表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/36

ゲルトじいさん+茶屋のじいさん+銀髪片眼鏡+腐れ女神


「おう、やっぱりお前らか。なんだ、ゲルトこの二人は知り合いだぞ」


「ほほお!? おぬしの知り合いか!?」


「おう、なにしろ昨日の晩なんかうちに泊まっていったぐらいだぞ」


「そりゃよかった。頼む、上がってくれんか。今うちは大変なことになっておるんじゃ! この二人は落ち込むし、天界からやってきた男と女が喧嘩し取るし、さっき喧嘩していたばあさんは機嫌を損ねて買い物に出て行きおった。ばあさんめ、今日もいらん鍋だのやかんだの買ってくるに違いないんじゃ。夫婦二人の家にやかんも4つもあるんじゃぞ!?」


「ゲルト、そりゃ何度も聞いたぞ。どれどれ、んじゃ俺も顔を出すとするか」


 と茶屋のじいさんが部屋に入ってくる。

 結構狭い部屋に自分・小林・じいさん(ゲルト)・茶屋のじいさん(ギータ)・銀髪・腐女神と6人がひしめく格好になった。

 銀髪&腐れ女神はまだ言い争っている。


「ですから、あなたの趣向を押しつけるのはおかしいでしょう。もっと本来の趣旨に従った行動をしてください」


「そんなの私の自由でしょ!? あなたにとやかく言われる筋合いではないんですけどっ!」


 それを見ていた茶屋のじいさんは俺に話しかけた。


「なんだこりゃあ?」


「いや、あの……信じてもらえない気がしますけど、本当のことを言いますと俺と小林は異世界から転生してきたんですよ」


「ああん? そういや魔王を倒すのどうのとか言っていたな、あれのことか」


「そうです。で、あの二人が俺たちを転生させた天界の二人です。なんか喧嘩しててとまらないんですよ」


「ふぅん、信じられたもんじゃねぇが、まぁいいわ。とりあえずあいつらがお前達の上役ってところか」


 茶屋のじいさんが顎のひげを引っ張りながら言う。


「まぁ上役みたいなものかな……。俺なんかなんの能力もなしでいきなりこの世界に連れてこられて『魔王を倒せ』とか言われてるんですよ。無茶でしょ」


「ははぁ、なるほどなぁ。そりゃ無茶だわ。こいつらが天界の人間だとしても、世間知らずにもほどがあらぁな」


「でしょ? さらに小林は……」


 いいかけると小林が顔をしかめたが、そのまま続ける。


「BL展開をしてあのくそ女神を満足させないと元の世界に帰れないんですよ」


「なんだ、そのびーえるってのは」


「あぁ、なんつーか、男と女じゃなくて男同士でアダルトな意味で仲良くするようなことですよ」


「ほお、あの女はそういう趣味なのか。そらぁ、大迷惑だな」


 茶屋のじいさんは案外と落ち着いて俺が話す内容を受け入れている。

 やっぱりこのじいさんは全然動じない。


「で、なんでその天界の人間がここに?」


「この元軍人のじいさんに話を聞いて、魔王討伐は絶対無理だ!ってなったところで、やっぱり魔王討伐はやめようと言って出てきたんですよ」


「ははぁ、おめぇも大変だな。上役に振り回されるのはどこの世界も同じかい。へっへっ、なかなかせちがれぇなぁ」


「で、なぜかあっちの女神も出てきて、小林に向かって男同士で絡めと無茶を言っているんだよ。なぁ、どうにもならんだろ」


「はは、まぁな。ま、おめぇらぐらいの年じゃ世間ずれしてなくても無理ねぇな。こういうのはやりようってのがあるんだが、おめぇらには難しいか」


