昔話、再び
こうして俺たちは街の東部を離れ、西部に拠点を移し、タートル退治をこなしながら黙々と生活する日々を送った。
転生者であることを隠してひたすらタートル退治をする日常はあまりに起伏に乏しく、紙面の都合上ここでは省略する。
興味のある方は『この転生系クソラノベにはヒロインがいません ~タートルと僕らの30日間戦争~(民明書房刊)』を読んでほしい。
食べる飯以外に一切なんの変化もないコピペのような毎日が瑞々しいタッチで描写されている。
「うう……限界だ。女の子とイチャイチャするどころか一目見ることもできない生活がこんなに厳しいと思わなかった。よく男子校の奴らは発狂しないもんだ……」
「いくら男子校でも街に出れば女とは会うこともあるだろうし、ここまで男ばかりなのは刑務所ぐらいかもな……」
小林も疲弊した表情を浮かべる。
いつまで経っても魔王が迎えに来ないし、銀髪野郎を呼んでも出てこない。
あまりに埒があかなく、精神的にも肉体的にも疲弊していく毎日。
もはや限界を迎えた我々は、一月ぶりに街の東部へ向かって歩いているのだった。
すでに『呪われた男』の噂は広がっており、女に殺された男の悪霊だとか妖怪だとか、転生者要素が一切ない話があちこちでささやかれている。
あのときに目撃した連中と出くわして騒がれたら居場所がなくなる。
なので、辺りを見回しながら、人目を避けるようにして歩いている。
「しっかし、またあのじいさん達に会いに行ってもしかたないんじゃないか? むしろ、魔王のいる北方まで出て行った方がいいんじゃないか?」
俺が言うと、小林は首を振った。
「北方までの旅路は結構追い剥ぎが出るってお前も聞いただろ。下手に旅なんか出て追い剥ぎに襲われたり、怪我なんかしたら本気で俺たち終わるぞ」
「たしかにつらい旅なんかしたくないけど、かといってあのじいさん達に会ってどうなるとも思えないけどね」
「でも、あそこに居るときに転生担当者が出てきたんだから、あの場所ならあいつらが出てこられるのかもしれない。ダメ元で行くんだよ」
「わかってるけどよぉ」
そんな話をしながらなんとか街の中を突っ切り、東の外れの茶屋が見えてきた。
「なつかしいなぁ」
「毎日、タートル退治しかしてなかったからな」
「今日は団子も食っていこう。最近甘い物食べてなかったし」
「まぁ、自分の金なら好きにしろよ」
なんて言いながら茶屋に入ると、店主が暇そうにしていた。
中途半端な時間に来たせいで客がほとんど居ないようだ。
「なんだ、久しぶりじゃないか。今日は団子を食いに来たか?」
店主が俺たちの顔を見て声をかけてきた。
「まぁ、そんなとこかな……」
「うちの若い女の子にあんたらの話をしたらすごく面白がって会いたがってたんだが、残念ながら今日は休みでね」
「うん、知ってる」
「ほお」
と店主が不思議そうな顔をする。
まぁ、そんなことはいいんだ。
「で、ここからどうするんだ?」
小林に話を振ると、小林は隣の家を指さした。
「あそこにいるときに出てきただろ。だから、またゲルトさんの家にお邪魔しよう。またややこしいことになったときのために、ここのおじいさんに参加してもらう」
「あ、なるほどね」
店主に振り返る。
「え、えーと、おじいさんいますか? また話を聞きたいんですが」
「あぁ、うちのじいさんね。いや助かるよ。この前あんたらが来たあとに話し好きに気合いが入って、なんだかんだと長話を始めるんだ。相手してやってくれよ。おい、親父ぃ! またあの二人が来たぞ!」
店主がそう叫ぶとしばらくしてじいさんが顔を出した。
「おお、懐かしいじゃねぇか! 半年ぶりか!」
じいさんがやたらうれしそうな顔で俺たちを迎えた。
「いや、一ヶ月だよ!」
「まぁいい。とにかく、こっち入れ」
と奥の部屋を案内しようとするのを押しとどめる。
「いや、できれば隣の家の方がいいんだけど……」
他の客を気にしながら答える。
