またしてもゲルト家
目を開けると、そこは俺たちが旅だった街だった。
というか、まさに東の外れの茶屋の目の前だった。
太陽を見てもさきほどから時間が経っていないようだった。
「え……本当に来ちゃったわけ?」
「そう……みたいだな」
小林も不思議そうにキョロキョロ辺りを見回している。
ちなみに、笹の刺さった荷物もちゃんと地面に落ちている。
荷物を拾い上げてから、また辺りを見る。
どうも実感がなくて信じられない。
中途半端な時間帯なので茶屋も閑散としていて、さきほどの喧噪とはあまりに雰囲気が異なる。
「うーん……なんかすごすぎるな、その転移とかいうチートスキル」
と、日村を振り返るとそこにはめちゃくちゃ目立つ衣装の長身イケメンがいた。
わびしい背景とのコントラストが激しい。
「お、おう!?」
「どうしました?」
と、日村が首をかしげる。
「どうもこうもあるか! やっぱりお前目立ちすぎる! じいさん達だってびっくりするぞ」
「あ、なるほど。確かにそうですね。形としては先輩達より年下になった方がいいですね」
と日村が手を顎に当ててなにか思案したと思ったら、次の瞬間には俺たちと似たような服を着た少年になっていた。
年は中学二年生と言われれば納得できる14,5才の様相だ。
だが、あきらかに日本人ではない顔立ちで髪の毛も金髪だ。
っていうか、先ほどの女装コンテストに出ていた少年達に負けないくらい美少女している男の娘だ。
粗末な格好をしていてもあふれる美貌に、思わず目をとめてしまう。
「なんつうチート……ってか、なんでそんな格好をするんだよ!? 普通の男でいいだろう!?」
「どうもこの魔法は自分のイメージに影響を受けてしまうんですよ。さきほど女装コンテストなんて見ていたから、そのイメージに影響されたようです」
「な、なるほど。しかし、お前、目立ちすぎるだろその姿……」
貧乳美少女と言われれば納得できる容姿だ。
声は声変わりしているので、声を出せば男とは分かる。
「ん?」
ふと、小林を見ると、小林はものすごく眼力で日村を見つめていた。
おい、お前やっぱりこういうの好きだろ。
「ま、まぁ、いい。じゃあ、日村は異世界転生してきた俺たちの後輩ってことで、じいさんと会おう。場合によっては正体を教えるかもしれないけど、とりあえず最初は穏当に」
茶屋に足を踏み入れると、また店主が声をかけてきた。
「あぁ、あんたらか。タイミングが悪いな。どうして、いつも会いたがっているキオラが居ないときにやってくるのかな」
「さ、さぁ、なんでしょうねぇ……えーと、じいさんは?」
「なんだい。えらくうちの親父と仲いいな。おい、親父……出てきたな」
なにか用があったのか、じいさんが店の方に出てきていた。
「あん? おめぇら、なんでここにいる? 祭りを見に行ったんじゃなかったのか?」
じいさんがきょとんとした顔で俺と小林を見て、それから後ろの日村を見た。
「なんでぇ、てめぇら、どこでそんなかわいこちゃんを引っかけてきたんだよ。さては出かけないでどこかでいいことして遊んでたのか? へっ、こっちは真面目に教えてやったのによぉ」
じいさんが不機嫌そうに言う。
たしかに普通に考えて旅に出てないと思われるだろう。
