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66話 絶望は蘇る

 アルは反響(エコー)で迷宮内部の地形だけでなく、人の位置なども把握して目的地へとまっすぐ進む。

 迷宮という名もこれほどまでに迷いなく進まれたら形無しである。

 それこそ隠し通路などが見つからない限りは一度見た地形等はアルの頭にしっかりマッピングされているため意味をなさない。


「ここをまっすぐ進んで突き当たりを右に曲がったところの大きな空間。そこに人が三人……おそらくフィデリア達と雇い主とやらでしょう」


「あいつか」


 カイはもう既に誰なのかを決めつけているようで、ある特定の人物を思い浮かべて嫌そうな顔をする。


「くそ、これだから面倒事を持ち込むバカは嫌いなんだ。雇われたあいつらは逃がしちまったがこの先にいる主犯とやらは見逃せない。絶対ぶっ飛ばして引きずってでも連行するぞ」


「分かってます。ですが僕は仲間の保護を優先します。協力してもらえますか?」


「あん? この先にいるのは一人なんだろう? だったらお前がでかいので奇襲仕掛けりゃそれで何とかなるんじゃないのか?」


「…………だといいんですけどね」


 走りながら会話を続け、今後の方針を決める。

 しかし、そのアルの表情には幾ばくかの憂いが見える。

 心に陰る一抹の不安。

 自分の力、そして連れてきたカイの有能さを鑑みれば万全というほかないはずなのに、どんなに振り払っても消えることのない。


 何か見落としている。

 そう考えてしまう。


 だが、今はごちゃごちゃとあれこれ考えるよりも体を動かさなければならない。

 アルは溢れる不安を押し留めて、二人が囚われている場所へと飛び込んだ。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 ザっと靴底を地面に擦らせながら足を止める。

 アルの視界に移ったのは聞いていた通りの外套を纏った後ろ姿、そして――――壁に寄りかかるようにして座り込んでいるフィデリアとレイチェルの姿だ。


 物音に反応したのか、外套を纏った二人を攫った者が振り返り、アルとカイを見る。


「ちっ、誰も通すなと言ってあったのに……使えない奴らだ」


 苛立ちを含んだ不満の声を漏らす。

 その声はやはりといったところか、二人が予想、確信していたものだった。


「マルコ、てめえ。自分が何やってるのか分かってんのか!?」


「ああ、分かっているとも。これは囚われのお姫様達を救うために必要なことさ」


 フードを下ろして顔を顕にした男の名はマルコ。

 気に入った女性冒険者を強引な勧誘で自身のパーティに引き入れようとし、迷惑極まりないということでギルドからも煙たがられていた男だ。


 不幸な事にそんなマルコに偉く気に入られてしまったフィデリアとレイチェル。

 彼女達を巡って決闘さえ行い、アルに屈辱的な負け方をして二人を諦めさせることに成功したかと思われたが、マルコの呪いのような執念は予想を上回った。


 その結果がこれだ。

 人を雇い、フィデリアとレイチェルがアルから離れた機を狙って襲撃、そして誘拐。


 アルも常に二人の傍に居られる訳ではないことを分かって、備えていたことが不幸中の幸いだった。


 カイは問題ばかりを持ち込むマルコに怒り、問い詰めるが、やはり自分の主張が正しいことを微塵も疑っていないのか、マルコは悪びれもなく言った。


 彼は本気でフィデリアとレイチェルに相応しいのは自分だと思い込んでいる。

 二人がアルを選び、マルコを拒絶したはっきりとした事実を認めない。


 故の強行。

 しつこくパーティに勧誘するグレーゾーンな行為ではなく、今回は列記とした犯罪行為。


 それすらも正当化し、二人を狙う執念の姿に、アルは恐怖を感じていた。


「二人を攫ってどうするつもりですか?」


「何度も言っているだろう? 彼女達の目を覚まさせてあげないといけない。彼女達は君の傍にいるべきじゃない。俺の傍にいるべきなんだ……!」


「彼女達に拒絶されたのにまだそんなことを」


 そこまでしてマルコを突き動かすのは何か。

 それを探るために話し合いを続けてもいいのだが、アルはそれ以上にマルコの後ろにいる二人が心配だった。


「フィデリアとレイチェルは無事なんですよね。彼女達に何かあったら……絶対に許さない」


「おいおい、そんな怖い目で睨まないでくれよ。今は眠っているが生きているよ。これから俺のものになるのに傷つけたりするはずないだろう?」


「そんなこと絶対にさせない」


 マルコの通す無茶苦茶な主張を通してはいけない。

 絶対に二人は渡さないし、取り返す。

 そんな強い意志でマルコに向かって一歩踏み出したその時だった。


「うっ……なんだ……これは……?」


(ご主人? どうしたんですか?)