店主も俺たちを変な目で見ないところを見ると、このじいさんは俺たちが転生者だってことを話していないらしい。
「そうかい。まぁ、いいぜ」
店主のじいさんと連れだって隣の家に前に立ち、扉を叩く。
しばらく間があって扉が開くと、ゲルトじいさんはフライパンを持って出てきた。
「誰じゃ! もううちはフライパンはいらんぞ! わしのおらん隙にばあさんにフライパンを4つも売りつけおって!」
とフライパンを振り上げて、俺たちの顔を見回す。
というか、このうちはどれだけ訪問販売の被害に遭ってるんだ。
逆に老夫婦がつつましく暮らしている割によくそんな金があるもんだ。
「なんじゃ、この前の若いのとギータか。どうしたんじゃ」
「いや、その~。あの後魔王が寄ってこなくて……とにかく中で話をさせてくれよ」
「な、なんじゃ。まぁ、いいが……」
俺と小林と茶屋のじいさんはゲルト家に突入し、居間を占拠した。
ゲルトじいさんはお茶を入れに台所にひっこんだ。
今日はばあさんがいないらしく、喧嘩はなかった。
よかった、ここであの二人で喧嘩を始められたら、話がすすまないことおびただしい。
「で、なんだぁ? やっぱり勇者ヒオキの話が聞きてぇってんだな?」
茶屋のじいさんが腕まくりをする。
「ち、ちげぇよ! 魔王の話だよ。あの後、一ヶ月もただひたすらタートル狩りをしていただけで、魔王なんてやってこなかったんだよ。かといって、あの銀髪と女神も出てこないし、完全にお手上げなんだ。ここならあの二人が出てこないかと思ってさ! おーい、銀髪! 腐れ女神!」
天井に向かって大声を張り上げるが、しかしなにも起こる様子がない。
「え……ダメか。おい小林、やっぱり北方にいくしかないんじゃないか?」
「俺はそんなリスキーな手を取りたくない。ここなら慎ましくもなんとか生きていくことができるが、旅先で何が起こるか分からない」
小林、なんでお前はそんなに小さくまとまろうとするんだ。
俺ら異世界転生してきた栄えある勇者のはずなんだけど。
「はん、やめとけぃ。お前らみたいな半端者が北方にいくなんて危ねぇよ。先導してくれる奴がいればいいが、そんな奴は俺だってしらねぇ」
「くそ! どうすれば! 俺たちはもう限界なんだ! これ以上働いて食って寝るだけの灰色の日々には耐えられない! なぁ、小林!」
「そうだな、つらい。だが、人生ってこんなもんじゃないか」
小林が遠い目をする。
おい、お前それ高校生がしていい目じゃないぞ。
「小林! 戻ってこい! 俺たちは勇者だ! 日々の生活に埋没するんじゃない!」
「俺、あと50リンたまったら剣が買えるんだ。そうしたらピョンタ退治もできるようになるかな……」
ピョンタというのはウサギみたいな小動物だ。
今は魔王の力で凶暴化していて、本来食べない農作物も荒らしまくっている。
どちらにしろ、タートルと同じレベルの魔物で、ゲームで言えば序盤のレベル1-2で倒すべき敵だ。
「おい、しっかりしろ! もうお前は4ヶ月も居るんだぞ! なのにスライム程度を倒して満足している現状を疑問に思え!」
「いいんだ。俺、堅実に生きていこうかなとか……」
「おい!」
それを見ていた茶屋のじいさんが口笛を吹いた。
「なんだ?」
「ひとつ昔話を思い出した」
嫌な予感がする。
「いや、意味のない昔話はいらんから」
「まぁ、聞けぃ! この前助けてやっただろうが。あれでお前達は魔王の幻術にも引っかからなくなって、死なずに済むようになったんだろ? 昔話の一つや二つ聞くのが礼儀っちゅうもんだろう」
そこまで言われると断りにくい。
ちなみに、小林は「このまえはどうも」と律儀に頭を下げている。
「ふーむ、どこから話すか……」
じいさんがあごひげをなでながら、目をつむって考え込む。
いかん、これは相当に長い話だ。
台所の方で
「あちっ! なんじゃこのやかんは熱くてもてないぞ! ばあさんめ、こんな使えないものばかり買いよって! だいたい、前のやかんで何も問題なかったじゃないか。わっわっ、吹き出す!」