「へ?」


 俺と小林が茶屋のじいさんを見ていると、じいさんは椅子にどかっと座った。


「ほれ、お二人さん、ちっと喧嘩やめてもらえませんかね。部下の前で上役同士が喧嘩とかちとみっともなくないですかい」


 すると、二人は言い争いをやめてじいさんをみる。

 ちなみに、元軍人のゲルトじいさんの方は、そのうしろでわたわたしている。


「まぁまぁ、ちょっとまずは座ってくださいよ」


 茶屋のじいさんがまるで自分の家のように椅子をすすめる。

 二人は奇妙な顔をしながらもとりあえず座る。


「で、おめぇらも座るんだよ」


 と、じいさんが二人の向かいに俺と小林を座らせる。

 ちなみに小ぶりな机に椅子は5つ。

 俺と小林と銀髪と腐れ女神と茶屋のじいさんで5つとも埋まっている。

 この家の主であるゲルトじいさんだけが居場所がなくておろおろしてる。


「ゲルト、お前はお茶くみでもしてろ!」


「な、なんでわしが!? わしの家じゃぞ!」


「お前の家だからお前が用意するにきまってるだろ! 俺に茶をくめと!?」


「なんじゃい、いつも自分の家のように勝手に茶でも菓子でもつまんでおるではないか。えーい、わかった! 入れてやるから、とにかくこの場を任せたぞ」


 主のじいさんが台所に消えていき、客だけが居間に残る。


「ところであなたは……」


 と銀髪が茶屋のじいさんに聞く。


「いやなに、となりの茶屋の隠居でしてな。名を名乗るほどのもんではない。ただのもうろくじじいですわい。しかしまぁ、この二人は我が家で世話してこともあって、ほっとくわけにもいきませんのでなぁ」


「いや、これは我々の問題ですので、どうか口を挟まないでいただきたい」


 銀髪が話を遮る。

 そうだ、こいつはそういうやつなんだ。

 人の話を聞かないんだ。


「天界の方の年齢と姿があたしらと同じかわかりませんがね。まぁ、こうしてみたところお若く見えますな。もしかしたら、あたしなんかよりもよっぽど年食ってるのかもしれませんが、あたしには随分と若く見えます」


「それはどういうことでしょう?」


 銀髪が顔をしかめる。


「つまりは耄碌してしょぼくれてねぇってことですよ。なんですかなぁ、こういう年になってみると若い頃が懐かしくてしかたがありませんな。なにも楽しいことばかりじゃなかったが、しかし今思い出せばまるで夢のようだ」


「なんの話でしょうか。私もあまり無駄話に付き合っている暇はないんですよ」


「まぁまぁ、そういいなさんな。さて、こう年をくってみると思うところがいろいろありますな。ああしておけばよかった、こうしておけばよかった。しかし、今となっては仕方のないことで。ことに後輩とか子供とか自分が世話をしないといけなかった者達に対して、あれができなかったこれができなかったと思うのは、なんとも歯がゆいことばかりでしてな」


「はぁ、そうですか」


「よかれと思ってしたことがかえって悪い結果になってしまったのはくやまれるが、それよりもなんもしてやらなかったことがくやまれますなぁ。なにしろ、いつも自分のことで精一杯で、下っ端のことなんかなんも考えなかったもんですからな」


「はぁ」


「今となっては悔やまれますな。あのとききちんと商売のイロハを教えてやったら、あの野郎も危ないもんに手を出して死ぬこともなかっただろうし、あいつも乞食にならずにしょぼくれた店でも持ってしょぼくれたなりに暮らしていたかもしれないとか、そういうことですな」


