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62話 隠れ家

MFブックス様より書籍の方が発売しております。

 音が聞こえた方へ真っ直ぐと進んでいると先程までは目にすることのなかった壁へと突き当たる。

 そして右を向くと扉があった。

 アルはその扉に手をかけ、少し考えて開いた。

 一応トラップなども警戒したが、その線は薄いと判断したのだ。

 ここに至るまでにかなりの労力を要している。

 そしてここでモンスターハウスのようなトラップがあろうものなら、相当なものだ。


 とはいえ何かあってもすぐに対応できるように気は緩めずにアルは中へと入る。


「ここは……誰かの隠れ家か何かかな?」


(ぱっと見た感じだとそんな気がしますね)


 アルとソフィアが抱いた感想はそんなものだ。

 手狭な空間ではあるが、生活感を感じさせる間取り。

 だが、パッと見た感じでは最近誰かが生活していたようには思えない。

 そのことからアルは、この場所はかなり前に捨てられた隠れ家のようなものだと結論付けた。


(ご主人! あっちの棚に本が並んでますよ! ちょっと見てみませんか?)


「そうだね。物色するようで悪いような気もするけど、今更だしね。なにかいいものがあるかもしれないし見てみよう」


 小さめの本棚にはずらりと書物が並んでいる。

 ほこりをかぶっていることから、しばらく本の出し入れはされてないことが分かる。

 アルは適当に一冊取り出して、軽くほこりを払って表紙を見た。


「これは……日記かな?」


 パラパラとめくると中には日付はバラバラだが、その日起こったことなどのありきたりな内容が書かれている。

 アルは初めのページに戻り、読みだした。

 たいていはその日の気分だったり、食べたものだったりと特筆すべきことではないが、その中に興味を引く内容も混じっている。


「見てよソフィア。ここって元々迷宮じゃなかったみたいだよ」


(ほんとですねー。ですがこの日記を書いた方は災難でしたね。まさか住み始めたところがアンデッドの巣窟になってしまうなんて……)


 ある日の内容は他よりも書かれていることが多く、この隠れ家の周辺が迷宮になってしまったことに対する考察、対処、愚痴などが長々と綴られている。

 それでもここを離れるつもりはなかったらしく、さまざまな対応をして発生した魔物や、新たに発見された迷宮を探索しにやってくる人達から住処をばれないように隠していたらしい。


(あの入り口を開くための仕掛けや、ここの扉を開くための条件はこの日記を書いた方が設けたようですね。ですが、なんでこんな厳重に……)


「あ、元々は決まった通路を決まった順番で通ると道が開く仕掛けだけだったみたいだけど、それだけだと不規則に動く魔物や今回の僕達みたいなのが開けちゃうことがあったらしいから回廊の仕掛けともうひとつ何かを施したみたいだね」


(へえ……そのもう一つというのは何なのですか?)


「うーん。それは書いてなさそうかな。でも、ほら。面白いこと書いてるよ」


 アルはパラパラとページを行ったり来たりさせてあるところで手を止めた。

 そこにはこの日記の持ち主が体験した話が書かれていた。

 尤も、本人からしてみれば面白いとは言えないことだが。


(ぷっ、この人自分の仕掛けの解除法忘れて迷子になってるじゃないですか! あははっ、面白いですねえ)


「でもこれ相当複雑だし、書かれてないと分からないよ。僕達がここまで来れたのも運が良かったんだ」


 まず入口を開くために通らなければならない道順。

 それはただ進んで戻るというような単純なものでなく、時には同じ道を何度も通ったり、来た道をほとんど引き返したりと初見で見抜けるものでは無い。


 そして回廊ではその空間を魔力で充満させることが条件だ。

 回廊の時点ではその空間のどことどこが切り取られて繋がっているか検討もつかない。

 どれだけ広げられているか分からない空間すべてを魔力で埋め尽くす。


 事実、日記には帰ろうとしたが魔力が足りず足止めを食った経験も記されており、一筋縄では突破できないことが伺える。


「これだけ厳重に鍵をかけるようにしてたんだから、ここに書かれてない三つ目の仕掛けもきっと難しいものなのかもしれないね」


(そうですね。今となってはどうでもいいことかもしれませんが、少し気になります)


 本来紐解いて来るはずだった仕掛けの一つを知らぬうちに突破していたことにもやもやを感じる。

 もし次にここを訪れる機会があるならば何としても解明させたいところだが、あいにくその予定は無い。


 もしここにあるものを何度かに分けて持ち出す必要があるなら話は別だが、アルは一度で全てを持ち出せる。


「本を読んだりするのは後でもできるし、とりあえずここにあるものを全部持って帰ろうか」


(ですです! 長居は無用ですね!)


 お宝とは言い難いかもしれないが、ここで得られたものはいつか役に立つかもしれない。

 アルはそう思いこの部屋をすっからかんにしたところでハッとした。


「……そういえばここはどうやって出るんだろうね?」


(……そうですね。それは盲点でした)


 回廊は攻略したとはいえ、その入口は閉じている。

 無理やり開けたり破壊できる仕掛けでない以上、現時点では帰還する方法はない。

 そう思われた時、ソフィアは小さく呟いた。


(……もしかして…………なのかも……? だったら……?)


「え? なんて言ったの?」


 ボソボソと紡がれた言葉をよく聞き取れなかったアルは聞き返す。

 しかし、何かを考察しているようなひとりごとは止まらない。

 しばらくして、一息ついたかと思えば、少し自信なさげに声を出した。


(多分……ですけど、このまま出れば元の場所に帰れる……と思います。この扉は外から開けるとこの部屋に繋がっていますが、中から開けると迷宮内のどこかに繋がっているはず……です)


「そうなの?」


(あっ、いえ……はい。すみません、急にこんな事言われても信じられませんよね。私も根拠とかは説明できないんですけど……)


 しゅんとして困ったようにソフィアは言う。

 自分でも何故こんな事を口にしたのか分からずに戸惑っているのだ。


 ただ、なんとなくそんな気がする。

 根拠もない自信。

 ちゃんとした説明をできないもどかしさにソフィアは言葉を詰まらせる。


 アルはそんなソフィアを珍しいなと思いつつも、その足は入ってきた扉へと向かっていた。


「信じるよ。ソフィアが言った通りならそれでいいし、仮に違ったとしても一度外に出るだけだからね」


(ご主人……)


 疑わなかったわけではない。

 根拠もなくそんなことを言う彼女をアルは不思議に思っている。


 もしかすると先程回収した書物の中に何か手掛かりがあるかもしれない。

 それらをすべて調べ終えて、本当の手詰まりとなってからソフィアの言ったことを試してみるのが本来の順番だろう。

 だが、時になんとなくといった直感は自然と答えにたどり着いていることがある。


 アルもソフィアと同じで大した根拠はないが、彼女の言葉に従って動いた方がいいような気がした。

 理由なんてそんなものだ。


 とはいえ何が起こるかは分からない。

 一応の備えで気は緩めないようにしてアルは扉を開けた。


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