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魔王の正体


「だが、話をするにしても祭りの真っ最中だ。どうせなら祭りも最後まで見たいな。あの建物の二階を借りよう」


 男がちょっとおしゃれな2階建ての建物を指さした。

 喫茶店かなにかの飲食店だろう。

 男が歩き出すと、そのオーラに圧倒されるかのように人々が勝手に道を空けていく。

 その後ろを俺たちが笹をわさわさ揺すらせながら歩いて行く。

 俺ら完全に道化だな~。知ってたけど。


 ステージ周りの人混みを抜けて、その店にたどり着くと男は懐から金貨を取り出して店主に渡した。

 どうも二階を空けるように頼んでいるようだ。

 ややあって、二階から10人ばかりの男女が出てくる。

 中に若い女性がいるようだったので、自分がいると外に出れないので建物の陰に隠れる。

 直接見えない場所だと普通に女性も通行できるらしい。

 

 やや待ってから陰から出て、男と一緒に建物の二階に上る。

 小さな部屋だったが、ステージ会場がよく見える特等席だった。


「ふむ。ここなら祭りを見ながらゆっくりと話せるな」


 店員(もちろん男)が持ってきたお茶と菓子を前にして、俺たちは向かい合った。

 俺たちは椅子の横に荷物を置いているが、やっぱり笹は勢いよく天に向かって突き出ている。

 まっすぐ立てると天井にぶつかるので、ちょっと斜めにしてあるが、こういう狭い部屋だとめちゃくちゃ邪魔だ。


「それにしても、なんだその竹のような物は」


「ああ、これ? 竹じゃなくて笹ですよ。似たようなもんだけど。これがないと呪われて動けなくなるんですよ」


「呪いなどなかったはずだが……。それがお前達の転生特典の副作用か? どういう転生特典をもらったんだ」


「えーと……」


 と小林と顔を合わせる。

 幻惑にかからないという特典があるが、それは公開しない方がよさそうだ。

 とすると、『ない』というしかない。


「ぶっちゃけ、特典ないです。転生担当者がやたら堅い男で、なんにもなかったんですよ」


「なんだって? 確かに俺ほどの強力な特典を受けた者は他に聞かないが、どの転生者も俊足や透視など何かしらの能力を持っていた。それもないのか」


 男が顔をしかめる。

 発言からして、こいつが例の魔王で間違いないな。

 しかし、結構話せそうな奴だ。


「そんなもんありませんって」


「む……ところで、お前達は地球出身か? 太陽系第三惑星の地球出身か?」


「ん? 第三惑星じゃない地球が?」


「いままでに太陽系第五惑星の『地球』出身者にあったことがある。地球という名前は同じだが全く異なる星だ」


「あ、違う星からの転生者も居るのか……。もちろん、俺たちは第三惑星の地球ですよ。で、日本人」


「日本人!?」


 男は目を大きく見開いた。


「時代は!? 2019年か!?」


「そ、そうですよ。2019年、令和1年。ちなみに栃木と群馬出身」


「お、おお! 俺もだ! 俺も日本人なんだ! 日本人は始めてだ! 日本人かと思っても中国人や韓国人でな。そうかそうか、日本人か!」


 男のテンションが突然上がったので、ちょっとびっくりした。


「あ、そういえば、外国人が多かったんだっけ?」


 と小林に聞くと、


「ああ。俺が会った中では中国人が多かったかな」


 と答える。


「そういえば、日本人は俺が初めてだって小林も言ってたもんな」


「やった、日本人か! で、何年生!?」


 突然男が態度がやたら親しげになる。


「え? あぁ、まぁ二人とも2年だよ」


「2年か。なら俺の方が上だな。中学3年だからな」


 イケメン男が勝ち誇った顔をした。


「ん?」

「は?」


 俺と小林の声がハモった。


「『中学』3年? 中学生?」


「そ、そうだけど、なに?」


 めちゃくちゃイケメンな男がうろたえながら、俺と小林の顔を交互に見る。


「一応、俺たち高校2年なんだけど」


「あ……」


 男が突然かしこまる。


「す、すいません。先輩方」


 男が緊張した顔で頭を下げる。

 それまでの尊大な態度が一瞬で消えた。


 ええ、なんじゃこりゃ!?


「い、いや……ちょっと聞くけど、あんた、魔王だろ?」


「な、なんか、そう呼ばれてるらしいことは知ってます」


 男が小刻みに貧乏揺すりをしながら答える。


「い、いや、あえて突っ込んでいいか? さっきまでのあの余裕ぶりはなんだったの!?」


「な、なんか、この役を演じてるときは余裕で振る舞えたんですけど、ちょっと現実にもどっちゃうとダメなんです。すんません」


 イケメンな男がへこへこと頭を下げる。


「あの、先輩方は転生するときに見た目は変えなかったんですか? とすると、転生というか転移ですね。俺の場合は全然違う見た目になったんで。あ、これはよそ行きの姿で、普段はまた違う見た目なんですよ。それにしても、先輩達、呪いまで受けるなんて本当に大変ですね。なにかあったら俺ができることならなんでも協力しますよ」


 テンプレチート魔王様はとても親切そうだ。

 え、なにこれ!?