「えぇ、そうですか」


 銀髪は聞き流している。


「ところで、そうやって自分の下についた未来ある若者達を乞食にしたり死なせたりしたこの耄碌じじいを見て、どう思いますかね?」


 と、じいさんが銀髪野郎の顔をじっと見る。


「まぁ、それはお気の毒ですね」


 しかし、銀髪野郎は動じない。


「ご自分がこの立場になったらどう思います」


「それはあまり愉快な気分ではないでしょうね。なんだって言いたいんです?」


「今、あなた方二人がその分岐点に立ってるって言いたいんですよ。みてみなせぇ、あんたらが振り回すからこの若いのは困り切ってるじゃないですか」


「それはこっちの問題です。それに、死ねばもとの世界に戻れるのだから、たいしたことではありません」


「いいや、たいしたことだなぁ」


 そこでじいさんの口調が変わった。


「聞いていりゃ、あんたはこの若いのに試練に立ち向かわせてなにか成し遂げさせたいんだろう?」


「ええそうです。彼が転生したことでこの世界がよくなり彼自身も成長するというのがベストです。それが無理でもどちらか片方が成立すればなんとかなります」


「んで、この若いのを成長させるっていいながら、おめえさんの都合でこの若いのを振り回しているんかい? あんたは魔王を倒すような勇者をつくりてぇんだろ? 聞いておくが、勇者ってのは大人の都合であっちこっちに振り回されておもちゃにされるもんかい? それとも自分の意思で未来を切り開いていくような人間のことか? ああん、どうなんだい?」


 その言葉に銀髪がひるむ。


「それは……もちろん自分の意思で切り開いていくような人間でしょう。いいたいことはわかりますが、私は彼に分不相応な力を与えていないというだけですよ。彼の意思は今も自由です」


 と、女禁止の呪いをかけた銀髪が宣言する。

 意思は自由かもしれんが、いろいろ制限きつい気がする。


「ほほお。言ったな。こいつの意思は自由なんだな? ってことは、こいつがやりたいようにやってもいいってことだよな?」


「もちろんです。彼自身がやりたいようにやって魔王を倒す。それであれば問題はありません」


 いやだから魔王は無理だって。

 しかし、じいさんは話を続ける。


「ほお、んじゃ聞くが、この坊主が本当に魔王を倒したいと思うか?」


 俺が『わかいの』から『坊主』に転落した。

 ま、まぁ、いいや、とりあえず続きを見守ってみよう。


「それは……」


 銀髪がいいよどむ。


「ほれ、お前さんが勝手に目的だの制限だのでっちあげてこの坊主に押しつけただけじゃねぇか。それが勇者かね」


「困難な使命を帯びてそれを果たす。立派な勇者じゃないでしょうか」


「いや、違うね。おい、ゲルト!」


 茶屋のじいさんが呼ぶと、台所からゲルトじいさんが顔を出した。


「なんじゃ、まだ湯はわいとらんぞ! もうちっと待ってくれんか!」


「ちげぇよ! いいから顔よこせ!」


 目を白黒させるゲルトじいさんと引っ張ってくると、茶屋のじいさんはゲルトじいさんに聞いた。


「おい、ゲルト、おめぇ、魔王討伐したんだよな」


「あ、あぁ、したぞ」


「おめぇ、そんとき魔王城に乗り込んだ勇者達にあったか?」


「戦場じゃ顔を合わせなかったが、壮行会で少し話をしたことがある程度じゃ。それがど、どうしたんじゃ?」


「おう、ゲルトよぉ、その勇者達ってのは王様だとか隊長に言われてイヤイヤ魔王城に突撃したのかい」


「は? 我こそはと立候補して厳しい選別を受けたエリート連中じゃぞい。そんなわけないじゃろうが」


「ほれ、そういうことだろうが」


「な、なんじゃ?」


「もうお前はひっこんでろい!」


「ぬわっ!?」


 またもやゲルトじいさんが台所に追い払われる。

 ちょっとかわいそうになってきた。


「ほれ、勇者っつーのは我こそはって立ち上がって困難に挑むもんだろうが。おめぇが魔王討伐して来いって押しつけて、この坊主が勇者ですってのはどういう冗談だ。この坊主が自分で立ち上がったんじゃなけりゃ勇者でもなんでもねぇだろ」


