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歴史変えちまいたい(隊)続き

今井さんはしゅんとした様子でビールの入ったコップを見ていた。

「怒ってはいない…こともなかったけど。今はもうどうでもいいって感じかな。会えて嬉しいし、それにシュンヤくんってば変わらずにイケメンで私、すっごく嬉しい!シュンヤくんもおじさんになってるとばっかり思ってたから。若々しくてステキよ、シュンヤくん!自信持って!」

今井さんってイケメンなのか?というか、母さんすごい!受け入れる力が強い!

「ち、千恵美ちゃ〜ん!ありがとう〜!分かったよ、俺、自信持つよ!たっぷり持っちゃうよ!」

「そうよー、しょげちゃうなんてシュンヤくんらしく無いじゃない。ほらほら、食べて食べて!たっぷり食べてたっぷり自信つけてね!」

「うん!いっぱい食べるよ!千恵美ちゃんの料理美味しいもん!ね、シュンちゃん?」

「え、あ、はい。そうですね。」

「ブッフフフ、なによ俊治ったらもう、あ、はい。そうですね。なんて、大人ぶっちゃってもー。フフフフ、まったく、お母さんを笑わせないで!」

「仕方ないじゃんか、っていうか、僕もう大人だから!大人ぶってもいいんだよ!」

「えー、シュンちゃんはまだ子供だよー?お子ちゃまだよお子ちゃま!プリチーなお子ちゃまだよ!」

「それを言うならプリティーですってば!なんですかプリチーって、絶対海外に行ってないってバレますよ!」

「ハハハハハ、俊治、あんたがバラしてどうするの?お母さん、笑い過ぎておなかが痛くなってきたわ。それにプリチーってシュンヤくん可愛い!」

「え?俺可愛いかなー?そうなのかなー?えへへ。」

「今井さん、喜ぶことじゃないと思います。」

「あー!シュンちゃんもー!今井さんは禁止って言ったじゃん!お父さんと呼びなさい!パパでもいいよん?」

「無理ですよ、いきなりは無理ですって。それに明日からも仕事あるんですよ!お父さんもパパもどっちも呼べませんよ!」

「大丈夫、大丈夫!みんな知ってるから、シュンちゃんが俺の息子だって。ねえ、もう一回言ってよシュンちゃん、パパって言ってよー!」

「嫌ですよ、この年になってパパなんて変じゃないですか。」

「あー!言ったー!千恵美ちゃん、シュンちゃんがパパってまた言ったー!」

「なんか私もママって呼ばれたくなっちゃった。懐かしいわねぇ。昔はママって言ってくれてたのに、いつからかお母さんとか、母さんとかになっちゃって…。ねえ俊治、ママって言ってみて、ママって!」

「嫌だよ。なんだよ、さっきからこの流れは!パパとかママとかもうそんな年じゃ無いんだってば!」

「シュンヤくん聞いた?ママだってヤダ〜、懐かしいー。シュンヤくんもまたパパって呼ばれたわよ!なんだか昔を取り戻している気分だわ。」

母さんはうっとりとどこかを見ていた。

「シュンちゃんってさ、なんだかんだ言ってもサービス精神旺盛だからね〜。俺、幸せ。」

「私も幸せ!キャー!若返った気分ー!あ、料理まだまだあるからどんどん食べてねー!」

母さんは料理を取りにスキップをしながら台所へ向かった。

僕はもう早く寝たくなっていた。疲れた。かなり消耗した。

「うんまー!シュンちゃんこれうんまー!」

今井さんは嬉しそうにモグモグと料理を食べていた。

台所からは母さんの楽しそうな鼻歌も聞こえる。

まあ、疲れはしたけど、僕もそれなりに幸せだな。


「シュンちゃ〜ん、寝ちゃった?」

「はい。寝ちゃいました。」

「起きてるじゃ〜ん、なんかさ、今日が凄すぎて俺、眠れないの。おめめがパッチリ開いちゃって。」

「自力で閉じて下さいよ。僕、疲れたんで眠いんです。ただでさえ疲れてたのに、今井さんが母さんと一緒に寝たいとかバカなこと言って駄々こねるから余計に疲れましたし。」

「あ!千恵美ちゃんもおめめがパッチリかもしれない!俺、ちょっと見てくるー!」

今井さんは布団からがばりと起き上がり、母さんの部屋へ向かおうとした。

「ちょっ、待って!」

僕が今井さんを引き止めようとしたその時、声がした。

「親子でおやすみのところ、失礼。」

僕と今井さんは同時に声のした方向を向いた。

「どうも、元未来さんです。今日は大切な話があって来ました。ご安心を。危害を加えるつもりは決してありません。」

「ん?未来さん、元ってどゆこと?それに危害って…怖いんだけど。」

今井さんは僕を自分の後ろに引っ張った。

僕は驚いていて、されるがままに引っ張られ、今井さんの頭越しに未来さんを見た。シルエットしか見えない。

「警戒しなくても大丈夫ですって。あなた方には手出しは出来ない。それに、今日は話があって来たと伝えましたよね?」

「寿さんには?話っていうのはしてきたの?」

「ええ。もちろん。1番目の方々、寿さんと渡部さんにはもう話をしてきました。」

「ふーん。それで?話ってのは?」

「実はですね、私、組織をめでたく抜けることにいたしましたので、そのご報告を。そして、今後、私はあなた方とは相反する活動を行うので、その点もよろしくお願いします。」

元未来さんは、わざとらしいお辞儀をした。

「抜けるって、突然どうしたの?そんな人じゃ無かったじゃないのさ。」

「そうですね。私は以前の私とは違います。間違いなく。記憶が残るあなた方には実感が無かったと思いますが、私、14番目は一度消されました。」

今井さんは、びくりと身体を震わせた。

「…そうだったの。俺のせい?」

「いいえ。今井さんが私を消した訳ではありません。ご存知の通り、私たちを消そうと動く人間はあなた方だけではありませんので。」

「そっか。でもなんで元未来さんは存在しているの?消されたんだよね?」

「今井さん。あなたが消した6番目の影響は予想以上、いえ、今までの常識が変わってしまう程でした。そのせいでしょう。一度消えた私がまた存在できるようになったのは。」

「それで?消されちゃったから嫌になって組織を抜けたの?」

「大きな要因ではありました。私は番号が14番と番号が大きいので、いつ消されてもおかしくは無かった。今井さん、あなたは消す側の人間だ。日々、自分がいつ消されるのか分からない恐怖を、味わってきた私の気持ちは絶対に分からない。そして、消された瞬間、あの瞬間のやるせ無さ。自分の抵抗が全く効かない恐怖。そして、私が消えることによって喜ぶ人々の顔!…私は人間のために、人類の未来のために仕事をしてきました。それは、14番目として組織の人々に優しく扱われ、他の迫害から守られて来たからに他なりません。だから、私はみんなのために消える覚悟をしていたんです。」

未来さんは黙ってしまった。

「そして、これから君はどうすんの?俺たちと相反する活動って何?」

「私は別の組織に新たに属しています。私たちは自然に抗わず、人間が滅ぶ未来を望んでいます。本来の姿です。今井さん、あなたが狂わせたんです。6番目はきっと、軸だった。世界の運命の軸だった!しかし、消えてしまった。今、私たちの未来は歪んでいる。この現象をどう捉えるか、どこまで解明出来るのか。分かりません。しかしながら、私は思うのです。人間は所詮は生き物。有限な命を持つ、ただの生き物です。期待し過ぎぬように。必ず限界は訪れる。」

未来さんは、元未来さんは居なくなった。

僕は、驚きと恐怖で、声が震えていた。

「今井さん、手に負えない事態になってきました。これは、どうにも、しようがないです。」

今井さんは深く息を吐いて、強張った身体をリラックスさせて僕の方を見た。

「まあ、なるようになるさ。手に負えないのは始めからだしねー。今のはちょっと驚きだったけど。ねえ、未来さんさ、キャラ変わってなかった?あんな禍々しい雰囲気持って無かったよね?逆にゆ○キャラに近かったよね?やー、ビビったー。」

「寿さんと渡部さんも聞いたんですよね?今の話。あ!鉄くんも、もしかしたら渡部さんと一緒に…。」

「さあて、どうだろ。さっきの元未来さんはもう、何しでかすか分かんない感じだったから、あるいはそうかもね。はぁー、もーやんなっちゃう。せっかく一日が台無しーでは無いけど、やな感じ〜!」

「今井さん!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!今から会社に行きますか?寿さんとかが集まってるかもしれません!」

「まあまあ、落ち着きなよシュンちゃん。俺たちがいくら焦ったって何にもならないから。さ、寝よう寝よう。今はぐっすり寝るのが1番。じゃ、おやすみ〜、シュンちゃん愛してる〜。」

今井さんは布団をかぶって横になった。確かに、僕たちがいくら焦ったところで事態は変わらない。

そして、僕はもうかなり疲れた。

僕は今井さんの言う通り、まずは寝ることにした。


翌朝、母さんは張り切って朝食を用意していた。

「おはよー千恵美ちゃーん!お!朝ごはんだ!わーい!」

「シュンヤくん!おはよう!よく眠れたみたいでよかった。顔洗ってきてから食べてね。俊治もおはよう!早くお父さんと顔洗ってきなさい!」

「シュンちゃん、みそ汁のいい香りがする!あと、炊き立てごはんの香り!早く顔洗ってこようよー!」

今井さんは昨夜のことが無かったかのように、朝からニコニコして機嫌が良かった。今井さんって、もしかすると凄い人なのか?それともただアホなだけなのか?

洗面所に向かう今井さんの後ろ姿を見て、僕は昨日、今井さんが僕を守ろうとしてくれたことを思い出した。そうだ、今井さんの背中は、大きく見えた。

今井さんはただのアホなんかじゃない。

今井さんはきっと強い人なんだ。

「シュンちゃーん、早くおいでよー!」

「はい。今行きます。」

今日からきっと、今までとは違くなる。

気を引き締めていかないと。僕だってもう子供じゃない。僕も今井さんを守るんだ!


僕と今井さんは豪華な朝食を平らげ、共に会社へと向かった。

「朝の空気って気持ちいいね〜!俺、自宅けん職場だったからさ、こんなふうに会社に行くの新鮮!ステキ!」

今井さんはルンルンとスキップしていた。

「僕も朝の空気は好きです。澄んでいて、光も柔らかくて。そうですね、ステキです。」

「シュンちゃん、シュンちゃんにステキって言われちゃったー!キャー、俺恥ずかしー!」

「今井さんのことではありませんから。…僕、母さんと今井さんが似たもの夫婦だってこと、昨日すごく実感しましたよ。」

「夫婦ー!似たもの夫婦だってー!キャー!マジで?俺チョー嬉しいんだけど!天からの贈り物か?これは天からの授かり物なのか⁈」

「今井さん、興奮しすぎです。」


僕は今井さんの変態発言に引きながらも、会社に無事に到着した。

待合室に入ると、早くも寿さんと渡部さんが座ってハーブティーを飲んでいた。

僕たちを待っていたのだろう。二人とも、待合室のドアを正面に見る形で座っていた。もっと早くに来ればよかった。

「お二人ともお早いですねー!おっはよーございまーす!あ、渡部さん、今日も麗しくあらせられまーす!」

今井さんは元気よく敬礼のポーズをして、あいさつをした。

「おはようございます。遅くなってすみません。えっと、やっぱり昨日の元未来さんの件ですか?」

寿さんは静かに頷いた。

その時、後ろから声がした。

「俊治!おせーじゃんかよ!そんで、一緒に来た隣のやつ、だれ?」

「鉄くん!」

僕は鉄くんのいるところまで走った。

「鉄くん!やっぱり昨日、元未来さんが現れたんだね?あいつ、鉄くんまで巻き込んで…最低なヤツだ。」

「俊治、俺は巻き込まれた訳じゃねえよ。まあ、あいつの話を聞いて、今日は来たんだけどよ。麗子さんが心配だから来たんだ。そんで、あの男、誰?」

鉄くんは今井さんを指さしていた。

今井さんは楽しげに手を振り返していた。

「ああ、今井さんだよ。…僕の先輩であり、…信じられないかもしれないけど、…実のお父さん。」

鉄くんは驚いて今井さんを二度見した。

「うそだろ?若すぎじゃねえか?おまえの母ちゃん、どんだけ年下好きなんだよ!」

「違うよ!まあ、いろいろと事情はあるみたい。とにかく、あの人は元未来さんみたいな人じゃない。僕のお父さんで、そして頼りになる人だから。安心して、鉄くん。」

「そうかよ。ならいい。敵じゃないならそれでいい。」

鉄くんは歩き出した。僕も続いて歩いた。


「一応、今、揃えるだけのメンバーは揃ったな。昨日の夜、14番目である、元未来さんが個々の家に現れ、我々が属する組織を抜け、相反する活動をするという新たな組織に属したことを告げた。なぜ、奴は個々の家に現れたのかは、まあ、恐怖を与える効果を狙ったのだと考えられるが、…俺と渡部が1番目であること、そして今井が高い、存在消去能力を持つこと、それに、シュンちゃんが少しだが、時代を異にする両親を持つことによる、人工の存在消去能力を有すること。つまり、それぞれに役割や、この組織に属する理由が異なるということも関係しているだろう。…鉄くんは、渡部さんが心配で来てくれたんだ。訳の分からない事が多いだろうが、一旦、疑問は呑み込んで話を聞いてくれ。…昨日、元未来さんの他に、別の人物、新たな未来さんだな、が俺の家に現れた。実はな、今も歴史変更の機械がある部屋で俺たちを待ってくれている。…どうして俺が一旦この部屋に皆を集めたのか。それは、この組織に属し続ける意思があるかどうかの確認だ。これから先は今までとは違う。危険が伴うようになるだろう。だから、仕事を辞めるという選択もある事を知ってもらいたい。もちろん、辞めたからといって組織が君たちを守り続けることに変わりは無い。その点は安心してくれ。」