とゲルトじいさんの声が聞こえてきたが、話がややこしくなるのでスルーする。
「これは昔昔の魔王の話だ。あのゲルトが倒した魔王なんかよりもずっと古くて、そしてとても強かった。魔王は世界を支配しようともくろみ、まさにそのとき世界のほとんどが支配下にあった。数多の国や勇士が立ち上がったが、いずれも倒された」
「お、じいさん、今度はなんかまともそうな話だな」
すると、じいさんはなんとも残念そうな顔をした。
「昔の昔の話だからよ。正直なところ、おおざっぱな話しか伝わってねぇんだ。伝わってりゃ、魔王のケツ毛の数から勇士の足のにおいまで教えてやるんだが、仕方ねぇ」
いや、そんなの省略してもらっていいっす。
概要で出来るだけ早くパパッと終わらせてください。
「そんで、勇者が立ち上がった訳よ。ま、実際には立ち上がった奴はいっぱいいたんだろうが、その中の一人が成功して伝説になってるだけだろうがよ。その勇者は誰だと思うよ?」
と、じいさんが思わせぶりに俺と小林の顔を見る。
「さぁ。英雄の子孫とか? あ、まさかじいさんの祖先とか!?」
「ばっか言え! そんなわけあるかよ! どこのどいつが子孫だかそんなこと知らねぇよ。とにかく、その勇者は英雄でも貴族でもなんでもねぇ。おい、そっちの、その勇者はなんだったと思う?」
とじいさんが小林に話を振る。
適当に答えればいいのに、小林はじっと考え込んだ。
「そうですね……。意表を突く感じですか、だとすると身分が低いとか乞食とかですか」
「その辺りが限界か。ちげぇちげぇ! そんなんじゃねぇよ」
「分かった、例の勇者ヒオキとか!?」
するとじいさんは唐突にくしゃみをした。
お、びっくりした。
「ヒオキはもっと後の時代の話だ。何千年前の魔王を倒した勇者はな、女装コンテストで優勝した花屋の息子だっ!!」
ちょっとだけ、時間が止まった。
「はん?」
俺が首をかしげると、やや間があって小林が吹き出した。
普段冷静な小林だが、なにかツボに入ったらしくやたら笑っている。
「おい、落ち着け小林! ってか、なんだよじいさんそいつは!」
「なんだよじゃねぇ。そういう話なんだよ。おめぇ、ミオールの街で開かれる男装コンテストと女装コンテストは知ってるだろ?」
「し、知らねぇよ! ってかそんな街の名前も知らない! 俺たちこの街の西でタートルを狩ってただけだぞ!」
「なんでぇ、本当に物を知らねぇなお前ら。一月もこの街にいれば、もうちっと常識あっても良さそうなもんだがなぁ。あれは伝説を元にして今もやってるって話だ。俺も一度は行ってみたかったんだが、若いときは商売であっちこっち行ってて祭りの時期に会わなくてなんだかんだと逃しちまったんだ。今となっちゃそんな距離とても行けたもんじゃねぇ。いいよなぁ、おめぇらは若いから」
「知らないよ! 馬車でもなんでも使っていけばいいだろ!」
「おめぇ、あれだって年寄りにはつらいんだぜ。首と腰がおかしくなるぜ。まぁいいや、とにかく大昔にも女装コンテストがあったんだよ」
「ひでぇ伝説だ」
俺が吐き捨てると、小林が「日本の神話だって女装とかあるぞ」と補足してきたが、とにかく話を進めるためにスルーする。
このよく分からない展開を進めるにはスルー能力が求められている。
「そんで、詳しいことはわからねぇが花の冠をかぶった花屋の息子が優勝したんだとよ。そんで、魔王がそれぞれの街に美女をよこせと言ってきたときに、その花屋の息子が女装して身代わりになったんだ。俺が思うに、身代わりになるところで親が止めたり町長が止めたり、本当は行くはずだった娘とのロマンスとか、いろいろおもしれぇ話があったと思うんだけどな。残念ながらその辺の細かい話はのこっちゃいねぇ」
「その細かい話が残ってなくて良かった。でも、美女の代わりに男が来たら魔王も怒っただろうね」