「そ、それは……そうかもしれませんが……」


 銀髪が口ごもる。


「おい、ここはこの坊主の意思を聞いてみるっつーもんじゃねぇか。おい、言いたいこと言ってみろや」


 と、じいさんが俺の顔を見た。

 なるほど、ここで俺がいろいろ言えば雰囲気的に通してくれるかもしれない。

 本当のことを言うと普通にチート&ハーレム展開やってみたかったりするんだけど、今そんなこと言ったら袋だたきだろうなぁ。

 隣に座る小林を見ると、「アホなことを言うなよ」と視線で主張している。

 やばい、何を言えばいいんだ。


「ん、ん~~ん~~」


「どうした、言ってみろや」


「だ、だから……」


 チート&ハーレムで剣と魔法で無双して美少女に囲まれてウハウハ。

 だめだ、絶対に言えない。

 よし、ごまかそう。


「い、いや、俺は別に……いきなり異世界転生してきただけで特に何もありませんが?」


 小林が「もっとまともなことを言え」と怖い目で合図してくる。

 う、うう。


「なんだ、正直にいってみろや坊主」


 じいさんが催促してくる。


「い、いや、そもそも、俺とか有無を言わさずにこの銀髪に飛ばされてきただけなんだけど!? 小林はどうなんだ!?」


 しょうがないので小林に話を振る。


「え、俺!?」


 今度は小林が慌てる。


「お、俺は……」


 小林はもごもご言っていたが、覚悟を決めたらしく、顔を上げて言葉を続けた。


「俺は、この世界に飛んでくる前に異世界転生をテーマにした小説やアニメをたくさん見てました。そして、最強の力を手に入れて周りから褒めそやされたり、美しい女性達に囲まれる主人公をうらやましく思っていました」


 と小林が言う。

 なんだよ、お前も俺と同じだったのかよ。

 それがいつの間にか生活に疲れて、あんな堅実になってしまったのか。


 って、そんなことはどうでもいい。

 今「俺TUEEE」したいとか言ったら台無しだ。


「ですが、この世界に来て日銭を稼いでなんとか命をつないでいく中で気がつきました。一番大事なのは最低限度の衣・食・住だということを!」


 小林が拳を握りしめる。

 俺TUEEEしたい発言ではないのがいいが、だからといってそんな慎ましすぎる欲望を言わないでくれ!

 そんなことをいうとこの銀髪は真に受けて、ギリギリ生活できるレベルの地獄に突き落とすぞ!


「なんだぁ、おい、ずいぶんとみみっちぃじゃねぇか。やっぱお前が言え。お前のほうがまだ欲望に忠実そうだ」


 じいさんがまた俺に話を振る。

 ええっ

 だから困るんだけど。


「いや……だから……ってか、なんで俺が魔王を倒さないといけないんだよ。魔王を倒すならこの世界の人か天界の連中が倒せばいいんじゃないのか!?」


 話をなんとかそらすと、銀髪が表情を曇らせた。


「そういえばその話をしていませんでしたね。実は魔王はあなたたちと同じ転生者なのです」


「なにぃ!?」

「えぇ!?」


 俺と小林が声を上げる。


「いや、初耳だよ! なんだよそれ! 倒せって言うなら最初に教えろや!」


「部内のいざこざを説明するのははばかられますが、実はその転生者を担当したのが私の部の部長なのです」


 天界に部長とかいるんかい。どういう組織体系なんだ。

 いや、今はそこに突っ込むのはやめとこう。


「その部長が……はっきり言いまして少し困った人でして、華やかな手形を立てたいと言うことで特例で部長自ら転生者に対応して、さらにその転生者が大きな功績を立てられるようにとありとあらゆる特典を与えたのです。その転生者はたしかにこの世界の害獣と言っていい巨大な魔物をあっというまに数十体倒して勇者と呼ばれました。しかし、その後廃墟の街を拠点にして魔王と名乗るようになってしまったのです」


 その話、まじで最初にしろよ。


「ですから、うちの部では二度とそんな事態を招かないために転生特典は絞る方向になっているのです。元々私個人としても転生特典はつけない方針ですが、私の個人的感情がなくても豪華な転生特典はつけられない状況です。ですから、現在はその魔王討伐のため、転生特典の少ない転生者達を次々と派遣しているところです。あなたもそのうちの一人です」