「おい、どうした?」


 アルの身体からふっと力が抜けて崩れ落ちた。

 膝をついて立ち上がろうとするが、がくがくと震える足。

 頭が痛む、胸が苦しい。


 そんな不調を訴える身体に鞭を打って、アルはカイに近寄るなと制した。


「毒……か」


「おっと、言うのを忘れていたね。ここら一帯には体の自由を奪う毒を撒いていたんだよ。いやぁ、備えはしておくものだな」


 アルは回らない頭で考える。

 毒といっても限りなく広がり続けるものではなく、ある一定範囲で効果をもたらすものということだけは確かだ。

 その線引きは今アルが踏み出した一歩の距離。

 この線を越えると毒を吸うことになる。


 無意識ながらにカイの足を止められたのは大きい。

 ここで共倒れなんてことは一番やってはならない愚かな行為。


(ご主人、解毒できる魔術を創りましょう)


「ダメだ……できない」


 アルは言われるまでもなく試してる。

 しかし、どうにも力が使えない。

 それはまるで魔術師としての力をすべて喪失してしまったかのように。


「ああ、そうだ。この毒を吸った者は一定時間魔術を使えなくなるんだ。原理は知らないがそういうものだと思ってくれ」


「どこで……そんなものを……?」


「金があれば欲しいものは何でも手に入る! おかげで君のみじめな姿を拝むことができて実に爽快な気分だ」


 高笑いを響かせアルを見下すマルコ。

 アルは身体が訴える不調に耐えながら唇を噛むことしかできない。


 思えばずっと心の隅に居続けた嫌な予感や不安はこの事だったのかもしれない。

 この計画が突発的に行われたものではなくて、考えて行われたものだとしたら。


 目的の達成における障害となり得る可能性の高いアルの対策をしないはずがない。

 徹底的な魔術師潰し。


 マルコは雇った賊を使って余計なものの介入を防ぐとともに万が一に備えてさらに策を用意していた。


「二人は……この毒を吸ったのか?」


「ああ、吸ったさ。だが、彼女達の体調は心配しなくてもいい。この毒で起こる効果を打ち消す腕輪を付けさせている。もっとも、魔術を使えなくなるという効果までは打ち消せないけどね」


「…………」


 ぺらぺらとあれこれ喋ってくれることに関してはありがたいと思いつつ、厄介な状況には変わりない。


「カイさんを連れてきておいてよかった」


「あ? だが、俺も毒を吸ったら使い物にならねえぞ」


「ですが……何もできなくなるよりはましでしょう?」


「そりゃそうだが……」


 カイは剣士。

 毒を吸ってしまえば、当然パフォーマンスは大きく低下するだろうが、魔術を使えなくなるというのはそれほど効果はない。

 マルコもカイと同様に魔術を使わないからこそ、このようなアル達魔術師の行動だけを制限する毒をばらまくことができた。


 アルが口にしたようにカイを連れてきたのは正解だった。

 もし、迷宮の入り口で邪魔してきた者達を捕らえて連行するのに二手に分かれていたら。

 アルだけでここに辿り着いていたら。

 それだけで詰みだった。


 だが、現状は詰みを回避しただけにすぎない。

 状況は最悪といってもいい。


 アル達の目的であるフィデリアとレイチェルの救出と目の前の犯罪者であるマルコの捕縛。

 どちらも遂行するには障害が多すぎる。


「君達はそこで黙って彼女達が俺のものになるところを見ていろ」


 そう言ってマルコは懐から二つの輪のような物を取り出した。

 その物の正体をアルとカイは知っていた。


「隷属の首輪だと……? てめえ、一般には出回らないそれを、どうやって手に入れた!?」


「何度も言わせないでくれ。金があれば欲しいものは何でも手に入るんだ」


「ちっ、クソが!」


 隷属の首輪。

 付けられた者は命令に逆らうこともできず、歯向かおうとすれば自分が傷つく代物。

 出処は当然裏ルート。

 高い金さえ積めば大抵のものは用意できる、知る人ぞ知る闇の商人。


 そんな後ろ暗い商売をしている輩すらも利用して、マルコは意地でも目的を為そうとしている。

 マルコの手がフィデリアの顎に触れ、首がよく見えるように上げた。

 隷属の首輪を嵌めて、自分の奴隷にするつもりだ。


 それを止めるために動くこともできないアルは弱々しく拳を地面に叩き付けた。

 その瞬間、カイは駆けだした。


「ほう、向かってくるか。いくら貴様が元Sランクの凄腕剣士だとしてもこの毒の前には無力!」


(うるせえ、馬鹿が!)