「ん、すまん。俺たち今すんげー混乱してるんだけど。俺が聞いた話だと、あんたは魔王で北方の国を支配下に置いて世界征服をもくろんでいるとか。強い奴を集めて配下にして、さらには宇宙戦艦まで飛んでるとか。あと、あちこちで美少女を誘拐して回ってるとか」


 すると、めちゃくちゃイケメンな男が背中を丸めた。


「そ、そう言われると恥ずかしいんですけど……男の夢じゃないっすか、ハーレム……すんません、ほんとすんません」


「いや、許せん。許せんなぁ……」


 俺が敵意を向けると、小林が肩を叩いて止めた。


「謝ってるし、あとにしようぜ。それより、そっちの世界征服とか宇宙戦艦はなんなんだ」


 小林が聞くと男は頭をかきむしった。


「俺、めっちゃ怖かったんですよ! いつ背中から刺されたり毒殺されるんじゃないかって! わ、わかるでしょ、普通の日本人の感覚なら!?」


 男が、というか中身中学三年生が取り乱す。


「待て待て! 落ち着けって! もうちょっと順番に説明してくれ!」


「ああ、落ち着け」


 小林も言った。


「お、俺、ほんと典型的な俺TUEEEしてやばい魔物をどんどん倒したんですよ。途中まですっごく楽しかったんですけど、すべての魔物を倒したら大人の政治の世界に足を踏み入れちゃって、そこがめっちゃ怖かったんですよ。いくら俺が強くても国とか貴族の意向一つで犯罪者にされかねない雰囲気ありましたし、あの天界だってなんか信用ならないじゃないですか。最近分かるようになったんですけど、あれがお役所仕事ってやつっす! まじで信用ならないです! だから、とにかく強い奴は全部俺の配下に置いたんですよ」


「な、なるほど」


 俺が頷く。


「だからって、宇宙戦艦はいらないんじゃないか? あと街を攻め滅ぼしたとも聞いたぞ」


 と小林が横から聞く。


「宇宙戦艦持ってきたのは第五惑星の『地球』出身の奴です。それに宇宙戦艦って言えば格好いいですけど、中身は貨物船に武器乗っけただけのおんぼろ船ですよ。向こうの世界で宇宙海賊とか個人運輸業者が使ってるような安物だったんです。こっちから貴金属を持って行ってなんとか買ったんですよ。宇宙から監視・砲撃できれば安全じゃないですか。いっときますけど、国一つ滅ぼすような兵器は積んでないですよ!? あと、たしかに反抗する国とか街を占領しましたけど、ちゃんと頭だけ叩きましたよ。大量殺戮はしないようにいまのところなんとか踏みとどまってるんです。踏みとどまるのだって本当に大変なんです!」


「うーん、なんか俺たちが聞いていた話と全然雰囲気が違う……」


「だなぁ」


 と俺と小林が顔を合わせる。


「だから、あの天界を信じちゃダメです。対応がちぐはぐというか、言っていることが一貫しないというか、とにかく信用ならないです。先輩達も気をつけた方がいいです」


「俺が聞いた話だと、あんたを転生させたのはなんか俺の転生担当者の部長らしいぞ。その部長は結構困った人間らしくて、手柄を立てたくてあんたにすごい能力を与えたとか」


「あぁ、なるほど……そういうことかぁ。だからかぁ。魔王を倒した後に、俺の担当さん、つまり部長さんは、もっと功績をあげろっていって来たんですよ。そうしないと帰さないとかちょっと脅してきました。そうしたら、その後から別の天界の人がやってきて、今すぐに帰れとかやりすぎたら罰を与えるとかいいだして、もうなにがなんだかわかんなかったんです。そういうことでしたかぁ……」


 と、イケメンの姿をした中学生がうつむく。

 中身は中学生らしいが、人生経験的に俺たちをはるかに凌駕していそうだ。

 俺たちはタートルを狩って日銭を稼いでいただけだからな。


「ってことは、問題はあっちってこと? あんた……ってか、魔王の本名は?」


「あ、日村浩介っていいます」


「日村ね。日村としては、別に世界征服をする気はないと?」


「世界征服したいわけじゃなくて、自分の身を守るために最大限の努力をしてたらこんなんなっちゃったんですよ。経営ゲームみたいだと思ってちょっと楽しんでたときもありましたけど、今はもうとにかく怖くて。できることなら止めたいです。一般市民でいいっす」