「おじいさん、言っておきますが僕は男ですよ」
一人称を俺から僕に変えた日村が挨拶をすると、じいさんはビクッと体を揺らした。
「お、お、男かい!? び、びっくりさせるな」
店の中の3人の客と店主も驚いた顔で日村を見ている。
だからやりすぎなんだよ、その男の娘スタイルは。
「ま、ちょっといろいろあって……とにかく話を聞いてほしいんだけど」
そう言うと、じいさんは
「よし、ゲルトの居間を借りよう」
と即答した。
そして、特に異論もないまま、隣のゲルト家の扉の前に立つ。
「なぁ、ここに入るとき、いつもゲルトじいさんが面倒なんだ。だから、じいさんから入ってくれ」
「なんだ、しゃあねぇな」
じいさんが先頭に立って、扉を叩く。
「おい、ゲルト。扉を開けろ! どうせ暇だろう! 急げ、急いで開けろ! 開けないと蹴破るぞ! おおい!」
思ったより茶屋のじいさんも酷い。
しばらくして、扉が開いたが、出てきたのはばあさんの方だった。
「あ、おとなりのギータさん。すいませんねぇ、うちの耄碌じじいは外に出てるんですよ」
「そうかい。ちょっと中でまたしてもらっていいか」
「あぁ、いいですよ。あら、この前のお二人じゃないですか。こっちはまたかわいい女の子」
「男です」
「あらぁ!? まぁまぁ、すいませんね。あんまりかわいかったもんだから。さぁさぁ、入って入って。ちょっと、その笹をうちにいれるの? あ、まって花瓶に当たるわ! 気をつけて、私のお気に入りなんですからね!」
ばあさんの案内で居間に入ってそれぞれが着席する。
一体何度ここに来たんだろうか。
なぜか落ち着く。
「じゃあ、お茶入れてきますからね」
ばあさんは台所に引っ込む。
今日はばあさん一人なので静かなものだ。
「で、なんでお前達がここにいるんだ? ミオールの街に行くはずだったんじゃないのか?」
じいさんが話を切り出した。
「じゃ、手短に説明するよ」
と、俺が街を出て途中で財布を盗まれたり呪われたりしながらもなんとかミオールの街の祭りに間に合ったことを話した。
「なるほど、それでそんな笹を背負っているのか。俺はてっきりおめぇらが笹を運ぶ仕事でもしてるのかと思ったぜ。まったくおもしれぇ旅してやがる。ひっひっひっ! で、なんでここに居るんだよ。祭りが終わって戻ってきたにしちゃ、えらく早いじゃないか」
「あぁ、祭りの真っ最中だったんだけど、こいつに会ってさ。こいつも異世界転生者なんだけど、瞬間移動できる能力があって俺たちを一緒にここまで移動してきたんだ。こいつがじいさんに会いたいんだってさ」
「瞬間移動? だって、おめぇらはなんの能力もないんだろ。それなのに、この美人な子供にはそんな能力があるのか」
じいさんが首をひねる。
「僕は先輩達よりも前に転生したんです。そのときは違う担当者で強力な能力をもらったんです」
「うおう、その見た目で男の声を出されると驚くな。ほぉ、この若いの二人より前に来たのか。ってことは、この世界には慣れてるんだな」
「多少は慣れていると思います」
「ほぉ。じゃあ、勇者ヒオキって知ってるか?」
じいさんが身を乗り出す。
「いえ、聞いたことはありませんが、それがなにか?」
日村が興味深そうに聞き返す。
あかん!