寿さんは話をやめた。

次は、僕たちが自分の意思を伝える番ということだ。

「もー寿さんってば、怖い顔しちゃってー。その目で何を射殺すつもりですかって感じですよー。可愛い息子と鉄クズがいるんですからー、射殺すのやめて下さいよー。はぁー、迷惑でしたよね〜昨日の元未来さん。自己中極まりない。なかなかいませんよ?夜中に人の家で思い思いに自分の意見を言いたいだけ言って去っていくなんて。そこら辺の自己中ではたちうちできないレベルっすよー。あ、仕事の件っすけど、俺、路頭に迷うの嫌なんで、続けまーす。いやー、俺には養うべき家族がいるもんでー、えへへー。家族のためにお父さん、頑張っちゃうぞー!」

「今井、真面目に考えてくれ。仕事は他にもいくらでもあるだろう。」

「無いっすよー寿さーん。俺みたいなアホチンを雇ってくれるところなんて、ここくらいですから!それに、俺、寿さんの下に居たいでーす!寿さんってお兄ちゃんタイプじゃないですかー、俺、一人っ子なもんでお兄ちゃんがずっと欲しかったんですよねー。寿さんと離れたくな〜い!」

「ふー、分かった。今井は残留だな。渡部、おまえはどうする?」

渡部さんは脚と腕を組んで座っていた。渡部さんは今日も美しい。

「決まってるでしょう?私も残留。ここの仕事安定してるし、危険って言ったって、実際に過去に行く訳じゃないからそれほど変わらないし。私、1番目だから、場所が変わったところで常に消される危険には、さらされ続けるし…喜ばしいことだろうけど。…あの14番目の気持ち、私、分かる。実際に消されたりしたら私もああなる可能性は否定できない。でも私だったら、また消される前に、やりたい放題やって楽しく暮らすなーきっと。海外旅行とか行きたいし。うん。あんなに暗い影背負って自己中行動はしない。面倒臭いし、時間の無駄。」

「確かにそうだ。渡部、おまえも残留だな。次はシュンちゃん、どうする?渡部の言う通り、危険にさらされる可能性が高いのは、君と今井だ。」

皆んなが一斉に僕を見た。ちょっと怯んだ僕であったが、事前に考えていた言葉を、しっかりと言い切った。

「僕ですか…僕は、今井さんを守りたいので、残ります。せっかく会えたお父さんなのに、失いたくありません。母さんのためにも僕は残って今井さんを守ります!」

今井さんは驚きの顔を両手で挟んで僕を見た。

ムンクの叫び?

「し、シュンちゃん!な、なんていい子なのー!シュンちゃーん!」

今井さんは僕に抱きついてきた。

「ちょっ、やめて下さいよ!みんなの前で、恥ずかしいじゃないですか!」

「えー!恥ずかしいのー?シュンちゃんってばもう、乙女!恥ずかし乙女ー!キャー!」

「意味不明ですから、早く離れて下さい!ぶん投げますよ!」

その時、寿さんの声がした。

「今井を守るか…シュンちゃん、よろしく頼む。」

寿さんは僕に頭を下げた。

「いえいえそんな…、こちらこそ、父さんをよろしくお願いします。」

「なんだよー、二人してさー、俺がさー、か弱いみたいじゃんかよー、でも守られる存在ってなんか逆にカッコイイかも!」

「今井さん、いい加減に離れて下さい。」

「イヤー!シュンちゃんと一緒にいるんだー!」

「意味不明ですから!」

寿さんが立ち上がった。

「さて、決まったところで移動しよう。新しい未来さんが待ってくれている。鉄くん、君も行くかい?」

黙って話を聞いていた鉄くんは、渡部さんと寿さんを見て、ゆっくりと頷いた。

「はい。行きます。」

「では、皆、行くぞ。今井、いい加減にしろ。」


機械のある部屋の雰囲気が変わっていた。

違くなったからだ。機械が変わっている。

そしてその横に、一人の小柄なスーツ姿の女の子が立っていた。一つにしっかりとまとめられた髪が、女の子の意志の強さと真面目さを表している気がした。

「決まったようですね。初めまして皆様。私は新たに皆様をサポートする未来さんです。どうぞ、よろしくお願いします。」

新しい未来さんは、深々と頭を下げた。

「へー、新しい未来さんって女の子だったんだー!なんか未来さんじゃ無くて、未来ちゃんってカンジ!」

今井さんは嬉しそうに笑っていた。

確かに、未来ちゃんの方がぴったりだ。

「どの様に呼んでくださっても結構です。私は16番目の時代の未来さんです。しかし、私自身が16番目ではありません。私は16番目の一族の一人です。昨日、皆様は14番目の話から、ある程度の情報は聞いて知っておられると思います。しかし、その情報は14番目自身が理解した範囲の情報であり、大変に偏っていたことでしょう。彼は組織を抜け、今は姿を隠しています。私たちとは逆の活動をする組織に新たに属したとの話は、あくまでも彼個人の話ですので、真相は分かりかねます。しかし、彼は実際に組織の目から逃れることに成功していることから、彼が言う話は嘘と断定することは出来ません。加えて、私の時代でも私たちの組織と相反する活動を続ける組織の存在は、確認は出来てはいませんが、実際に起こった出来事からの観点で、在るとされています。私が皆様にこれからお話させていただくことは、一つ、6番目が消えたことによる多大な影響について。二つ、それを踏まえた新たな組織の活動方針について。三つ、皆様にこれからどの様な活動を始めて頂くのか。以上の話です。皆様よろしいでしょうか?」

「ああ。話を続けてくれ。」

「はい。では、一つ目から。以前に今井様が消された6番目の存在は、我々の予想を遥かに超える影響を及ぼしました。我々は6番目も他の番号、18番目や11番目と同様に、存在が消えれば人口減少の停滞、そして増加の期間が人間に与えられると考えていました。確かに、6番目の消去の後、6番目の時代の人口減少の原因とされる染色体異常を引き起こす病が姿を消し、人間の数は上昇しました。しかし、信じがたい出来事が起きてしまったのです。14番目がそうであったように、存在が消されたはずの6番目以外の他の番号が再び存在するようになりました。18番目も、11番目も再び姿を現しました。異常事態です。残念ながら、我々はその異常現象の解明に至っておりません。さらに18番目、11番目の復活によって、我々の時間が削られてしまったことも、我々に打撃を与えました。しかし、我々も確実性に基づいての活動をしてきた訳ではありません。常に試行錯誤を繰り返し、仮説を立て、実行に移してきました。失敗も数多く経験しております。今回の失敗、つまり予測の失敗は、大変に大きなものではありましたが、あくまで一つの失敗に過ぎません。続いて二つ目、組織の新たな活動方針についてですが、一旦、消去する存在を絞ります。優先順位としては、14番目、11番目、18番目の順に消去を行い、その都度、影響を観察します。最後に三つ目、お気づきかと思われますが、組織の方針の変化に伴い、使用するマシーンを変えさせて頂きました。このマシーンは14番目、11番目、18番目の消去のみに特化した歴史変更マシーンです。今後、皆様にはこのマシーンを使用して、歴史の変更をして頂きます。以上で、私から皆様に伝える話は終わりです。皆様、質問や疑問点がございましたらどうぞ、私にお聞きください。答えられるものであればお答えします。」

「んじゃはーい!」

今井さんが手を上げた。

「もちろんだと思うんだけど、俺ら以外の歴史変更チームにも同じこと伝えて、このマシーンも渡してるんですかー?」

「はい。そうです。」

「ふーん。じゃあ稲葉さんはまた違うチームに入っちゃうんだ。」

「はい。そうです。今井様と稲葉様の能力は相性が良くありません。互いに互いの能力を打ち消しあってしまいます。残念ながら、稲葉様には他のチームに入って頂くことになります。」

「はー、やっぱりかー。んじゃ、次、俺がやることって、前とどこか違くなったりすんの?」

「異なる点としては、効果的な消去のために案内役が付きます。案内役といいましても、他の人間が行う訳ではございません。このマシーンです。このマシーンが案内役を務め、今井様やシュンちゃん様の身を守ったり、効果的な場所に案内するなどのサポートを行います。」

「へー!すげー!聞いた?シュンちゃん!次からサポート付きだってー!なんか楽しそう!」

「は、はい。そうですね。」

僕は未来さんにシュンちゃん様と呼ばれたことが気になっていた。なんだよ、シュンちゃん様って。

「それじゃ、次は私。この子、私の同居人で鉄っていうんだけど、昨日、あの14番目のバカがこの子にもベラベラと話しちゃったから、仕方なく連れてきたの。ねぇ、ちょっと話を聞きすぎたかもしれないけどさ、この子はこれから普通の生活に戻ってもいいの?」

「はい。問題ありません。」

鉄くんは慌てて渡部さんに近づいた。

「ちょっと、麗子さん。俺だけ蚊帳の外っすか?よくわかんねぇけどよ、ここまで聞いて引けないっすよ。」

「鉄様、もちろん、この仕事に従事して頂くことも可能です。あなたは我々の組織に害をもたらす人物ではない。もしそうだとしたら、あなたはそもそもこの場所に入ることが出来ませんでした。一人でも多くの協力者が必要なのは確かです。特に、この1番目の時代には仲間が少な過ぎる。いかがなさいましょう渡部様?鉄様にも、ご協力願うというのは?」

「おい、なんで麗子さんに聞いてんだよ、俺の話だろ?俺も仲間に入れろよ、麗子さんも俊治もいんだから俺もそうする。」

渡部さんは、隣に立つ鉄くんを睨みつけた。

「ちょっと、何勝手に決めてんの?この鉄クズが!勢いで決めてんじゃないわよ!私とシュンちゃんが居るから仲間になりたいですって?群れたいなら他の人間とつるんでな。」

鉄くんは渡部さんに睨まれて、少し勢いが弱まった。

「群れたいわけじゃないっすよ。こんなこと知っちゃったら、なんかしてないと気が済まないっていうか、…今の仕事も俺、結構好きだけど、仕事よりも俺、麗子さんや俊治のほうが大切っていうか。だから、こんな話を聞いた後にまた仕事に戻って普通に生活しろって言われても無理なんですよ!だから言ってるんです!勢いは確かにありますけど、それよりも心配と不安の方が強いっすよ!麗子さんは恩人だし、俊治は親友だし、俺、二人に何かあったらと思うと不安なんですよ!もし、危険なこととかが二人に起こったときに、力になれるようにしておきたいんです!えっと、未来さんだっけ?俺は何をすれば良い?」

未来さんはチラリと麗子さんを見た。しかし、麗子さんは何も言わなかった。

「鉄様、あなたはシュンちゃん様の親友と申されましたね?それならば、このマシーンと共に、歴史変更のサポートをお願いします。そして、可能であれば、寿様のサポートもお願いします。今までお一人でマシーンの管理を務めて頂いておりました。大変なご苦労をお願いしていたのです。助手として働いてもらうと、本当に助かります。」

「機械とかよくわかんねぇけど、手伝うだけなら出来る。分かった。やる。」

「ありがとうございます。給料については、皆様と同様に支払わせて頂きますので、その点はご安心を。…すみません。時間が来てしまったようです。また、何かあれば皆様にご報告にお邪魔します。それではまた。」