「え、つまり、その天界の組織の不祥事の尻ふきってこと?」


 俺が言うと、それが図星だったらしく、銀髪は視線をそらした。


「そんなの天界で片付ければいいだろ! なんて転生特典が無い一般人にやらせるんだよ!」


「表向きは直接的な関与ができないことになっていて、こうやって私がここに居るのも本来はまずいのですよ。それに、部長が現在の魔王に与えた特典が常軌を逸していまして、我々でも手が出せない領域になっているんです」


 いや、そんな危険な相手になおさらチートなしの俺を派遣するなよ。

 まじで俺は捨て駒かい。


「なんだよそれ……。どんな特典を与えたか知らないが、この世界じゃ魔法もないんだからいくら魔王でもたかがしれているんじゃ……」


「使えます」


 銀髪が俺の言葉を遮った。


「は?」


「ですから、魔王は魔法を使えます。この世界に魔法ありませんが、魔王はカオス・インフェルノというその世界の常識を書き換える能力があるので、それで別の世界の魔法をこの世界で『ある』ことにしています」


「ちょっ! チート! それチート!」


「ええ。さらには街一つ焼き払うレベルの火・水・風・雷、その他聖属性・闇属性の魔法を体力や精神力の制限なくいくらでも使うことができます」


「ちょっ! チート過ぎる! いくらチーレム作品でも、もうちょっと慎み深いぞ!? なんじゃそりゃ!?」


「それだけではありません。どんな人間でも幻惑で精神を操ることができるので、どんな英雄が挑んでも万に一つも勝ち目がありません」


「それひでぇ! 戦いが成り立たないじゃないか!」


「いえ、まだあります。この世界で戦いに優れた者を集めて自らの下僕にしているだけでなく、異世界からも強い者をかき集めているので、魔王の配下には一騎当千の人間が数百といます」


「ってか、単体で無敵なんだからそんなに取り巻きいらなくないか!? 取り巻きだけでも十分世界とれるだろ、それ!」


「さらには他の世界とも自由に行き来できる上にどんな物体もコピーできる能力があるので、あなた方の世界の武器などもコピーして持ってきているようですね」


「おい、そっちのチートも持ってんの!?」


「その他補足としては、他の世界の農業知識を持ってきて農法を改善したり」


「農業チート!」


「そもそも農作物の促進栽培テクノロジーを持ってきて遺伝子から書き換えたり」


「そ、そこまでいくともう想定外!」


「宇宙世紀時代の世界から宇宙要塞を持ってきてこの世界の衛星軌道上に投入しています」


「おいおいおい」


「それから、魔王の取り巻きはほとんどが見た目麗しい女性達のようですね」


「ぬお、やっぱりか! 王道そのものだな! ぐあぁぁぁ!!」


 俺がうめいて机につっぷす。

 すると、小林がそっと手を上げた。


「あの、そんな奴をこの桃山にやらせるのはとても無理だと思うんですけど」


 よく言ってくれた。

 俺も同感だ。


「ええ、それは十分に分かりました。今後あらためて対策をたてて取りかかろうと思います。ひとまず、今回は転生者の意向に従うとしましょう。こちらの都合で勝手に振り回したのは、確かに良くなかった。こちらのご老人の言う通りだ」


 銀髪が気まずそうに答える。

 よかった、分かってもらえて。


「でも、俺がやりたいことか……とりあえずその魔王はむかつくけどさ。その魔王は実際に悪いことをやっているのか?」


「ええ。世界征服を志向しているようで、この大陸の北方の国から順番に自分の配下に組み入れています。反発する国に対しては容赦ない攻撃を加えていますね。この国はまだ農産物の被害程度ですが、行くところまで行くと街の一つや二つは消し飛ぶでしょうね」


