるぞ。ただし、その代わりに呪いに弱い。だからこの通りだ」


 と、笹を指さす。


「それから、一番ふざけたことに『50才以下の女性は接近禁止』だ」


「うわ、めちゃくちゃ……。なるほど、さっきからなんか先輩方の様子がおかしいと思ってたんですよね。納得です。うーん……」


 日村が考え込む。


「それを逆手に取りましょう。お、おそらく、先輩方も予想できるかと思いますが、ぼ、僕の配下は女の子がすごく多くて……」


 日村の声ががもにょもにょと小さくなる。

 すげぇ腹が立つんだけど。

 今の見た目がどうみても美少女じゃなければ頭を殴っている。


「へっへっ、さすが魔王様だな。なぁ、ゲルト?」


「ほっといてくれ」


 じいさんズがそんな会話をする。

 さらに恥ずかしそうにする日村。

 うーん、なんじゃこれ。


「最深部の部屋までの通路や部屋に女の子を置きますので、それを各個撃破してください。女の子は先輩に近寄れないと言うことですよね」


「まぁ……。向こうからは基本的に近寄ってこないし、こっちから無理に近づくと倒れて最悪息が止まる」


 その言葉に日村の息が一瞬止まった。


「う、うっかり女の子の姿にならなくてよかった。うちの配下をこ、殺さないでくださいよ?」


「殺さねぇよ!」


「最後に僕の部屋にたどり着いたら、僕がうまくうろたえますよ。『まさかここまでたどり着くとは!?』ってね。僕はその女性に近づけない呪いをしらないふりを貫きますから」


「いやあの、転生担当者的にはこれは呪いじゃないらしいよ?」


「いや、呪いでしょう」


 と、日村がきっぱり言う。


「やっぱそう思う?」


「で、そうですね。僕がそちらのメンバーの女性を人質に取りましょう。ところが女性の拘束が甘くて、女性が拘束から逃れて僕の懐に小刀を突き刺す。ああ、僕は自動回復があるのでその程度じゃ死にませんし、そもそも痛くもないです。でも痛そうなふりをしてうずくまるので、先輩が剣を僕の首に突きつけて『チェックメイトだ』とか言ってくれれば。そうしたら、負けを認めます」


 と、すらすらと語る日村。

 しかし、日村は肝心なことを忘れている。


「まぁ、そういう芝居でうまくいけばごまかせるかもしれないが、考えてくれ、誰を人質に取るって」


「だから、か弱い女性がいいですね。まさか逃げ出して僕を刺すとは思えないような印象の方がいいと思います」


「女性……ね。それは51才以上でもいいのかな?」


「あぁ……そうでしたっけ」


 日村が気まずそうな顔をする。


「なぁ、小林、そんな役回りができそうな女が俺たちのまえに現れたことがあったか?」


「うん」


 小林が頷く。


「は? 誰?」


「日村……」


「は?」


「ん……い、いや、違う! こういう美少女がいたらそういう役回りができると思っただけだ!」


 小林が手をバタバタし、顔をぷるぷる振って否定する。

 おい、小林……


「まぁ、気持ちはわかるけど……。一応、こいつの体は男だからな?」


「な、何を言っているんだよ! お、俺は別に」


「はいはい」


 しかし、魔王を討伐するのに魔王を人質に取るわけには行かない。


「だ、誰かいませんか? 人質にできそうな人が一人や二人……居ると思うんですが」


「そうは言われてもなぁ。タートル狩りの依頼をよくくれる農家のおじさんさんとか」


「それはちょっと……絵にならないかなぁ……」


 日村が微妙な顔をする。


「仕事を斡旋してくれるギルドのおばあちゃんとか」


「おばあちゃんですか。僕を刺すような動きできますかね……」


「無理だな。素早く動けて弱そうに見える人。うーん……小林じゃないけど日村のそのスタイルぐらいしか思いつかん」


「え、えええ? 先輩達どういう生活をしていた……いや、すいません」


 うんうんうなっていると、茶屋のじいさんが身を乗り出してきた。


「おい、弱い勇者が魔王を倒すって話ならいい昔話があるぜ」


 じいさんが得意そうににやりと笑った。



不思議なことに、だんだん主役がじいさんズな気がしてくる。


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