未来さん、いや、未来ちゃんは消えた。

お願いだから、シュンちゃん様は止めてくれ。


「さっそくだが仕事をしよう。今井、シュンちゃん、渡部、準備だ。20…いや、30分後にはじめる。鉄くん、手伝ってくれるね?」

「あ、はい。なんでもやります!」


「いつもと同じでしたね。あ、でも空間が広くなって、デザインがカッコよかったです。」

「ほぁー、なんか安心して眠くなってきた。シュンちゃん、今日はこの時間、睡眠にあてない?」

僕と今井さんは、また歴史変更の旅に出てきている。

そして今、今井さんは座り込んでしまった。

「なんで安心できるんですか!それに、僕たちが頑張らないと、人類の危機なんですよ!さあ、立って下さい!」

僕は今井さんの腕を引っ張り、立ち上がらせようとした。

「えー、俺、久々に頭使ったからさー、疲れちゃって。寿さんってば相変わらずキチクなんだから!もう!今日くらいお休みにしたって良いのにさー。」

「今井さん、いい加減にして下さい!寿さんだって疲れてるんです!でも頑張ってるんですよ!」

僕が今井さんをなんとか立ち上がらせた時、横から声が聞こえてきた。

「その通りです。寿さんは頑張っています。」

僕と今井さんは声の方角に顔を向けた。

「え、えー!」

「え、えー!」

僕と今井さんは同時に同じ叫び声を上げた。

小太郎が、小太郎が空中で泳いでる…

「はじめまして。私は今井さんとシュンちゃんさんのサポートを務めます、マシーン内蔵のプログラムです。」

小太郎は小さな口をパクパクさせながら、子どものような声で話をしていた。

「え?小太郎でしょ?」

「いいえ。プログラムです。この姿は今井さんの脳内に最初に浮かんだ生物の姿であって、本来の私の姿ではありません。」

小太郎は丸い身体をフリフリさせながら泳いでいた。

「あらまー、そうなのー、惜しいことしたなぁ、千恵美ちゃんのこと考えてたら良かったー。あーあ、今から変更出来ない?」

「可能ですが、千恵美ちゃんの姿になることはお断りします。」

「えー、なんでー!なんで千恵美ちゃんはダメなのー?」

「千恵美ちゃんの姿では、今井さんの仕事に支障をきたす恐れがあるからです。千恵美ちゃんを考えた時の今井さんの脳の反応は興奮度が高く、今井さんの本来の力が発揮されない可能性があります。」

「あー、確かに。千恵美ちゃんが見てるって思うとカッコつけちゃうよ俺。うん。分かった。千恵美ちゃんは諦める。じゃあさ、呼び方を変えるのは?君の名前は小太郎で、君は俺のことをママって呼ぶの。そしてシュンちゃんのことはお兄ちゃんって呼んで。」

「はい。分かりましたママ。」

「キャー!小太郎が俺のことママって呼んだよママって!シュンちゃん聞いた⁈」

「はい。会話を全て聞いていました。」


「小太郎、この時代はいつ?」

「お兄ちゃん、それはお答えできません。」

「え?そうなの?じゃあさ小太郎、ママにだけ特別に教えてよー!お兄ちゃんには内緒にしよう!」

今井さんは小太郎の頭を指でプニプニと触りながら、楽しそうに言った。

「いえ、ママにも教えることは出来ません。余計な情報によってママの能力が十分に発揮され無い可能性があるからです。」

そうか。だから寿さんも今井さんや僕に何も知らせずに送り出していたのか。今まで気にして無かったけど。

「なるほど。じゃあ小太郎、君のサポートの内容を教えてくれないか?」

「はい、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんとママを守ります。つまり、無傷で元の時代に必ず送り届けるということです。そして、お兄ちゃんとママの行動を手助けします。例えば、お兄ちゃんがあの岩を持ち上げて歩きたいと思ったとします。私はその力をお兄ちゃんに与えます。お兄ちゃんは望んだ通りに岩を持ち上げ、歩くことが出来ます。」

「へえ。思っただけで良いんだ。」

「はい。お兄ちゃん。」

「じゃあさー、他の人を操ることとかも出来ちゃうわけ?あいつにスキップさせたい!とか思ったらさせられるの?」

今井さんは小太郎を抱っこしながら、赤い頭をプニプニと触っている。

「いいえ。ママ。人や動物の意思を変えることは出来ません。しかし、物理的に空に浮かばせるなどのことは出来ます。」

「そうか。じゃあ、どれくらいの大きさや重さを動かすことができるの?」

「それは、お兄ちゃんやママが関わるか関わらないかで違いが出てきます。距離も重要な要素です。近距離であればあるほど、強い力を使うことが可能です。」

「実際に試さないとよく分からないってこと?」

「はい。そうですお兄ちゃん。」

「はぁー、ますます頭を使ってしまった。づがれだー!シュンちゃん、おやすみー。」

今井さんは小太郎を空中に泳がせた後、ヨッコラセと横になった。

「ちょっ、今井さん!寝ちゃダメですよ!小太郎、あと時間はどれくらい残ってる?」

「あと残り25分12秒です。お兄ちゃん。」

「やばい。何にもしてない。今井さん!行きますよ!まずは人に会わなきゃ!あーもう、小太郎、いま、違ったママを運んで!」

「はい。お兄ちゃん。」

今井さんはふわりと宙に浮かんだ。

「わー!スゲー!無重力!宇宙空間だよシュンちゃん!それに、ママを運んで!なんてもープププ、シュンちゃんかわいいー!」

「小太郎、ママを落として。」

「はい。お兄ちゃん。」

今井さんはドサリと草むらに落ちた。

「うお!いちちー、もーシュンちゃんったら照れるとバイオレンスになるんだから!もうプリチー!」

「なんでバイオレンスが言えてプリティーが言えないんですか?あーもー、行きますよ今井さん。時間が無い。」


僕たちは人を探して歩いたが、いっこうに人は見あたらなかった。

「やばい。小太郎、あと残り時間は?」

「10分です。お兄ちゃん。」

「10分かー、シュンちゃん、落とし穴掘るかー。小太郎、穴掘りに適した石の用意、あ、二人分ねと、あと穴掘り手伝ってー」

「分かりました。ママ。」

「ちょっ、今井さん!こんな大事な時に落とし穴でいいんですか?」

「サンキュー小太郎、ん?いいに決まってんじゃん、俺が18番目を消した原因も、たぶん落とし穴だと思うからさ、ほらシュンちゃん、時間は限られるが良き落とし穴を作成するぞー!おー!」

今井さんは鼻歌を歌いながら穴を掘り出した。

「マジですか、落とし穴で18番目を…はい。良き落とし穴を作りましょう!」

僕たちは小太郎の驚異的な力を借りて、短時間で仕上がりの良い落とし穴の作成に成功した。今井さん曰く、ベスト13に入る仕上がりだったらしい。


「お、スゲーまた現れやがった。ホントにタイムスリップしてんだな!マジかー。考えらんねーよ!ハンパねーよ!」

もとの時代に戻った僕と今井さんは、驚きと興奮にあふれた鉄くんに出迎えられた。

「ただいま鉄くん。僕はこの場に鉄くんが居ることが未だに考えられないよ。」

「ただいま鉄クズ〜。ふぁー、ねむねむ。風呂に入ってお昼寝したいよー!シュンちゃんと鉄クズー、風呂行こ風呂。」

今井さんはふらふらと歩き出した。

「今井さん!鉄クズじゃなくて鉄くんです!失礼じゃないですか!それに、渡部さんも居るんですから着替えを持ってお風呂に行きましょう。そんなにふらふらしてたら危ないですから!鉄くん、ごめんね、今井さんって自由人っていうか、常識はずれっていうか、いい人なんだけどちょっと、いや、かなり足りない部分があって。」

鉄くんは、ふらふらと歩く今井さんを見ていた。

「ああ、知ってる。俺を鉄クズって呼びだしたのも今井さんだろ?麗子さんから聞いて知ってんだ。それよりおまえ、大変だな、今井さんが本当の親父で上司とかってよ。それに、なんかおまえ、今井さんの母ちゃんみてえだな。」

「母ちゃんって、なんか前にも言われたことがある気がする…あ!今井さん、ここで脱ぎ始めないで下さい!とにかく、お風呂に行こう!鉄くん!ここのお風呂すごいから!今井さん、先に行ってて下さい、僕は着替えを持って行くので!鉄くんもはやく、着替えは僕の予備があるから大丈夫!」


僕と鉄くんは着替えを用意し、よろよろと歩く今井さんと合流を果たした後、温泉に入った。

「俊治!なんだよここ!温泉旅館かよ!石造りやべー!」

「僕も初めて入った時はそう思った。本当に温泉らしいよ、しかも源泉掛け流しってやつ。効能は…なんだっけ?日々の疲れを癒すとかだったと思う。」

僕と鉄くんはシャワーをザーザーと浴びて、温泉に浸かった。

「ふー、ひと息ついたー。やっぱり緊張してたんだなー僕。」

今井さんは肩まで温泉にとっぷりと浸かって気持ちよさそうにしていた。今井さんもかなり緊張したに違いない。

「なあ俊治、俊治はこっちに帰って来てからずっとこの仕事してたのか?」

鉄くんも気持ち良さそうにお湯に浸かりながら、何気なく聞いてきた。

「え?うーんと、違う。僕、一度だけ一応大企業って呼ばれるところに就職しただろ?そしてすぐに辞めちゃって…しばらく、たぶん1年くらい、家で引きこもってたんだ。ここの仕事を始めたのは、今井さんが散歩中の僕をスカウトっていうか…とにかく、今井さんが僕にここの仕事をするようにって言ってくれたんだ。今考えると、流されまくってたかも僕。かなり受動的だったな。」

僕は温泉の縁に頭を乗っけてリラックスした。

ここの温泉は天井の造りも立派なもんだ。

「へー。俊治もいろいろあったんだなー。俺、俊治はスゲー恵まれてる苦労知らずのヤツだって思ってたから。…俺、俊治と麗子さんに助けてもらえるまでさ、かなりヤバかった。俺の母ちゃん、俺が中学に上がってすぐに再婚してさ。年下の男と。デキ婚ってやつ。俺、どうにも馴染めなくて。いいやつではあったんだよ、母ちゃんの再婚相手。仕事もしてたし、俺にも気使ってくれたし。でもさ、子どもが生まれて、母ちゃんは俺そっちのけっていうか、まあ、赤ん坊だから仕方ないんだけど。俺さ、自分の居場所が無くなった気がしたんだよね。自分の家なのに、常にお客さんって感じ。家族じゃ無かった。再婚相手もさ、言葉には出して無かったけど、俺を邪魔者みたいに…俺が勝手に思ってただけなんだ。あいつは悪くない。ちゃんと俺を養ってくれてたし、警察の世話になっても謝ってくれたりしてたし。…なんか俺、何言ってんのか分かんなくなってきたー!とにかく、俺は俊治と麗子さんに助けてもらえて命拾いしたってこと。だから、俺は二人になにかあったら助けたいってことだ!」

鉄くんはざぶりと頭まで温泉に浸かり、またざぶりと頭を出した。

「この温泉って疲れを癒すんだろ?俺、今、頭が疲れてるから浸けてみた。なんかちょっとサワヤカになったかも。」

鉄くんは笑っていた。


風呂から上がると、今井さんはふらふらと部屋に入ってお昼寝、いや、夕方寝をしてしまった。有言実行である。

いつもなら僕は帰るところだが、今井さんが起きるのを待って一緒に家に帰ることにした。なんとなく、今井さんを一人にするのは危ない気がする。それに、寿さんが熱心に、鉄くんに新しいについてマシーンの説明を行なっている。僕はこの場で疲れたからと、帰ってしまうのは気が引けた。だからといって、僕に出来ることといえば、日誌を書くことくらいである。日誌は、初めて歴史変更の旅に出た時からつけている。あくまで個人的なものだ。でも、いつか何かの役に立つかもしれない。

僕は待合室に移動すると、コーヒーを淹れ、日誌に取りかかり始めた。昨日の元未来さんから聞かされた話から書き始める。元未来さんは言った、限界があると。人間には必ず限界がある、期待し過ぎるのは危険であると。あんなに凄いマシーンを見せつけられると、限界なんてあるのかと疑問に思うが、しかし、元未来さんの言葉には確信のような力があった。そして、14番目である元未来さん。一度消されてしまったと彼は言った。その時の恐怖や無力感、そして信頼している仲間たちが、消える自分を見て喜んだと彼は言った。やり切れない。彼はきっと人類にとっては悪なのだろう。でも、普通の一人の人間なんだ。僕は歴史を変更して、また彼を消そうとしている。僕は彼の敵だ。敵になんてなりたくない。でも、どうすればいいかわからない。あまりにも大き過ぎて、僕は判断がつかないでいる。

僕は自分の感じた気持ちも出来るだけ日誌に記すように心がけていた。今回の件についても僕は細かく記した。他の人から見たら無駄かもしれないけど、でも、僕には必要なことなんだ。

その後も僕は書き続け、そのうちに、夕方寝から今井さんが起きた。

「あれー?シュンちゃんまだ日誌書いてたのー?ふぁー。今日は長いねー。」

今井さんはコーヒーを淹れ始めた。

「今井さんが起きるのを待っていたんです。今日も家に来ますよね?」

「いやー、行けないかもなー。うん。無理だなー。」

「え?だってもうあの家は今井の家みたいなものじゃないですか!それに、母さんも待っていると思います!」

「ああ、大丈夫、千恵美ちゃんには話してあるから。というか、手紙、置いてきた。」

「手紙?」

「そ、手紙。やっぱり当直は必要だと思うんだよねー。なにかあった時大変だからさー。俺が適任。あ、シュンちゃんもコーヒー飲む?」

「頂きます。…でも、たまには家に来てくれますよね?」

「えー!もちのろんだよ!本当はさ、俺も毎日帰りたいよー。千恵美ちゃんの料理食べたい。でもさー、これも仕事の内っていうか。俺が適任なんだよなー。これ以上寿さんの負担が増えるとかヤダしー。はい、シュンちゃんコーヒー。」