 カイは何も言わずに最速最短でマルコへ距離を詰め、剣を振るう。

 マルコも腰の剣を抜いて応戦し、剣と剣がぶつかり合う音が響く。


「カイさん……?」


(どうやら息を止めて突撃したようですね。毒を吸わなければ何も問題はない。確かにその通りですが…………)


「ずっと息を止められるわけじゃない。無茶だ」


 交差する剣。

 単純な実力はカイの方が上なのだろう。

 しかし、マルコは引き気味に、決して自分から攻めることはせず防御に徹している。


 そうすればいずれ凌ぎ切れる。

 呼吸という人間には必要な活動を止めたまま、いつまでも剣を振るい続けるのは不可能だ。


(ちっ、これ以上は持たねえぞ)


 そして――――その時は来た。

 息を止めて激しく動いていたカイはついに吸った。

 そこに毒があると分かっていても吸うしかなかった。


「ちっ、うぜえな」


 襲い来る身体の不調。

 アルを見ていて程度は予想していたが思ったよりきつい。

 あくまでも身体の自由を奪う毒で、死に至る毒ではないのが救いか。


 しかし、これでアルとカイ。

 両名が毒に蝕まれた。

 大幅な戦力ダウン。


「ソフィア。この毒の正確な効果、分かる? できれば魔術が使えなくなる方」


(そうですね。魔術が使えなくなる要因として考えられるのは、魔力回路の阻害か魔力放出の阻害でしょうか。人体に吸収されてようやく効果が発揮されるということは回路ではなく、魔力を出すのを妨げるコーティングのようなものがご主人に施されているのかもしれません。それに……回路の問題であればきっと私も正しく作用していないでしょう)


「分かった。僕は……全力でこの毒を、飛ばす。調整に意識を、割けないから、頼むよ」


 マルコはこの毒が魔術を封じ込める原理を詳しくは分かっていなかった。

 アルはそのに目を付けて、正確な原理を知ろうとした。


 正常な思考であればすぐに気付けたことだろう。

 魔術が使えない訳ではないことに。


 魔術をまったくもって使えない状況に陥れば、アルの声に彼女(ソフィア)が応えることは決してない。

 ぼんやりとする頭に、魔術を行使できなかったという現実が嘘の真実を信じ込んでしまった。


 だが、ソフィアの推測が正しければ魔術は必ず使える。

 今のアルは魔力が外に出るのをせき止められているような状態だ。


 では、せき止められないような量の魔力を用いて魔術を使えばどうなるだろう。

 魔力は流れる水。

 水量が少なければ一枚の壁でも止めることができるが、それが多ければ一枚の壁なんて容易く貫くことができる。


 アルは常時自身に制限を設けている。

 有り余る魔力に、思い描く魔術を創造する力。

 それらを惜しみなく使ってしまえば、火力は無尽蔵に底上げすることができるからだ。


 だからこそ、アルは作った魔術、発動する魔術に常に枷を付けている。

 一定の魔力で、オーバーな火力にならないように注意深く調整しているのだ。


 アルはその枷を、今取り払う。

 まさしく全力の魔術行使。


「もう、好きにはさせない、よ」


 倒れ伏したままだが、その身体は確かに熱を帯びた。

 膨らむ魔力。チリチリと焦げるような音。


 そして、爆発とともに、大きな火柱がアルから迸った。



「なんだと? 魔術は使えないはず……まさか偽物を掴まされたのか?」


「バカが……あいつがお前の物差しで測れるわけねーだろ」


 アルの魔術行使にありえないといった表情で慌てるマルコ。

 カイは剣を地面に突き刺して支えにしながら、そんなマルコを鼻で笑った。


 離れていても伝わる炎熱。

 燃え上がる炎の柱から降り注ぐ羽。


 アルは己の身体を巡る毒素を消し飛ばして立ち上がる。


神聖なる生命(セイクリッド・アンク)


 アルの足元から放射状に炎と光が広がる。

 炎属性と神聖属性を組み合わせた浄化回復の魔術。

 その炎光がカイを蝕む毒素を消し飛ばし、辺りを浄化する。

 するとマルコの懐から何かが砕けるような音がして、零れ落ちた。


「何、せっかく手に入れた魔道具が……?」


(ご主人の莫大な魔力から放たれた魔術に魔道具が耐えられなかったようですね)


 不浄なるものを焼き払う聖なる光。

 それが手加減なしフルパワーで放たれた。

 これが直接的な攻撃力を持った魔術でなかったことがマルコの幸いであり、不幸でもある。


 今までアルに対して強気に出れていたのは、保険をかけていたから。

 万が一、たどり着かれても魔術師を潰すための策があったから。

 だが、それがなくなってしまえば。

 心身の優位性が完全になくなった途端に、刻まれたトラウマは蘇る。


「やめろっ! くるなっ! こいつらがどうなってもいいのか!?」


(はあ、まったく。往生際の悪い)


 錯乱状態のマルコは、ついに自分の目的であるはずの少女達に剣先を向けた。

 その剣先、もとい剣を握る手は恐怖で震えている。

 そんな状態でもまだ抵抗しようとする姿にソフィアは呆れたように言った。


 たかだか、その程度の距離、魔術さえ使えればどうということのないアルは小さく呟く。


月蝕の手(イクリプス・ハンド)


 マルコの足元から数本の手が現れ、剣を持つ手を押さえ地面へと組み伏せた。


「地獄へ連れていくよ。悪魔の手(イーヴィル・ハンド)


 そして、不吉な台詞と共に出現した禍々しい手によって、恐怖に染まったマルコは容赦なく叩き潰される――――までもなく、目の前の絶望にみっともなく鼻水をまき散らして、無様を晒しながら意識を失っていた。


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