 え、普通に極悪人やん。


「さらに姿を自由に変えて各国を人混みに紛れて動き回り、気に入った女性を見つけると洗脳して魔王城につれていくそうです」


「ちょ、おま! もうなんかいろいろダメすぎない!?」


「ですから……困ってるんですよ」


 と銀髪が頭を抱える。


 しかし、王道のチートハーレムをやっても飽き足らず、街中の気に入った女までさらっていくとは……いくところまでいった外道だ。


「ちくしょう! 俺たちが金もなくて苦しんでいるときに、そいつはそんなことをしていやがったのか!」


「その金は全部俺が払った奴だぞ」


 と小林の声が入るがスルーする。


「ぬあぁ! もう! もし適うならばその魔王を倒してやりたいけどよ! 単純に言って能力的に無理だろ!」


「おお、自ら魔王を倒したいと言い出してもらえるとは! ご老人、これならよいでしょう!」


 銀髪が歓喜の声を上げる。

 いや、待った!

 今の失言!


「だから無理だって言ってるやん!」


 茶屋のじいさんの顔を見ると、じいさんが俺の耳元でささやいた。


(馬鹿野郎。なんでもっと簡単なことをいわねぇんだよ。逆に調子づけちまったじゃねぇか!)


(す、すいません……)


 じいさんは口を離すと、難しそうな顔をして銀髪を見た。


「おい、そうは言うが、無理なもんを押しつけたって無理なもんは無理だ。若いのが無茶しようとしてたら止めるのも年寄りの役目なんだぜ」


「それはそうですが……実は転生者であればわずかな可能性があるのですよ。玉砕覚悟で挑んでもらえるのであれば、なんとかできるかもしれません」


 え、玉砕は嫌なんですけど。


「い、一応聞くけど、それってなに? いや、あの、玉砕は嫌だよ。痛そうだし」


「それがですね。どうも魔王は転生者をかき集めているようです。どうも転生者を集めた軍団を作ろうとしているようです。なので、もしかしたらあなた方にも誘いが来るかもしれません。そのときに仲間になるふりをして近づき魔王を討つのです」


「そりゃ誘いに乗るくらいはできるかもしれないけど、洗脳されたりしたらダメだろ!? それに、向こうはチート魔王なんだからどうやって倒せばいいんだ!?」


「いくら魔王でも24時間臨戦態勢と言うことはないはず。きっと隙はあるはずです」


「おい、あんたチーレム勇者を甘く見てるだろ! そいつ自動迎撃スキルとか持ってる! 絶対に持ってる! 全財産かけてもいいぞ! 隙を見つけてつっこんだら自動迎撃されてチートのチートぶりが際立つだけだぞ!」


 するとそれを見ていたじいさんが口を挟んだ。


「まぁ、なんだかしらんが、こちらの天界は魔王を倒したいし、こっちの若いのも魔王を倒したい。いいじゃねぇか、協力してうまくやんな」


「そうだよ! 俺にもチート能力よこせ!」


「部内的に今は転生特典を授けられません。しかし、この程度なら許されるでしょう。魔王に洗脳されてはやっかいですから幻惑耐性を付与します」


 チートなし・魔法なし・レベルアップなし・スキルなし・あらゆるポイントなし・wikipediaなし・奴隷なし・50才以下の女性は接近禁止・所持金ゼロスタート・回復手段なし・幻惑耐性あり。


「それだけ!? もっとくれよ!」


「いえ、今はそれが精一杯です。むしろ、バランスを取らないといけないので、幻惑耐性の代わりに他の呪いに対する耐性は低下させます」


「お、おい、ちょっとまて!」


 チートなし・魔法なし・レベルアップなし・スキルなし・あらゆるポイントなし・wikipediaなし・奴隷なし・50才以下の女性は接近禁止・所持金ゼロスタート・回復手段なし・幻惑耐性あり・呪いに弱い


「後は、あなた方が危険な目に遭ったら私が助けて元の世界に戻りましょう。どうですか、ここまでなら歩み寄れます」


「くそ、チートなしかよ……。でも、とりあえず魔王が俺たちを勧誘してきたとして、幻惑されずに魔王に近づけて、もし魔王に返り討ちになりそうなときは死ぬトラウマなしであんたに助けてもらえると言うことだな」