「ありがとうございます。」

僕はちょっと、いや、かなりガッカリした。

僕ってなんだかんだ言っても今井さんが好きなんだよなー。

「なんだよー、シュンちゃんさみちいのー?パパが居なくてちゃみちいのー?俺もシュンちゃんが居なくてちゃみちいよー!千恵美ちゃんのところに帰りたいよー!今すぐ!はーああ。シュンちゃん、小太郎をよろしく。」

「あ!そうだ小太郎!小太郎が居ないと今井さんが一人になってしまいますよね?今から取りに行きますか?」

「いや、いいよ。小太郎には仕事中会えるし、それに、俺の帰る家はもうあの家だからね。こっちは仮の住まい。だから小太郎は家に居てほしいのよ。」

今井さんは頬杖をつきながら、コーヒーを飲んでいた。

「そうですか。はい。任せて下さい!じゃあ、今日は水槽の掃除グッズを持って帰りますね。エサは、一日2回で良いんですよね?」

「うん。あ、でも俺、小太郎が欲しそうにしてたらあげてたかも、ごはん。適当に食べさせてあげて!小太郎は食いしん坊だからさ、おなかを空かせるわけにはいかないよ!」

「今井さん…だからですか?あんなに小太郎のおなかが丸くなったのは!あげ過ぎは良くありません!僕は一日2回と決めてエサを与えます!」

「えー!小太郎がかわいそうだよー!せめて、せめて3回にしてあげてー!」

「さ、3回ですか?うーんと母さんに頼めば大丈夫か。分かりました。適量を3回与えます。でも冬場は一日1回ですよ。消化に良くないので。」

「分かってるよー。はあ、小太郎。金魚なのにダイエットするはめになろうとは…。ママはまあるい小太郎が大好きなのになぁ〜。厳しいお兄ちゃんだね、シュンちゃんは。」

「普通です。」

僕は今井さんに淹れてもらったコーヒーを飲み終えると、さっそく今井さんの部屋から水槽の掃除グッズやバケツを持ち帰る準備をした。

荷物を持って今井さんの部屋を出た僕は、ドアを閉めた。すると、ピンで留められた板に書いてある、今井と小太郎の部屋の小太郎の下にただいま帰省中と書かれてあった。


「ただいまー」

僕はかさばる荷物を持って帰宅した。

スーツ姿で水槽のお掃除グッズとバケツを持った僕は、帰り道で何度も二度見されてしまった。

「おかえりなさい。あらあら随分と荷物が多いのね。」

「小太郎の水槽を掃除するグッズだよ。今井さん、いろいろと買い込んでたから。一応、みんな持って来た。」

僕は靴を脱ぎ、掃除グッズ一式を持って小太郎のもとに向かった。

小太郎は元気に泳ぎ回っていた。そして、僕に気がつくと、水面に向かって口をパクパクし始めた。

「母さん、小太郎にエサあげた?」

「あげてたわよー、またパクパクしてる?」

母さんも小太郎の様子を見にやって来た。

「パクパクしてるわねー。まだ足りないのかしら?私、金魚なんて小学校の時に一度飼ったきりなのよねー。だからね、お母さん、今日、金魚の飼い方の本を買ってきて読んだのよ。そうしたら、エサのあげ過ぎは水を汚すから良くないって書いてあったの。だから少しずつあげてだんだけど…近づくたびに欲しがられちゃって。どうしようって思ってたの。まさか、こんなに金魚を飼うのが大変だと思わなかったわ。ほら、フンの量も凄いでしょ?朝見たらビックリしちゃって、ホームセンターでお掃除用のスポイトを買ってお掃除してたのよ。でもほら、もうフンしてる。」

小太郎の水槽には、掃除がしやすいようにと砂利が敷かれていないため、フンが目立つのだ。

「じゃあエサは要らないな。フンの掃除をして今日は終わりだ。水換えは休みの日に僕がやるよ。母さんは、エサとフンの掃除をお願い。水を足すときは、一晩汲み置いた水を足してあげて。バケツあるから。」

「分かったわ。俊治、随分と詳しいのね。ビックリしちゃった。」

「今井さんにいろいろと聞いてるから…それに、水換えの手伝いとかもよくやってたし。意外と手間がかかる生き物なんだよなぁ、金魚って。」

「まあ、生き物を飼うってそういうことよ。でも一番手間がかかるのは人間よ!あんたを育てるのが一番大変だった。それに比べたら全然簡単よ!」

「母さん、金魚と一緒にしないでくれよー」


次の日の朝、僕は小太郎のフン掃除をし、水を足してから家を出た。


「おはようございます」

「おはー!シュンちゃん!今日も早いねー!」

今井さんはいつものようにマンガを読みつつコーヒーを飲んでいた。

「小太郎が居なくて寂しかったんじゃないですか?今井さん。」

「まあねー。でも小太郎はアットホームな場所でのびのびと暮らしてほしいからさ、俺。小太郎が千恵美ちゃんの暮らす家で元気に泳いでると思うと、それだけで俺、嬉しい!はい、シュンちゃんコーヒー。」

「ありがとうございます。良い香りです。今井さんってコーヒー淹れるの上手いですよね。わざわざ豆を焙煎することから始めますし、昔からコーヒー、好きだったんですか?」

「まあ、そうかなぁー、好きっていうより飲んでるうちに癖になったって感じ。まあ、結局好きってことだね〜。」

「へー。ということは、喫茶店とかで働いてたとかですか?」

「うーんと、そういうわけじゃ無いんだけど…。寝たくなかっからよく飲んでたんだよねー。」

「ええ!今井さんがですか?寝たくないって…もしかして夜遊び…」

「違う!断じて違うよー!そんな目で見ないでー!パパ悲しいよー!」

「じゃあ、どうして寝たくなかったんですか?」

「うーんと、シュンちゃんさ、予知夢って知ってる?」

ヨチム、僕は今井さんの口から意外な言葉が出てきて、驚いた。

「え!予知夢ですか?一応知ってますけど…」

「それだよー、俺が寝たくなかった理由ー!俺、予知夢見ちゃう人間なんだよ実はさー。それがもう半端なく怖いのなんのって…俺はかなり未来の方を予知しちゃうから、知ってるんだよねー。未来さんからよく聞く、人口減少の恐ろしさ。人がさ、あっけなく死んじゃうの。病気だなんだって理由は一応つけられてるけどさ、俺が見た感じでは人間が地球っていうか、環境っていうか、なんか当たり前にある空気みたいなものに受け入れられてない。拒絶されてる。だから生きてけないの。あー、こわ。実感があるからさ、夢だからって片づけられないくらいの実感。俺、何度も見るから怖くて怖くて、寝たく無くなったんだよー。」

今井さんは頭を何度も振って、深呼吸を繰り返した。

僕は不安になった。軽い気持ちで聞いただけだったのに、まさか、こんなに深刻な話になるとは…

「今井さん、大丈夫ですか?」

「うーん。うん!ヘーキ!今はもう見ないもん。昔の話。」

「そうですか。すみません。嫌なことを思い出させてしまって。」

「ヘーキヘーキ!俺、この仕事始めてから治ったんだよねー予知夢。あ、予知夢だって分かったのも仕事始めてから。未来さんが教えてくれた、14番目の前の未来さんね。俺の歴史変更の能力も、予知夢を見る力があるかららしいし、今、予知夢を見ないで済んでるのは歴史の変更の方に力を使ってるからなんだとさ。だからねー、昨日、寿さんに仕事辞めてもいいぞーなんて言われたけどさ、出来ないのよ。あ、寿さんは俺が予知夢見るとか知らないから、内緒にしててね?あの人1番目だし、悩みがいろいろと多いからさー、余計な心配させたく無いわけ。シュンちゃんは俺の息子だから、特別に話したんだよー。あ、千恵美ちゃんも知ってるんだった。あれ?結構知られてるのか?ん?まあ、いいや。えへへー。」

今井さんはいつもの今井さんに戻った。

歴史変更能力の以外な秘密を知ってしまった僕である。


しばらくして、寿さんや渡部さんと鉄くんが出勤して来た。

「おはようございます。鉄くん、おはよう。」

「はよ。なんかコーヒーの良い香りがする。」

鉄くんはあたりを見回し、今井さんの本格コーヒーメーカーに気がついた。

「お⁈ 鉄クズも飲むか?俺の美味しいコーヒー!」

「今井さん!鉄くんです!」

「いいよ、俊治。鉄クズで。上手いこと言うもんだって俺、思ったし。そんな嫌じゃない。はい。ぜひ飲みたいです。今井さんの美味しいコーヒー。」

「今井、ついでに俺と渡部にも淹れてくれ。久々に飲みたくなった。」

「良いっすよ〜。朝から全員集合って気分が盛り上がりますねー!歴史変えちゃい隊全員集合!」

今井さんは嬉しそうに豆の焙煎を始めた。

鉄くんは俺の隣に座ると、歴史変えちゃい隊とはなんのことだと聞いた。

「ああ、今井さんが命名したなんて言うか、チーム名みたいな感じ。たいして重要じゃないから気にしなくてもいいよ。」

「ふーん。チーム、歴史変えちゃい隊か…今井さんってけっこう上手いこと言うよな。」

鉄くんは感心しながら豆を煎る今井さんを見ていた。

「そうかなぁ?僕は鉄クズって言われても怒らない鉄くんの方がすごいと思うけど。」

僕は寿さんや渡部さんの様子を横目で見た。

「なあ俊治、寿さんってなんか良い先生みたいだよな?優しいし、バカな質問してもちゃんと答えてくれるしさ。俺、昨日、けっこう教えてもらったんだけど、俺でも理解出来るくらいにさ、かみ砕くって言うのかな?難しいことも、ちゃんと理解させてくれるんだよ。俺って実は頭が良かったのか?とか錯覚しちまったよ。」

「実はそうだったってことは無いの?鉄くんって生活の知恵に溢れてるイメージなんだけど。」

「んなわけねーだろ!なんだよ、生活の知恵って、ばあちゃんかよ。昨日さ、俺、試しによ、閃きが大切っていう本買って問題解いてみたんだ。それが意味不明で問題文すら理解できねーんだよ。俺、愕然としたね。そんでよ、問題が難し過ぎるのかと思って麗子さんにも、閃き問題を解いてもらったんだけど、麗子さん、スラスラ解いちゃってよ、「意外に面白いじゃないのこれ」なんて言うんだぜ!どんだけ俺バカなんだって話だよ。だからさ、寿さんの教える力の強さを知ったんだ俺。」

「ふーん。まあ、寿さんだもんなぁ。今井さんを管理する寿さんだもん。すごいに決まってる。」

僕は横目で、何やらパソコンの作業をする寿さんを見た。

「どちたのー?シュンちゃん、シュンちゃんもおかわりするー?寿さ〜ん、コーヒーお待たせしましたー!。渡部さんもどうぞ、あ、今日も麗しくあらせられまーす!ほれ鉄クズ、コーヒーだ。」

今井さんのコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がって、僕もおかわりしたくなってしまった。


「ここは…明らかに江戸時代ですね。しかも江戸の町中ですか?人がたくさん…」

「おー!時代劇だー!髪型がダサい!」

今井さんは小太郎を抱えて、頭をプニプニと触っていた。

「あ!まずい!小太郎が目立ってしまう!今井さん、小太郎を隠して下さい!」

金魚が空を泳いでいたら、斬り殺されても文句が言えないくらい怪しい。

「大丈夫です。お兄ちゃん。私の姿はママとお兄ちゃんにしか見えませんし、触れません。」

「え?そうなの?こんなにプニプニしてるのに?すご〜い!小太郎め〜!もっとプニプニしてやるぞー!」

今井さんは小太郎の丸い頭を両手でプニプニし始めた。

「今井さん!プニプニし過ぎです!小太郎がかわいそうですよ!」

「大丈夫です。お兄ちゃん。ママがどんなにプニプニしても私はいっこうに構いません。それに私をプニプニすることで、ママの脳波がリラックスしています。良い効果です。」

「そ、そうなんだ。」

確かに、小太郎の丸い頭をプニプニすると、リラックス出来そうだ。

「さてと、シュンちゃ〜ん、江戸の町見物しに行こうよ〜。女の人の頭デカ!」

「は、はいそうですね。滅多に来られない場所ですし、見て回りましょう。」

僕たちは歩き始めた。これだけ人がいれば、今井さんの歴史変更能力は十分に発揮されるに違いない。


歩き始めて数分後、早くも僕たちの江戸見物は終わりを告げた。

人気の無い神社を歩いていた時である。

昼間だというのに、酔っ払った侍に、僕が突進されたのだ。たぶん、誰でもいいから難癖をつけて斬り殺してやりたかったのだろうと思う。

「シュンちゃん!」

「お兄ちゃん!」

勢いよく吹っ飛ばされた僕の方に今井さんと小太郎が急いでやってきた。

「大丈夫シュンちゃん!ケガは?」

「だ、大丈夫です。驚いた意外は特に…今井さん小太郎、逃げよう。侍が刀抜いてる!」

酔っ払った侍は、無礼だとかなんとか言いながら、刀を抜き、僕たちを睨みつけていた。昼の光を浴びて、刀身がキラリと光った。

「は?何あいつ意味不明なんですけどー!刃物チラつかせちゃってさ、何様のつもりー?怒ったぞ!パパは怒った!激しく怒った!小太郎!やるぞー!」

「はい。ママ。」

今井さんは立ち上がり、刀を抜いた侍と向かい合った。侍は獲物が一人増えたとばかりにニタリと笑った。

しかし、侍はその瞬間に、フンドシ姿となって刀を持った格好のまま、空に弧を描いて飛んで行った。その姿はまるでマンガで派手に負けた敵役のそれであった。

「うなー!」と悲鳴をあげながら、侍は遠くに飛んで行き、今井さんと小太郎はハイタッチをして喜んでいた。ハイタッチと言っても今井さんは中指で、小太郎はヒレでペタペタと交互にくっつけているだけであったが。