「なるほど……覇気のない魔王だなぁ」


「そういうこというなら一回やってみてください! ハーレムハーレムっていいますけど、この世界の女達『この前の戦で夫を亡くした友達が居てね』とか『死んでる乞食がいた』とか結構生々しい話を普通にするんですよ! そのたびにいたたまれない気持ちになりますよ! 夜は気持ちいいけど!」


 その最後の一言がめちゃくちゃ腹が立つが、とりあえず事情は分かった。


「ってことは……戦うまでもなく俺たちの目的達成だな」


「だな」


「どういうことです?」


 イケメンの姿の日村が聞く。


「俺たちも他の転生者と同じように魔王討伐を依頼されたんだよ。それを達成したら帰れると」


「それ、なにか書面とかでもらいました?」


 日村が真面目な顔をして聞く。


「は?」


「あいつらの口約束、信用なりません。こっちの世界で政治に足を突っ込んで分かりましたけど、ああいう手合いを相手にするときには口約束は絶対にダメです。最低でもサイン入りの書類が必要です。最悪、それも破られるってしりましたけど。ほんと、なりふり構わないですよ、大人って奴はほんと汚い」


 やばい、この日村の人生経験レベルめっちゃ高いぞ。

 俺たちが先輩と敬わないといけないレベルだ。


「いや、書面は……もらってないなぁ」


「もらった方がいいです。それも担当レベルだとダメです。その上の俺の担当者である部長からもらわないとダメです。担当者レベルの書面だと、後から『俺はしらん』とか言われて上から否定されて紙くずになります。権限がある人物からの明確な約束とサインを入れた書面が絶対に必要です。とくにあの天界は正体不明だから慎重にやらないとダメだと思います。日本に帰った後に罰とか与えられたり、存在ごと抹消されたりしたら困りますし」


「そ、そう言われると、怖いな」


「怖いですよ。とくにこれだけ権限もっちゃったあとだと、どれだけの悪意を向けられることか。気楽な転生者達がうらやましい」


 男が静かに遠い目をする。

 その目をすると、容姿相応というか、むしろもっと老成されたような雰囲気さえ漂う。

 苦労したんだなぁ、こいつ。


 と、ふと視線を向けるとステージではきらびやかな衣装に身を包んだ艶やかな女性達がいろいろなポーズを取って自分の魅力をアピールしていた。

 いや、女性じゃないな、男だ。

 中には受け狙いの筋肉マッチョが無理矢理女装しているようなものもあったが、結構本当にかわいいものが多い。


「へー。あれなら俺『男の娘』でもいけるかも……」


 ステージの上を眺めながらつぶやく。


「そうか? 俺はいくらかわいくても無理だな。目的がBLじゃなくて本当によかったよ」


 小林が愚痴ってからステージに目を向ける。

 しかし、視線を向けた後の小林の真剣な表情をみると、とても無理だとは思えない。

 実は大好物だったりするんじゃないか?


「BL? なんですか、それ?」


「なんつーの、話すとすっごい面倒でさ。最初の時は俺の目的は魔王討伐で、こいつの目的はBL展開だったんだよ」


「はぁ?」


 日村が半分怒っているような声をだした。


「こいつの担当は俺と日村の部署とは違う部署の女神なんだ。その女神はこともあろうに、BL展開したら日本に帰すと約束したんだ。その後、じいさんが説得して、俺もこいつも死亡なしの魔王討伐に目的が変わったけどな」


「ほんと、めちゃくちゃですね。部署によっても対応が全然違う。それにしても、そのおじいさんというのは?」


「ん、長話が好きなへんなじいさんが居てさ、そのじいさんがなんかうまく説得して簡単な転生目的に変えてくれそうな雰囲気になったんだ。俺がうっかりやって結局魔王討伐になったけどさ」


「天界相手に堂々と立ち向かうとは、なかなかすごいおじさんですね」


「ただの話し好きのじいさんだけどな。すごいんかな……?」


「少なくとも俺にはそういう芸当は無理です。正直、交渉とか全然だめなんで」


 いや、俺たちよりよほど交渉うまそうに見えるけど。

 きっと相当に痛い目を見たんだろう。


「とにかく、書面を作って天界の部長からサインをもらいましょう。そうしないと安心できない」


 男がきっぱりと言う。


「分かったけど……どういう書面を作るんだ?」


「善は急げで、とにかく作ってしまいましょう。でも、ここでは落ち着きませんね」


 と、日村は窓の外を見る。

 まだ女装コンテストの真っ最中で歓声が響いている。

 さきほどから、俺たちの声もかなり張り気味になっている。


「魔王城に行くのも良いですが、その事情を知っているおじいさんとも話をしてみたいので、その街に行ってみましょう」


「ええ? 俺たちそこから財布を取られながらやっとこさこの街まで来たところなのに……。まぁ、仕方ないか……」


「さぁ、その街の風景を思い浮かべてください。転移します」


 なんというチート。

 しかし、こうなったら仕方がない。

 俺は目をつむって茶屋とゲルトじいさんの家を思い浮かべた。


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