「そういうことです。いいでしょうか。そろそろ戻らないと上司に気づかれるので……」


 銀髪がそわそわし出す。

 上司に見つかるとかあんのかい。


「ま、まぁ、とりあえずはいいけど……」


「で、ではこれで!」


「え!? お、おい!」


 俺があっけにとられる中、銀髪は姿を消す。

 しばし間があって、


「たまげたっ! 天界ってのは本当かよ。こりゃ長生きするもんだ。はははは」


 とじいさんが笑う。

 台所の扉が開いて、この家の主のゲルトじいさんが顔を出した。


「なんでわしが茶をくむ羽目になるんじゃ。ええい、ばあさんがわけわからんところにやかんを置くから、随分と手間取ってしまったぞ。ほれ、茶だ! これで文句ないじゃろ!」


 ゲルトじいさんが机の上に茶を置いていく。


「ゲルト、一歩遅かったな。一人はもう帰りよった」


 茶屋のじいさんが言うと、ゲルトじいさんは憮然とした表情をした。


「ふん! 好きにやっとれ! ええい、ばあさんはまだかえってこんのか!」


 とゲルトじいさんはまた台所に引っ込んだ。

 椅子が一つ空いたけど、そこに座る気はないらしい。


 で、残ったのは小林と担当の腐れ女神だ。


「で、あんたの方だが……」


 とじいさんが言い出すと、女は面倒くさそうに手を振った。


「わかったよ。もう面倒。あいつと同じでいいわよ。魔王討伐に挑戦して好きにやってちょうだい。死にそうになったら助けに行けばいいんでしょ。はいはい、同じにすればいいんでしょ。これでいい?」


「まぁ、それでいいんだが、その態度もうちっとなんとかならんもんかね」


「ふん。そもそもこの仕事好きでやってるんじゃないんだから、BL展開の一つぐらい楽しみがないとやってらんないわよ」


「そうかもしれんが、もうちっと誠意というものがだせんもんかね。こっちの坊主はあんたの担当なんだろう」


「ええ、そうよ。でも、だからなに?」


 何があったかしらないが、それとももともとそういう性格なのか、とにかく腐れ女神はふてくされ続けている。


 すると、じいさんは小林に耳打ちをした。

 耳打ちされた小林は急に背筋を伸ばして、腐れ女神に向かって頭を下げた。


「俺は力も何もない高校生ですが、精一杯頑張ろうと思います。どうかお力添えお願いします」


 頭を下げられた女神は驚いたらしく、動きが一瞬止まった。


「そ、そうね。まぁ、助けてあげないことはないわよ」


「よろしくおねがいします。俺、桃山と一緒にこの世界の人のために全力を尽くして頑張ります。これからも俺の担当として見守ってください」


「な、なによ、いきなり。わ、分かりました。分かりましたから、じゃあそういうことで!」


 と女神も一瞬で消えた。


「え、な、なんだ?」


 俺がじいさんの顔を見る。


「なに、ああいう手合いは目下に丁寧に頼まれると案外真に受けると思ってな、こいつに『誠意を込めて頼め』と言ったのよぉ」


「へー……なるほどね」


 と言っていると、台所の扉が開いてまたゲルトじいさんが出てきた。


「ま、茶だけじゃ愛想がないかと思ったので、菓子を持ってきてやったぞ。ばあさんが買ってきたもんだからうまいかどうかわからんが……」


 と机の上に皿を4つ置く。


「おいゲルト、またしても遅かったな。もう一人帰ったぞ」


「なんじゃ!? またか!? ええい、もうどうでもいいわ!」


 ゲルトじいさんが不機嫌そうにわめいた。


「それにしても、じいさんも昔はいろいろあったんだな」


「なんのことだ?」


 じいさんが首をかしげる。


「なんか昔の部下が野垂れ死んだとか言ってたじゃないか」


「あぁ、あれか? ありゃ、全部うそだ。あー言ったら、少しは説得力が出るかと思ったんだよ。ひっひっひっ、なんだお前らも騙されたんか!」


 と、じいさんが笑った。

 なんつーじいさんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