「うなーだって、うなー!変なのー!シュンちゃん聞いたー?うなー!」

「聞きましたけど…どこまで飛んで行ったんですか?」

「さあ?ねえ小太郎、あいつ、どこまで飛んで行ったの?」

今井さんは首を傾げて小太郎に聞いた。

「ママの想像通りに飛ばしました。現在も飛行中です。」

「マジ?スゲーあいつまだ飛んでんの?飛行侍!なんつって。」

「ちょっと飛ばしすぎでは…小太郎、もう降ろしてあげたら?」

「いいえ、お兄ちゃん。遠くに行きすぎました。私にはもう、コントロールができません。」

「え?じゃあもしかしたら、死んじゃうかも…」

僕は不安に襲われた。

「大丈夫です。お兄ちゃん。ママの想像通りに飛ばしましたから。死にません。ただ現在も飛行中というだけです。」

「そうだよシュンちゃん!パパがそんなひどいことするはず無いでしょ?まあ、どうにでもなっちまえとは思ったけどさ。」

「今井さん…今後は気をつけてください。驚きと心配で僕の心臓が保ちません。」


場面は変わり、飛行侍はといいますと。

もう既に持っていた刀は無くなり、ちょんまげも乱れ、辛うじてフンドシが巻きついている状態でありながらも、依然として飛行を続けておりました。

これは夢なのか?

飛行侍は目の前に広がる空を見ながら思いました。

しかし、ウミネコが飛行侍の頬を打って飛んで行きました。

痛い。夢では無い。私は飛んでいるのだ。

いつの間にか、海に出てしまったようです。飛行侍の下には雄大な太平洋の海が広がっております。

私は、私は…そうだ、乞食を斬り殺そうとしたのだ。

ヤケになって、私は乞食どもを斬り殺してやろうと…

神罰というものであろう。乞食といえど人の子。私はきっと神罰によって飛ばされているのだ。

酔いから覚めた飛行侍は自らの状況を神罰と受け止め、そのまま、なされるがままに飛ばされておりました。やがて日は沈み、夜となり、飛行侍は満天の星空と、その光が海に反射することで造りだされた大自然の神秘の光景を、目の当たりにしておりました。

なんと綺麗な…この世の光景とは思えぬ。

私は神の国へと飛ばされてしまったのか?

そんなわけはありません。

夜明けが近づくにつれ、雲行きがあやしくなってまいりました。そしてついに大粒の雨が、ぽつんぽつんと飛行侍の顔を打ちました。

嵐が飛行侍を襲います。

息ができない程、大量の雨に包まれてしまいました。

く、苦しい。なんでことだ。やはり私は神罰により、地獄へ飛ばされてしまったに違いない。

そんなわけはありません。

飛行が幸いし、嵐を抜け出すことに成功した飛行侍は、唯一身に付けていたフンドシまでも飛ばされて、生まれたままの姿になっておりました。

その時です、何やら声が聞こえてきました。

飛行侍が下を見下ろすと、タルにしがみついた金色の髪をした一人の青年が、必死に声をあげて助けを求めておりました。

飛行侍は少年を助けてあげたいと心底願います。

すると、飛行侍は少年の元へ近づくことに成功し、少年を海から救い上げ、そのまま飛行を続けました。

飛行侍は願います。なんとかこの少年を故郷へと送り届けてあげたい。

少年は力尽きたのでしょう。ぐったりとしています。

飛行侍は必死になって陸地を探しながら飛行します。

飛行侍が必死になればなるほど、そのスピードは加速し、ちょんまげはすべて解け、飛行侍の頭は…皆さんのご想像の通りになりました。

そしてついに、飛行侍はたどり着いたのです。

少年の故郷、スペインに。

そこで、飛行侍の飛行は終わりを告げました。

少年を無事に送り届けた飛行侍は、その地において、神の使いとして人々に愛され、飛行侍も人々を愛しました。人々は教会を建築し、飛行侍はその地で天寿をまっとうしましたとさ、めでたし。


場面は変わり、今井とシュンちゃんを待つ、鉄くんと寿さんである。

寿さんは鉄くんを立派な助手にすべく、昨日から丁寧にマシーンの操作方法やら、緊急時にはどうするべきかなどを教え込んでいた。そして今は休憩に入ったところである。あと数十分で今井とシュンちゃんは歴史変更の旅から戻ってくる。

鉄くんは寿さんに淹れてもらったお茶を飲みながら、マシーンを何とはなしに眺めていた。

「寿さん、寿さんはいつの間にコイツの操作方法とか知ったんすか?昨日、すぐに動かせてたっすよね?」

寿さんはお茶を飲みながら、マシーンを眺めた。

「前のヤツとたいした違いは無いと聞いていたからな。それに、コイツは扱いやすい。目的が絞られているからか、手動の範囲が狭い。6番目が消えてかなりの技術進化が起こったのだろう。まあ、前に消えた番号が現れたからな、劇的に進化した訳でも無いが。鉄くん、6番目や他の番号の意味、そして歴史を変更する必要性は後ほどに話す。今はマシーンの操作を習得することに集中してもらいたい。」

「はい。俺もその方がいいと思います。いっぺんに聞かされても、何が何やら、わけわかんねーってなりそうなんで俺。つーか、寿さん、お茶美味いです。今井さんはコーヒー淹れるの上手いし、スゲーっすね。」

「ああ。今井は昔からコーヒー好きだからな。そして俺はお茶好きだ。渡部はハーブティーだろ?」

「そうっすね。でも麗子さんはお店で飲む派なんで。家で飲むのは、コーヒーでもなんでもインスタントのやつっすよ。そして、麗子さん、家事全般が苦手みたいで、俺、初めて麗子さんの家に行った時、ちょっとビビりました。」

「今は鉄くんが家事をやってくれるから助かるって言ってたな、渡部は。運の良いやつだ。まあ、俺もそうかもしれないな。やっとまともな助手ができた。」

「そうっすか?なんか照れちゃいますよ。俺、バカなのに。」

「いや、大切なのは、やる気があるかどうかだ。実はな、短い期間だが、渡部に手伝ってもらった時期があるんだ。渡部は頭はいいから良い助手になると思ったんだが…いかんせんやる気が無い。あいつがやる気を見せるのは衣装作りと洗濯くらいだ。まあ、資料の整理は得意だな。」

「確かに!麗子さん、何故か洗濯は好きなんすよね。洗剤にも妙にこだわってますし、洗濯機も最新モデルです。俺、一度も洗濯だけはした事ないっす。干し方にもこだわりがあるみたいで、あと、取り込んだらすぐにアイロンかけるんすよ!服にはこだわってます、麗子さん。」

「今井も独特だが、渡部も負けて無いな。」


鉄くんと寿さんがうんうんと納得していた時、今井とシュンちゃんが侍を飛行させて帰って来た。


今井さんが僕の家に泊まりに、いや、遊びに来るのは、いつも全くの突然である。

それは、新しいマシーンの下、僕たちが活動を開始して数ヶ月後、キンモクセイの季節を通り越し、すっかり秋になった頃に始まった。

例えば、このように。

僕と母さんは夕食を済ませて、2人でそれぞれに読書をしていた時である。僕と母さんは本好きで、たくさんの本を置きたいが為に中古の一軒家を購入したと言ってもいいほどである。

話がそれたが、とにかく、僕と母さんは読書を楽しんでいた。その時、玄関のチャイムが鳴った。僕と母さんは顔を見合わせ、時計を見た。たしか、9時30分はまわっていたと思う。玄関を開けると、ニコニコしながら今井さんが立っていた。

「どうしたんですか?もう遅いのに、夕食は食べましたか?」

「うん。食べた。」

「そうですか。とりあえず上がって下さい。母さんもいますよ。」

「ううん。じゃあまた明日ー、お休みシュンちゃん!」

今井さんは嬉しそうに帰って行った。

なんのために、はるばる僕の家に来たのか、さっぱりわからない。

また、ある日には、朝、朝食の席に座ると、リビングの小太郎水槽の掃除をせっせとしていたこともある。

母さんが言うには、早朝にやってきて、母さんが起きるまで待っていたらしい。

今井さんは嬉しそうに朝食を食べ、僕と一緒に会社へと出勤した。終始、今井さんはニコニコと笑顔であった。

遊びに来ることも突然であったが、泊まり始めるのも突然で、いざ泊まり始めると今井さんは最低1週間は泊まっていく。そして週末は、母さんと2人、必ずデートへと行ってしまう。会社の当直の話はなんだったのかと、僕はちょくちょく疑問に思っている。

このような今井さんの奇妙な行動について、母さんは、驚きもしなければ怒りもせず、当たり前のように受け入れていた。

「母さん、今井さんってさ、僕、変だとは知っていたけど、なんか僕の変の範囲を超えている気がしてきた。」

僕は夕食後の読書にいそしむ母さんに話しかけた。

「お父さんでしょ?いつまでも今井さん今井さんって、可笑しいわよ。それに、お父さんは好きなように私たち家族と関わっているだけなんだから。あなたも好きなようにお父さんと過ごしなさいよ。私はそうしてるわよー。」

母さんはまた本の世界へと旅立ってしまった。

好きなようにって…やっぱり変だよ母さん…。


再び稲葉さんが会社に現れたのは、今井さんが「帰省中」の時である。

僕と今井さんは会社の前に座り込む人物を見つけた。

「今井さん、誰か居ますよ。あれ?稲葉さんじゃないですか?」

「あらホント。稲葉さんじゃんか!おーい稲葉さーん!」

今井さんは稲葉さんのもとへ走っていった。

僕も後に続いて走った。


「なんだよ今井〜、居ないとかひどいじゃんかよ〜。今井の分の朝飯も買って来たのに〜。どこ行ってたんだよ〜?シュンちゃんおはよう。」

稲葉さんは僕に手を上げてあいさつをした。

「おはようございます。」

「稲葉さ〜ん!実は俺、カミングアウトしたんすよー!キャー!そんで俺、今、帰省中なんでーす!ね?シュンちゃん?」

「はい。そうですけど…」

「マジかよ!ついにか今井ー。やるなぁお前!で、千恵美ちゃんは?千恵美ちゃんの反応は?」

「フフフフ。千恵美ちゃんは、全然怒って無かったんですよー!今もラブラブですよん!ね?シュンちゃん?」

「はい。そのようで…」

「スゲー!千恵美ちゃんスゲー!俺、千恵美ちゃんのファンになりそう。つーか、今井、早く中に入ろうぜー。鍵かかってっから俺、ビックリしたよー。お前のこと呼んでも返事かえってこないしさ〜。コーヒー淹れてくれよー。」

「小太郎のおかげっすよん!俺じゃないとカギが開かないんです!防犯バッチリでしょー?はい。稲葉さん、お待たせ致しましたー。どうぞー。」

今井さんはガタついたドアをよっこらせと開けながら自慢げに言った。

「小太郎?金魚じゃんそれ。なんでカギかけられるんだよ!」

稲葉さんはツッコミを入れながら会社の中に入り、僕も後に続いて入った。

「帰省中の小太郎じゃなくて、マシーンの小太郎でーす!俺も帰省する時は、小太郎に頼んでるんっすよー。」

今井さんはまたよっこらせとガタついたドアを閉めながら自慢げに言った。

「ああ。新しいマシーンね!なるほど。あーあ、なんか6番目の騒動でごちゃごちゃしたじゃんか、俺、マシーンも変わったことだし、またこっちで仕事できんのかなーって期待したんだよ。でも未来さんが、相性最悪だからダメーって…だからってなんで九州まで行かねばならぬ?なぜ飛行機で飛ばねばならぬ?」