「やめろ日村! その話題に突っ込むな! じいさん、今はそれはなしだ!」
「なんだと!? 俺がせっかく親切にも昔話を教えてやろうとしてるのに、なんだその態度は!」
「じいさんの勇者ヒオキの話はわけわからないし、無駄に長いんだよ! 今はそれどころじゃないんだ!」
「わけがわからないとはなんでぇ! そんなら訳が分かるように最初からみっちりと話をしてやろう!」
「いらねぇよ! おい、日村も断れ」
「あ、なんか先輩方が嫌がってるので、結構です」
「なんだと、ちくしょう、やる気をそがれたぜ。で、その瞬間移動ができるすげぇ子供が俺に何のようだ?」
「天界から来た者達を説得したと聞いて、とても驚きました」
「あぁ? なに、あんなのたいしたことじゃねぇよ。ぎゃーぎゃー言うから、適当に言いくるめただけだぜ」
じいさんが特に表情を変えずに言う。
じいさん的には本当にその程度のことだと思ってるらしい。
ちなみに俺たちもその程度の認識だが、日村にとっては結構大事らしい。
「実は僕たち天界相手に交渉したいと思っていて、おじいさんに協力してもらいたいんです」
「協力っていってもたいしたことはできねぇぜ」
すると、日村はどこからともなく紙とペンを取り出す。
じいさんが驚いて目をしばたかせる。
日村は紙の上でペンを走らせた。
「とりあえず、このように書いてみました。魔王を倒したら先輩方が無事元の世界に帰れることを保証してもらいます。それから、魔王は倒されたら元の世界に帰ることを保証します。そして最後に元の世界の戻った先輩方と魔王については天界は一切関わらないことを保証してもらいます。これに天界の責任者からサインをもらうつもりです」
その紙を受け取ったじいさんは紙を遠ざけたり近づけたりしながら文章を読んだ。
「なるほど、契約書か。考えたもんだぜ。たしかにあの連中相手じゃ、口約束は信用ならねぇな。だけど、おめぇ、年の割に賢いようだが、まだ世間慣れしてねぇようだな」
いや、魔王やってるし、相当世間慣れしてると思うけど。
それでもまだ経験が足りてないっていうのか?
「どういうことでしょう?」
日村が眉をひそめる。
きっと日村も文句を言われるとは思っていなかったのだろう。
「へっ、信用できねぇ相手と商売して痛い目に遭ったことがないってことよ。おい、こんな紙を取り交わしたところで向こうが約束を破ったらどうなる」
「だから、約束を守るように書面を取り交わすんです」
「そりゃ、信頼できる相手ならそれでいいけどな。見ず知らずのやつとこんな契約結んじゃいけねぇぜ」
「どういうことです?」
「普通の商売なら手付金だとか担保を取るんだがな。そうすりゃ、契約を破ったときは向こうが担保分を損するし、こっちは担保で損害を補填できるって訳よ。こいつは、天界が約束を破ろうと思えばいくらでも破れるじゃねぇか」
と、じいさんがなんとも無さそうに言う。
正直、俺は驚いた。
日村が書面じゃないと駄目と言ったときにも、そんなことを思いつかなかった自分とのレベル差を感じたが、それでもまだ十分ではなかった。
ただの長話好きなじいさんだと思ったが、商売をやっていた年寄りだけあっていろいろ分かっている。
「す、すげぇな、じいさん」
思わず口に出すと、じいさんが俺の顔を見て首をかしげた。
「あん? なにがだ?」
「俺、そんな契約とか全然わからないから、相手が約束を破るとか思いつかなかったよ……」
「へん。まぁ、お前達みたいな若造に海千山千の狸を相手できねぇのは当然だよ。俺だって、若いときはうっかり信じて荷物まるごともってとんずらされたことだってあるぜ。とにかく、こいつはいけねぇ。ところで、『魔王は負けた場合に元の世界に帰る』って書いてあるが、こんなこの魔王は納得するのか? まず話はそれからだろう」
「あ、それは……」
と、日村の顔を見ると、日村は少し顔をしかめている。
やっぱり、正体を隠したままだと話がまとまらない。
じいさんをびっくりさせるのは忍びないが、ここですべて洗いざらい話してしまった方がいいだろう。
「おい、日村、正直に全部話しちまおうぜ」
「は、はい……」
日村が頷く。
そういえば小林が全然話してないなと思って小林の方を見ると、小林は日村の顔を見たまま薄笑いを浮かべている。
おい、お前完全にアウトな領域に突入してるぞ。
「実は僕が魔王なんです」
「はん?」
じいさんが奇妙な顔をする。
そりゃそうだろう。
「北方国家を支配下に置いてこの国にも牽制をしているあの魔法は、僕です」
「おめぇ、冗談はいい加減にしろ。いくらなんでもそんなこと信じられるかい」
と、じいさんが吐き捨てる。
どうもここまでいくと信じられない領域らしい。
「分かりました。これが証拠になるか分かりませんが、魔王として他国に接しているときの僕の姿をお見せします」
日村は立ち上がって、目をつむった。