7話 帰還
その後、迷宮から出るのには大した障害はなかった。
魔物が出ては悪魔の手でちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
怪我をしたら不死鳥の灯火で自らの身体を焼き焦がすという流れで無事入口まで戻ってきた。
アルは久方ぶりの陽の光に目を細める。
そして改めてソフィアに感謝の言葉を述べる。
「ソフィア。本当にありがとう」
帰ってこれたのは間違いなくソフィアのおかげだ。
あの時、この声を聞けなかったらアルは死んでいたのだ。
(やめてください。恥ずかしすぎて背中がムズムズします)
身体もないのにどこがどうムズムズするのだろうかという無粋なツッコミはせずに、ギルドに向かう。
ギルドに入ってきたアルを見ると受付嬢のディアナがバタバタと靴音を鳴らし突進してくる。
アルはそれを咄嗟に受け止める。
アルに抱きつくように飛び込んできたディアナのエネルギーを相殺しきれなかったアルは後ろに倒れ込む。
(あー!あんなに情熱的な言葉で私に愛を囁いたのに早速浮気とは何事ですかご主人!)
「!?」
突如脳内に響いた怒りの声にアルは驚いた。
(ソ、ソフィアさん?)
アルは自身の胸で泣きじゃくるディアナの頭を撫でながら、脳内でソフィアとの会話を試みる。
(ツーン)
ディアナは顔を上げ、上目遣いでアルを見つめる。
「デリックさんがアルさんが死んだって言うから本当に心配したんですよ。帰ってきてくれてよかったですぅぅぅ」
ディアナの涙は勢いを増すばかりだ。
周りにいる顔見知りの冒険者達からも心配した、無事でよかったと声をかけられる。
(まあ、そういうことなら見逃してあげます)
ソフィアの怒りも何故か鎮まった。
言いたいことは沢山あった。
だがあえて一言に全てを込める。
「みんな、ただいま」
その一言で全てが伝わった。
アルの笑顔が1人、また1人と笑顔が伝染し、いつの間にか悲しい空気は吹き飛んでいた。
◇
◇
◇
◇
◇
しばらく経つと泣き疲れたディアナは眠ってしまった。
アルがいつ帰ってきても迎えられるように夜もギルドを開けて待っていたらしい。
アルの無事を信じていた冒険者も何人かギルドで夜を明かしたようだ。
アルはディアナをギルド職員が使える仮眠室に連れていく。
ベッドに寝かせると一言お礼を言って仮眠室を後にする。
次に向かうはギルドマスターのところだ。
今回の件を報告すべくアルはギルドマスターとの面会を取り付けた。
ディアナの先輩であるカトレアに案内してもらい応対室に向かう。
ノックをして確認をとると中へ通される。
「おう。お前がアルだな。俺が冒険者ギルドナビルス支部のマスター、カイだ。よろしくな」
出迎えてくれたのは豪快かつダンディなおじさんだった。
「えっと、初めまして。アルです。でもどうして僕の名前を…?」
「こう見えてもギルドマスターだ。それにお前は有名だからな。なぁ?」
カイはカトレアに同意を求める。
「はい。アル様はデリック一味の唯一の常識人としてギルド内でも定評があります」
何とも言い難い評価にアルは苦笑いをする。
カイはそれを笑い飛ばすと一つ咳払いをし真面目な顔になる。
「何があったか詳しく聞かせてもらおうか」
「はい。まず結論から言うとデリック達に嵌められました。なんでも僕が邪魔だったみたいで迷宮内で突然解雇通告を受けてデリックに襲われ気絶させられました」
「それは本当か?」
カイは改めてアルに確認する。
アルが嘘をついているとは微塵も思っていないが、如何せん話のスケールが想像以上だった。
「本当です。気が付くとデリック達はもういませんでした」
「なるほどな。確かに辻褄が合う。実は昨日デリックがお前さんの死亡報告をしてきてな。ディアナはデリックが怪しいって喚くんだが……証拠がなけりゃ動けんからな。とりあえず被害者の証言があるから何かしらの処分は下せるだろう」
アルはクスっと笑う。
ディアナがギャーギャー喚くところを想像してしまった。
(あの女、中々やりますね)
何故かソフィアはディアナを称える。
「後で詳しい調書を作るからまた呼ぶかもしれん。とりあえず災難だったがよく戻ってきた」
「あ、ありがとうございます」
「おう。疲れてるだろうから飯食ってゆっくり休めよ。俺は今からデリックに尋問してくるよ」
「デリックがどこにいるか知っているんですか?」
アルはカイに尋ねる。
報復などをするつもりはないし、むしろ二度と会いたくないまである。
ただ聞いてみただけだ。
「あいつは今捕まって牢にいるよ。何でも今朝商店街で暴れて店をめちゃくちゃにしたって聞いたぞ」
それを聞いたアルは驚きで言葉も出せない。
「そういう事だから俺は行くぞ。お前も落ち着いたらまたギルドに顔出せよー」
そう言い残してカイは部屋を後にする。
残されたアルとカトレアも次いで部屋を後にした。
「ギルドマスターが仰っていた通り今日はゆっくり休まれた方がいいでしょう」
「そうします。ディアナにもよろしく伝えて置いてください」
アルはギルドの扉を潜る。とりあえずやるべきことが済んで気が抜けると同時に腹の音が空腹を告げる。
それに気付いたアルは恥ずかしそうにお腹を抑えて腹ごしらえに向かった。