稲葉さんのグチを聞きながら、僕たちは待機室へと向かった。

「飛行機かー、シュンちゃん覚えてる?飛行侍!あいつまだ飛行してんのかなー。」

「なんだよ飛行侍って!それより聞いてくれてよー!俺の今回の帰省理由!」

「ああそういえば、稲葉さん、どうしてコッチに戻って来たんすか?今、コーヒー淹れますね〜。」

今井さんは、またもやガタついた待機室のドアを、よっこらせと開けながら聞いた。

「よろしく!そんで理由なんだけどさ、妹の娘が生まれたんだよ。先週。」

「えー!良かったっすね稲葉さん!姪っ子ってやつですか?赤ちゃんか〜。ホッペフニフニしたい〜!」

「おめでとうございます。姪っ子さんですか。可愛いですね。」

「ああ、ありがとう。いや、そうなんだよ。喜ばしいことなんだけど…早すぎないか?結婚したの3月だぜ?」

「あー、たしかそれくらいでしたねー、ん?4.5.6.7.8.9.106カ月、まだ7ヶ月!かなりの早産ですね、赤ちゃん、めっちゃ小さいんじゃないですか?小さな赤ちゃん。可愛いー!言葉が可愛いー!」

「今井〜、んなわけねえだろーがよ。デキ婚だったんだよ!デキ婚!クソー、あのクソ男!インテリだかなんだか知らねーが、もう二発は殴らんと気が済まねえ!だから帰って来たんだよ!」

稲葉さん、殴ったんだ。結婚式、邪魔してくるとは聞いてたけど…殴ったんだ…。旦那さん、頑張れ。

「あー、なるほどなるほど、大きな赤ちゃん。フフフ、可愛いー!」

「お前、さっきから赤ちゃん可愛いしか言ってねえじゃんか。俺の心情を思いやってくれよ〜。真面目な妹だったのにさ〜、あのクソが!」

「まあまあ、いいじゃないすか。赤ちゃんは可愛いから万事OKですよ。ホッペをフニフニして気を落ち着けて来て下さいね。いいな〜稲葉さん、俺もホッペをフニフニしたいー!はい、コーヒーです稲葉さん。シュンちゃんもはい。」

「サンキュー。」

「ありがとうございます。」

稲葉さんは、納得いかないという顔をしていた。

僕には妹がいないからか、稲葉さんの心情は想像でしか分からない。でも僕も、赤ちゃんが可愛いければそれで良い気がする。

「あれ?稲葉さん!お腹!無い!あの立派なハラが!無い!」

今井さんはかなりびっくりして稲葉さんのお腹を指さしていた。

「ハハハハハ!ようやく気が付いたか今井くん!どうだー!ジムに通ってマッチョに生まれ変わったんだ俺は!フフフフ、あのインテリクソ野郎、俺の筋肉拳でブン殴ってやる!ハハハハハ!」

なんてことだ。妹さんの旦那さん、頑張れ!

僕は静かに妹さんの旦那さんに同情していた。殴られる痛みを知る僕は、稲葉さんの心情よりも、旦那さんの心情の方が文字通り、痛いほど分かる。

「稲葉さーん、かわいそうっすよー。稲葉さん、もとからガタイ良いのに、さらにマッチョになんかなったら。妹さんの旦那さんがかわいそうっす。俺、今の稲葉さんにブン殴られたら吹っ飛びますよー。」

「良いんだよ今井!俺は吹っ飛ばしてやりたいんだ!端から端へブッ飛ばしてやりたいんだー!」

「じゃあ、ほどほどにブッ飛ばしてから写真撮ってきて下さいよー!赤ちゃんの写真!」

今井さんは嬉しそうにコーヒーを飲んでいた。

赤ちゃんの写真か…そういえば、今井さん、僕の小さい頃の写真、よく見てるもんなー。今井さんって赤ちゃんが好きなんだなー。

僕は納得しながら美味しいコーヒーを飲んだ。


前回とは違い、マッチョになった稲葉さんは、寿さんの到来を恐れることなく、今井さんと僕に、九州での歴史変更の旅の話や、やはり妹さんの旦那さんがどれほど気に食わないやつなのか、などの話をした。僕と今井さんは聞き役に回り、結構楽しんで話を聞いた。

そのうちに寿さんが現れ、旦那さんをこれ以上苦しめるのは、妹さんのためにも良くないと、適切なアドバイスをしたのだが、稲葉さんの決心は固く、やはり、ほどほどに殴るという結論に至った。そして、渡部さんと鉄くんが出勤してきた。

「おー、君がウワサの新人くんか!たしか、鉄クズだったよな?稲葉だ、よろしく鉄クズくん!」

「ああ、はい。よろしくおねがいします。」

鉄くんはマッチョになった稲葉さんに押され気味であった。

「稲葉、あんた、ようやく腹の肉を削ぎ落としたわね。なに?彼女でも出来た?」

「そうであって欲しいところですけど、違います!俺は健康的になるためにマッチョになったんです!健康的になるためのマッチョです!健康以外、このマッチョに意味はありません!」

「あっそ。まあ、あんたのことだから、またなんかやらかすでしょうよ。今井、私たちにもコーヒーちょうだい。」

「了解っすー、渡部さん。あ、今日も麗しくあらせられまーす!」

今井さんはルンルンとコーヒーの準備を始めた。

「いやー、とうとう我ら「歴史変えちまい隊」の完成っすねー!よきかな、よきかな〜。」

「ハハハ!ひさびさに聞いたー!歴史変えちまい隊!俺もこっちで仕事したいなぁー。多少力が落ちたって問題ねーよなー?」

「いえ。問題はあります。皆様、お久しぶりです。今日は報告に参りました。」

和やかムードが一瞬にして崩れ去り、緊張が走った。

振り向くと、いつの間にか、未来ちゃんが立ってお辞儀をしていた。そして、顔を上げた未来ちゃんは、淡々と報告を始めた。

「まず一つ、14番目が現れました。ただ今我々の組織で保護をしております。二つ、14番目の情報提供により、あくまで、14番目の時代のみですが、我々と反する組織の解体に成功いたしました。以上です。質問がある場合、お申し下さい。」

先頭を切って話はじめたのは、やはり今井さんである。

「14番目が現れたって、なんで14番目は俺らの組織にまた来たの?あんなに恨んでる感、出してたのに!」

「はい。その理由については、14番目から聞いています。見ていられなかったからだと。この理由の前提には、14番目の時代に流行する病が、とても悲惨であるということが挙げられます。14番目は、我々の組織に幼い頃から常に守られておりました。それは、14番目を殺す可能性のある人間が多いことからです。そして、我々は14番目が自死する可能性も考慮し、病の存在を14番目から完全に隠しておりました。つまり、彼は組織を出たことにより、病の凄まじさを目の当たりにしたと考えられます。そして、彼はまた、自らが消去されることを望み、組織に姿を現しました。そして、一時的に属した組織の情報を我々に提供し、自らの消去の障害を無くしました。しかしながら、14番目の時代の、反組織グループとでもいいましょうか、は、宗教的側面が強く、未発達のグループでありました。したがって、それ以降の時代、つまり、14番目以降の時代に存在するグループまでは突き止めることは残念ながら出来ませんでした。」

「つまり、まだ安心は出来ないんだな。しかし、反組織グループとやらは、必ず出てくるものだと考えられる。以前から存在はしていたんだろ?そこまで組織が危険視するということは、やはり、この騒動によって活動が活発になったのか?」

寿さんが未来ちゃんに質問をした。

「はい。その通りです。以前から存在はある、とされていましたが、その次元を超えました。特に私の時代、16番目の時代では、自然のまま、人間は消滅していくべきだとの考えを持つ人々が多く存在します。それは、私の時代の人口減少の原因が、人間の未発達だからだと考えられています。私の時代は、多くの人々が成人しません。つまり、肉体的成長が止まることにより、子供を産むことが不可能になるのです。私もそうです。もう40歳である私の身体はまだ少女のままです。しかし、このように肉体的成長が止まった人間は長寿になります。150年は生きるでしょう。そして、老化現象の始まりは多くの場合、100年を超えてから起こります。人々は、自然の恵みに感謝し、この現象が無くなることを恐れています。」

未来ちゃん…40歳だったんだ…

「えー!未来ちゃん!俺より年上?スッゲー!うーむ、だよな〜、長生き出来なくなるんだったらさ、16番目が消されちゃうのは嫌だよねー。そりゃ、邪魔したくもなるさ。うん。」

今井さんは一人で納得していた。

「あの、質問してもいいですか?」

僕は、気になっていたことを質問することにした。

「どうぞ。」

「えっと、番号を持つ人が、その、他の時代、例えば、14番目が僕たちの時代にずっと居ることが出来れば、その、消去する必要は無くなるんじゃないかと…。ようは、14番目が14番目の時代にいることが悪いというか…。番号を持つ人がその時代に存在していなければ、消した事にはならないでしょうか?」

僕は考えていた。14番目や、他の番号の人が消えないで済む方法は無いかと。僕なんかが考えることは、きっともう他の誰かが考えているに違いないと分かってはいたが、どうしても、僕は、14番目を、他の番号を持つ人々を消したくなかった。

「はい。その通りです。しかし、問題があります。それは我々の技術面の問題です。我々の造りだせるマシーンには制限が有ります。まず一つ、過去のモノを未来へ持ち込むことが出来ない。二つ、長時間、未来から過去へ人や他の生き物を送り続けることが出来ない。シュンちゃん様の考えは、その通りなのですが、実際に行うことが出来ないのです。しかし、それは今現在の話です。番号を持つ者の消去が進めば、可能になるかもしれません。」

「…そうですか。丁寧に答えて下さって、ありがとうございました。」

「失礼ながら、時間です。では、また。」

未来ちゃんは消えた。


「シュンちゃん、元気出しなよ。シュンちゃんの気持ちは、分かるよ。闇を背負っちゃった14番目は、本当にかわいそうだ。ふー、なんとかしろよー技術面!いいアイディアなのにー!」

今井さんは僕の肩に手を置いていた。

確かに、なんとかしやがれ!技術面!

「なあ、俊治、お前はもう慣れたもんかもしれないけどさ、俺なんかはまだ、タイムスリップが出来る、未来の技術だけど、それでも人間が時間を超えられるってだけで驚いてんだぜ。そうそう上手いこといかねぇっていうかさ。未来の人って言ってもさ、同じ人間なんだぜ?だから、望みすぎるのは、良くねえと思う。とにかく、俺たちはさ、やれること、やるしか無えんじゃねえか?」

「うう〜、鉄クズにもっともな事言われたぁ〜!なんか、なんか悔しいぞ!鉄クズのくせにー!まあ、やれること、やるだけなのはホントだね〜。問題がでかいからさぁ〜。割り切れないことだらけだけど。」


未来ちゃん(やはり、未来さんではしっくりこない。)が未来へ帰った後、稲葉さんは殴る意欲が半減してしまった。しかし、実際にヤツのニヤけた顔を見れば必ず、俺の拳はうなるはずだ!と気合を入れて去って行った。

鉄くんは僕に、稲葉さんはいったい誰に向かって、拳をうならせるつもりなのかと聞いた。

「妹さんの旦那さんらしいよ。既に、結婚式で一発は殴ってる。今回は、妹さんとデキ婚だったことが分かって、だから旦那さんをブッ飛ばすらしいよ。でも、寿さんが説得して、ほどほどにブッ飛ばすことにはなったんだけど…稲葉さん、忘れてるっぽいね。」

「そうかよ…稲葉さんみたいな人にブッ飛ばされたら俺、きっと、人生の4分の1くらいを失う衝撃を受けるだろうな。気の毒だな、旦那さんはよ。」

僕と鉄くんは気の毒な旦那さんの無事を願った。

「さて、仕事を始めるか。何にせよ、俺たちは歴史を変更して人間の存在期間を伸ばすという任務がある。マシーンが的を絞って消去にあたっているが、やはりそうそう思い通りにはいかない。とにかくやれるだけやるぞ。皆、準備だ。」

やはり、寿さんの一声で、仕事は始まるのだった。


「今井さん、これは…かなり昔ですよ。高床式倉庫じゃなかったかな?あれ。弥生時代です。」

僕と今井さんは小高い丘の上から、下に広がる弥生時代の村を見ていた。

「へー、なんか俺も聞いたことある。三内丸山遺跡だろ?」

「それは縄文時代です。見て下さい、稲作を行なっています。縄文時代は狩猟採集、弥生時代は稲作です。そして、人々の間で争いが始まったのも、この弥生時代からだと言われています。」

今井さんはよいしょと、腹ばいに横になり、両膝をついて人々の暮らしを眺めはじめた。

僕も今井さんの隣で、同じように横になった。

「あんな穏やかそうにしてんのに、戦っちゃうんだ。」

「財産つまり、食料を守るためですかね?それと、奪うためですかね?稲作に欠かせない水も争いのもとになったというのは…いつの時代だったか忘れました。とにかく、戦う、争う理由が生まれた時代です。」

「そっかー、あー、なんもしたくないー。」

今井さんは仰向けになって、空を眺めはじめた。

「僕も…はー、本当はダメなんでしょうけど、やる気が出ません。みんなの暮らしの邪魔したくない…。」

僕も今井さんにならって、仰向けになった。空が高い。村からは、嗅いだことの無い、暮らしの香りが漂ってくる。子供のカン高い叫び声がうっすらと聞こえてくる。小太郎は、黙ったまま、僕たちの周りを優雅に泳いでいた。

「小太郎、僕たちのこと、怒らないんだね。」

「はい。お兄ちゃん。必要がないので。」

「僕たち、仕事をサボっちゃってるよ?」

「いいえ。お兄ちゃんたちは立派に仕事をなさっています。ママとお兄ちゃんがここに居る。それが一番重要なのです。他の活動はおまけのようなものですから。」

僕は驚いた。なんてこった!

