天界からこんにちは
「あ、あああぁぁぁ!! ぎ、銀髪片眼鏡!」
俺が悲鳴を上げる。
「こ、これがお前の転生担当者か!?」
小林もうろたえている。
「そ、そうだけど……な、なんで!?」
話しかけた物かどうするべきか迷っていると、銀髪野郎は何も言わずに空いている椅子を引いて座った。
え、座るの?
「どうも、こんにちは。お邪魔しています」
そして、目を見開いているじいさんに向かって挨拶をする。
その間も表情を変えない。
「お、おう!? な、なんじゃ、なんじゃおぬしは!? うちのばあさんはもう何も買わんぞ!?」
じいさんがおどろきながらも押し売り対応している。
「私は押し売りではありません。ちょっとこの二人に用があって出てきました」
といって、じいさんを無視して俺たちに向き合った。
「お、おい! 聞いてたんなら、チートなしで魔王討伐とか無理だってことが分かるだろ!?」
こういうことを言うと怒るかと思ったが、意外なことに銀髪野郎は頷いた。
「ええ。どうもそのようですね」
「それもこれもあんたがとんでもない設定をするからだぞ! なんとかしろ!」
「ええ、申し訳ありませんね。私も度を逸していました。何しろ、これまでの転生者達は転生特典であっという間に最強になって、魔王すら一撃で倒すありさまでしたからね。その上、奴隷や各国の姫を集めてハーレムを築くという始末ですよ。私はそうならないようにと、健全で適切な冒険をあなたに与えようとしたのですが、どうもそれが悪かったようです」
非を認めた!
ここだ!
「なら、いまこそチートをくれよ! 魔王を一撃で倒さなくてもいいから、いい感じで戦って勝てるくらいで無双できないレベルならいいんだろ!?」
「それはダメです」
「え、ダメなの!?」
「目的達成があまりに非現実的でした。異世界に偶然やってきた何の変哲もない高校生にはあまりに荷が重すぎましたね」
面と向かって何の変哲もないとか、かなり喧嘩を売っている。
しかし、そこは全身全霊の気力でスルーする。
「これまでのあなたの行動を見ていましたが、こういった地道な道も悪くありません」
「いや、良くないから。地味すぎるよ! 俺はせっかく異世界に飛んできたんだからもっと派手で楽しい体験がしたいんだよ! わ、分かった、それがあんたの主義に反するというのなら地味でもいいけど、早いところ日本に返してくれ!」
「ところがそういうわけにも行きません。転生した上でなにもせずに帰ってしまったとなると、上への報告として形がつきません。何かしら成し遂げていただかないと」
「それそっちの都合じゃん!」
「世界とはそういうものです。地味でもいいですがなにか一つ功績を打ち立てていただきたい。異世界に対して良きことを成し遂げたという実績と、あなた自身が成長したという実績の両方がそろうとベストです」
「いや、無理だってことがわかるだろ!? 無理無理! こっちの小林みたいに動けないから戦いとか向いてないし、料理チート能力とか農業チート能力もないんだから! なにしろってんだ!」
「ふぅん、そうですねぇ」
と銀髪野郎が考え込む。
じいさんは相変わらず目を見開いたまま、俺や銀髪野郎の顔を見ている。
その場は沈黙に包まれた。
すると、隣の部屋でガチャンガチャンと何かをひっくり返るような音が聞こえて、扉が開いてばあさんが入ってきた。
「おじいさん! 私のお鍋をゴミ箱代わりにしてるじゃないですか! どういうことですかこれは!」
するとじいさんが突然息を吹き返して、ばあさんに向かって言い返した。
「ゴミ箱代わりになんかしとらんわ! 散らかっていた紙を入れる箱がなかったからちっと使っていっただけじゃ!」
「それをゴミ箱というんです! 料理する物でなにをするんですか!」
「ほほお、わしはお前さんがそいつで料理をしているところを一度も見たことがないぞ。ゴミ箱でもなんでもつかったほうがまだマシじゃろ! それにもうちょっとしたら返すつもりだったんじゃ、ガミガミいうない! 客がいるんじゃぞ!」
「お客さんがいる前で私の悪口を言ったのはおじいさんじゃないですか! あー、はいはい、いつでも私が悪いんですよね。そういうんですよね。いいですよいいですよ。でも、鍋にゴミを入れるような人がそんな大きな口を聞いていいんですか? それなら、私は明日からおじいさんのおかずは紙くずです!」