「魔王は怒ったがその花屋の息子の取りなしにより街を壊すのをやめたって話だ」
「ええ? 魔王って意外と話が分かる奴だったのか?」
「そして、魔王はその花屋の息子を女に替え、仲睦まじく暮らした」
「まって、超展開過ぎる」
「女となった花屋の息子は魔王を尻に敷き、すすんで領地経営や外交に乗り出して、魔王の悪辣な行為をすべて覆していった」
えええええ……
「1年後には魔王を完全に支配下に置いて、ついには魔王城から蹴り出して無理矢理隠居させたってな。そんで、世界のほとんどは花屋の息子のものとなった」
世界の半分をやろうレベルじゃなくて、世界そのものを魔王からまるごと奪ったわけか。
この世界の伝説ってぶっとんでるな、おい。
「そして、その息子は世界を牛耳る第二の魔王になったのか?」
「ちげぇよ。花屋の息子は魔王の道具を使って世界中を飛び回り、それぞれの国へ権力を返しに行ったのさ。そんで、どの国もその花屋の息子を勇者として賞賛して、勲章だの冠だの衣装だのを雨あられと贈ったという話だ」
「ははぁ……それで?」
「それで終わりだ。ちくしょう、もっと細かいところを教えてやりたかったが、本当にこれだけしかでてこねぇ。やっぱり昔の話は話してて面白くねぇ。よし、続けてマンモス乗りの女神の話でもしてやろうか」
「いや、いいっす! これで十分です! で、じいさんは何がいいたいわけ?」
「つまりよ。町一番の美女に化けて魔王の元に行けばいい! って言おうと思った訳よ。ま、おまえらじゃ無理だろうがな。ヒヒッハッハッ」
じいさんが引きつるような笑いをあげた。
俺も小林も美少年でも女顔でもないので、女装したら気持ち悪くなるだけだろう。
「や、役に立たねぇ……。でも、コンテストか。女装コンテストは置いておいて、男装コンテストならボーイッシュな女の子を求めて魔王が紛れてるんじゃね? 街を出歩いて、自分好みの美少女をさらってるって言ってたし」
「ふん、そういうこともあるかもな。どうだい、お前らミオールの街に行ったらどうだ。乗合馬車で3-4日で行ける距離だ。ああ、おあつらえ向きだ、あと2週間ぐらいで祭りになるんじゃねぇか? 時期もぴったりだ」
なるほど。
向こうからやってこなければ、こっちから魔王が出そうな所に行くのはありかもしれない。
「よし、ここでひたすらタートル狩りをしていてもしかたない。小林、行こうぜ!」
小林の顔を見ると、小林が顔をゆがめた。
「そんな旅をする金がない」
「はぁ!? 俺より貯めてるだろ」
「俺は剣を買う金だ。旅なんか出たらまた所持金がゼロになる」
「おい! 魔王を探すのとピョンタ狩りのどっちが大切なんだ!?」
「それは……」
小林が悩み出す。
そこは魔王の方が大事って言ってほしかった。
完全にここの生活に順応している。
「いいか、行くぞ! 行くからな! 俺は絶対に行くぞ! もちろんついてくるよな!?」
「う……わ、分かった。ところで伺いたいのですが、ミオールの街ではタートル狩りの仕事ありますかね?」
小林がじいさんに質問する。
どれだけ慎重なんだお前!
いや、気持ちは分かるけど、それだといつまで経っても日本に帰れないぞ!
「さぁなぁ。まぁ、あっちもでかい街だ。タートルはどうかしらねぇが、仕事には困らねぇだろ」
「よ、よかった……」
小林が胸をなで下ろす。
なんだかんだ言って、小林の中では日銭を稼ぐことが最上位の目的になっているらしい。
「おし、いくぞ! 善は急げだ! 荷物をまとめて明日には出かけよう!」
「いや、ギリギリまでここで仕事をしてから出発した方がいい」
「早く行きたいんだよ! もたもたしているうちに祭りが終わってたらどうするんだよ!」
小林と軽く口げんかをした結果、3日後に出発と決まった。
俺と小林はじいさんに挨拶をして家を出た。
ちなみにゲルトじいさんは「なんじゃ今やっとお湯が沸いたのに」と言っていたが、そこからお茶が入るまでの時間が長そうだったのでそのままお暇した。