しかし、今はサボりたい気持ちで心がいっぱいであったため、素直に喜ぶことにした。仕事は楽に越したこっは無い。

「じゃあ、今日はおまけは無しだ。今井さん、今日はのんびり仕事しましょう。」

隣に居る今井さんを見ると、すでにスヤスヤと眠っていた。早い。

でも、これくらいの余裕は必要なのかもしれない。

「小太郎、いったい誰が14番目を消しちゃうんだろうね?」

「それは予測できません、お兄ちゃん。しかし、お兄ちゃんかもしれないし、ママかもしれません。」

「そうか。僕かもしれないんだ。」

「はい。お兄ちゃん。」

僕は、またうつ伏せになると、弥生の人々を見た。僕なんかより皆、苦労が多いことだろう。でも、一生懸命に生きている。いや、普通に暮らしている。

「小太郎、僕たちが守らなくちゃいけないね。普通に、これから先の人達も普通に暮らしていけるように。苦しませたくなんかないや。」

「はい。お兄ちゃん。お兄ちゃんにはそうすることが出来ます。出来る力があります。」

「ハハ、そうだといいけど。小太郎、僕も少し目を閉じてるよ、変化があったら教えて。」

「はい。分かりました。お兄ちゃん。」


僕の住む町に、記録的な大雪が降ったのは、12月24日、クリスマスイブであった。

「すごい、さっき雪かきしたばかりなのに…こんなに積もるって…雪を置くスペースが無いじゃないか!」

僕はリビングの窓から外を見ていた。

雪かきは、久しぶりにやると、かなりの重労働だということが、身に染みてわかる。それなのに…雪はどんどん降り積もる。

「シュンちゃん気にしすぎ、せっかく会社が休みになって家族団らんを楽しんでるってのにさ。しかもイブだよ!クリスマスイブー!ワクワクだよねー!そんでもって、お正月もやって来ちゃうんだよー!キャー楽しみ〜!ね?小太郎!あ!ほらシュンちゃん!小太郎も喜びのダンスしてるー!」

今井さんは小太郎水槽の前で妙な踊りを始めた。

「それはエサを求めるダンスです。小太郎はずいぶんと今井さんに甘やかされて育ったので…常にエサを欲しがって大変です。ちょっと!今井さん、エサはダメです!冬場は少なめにって約束しましたよね!」

今井さんは小太郎にエサを与えようとしていた。

「えー!ほら小太郎が…ごはんを求めてこんなに頭をぶつけてる…可哀想でママは、ママは見てられないー!シュンちゃん…なんか小太郎、やつれてない?ゲッソリしてる気がするよー!」

「ただ口を大きく開けているだけです。安心して下さい。丸々としています。とにかく!さっきエサをあげたばかりなので、ダメです!」

今井さんはしょんぼりとして、とぼとぼと、コタツに入った。

「シュンヤくん、そんなにガッカリしないで。大丈夫よー、小太郎のことは俊治がちゃんとお世話しているんだから。ほら、ココア淹れてきたわよ。元気出して!俊治のもあるわよー、こっちにいらっしゃい!雪のことはもう放っておきましょう。なにやったって降るもんは降るんだから。気にするだけ損よ。それに、ホワイトクリスマスなんて何年ぶりかしら?ロマンチックじゃなあい?」

母さんは美味しそうにココアを飲む今井さんを見て、嬉しそうにしていた。

「ホワイトクリスマスはいいけどさ。家、雪で潰れないよね?」

僕の心配そっちのけで、母さんと今井さんは、二人ともとても楽しそうであった。


結局雪は次の日も降り続き、僕たちが出社できたのは、12月27日、であった。

僕と今井さんは、防寒着を着込み、長靴型のブーツを履いて雪道を歩いていた。

「忘年会、明日だけどさー、夜やっちゃうと危ないよね〜。まあ、ノンアルビールだけども。」

「そうですね。この雪じゃあ、寿さんと渡部さんたちの運転に、支障をきたしますよねー。」

「でしょでしょー?だからさー、俺たちの家でやらない?忘年会をさ!千恵美ちゃんとも相談したんだけどさ、良いよーって!」

「え!マジですか?布団は?」

「おこたもあるし、なんとかなるって!お客さん用の布団は二つあるから、えっとー、うん。いける!」

「うーん。ギリギリいけますかね。ふー、なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?そうしたら、いろいろ事前に準備とか出来たじゃないですか!」

「えー、だってさー、シュンちゃん反対しそうだったしー、それに!千恵美ちゃんと内緒話するの楽しかったしー!フフフフ。」

「なんですかそれ、内緒話って…小学生じゃないですか。反対、しませんよ。母さん、昔は急に、友達を呼んで泊めるとかしてましたし。慣れてます。」

「ヤッター!ルンルン!なんか楽しいなー!雪道も楽しいなー!ルンルンルーン!」

今井さんと僕は、忘年会の食べ物の話や、飲み物はやはりノンアルビールがいいか、など話をしながら歩き、わりと早くに会社へとたどり着いた。

「今井さん、雪かきがされてあります。どうして?」

「あら、言われてみればホント。まあ、ラクで良いじゃん!行こうよー!」

今井さんが、よっこらせとドアを開け、僕たちは中に入った。

「うー、やっぱり寒いなー。日が当たらないと冷えるよねー、早く暖房入れようっと。」

僕たちは待機室へ急いで入った。

「おはようございます。相変わらずお元気そうで。」

14番目が椅子に座って僕たちを出迎えた。


「え!」

「え!」

今井さんは、僕を後ろに押して身構えた。

14番目はやつれてはいたが、元気そうであった。無精髭も生えている。

「なんでいるの?たしか、保護されたって聞いたけど。」

「そんなに緊張しないで下さいよ。さあ、入って下さい。この部屋ですが、暖かくしたいと思ったのですが、この時代のシステムが分からなかったので、よろしければ、暖かくしてもらえますかね?」

「質問に答えてくれない?なんでいるの?」

「また復職したからですよ。」

「は?なんで復職できちゃうの?だって明らかに危険人物じゃんか!」

「危険人物って…まあ、その通りでしたけど。さらに言うと、私はもう14番目ではありません。」

「え?なに言ってんの?意味不明なんだけど?」

「18番目が再び消去されました。それにより、事実が変わりました。私が14番目でなくなっただけでなく、未来において、大変な変化が起きました。私の前任の16番目の時代の未来さんですが、死にました。病により死にました。私の時代に発生していたはずの病が16番目の時代に移り、16番目の時代に発生する現象は10番目の時代に移り、そして、10番目の時代に発生する現象が私の時代、14番目の時代に移りました。非常に信じがたい。しかし、事実です。」

僕と今井さんは言葉をなくしてしまった。

いったい何が起こっているんだ。

「もう一つ、重要なことなのですが、マシーンが変わりました。目的は同じく、14番目、11番目の消去なのですが…私が14番目でなくなったことにより、多少の変更が施されています。使用方法は変わらないので、寿さんの負担は無いかと。また、今後からよろしくお願いします。以上。時間です。あ、言い忘れました、今回、18番目を消去したのは、今井さん、あなたではありません。良かったですね。」

14番目、いや、元14番目は消えた。

「今井さん、今の話って、本当ですかね?」

「うーん、たぶんね。あいつ、吹っ切れた目、してたし。…今回は俺が消した訳じゃ無かった。あ!ごめん、18番目のこと。あいつにさ、良かったですね、なんて言われちゃった。ハハ。」

今井さんは電気をつけ、暖房のスイッチを押した。

「シュンちゃん、コーヒー飲もっか。芯から冷えちゃったねー。」

今井さんは新しいコーヒー豆の袋を開け始めた。

「今井さん、今井さんだけじゃないんですよ。稲葉さんだって、僕だって、消してしまう、いえ、番号を持つ人を消すために、居るんです。僕たちなんて一部だって言っていたじゃないですか。すみません。言いたいことがズレてしまいました。僕は、この活動、歴史を変更する活動を行う全員に、平等に、罪があると思います。誰が消したとか、消さなかったとか、関係ないんですよ。」

今井さんはコーヒーの豆を見ていた。

「寿さんみたいだ。シュンちゃん、昔、寿さんに同じようなこと言われた。ヘヘ。なんか嬉しいな〜。俺、結構、身勝手にやっちゃうヤツなのに、周りの人が良い人だからさ、チョー得してる。シュンちゃん、俺、シュンちゃんも巻き込んじゃったのに。全然怒らないし。」

「怒るなんて…そんなわけ無いじゃないですか!僕は今井さんに感謝してます!たしかに、すごく大きな問題に関わっている怖さとか、不安とかはあります。でも、あの時、僕は今井さんの背中を追いかけて良かったと思ってます!僕は今井さんと一緒に仕事が出来て、不謹慎かもしれませんが、楽しいです!とにかく、巻き込んだとかはもう言わないで下さい!僕は僕の意思で関わっているんです!」

「そっかー。楽しいかー。俺もシュンちゃんと一緒に仕事してると楽しい!ありがとう、シュンちゃん!」


僕と今井さんはコーヒーを飲んで身体を温め、とにかく、寿さんが来ないことには始まらないという結論に達し、忘年会の準備についての話し合いをなんとなくしていた。そして、やはりコタツで寝るのは鉄くんだと決まった時、寿さんが待機室に現れた。

「おい、今井、シュンちゃん、マシーンの形が変わっているんだが、何があったのか知ってるか?」


僕たちは、渡部さんと鉄くんが出勤してくるのを待ち、そして、14番目が現れたこと、そして今はもうあいつは14番目ではなくなったこと、未来ちゃんが亡くなったこと、など、聞いた話を全て話した。

「もう、何が起こってもおかしくはないな。俺たちは実感が無いから冷静でいられるが、異変が起きた時代では、かなりの混乱が生じていることだろう。とにかく、マシーンの操作が変わらないのは良かった。」

「ねえ、14番目だけなの?変わったのって?なんかズルイ気がするんだけど。私だって、1番目、やめたい。」

「そのことについては、すみません、聞きませんでした。たぶん、14番目だけでは無いとは思いますが…また、あの人が現れないかぎりは、分かりません。」

「うーんと、あのさぁー、なんか名前、付けない?あいつ、とか、あの人、でも通じるけど、名前があった方が話やすくない?」

「そうっすね。俺、混乱しちゃう時ありますもん。名前、必要だと思います。」

「でしょでしょー?そんでさ、俺、考えてたんだけど、復活さんってどお?吹っ切れさんでもいいよね?」

「復活さんだと、イエス、キリストって感じで、神様みたいなので…僕は吹っ切れさんがいいと思います。実際に、吹っ切れてましたし。ていうか、あの人、いつも吹っ切れてません?」

「吹っ切れさんねー、いいね、そうしましょうよ。確かに、私たちの家に来た時も闇背負ってたけど、どこか吹っ切れた顔してた。迷わないのが、良くも悪くもあいつの性格なんだね。」

「吹っ切れさんっすね。これで話に混乱せずについていけそうっす。」

「ネーミングは、今井が担当だな。吹っ切れさんでいくか。じゃあ、決まったところで、仕事だ。皆んな、準備を始めてくれ。」


高床式倉庫が見える。しかし、以前のものより、はるかに大きく、数も多数見られる。しかし、どうして僕たちはこんな場所に…

「シュンちゃん、ここ、弥生時代だよー、ほら、高床式倉庫!」

「はい。見えます。…それよりも、どうして木の上に座ってるんですかね?小太郎、なんで?足にトゲが刺さりそう。」

「はい。お兄ちゃん。マシーンが判断した場所だからです。この場所にママとお兄ちゃんが居ることが重要なのです。」

「ふーん、マシーンのやつめ、今回は寝させない気だな!こんなところで寝たらさ、さすがの俺でも落下しちゃうよ。でもさ、寝る以外やることなくない?」

ドドドドドド!