「何を言うか! ここはわしの家じゃぞ! わしの家でわしがなにをしようと勝手じゃろうが! そもそも鍋ばっか買いよるから、台所が鍋であふれてるじゃないか! あれを買う金はどこから出てるんじゃ! わしの金じゃろうが!」
「おじいさんこそ、お客さんがいる前で怒鳴り立ててるじゃありませんか!」
「おまえさんがわしに怒鳴らせてるんじゃ!」
突然現れた銀髪野郎を全く無視して、じいさんとばあさんが喧嘩を始める。
銀髪野郎もさすがに少々驚いた顔をしている。
永遠に続くかと思われる口げんかのさなか、突然ばあさんが銀髪野郎に目をとめた。
「あら、新しいお客さん。お茶持ってくるわね」
といって、ばあさんがじいさんを無視して台所にさがってお茶を持ってきた。
怒鳴り先が勝手に移動したじいさんは、その怒鳴り先を銀髪野郎に変更した。
「なんじゃおぬしは! いきなり現れおって! わしの心臓が止まるかと思ったわ! 止まったらどうしてくれる!」
「すいません。私は天界の者です。この若者を異世界からここに連れてきました」
「ぬわっ?! 天界!? 異世界!? だからいきなり現れたのか! たしかにそうかもしれんが、それならカウントダウンでもなんでもしてからでてこい! どれだけ驚いたことか! ええい、天界だかなんだかしらんが、勝手に人の家にドカドカ入ってきやがってけしからん! どうしてくれよう!」
じいさんが喧嘩のテンションのまま銀髪野郎に向かってまくし立てる。
俺は心の中でじいさんを応援した。
いけいけ、もっと言ってやれ!
そうだ、合いの手を入れよう。
「じいさん、この馬鹿野郎は、俺をむりやりこの世界に連れてきていきなり『魔王を倒せ』とか言うんですよ。無茶だと思いませんか?」
「なんじゃと、そりゃ理不尽な! わしの正義がそんなことは許さんぞ! 確かに若者には旅をさせよというが、魔王を倒せとはいかにも乱暴じゃ! ええい、とにかく気に入らんぞ貴様! なんとかいえ、天界だかなんだかしらんがわしは容赦せんぞ! なにか言い返せ!」
「は、はぁ、だから私もすこし度が過ぎたと反省しているのですよ」
銀髪が少し縮こまる。
ここだ!
「じいさん、反省だけですむと思います?」
「いいや、すまんな! おい、おぬし、天界だかなんだかしらんが、この若者がおぬしの言葉を真に受けて魔王を倒しに行って魔物に殺されたらどうする! 若者の命をおぬしの都合でもてあそんでいいと思って居るのか!?」
「死んだら元の世界に戻れます」
「……なんじゃと」
じいさんは言葉を止めて、俺の顔をまじまじと見た。
「うむ。それならよかろう」
「えぇ!?」
じいさんが裏切った!
「死んでも平気というのであれば問題ないじゃろう。魔王城に突撃してみたらどうじゃ? どうせ近づけずに死ぬと思うがの」
「じょ、冗談じゃないよ! そんなの絶対にトラウマになるし、死にたくないから!」
「でもワンチャン、ありじゃないか? どうせなら二人で突っ込んで両方死ねば、俺も帰れるし」
と小林が言う。
「ええ!? お前まで?! よくそんな覚悟決められるな! 俺は死ぬ経験とか絶対ごめんだぞ!」
「俺だって嫌だけど、他に方法ないだろう!」
すると、じいさんがまた目を見開いた。
嫌な気がして振り向くと、今度は40前後の女がいた。
スタイルのいい美女が着れば神秘的であろう白い服を着ているが、残念なことに年齢的に厳しい上、かなりお太りになられている。
しかし、太っていようがなんだろうが俺のそばには50才以下の女は近寄れないはず。
ということはこいつはただの人間ではなく……
小林の顔を見ると、その顔がすべてを物語っていた。
「腐れ女神……」
うん、小林の転生担当者だな。
「ダメ! 特攻して死ぬとか駄目だから! ちゃんとBL展開しなさい! そうでないとせっかく転生した意味がないじゃない!」
腐れ女神がヒステリックな声を上げると、椅子に座っていた腐れ銀髪が立ち上がった。
「なんですって!? あなた、この若者にそんな目的を設定したのですか!?」
腐れ女神……いや、腐れ女がうっと言葉に詰まる。
「も、目的の設定は担当者の自由じゃないかしら」
「だからといってなんですかその個人的な嗜好は! 君、あなたはなんと言われて転生してきたのですか」
銀髪が小林に聞くと、小林は
「とにかく、BL展開して私の気分を盛り上げてくれたら帰してあげると言われました」
と答えた。
そうしたら銀髪の形相がまさに鬼になった。
今度ばかりは銀髪を応援したい。
「ど、どういうことですか!? なんですか、それは!? そのどこに異世界に対するプラスの影響があるのですか!? 彼自身の成長に意味があるのですか!? ちゃんと聞かせてもらいましょうか!?」
「そ、それはぁ、い、異世界で男が好きなのにカミングアウトできずに苦しんでいる素敵な男性に、若い恋人を与えるというプラスの影響が……」
「どこがプラスですか! そんなものその世界の中で完結してください! 異世界を巻き込むことではないでしょう! それに、彼自身の成長の要素が一切ないでしょう!」
「そ、それはぁ、性に対する見方が広がって新たな地平線が開けると思います!」
女神が力説する。
「その地平線は開きたくない……」
と小林がつぶやく。
「いいですか。若者を異世界に転生させて冒険させるならば、それは健全であるべきです! そんなただれた欲望のために利用するなんてとんでもありません!」
「た、ただれてません! これは非常にピュアで人間的な万人に賞賛されうることです!」
「そんな戯れ言を許すわけがないでしょう!」」
と二人の転生担当者が喧嘩を始める。
今日は喧嘩が多い。
というか、一気にいろんなことが起きすぎて、もう頭がついていかない。
さらに、そんなぐちゃぐちゃのところへばあさんが顔を出した。
「おじいさん! またお客さんが増えているじゃないですか! それなら言ってくださいよ! このうちはお茶も出さないのかと思われるじゃありませんか!」
「違うわい、いきなり現れたんじゃ! いいからばあさんは引っ込んでおれ!」
「何を言っているんですか! 表から入ったのでなければ、裏から入れましたね! おじいさん、あそこはがらくたや洗濯物が干してあるからお客さんは通さないようにと言ってるじゃないですか!」
「そうじゃないわい! 表でも裏でもない、いきなり降って湧いたように出てきたんじゃ!」
「そうやってごまかそうとして、本当におじいさんはなんでもかんでもごまかそうとしますね! この前のミミルさんのところでお酒をしこたま飲んで帰ってきたときも飲んでない飲んでないとごまかしてましたけど、この私がそんなことでだまされると思いました!?」
「ええい、ばあさん、いいから引っ込んでいろ! 今はそれどころじゃないんじゃ! このお二人は天界から来られた人たちなんだ。お前にはわからんから引っ込め!」
「はいはい、私はおじいさんと違って頭が悪くてくだらない女でございますよ。でもだからといって天界とはなんですか! もうちょっと嘘をつくならうまい嘘をついてくださいな!」
またもやじいさんとばあさんの喧嘩が始まった。
この二人はどれだけ喧嘩が好きなんだ。
しかし、この喧嘩はじいさんが勝ち、ばあさんは怒りながら買い物に出かけていったのだった。
それを見送って天界担当者に目をやると、まだなにか話し合ってた。
「あ、すまん。俺ずっとじいさんとばあさんの喧嘩を見てたんだけど、こっちはどういう状況?」
ずっとそちらをみていた小林に聞いてみる。
「どうもこうも膠着状態だ。どっちも譲らないみたいだな。……勘弁してくれよ」
小林が額に手を当てて参ったという表情をする。
たしかにこれは困った。
すると、ばあさんが出て行った扉の方から声がした。
「おおい、ゲルトいるか」
なんだか聞き覚えのある声だ。
じいさんが天界の二人をチラチラ見ながらも、玄関の方に向かう。
「なんじゃ、ギータか。すまんな、今取り込んでおってまた後にしてくれんか」
「あぁん? 取り込み中? 客でも来てるのか珍しいな」
「話せば長くなるが、魔王討伐について聞きに来た若者が二人と天界からやってきた二人じゃ。といっても訳がわからんだろうが、また今度説明するとしよう。とにかく今日は茶飲み話をしている余裕は無さそうじゃ」
「魔王討伐? そういえば、今朝までうちにも魔王がどうとか言っていた若いのが来てたが……」
え、その声は、茶屋のじいさんでは!?
部屋から出て玄関が見えるところまで行くと、まさにそこに居たのは昨日俺たちを散々苦しめた茶屋のじいさんだった。