地響きとともに、木が揺れ始めた。

「ヤバい!シュンちゃん!地震!地震!」

今井さんは木にしがみつき、地震だ!と騒いだ。

「違いますよ!戦いです!それにしても規模が大きい。弥生後期の戦いのようです。ヤバい!人が矢で撃ち殺されてる!なんとかしないと!小太郎!僕たちが戦争に介入しても問題ないの?」

「はい。お兄ちゃん。問題無しです。」

「じゃあ、あそこの弓の集団の矢!みんなえっと、右側に方向転換!」

「はい。お兄ちゃん。」

弓矢は見事に右に曲がり、兵士たちは混乱していた。

「よし!じゃない、次、そこ!塀の上から落とそうとしてる岩!あれは人が居ないところまで飛ばして!」

「はい。お兄ちゃん。」

「よし!次!刀でやりやってる人間全員の武器を取り上げて、さっきの岩にぶっ刺しちゃって!」

「はい。お兄ちゃん。」

僕は我を忘れて、徹底的に戦争の邪魔をした。

今井さんはというと、僕の間髪入れない、小太郎への指示に感心していたらしい。

僕たちがもとの時代に帰る頃には、すっかり武器は使い物にならなくなり、押し寄せてきた人々は、恐怖の悲鳴をあげながら、次々と退散していた。

「つ、疲れた。ありがとう、小太郎。」

僕は木に寄りかかりながら、呟いた。

「どう致しまして、お兄ちゃん。」

「お兄ちゃんスゲー!リアル戦争ゲームだった!俺、感心しちゃった!迫力ハンパねぇー!」

今井さんは逃げていく人々を見ながら、興奮していた。

「ゲームじゃありませんよ。もっと切実で深刻な…でもゲームしていた様なものかもしれません。」


場面は変わり、ムラの神殿の中。

女の人が一人、一心に神に祈りを捧げております。

その後ろに一人、男の人が熱心に女の人の姿を見つめておりました。そこに、一人の男が、慌てた様子で神殿の中に入って参りました。どうやら、祈祷のおかげで、神がムラを救ってくださったと言っているようです。そして、涙を流しながら、女の人の祈る後ろ姿に向かって頭を下げております。女の人は全く動じること無く、神に祈りを捧げております。

こうして、新たな誤解が生まれたとか、生まれなかったとか。


またもや、場面は変わり、会社の待機室である。

「…ということを考えてたんですけどー、どーすかね?」

「千恵美さんが良いと言うのなら、俺は、異論は無い。むしろ助かる。今年の忘年会は中止にしようかと考えていたところだったからな。」

「私もー、千恵美さんに会ってみたいし。毎年夜中に車運転するの嫌だったのよねぇー、路面凍結とかヤバいし。今年は楽ちんで良かったー!鉄、あんたも賛成でしょ?一晩コタツで寝るくらい我慢しなさいよ。」

「はい。俺はそんくらいどーってことねぇっす。…忘年会か、俺、初めてです。なんか、大人っぽくて良いっすね。」

「ははは、大人が1番子供っぽくなる会よ!無礼講ってやつ。ま、ノンアルだから、はっちゃけるやつは今井くらいだけど。」

「良かった。決まりですね。母さんも喜びます。それでは、明日の準備もありますので、お先に失礼します。今井さん、帰りましょう。」

「ほーい。フフフ、買い出しって楽しーよねー?何買おうかシュンちゃん!」

僕と今井さんは、母さんに忘年会についての連絡を入れ、帰りに買うものを聞いた。やはり、飲み物を頼まれた。

「ルンルンルーン、もう5日寝ると〜、お正月〜、ねえシュンちゃん、シュンちゃんは紅白派?それともガ○使派?」

「今井さん、気が早いですね。僕は、紅白派です。というか、母さんが紅白を毎年見るので、僕に選択肢はありません。」

「そーなんだー!千恵美ちゃん、昔から歌好きだもんねー。ららら〜ん。」

「今井さんはどっちを見てたんですか?ガ◯使ですか?」

「ふふーん!俺はねー、新しいゲームを買って朝までコース!そして、神社に行って、お汁粉をハフハフと食べる!」

「第三の選択肢ですね。良いんですか?今年はゲーム、出来ませんよ?」

「そんなのいいに決まってんじゃんかよー!家族であーだこーだ言いながら、紅白を見るのが最強でしょ!フフフー、楽しいな〜。」

「今井さん!スキップはしないで下さい!また転びますよ!」

「あらら〜、身体が勝手にスキップ気分〜。」

結局、今井さんは、転んで激しく腰を打つまで、スキップを止めなかった。そして、腰を痛めた今井さんの代わりに、荷物は全て、僕が持つこととなり、僕は、忘年会の当日の朝、両腕が筋肉痛というハメになった。


寿さんの手土産は、果物ゼリーの詰め合わせ、渡部さんと鉄くんの手土産は、ブランドチョコの箱入りであった。

渡部さんは、すぐに母さんと打ち解け、ハムちゃんを見に、母さんとお喋りをしながら二階に上がって行った。

「鉄くん、鉄くんはハムちゃん見ないの?」

「ああ。俺、ネズミはちょっと苦手なんだよ。おまえの母ちゃんも、ネズミ、嫌いじゃなかったっけ?」

「うん。嫌いだって。でも、ハムスターはネズミじゃないから可愛いってよ。鉄くんも見てみたら?けっこう愛らしい顔してるから。」

「いや、俺はやめとく。麗子さん、ネズミ飼いたいとか言い出さないかな?恐ろしい。どうか、ネズミだけはやめてくれ。」


僕たちの忘年会は、始まりの挨拶無しに、なんとなく始まるスタイルである。

テーブルの上には、母さんお手製の鍋や、だし巻き卵、揚げ物、そして、おにぎりなんかが並べられ、各々が好きな飲み物を飲みながら、好きなように食べたり、話たりしていた。

「鍋の汁が旨いっす!千恵美さん、ダシは何を使ってるんすか?上品な味だ!」

「フフフ、ちょっと高いんだけど、出汁専門店のお出汁を使ってるのー!このだし巻き卵のお出汁も、なんと、だし巻き卵専用のお出汁なのー!私、今、ハマってるのよ!簡単に美味しく作れちゃうんだから!」

「へー、出汁専門店っすかー。俺、素通りしてたっすよー。出汁は買いたいけど、俺、入れるかなぁ?女の人ばっかり居ますよね?あの店。」

「まあ、そうねぇ。じゃあ、明日から会社、お休みでしょ?さっそく明日、一緒に買いに行きましょうよ!麗子ちゃんも一緒にね!」

「私はどうだろ?あんまり料理、気にしないタイプだからなぁー。でも、こんな鍋が家で食べられたら嬉しいかも、うん、鉄、行こう!私が買うから、あんたが作って。」

「もちろんっすよー、麗子さん、適当に作るから、せっかくのダシも台無しになっちまいますから。」

「鉄くんって良い主夫になれそうねぇ。麗子ちゃん、麗子ちゃんが好きそうなお店もあるのよー、タオル専門店!近くにあるんだけど、どう?ついでに寄らない?」

「タオル。良いですねー。私、吸水性にこだわったタオルがちょっと気になってたんですよ!髪を乾かす時間がかなり短縮出来るらしくて、千恵美さんにも良いと思いますよ!」

「あら、良いわねー。ふふ、明日が楽しみね?」


鉄くんを含めた女子トークの一方、僕たちはというと、

「鉄くんが母さんとお出汁の話を…僕、信じられないです。」

僕は鍋を食べながら、鉄くんたちの様子を見ていた。

「渡部の家事能力の低さが、そうさせたんだろう。しかしな、鉄くんは、主夫タイプだと俺は思うぞ。サポート力があるし、当たり前のことを淡々と当たり前にこなす、職人タイプでもあるな。」

寿さんは、ノンアルビールを飲みながら、唐揚げを食べていた。

「ふーん、鉄クズって、ただのおバカだと思ってだけど、役に立つおバカだったんだ。」

「ちょっと今井さん!おバカは余計ですよ。鉄くんは立派です。ちゃんと寿さんの助手をしてますし、僕たちのサポートに入ってくれたことだって、あったじゃないですか!」

遡ること約、2ヵ月前、戦乱の真っ只中に放り込まれた僕と今井さんを守るべく、小太郎と、鉄くんがサポートしてくれたのだ。

「あの時の鉄クズは、良かったなー、小太郎が二匹も居て、俺、幸せだったー。」

今井さんは、だし巻き卵を食べながらニコニコしていた。鉄くんは小太郎の姿で僕たちの前に現れたのである。僕は、どちらが小太郎で、鉄くんなのか混乱するからと、次回からは鉄くんは、黒い小太郎の姿で現れることにしてもらった。

「まったく、今井さんは。ところで、寿さん、あの後、稲葉さんはどうなったんですか?やっぱり、旦那さんを吹っ飛ばしたんですかね?」

「いや、旦那さんは居なかったらしい。最後まで稲葉の前に現れることは無かった。まあ、賢明な判断だ。稲葉は一見、優しそうに見えるが、気性が荒い一面もある。赤ちゃんの写真は送って寄越したぞ、見るか?」

「えー!俺のところには来なかったのにー!寿さんズルーイ!見せて下さーい!」

寿さんはスマホを取り出すと、僕たちに、おくるみに包まれて眠る赤ちゃんの写真を見せてくれた。

「かわー!チョー可愛い!包まれてるー!髪が薄いー!シュンちゃんも赤ちゃんの時、髪薄かったよね?俺、髪の毛が薄い赤ちゃん好きー!頭のシルエットが最強に可愛いー!」

今井さんはテンションが高くなり、寿さんのスマホを持って母さんたちの方へ行ってしまった。

「ちょっ、今井さん!寿さんのスマホですから!」

「ははは、いいよ、シュンちゃん。気にするな。シュンちゃんはしっかりしてるな。父親が今井だなんて思えない。やはり、千恵美さんがしっかり育ててくれたんだろう。…なあ、シュンちゃん、きっと、忘れてしまったと思うが、君が小学四年生の時、俺と今井で、鉄棒の逆上がりの練習を手伝ったんだぞ。はは、その時から、君はしっかりしていて、俺は驚いた。結局、その日に逆上がりは成功しなかったが、君は毎日毎日練習して、しっかりと習得していたな。懐かしいなぁ、今井と良く見に行ったもんだ。」

「寿さんも、僕のこと知ってたんですか?」

「ははは、当たり前だろう?ずっと見ていたよ。渡部も一緒に。まあ、今井ほどでは無いがな。子供の成長は、見ていて飽きない。面白いからな。君が◯◯高校に入った時や、◯◯大学に合格した時は、みんなでお祝いをしたもんだ。◯◯に就職した時も、一応、お祝いはしたが、辞めた時は心配したな。」

「す、すみません。心配させてしまって。」

「いや、君が落ち込んでやしないかと…嫌なことを思い出させてしまった。すまない。しかし、君がうちの会社に来てくれて、本当に助かっているんだ。特に今井は嬉しいだろうな。うん。結果オーライだな。」

寿さんはノンアルビールを飲み干した。

「結果オーライですか。そうですね。本当に。こんな日が来るなんて、不思議ですよ。あ、新しいビールどうぞ。」

僕と寿さんは、女子トークに混じっている今井さんを見た。

「寿さんは、やっぱり、今井さんのお兄ちゃんですね。いつも弟の心配をしてる、お兄ちゃんです。」

「はは、長男だからな。当たってはいるな。しかし、妹しかいないから、弟というものは分からない。」

寿さんはビールのフタをプシュッと開けた。

「じゃあ、今井さんを弟にしちゃえばいいですよ。もうとっくにそうなってますけど。」


忘年会は、結局10時まで続いた。

そして、みんなで片付けをして、寿さんが買ってきたゼリーを食べた。

「ねぇねぇ、この後さぁ、みんなで会社の温泉に行かない?温泉の気分なんだけど俺〜。」

一足先にゼリーを食べ終えた今井さんが、温泉を連呼し始めた。

「まあ、うちのお風呂は狭いですし…、でも母さんが居るからどうでしょう?」

「俊治、私がいると何か都合が悪いわけ?」

母さんは今井さんのお喋りにより、なぜか会社に温泉が湧いていることを知っていた。もちろん、渡部さん専用となっている、女湯があることも知っている。

「いや、…えっと、そういうわけじゃ…」

僕は、歴史変更マシーンが母さんに見られたらヤバいのではと考えたのだ。

「じゃあ、俺が車を出そう。みんなで温泉か。いいな。」

「え!良いんですか?」

寿さんが止めないということは、大丈夫なのか。まあ、マシーンのある部屋に入れる訳じゃないから、大丈夫なのだろう。

「良いに決まってんじゃないの!千恵美さん、いい湯ですから、一緒にはいりましょうよ!」

渡部さんと母さんは、すっかり仲良くなっていた。

女の人ってすごい。

「わーい!パジャマ持ってこよー。」

今井さんは、早速準備を始めた。

「会社に温泉があるって便利よねぇ。シャンプーとかは持って行った方がいいの?」

「ちゃんと用意してありますよ!オススメのシャンプーですから、使ってみて下さい!髪がしっとりして気持ちが良いんですよ!」

渡部さんは、お高いシャンプーを使っているようだ。

「鉄くん、僕のパジャマでいい?下着の替えは、会社にあるよね?」

僕は二人分のパジャマを用意すべく、二階に上がろうとした。

「ああ、ある。みんな切り替えが早いな。お前を含め。驚いた。」

鉄くんに話しかけられた僕は、階段を上がるのを中断した。

「え?そうかなぁ?なんか僕も温泉に入りたくなっちゃって。」

「ははは、そういや、お前、昔はそんなんだったよな?やっぱお前って、今井さんの息子だよ。ははは!似てるな!」

「そうかなぁ?初めて似てるって言われたよ。ちょっと複雑だけど、やっぱり嬉しいかな。へへ。」

僕は、パジャマを取りに、二階の僕の部屋に入った。同じ部屋なのに、不思議と今日は違く見えた。

楽しいって世界を変えてしまうほど、すごいことなのかもしれない。


一旦、おわり。


































































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