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57話 制覇

 最深部に位置する場所に出現する魔物。

 それが迷宮のボスだとかいう訳では無いが、強力である事に違いはない。


 禍々しいオーラを放つ大きめのスケルトンを前にして、フィデリアとレイチェルはゴクリと喉をならした。

 残り魔力が少ない彼女達は迂闊に動けない。

 慎重に、それでいて大胆に、攻撃すべき時を見極めなければならない難しい状況だ。中途半端な事は決して許されない。


 張り詰める糸のような緊張感。

 そして強敵を前にした、燃える炎のように熱い興奮。


 頭で考えていることとは裏腹に、早く攻撃したいと逸る気持ちを諌めるかのように、冷たい空気が彼女達の頬を優しく撫でた。


 吹雪の翼(ブリザード・ウイング)

 二人の視界に映った氷の翼は、これでもかという程肥大していく。


 二人が思ったことは同じ。

 なんて頼もしい背中なのだろう、と。


 アルは特段身体が大きいというわけでなく、むしろ体格でいえば平均ほどだ。

 だがそれでも大きく見える。安心感を与える大きな背中だ。


「あの骨がどのように動くか分からない。距離を取ってちまちま攻めよう。フィデリアは大技を使うのはここぞという時まで待ってほしい。レイチェルは魔力の消費が激しいから使うのは確実に当てれると思った時だけでお願い」


「了解ですわ」

「うん、分かった」


 アルは簡潔に指示を出すと、二人は魔術師の定石通り敵から距離をとり観察をする。

 動く度にカタカタと不気味に骨を鳴らす大スケルトンは、まだ何もしてこない。

 そう思った時、地面が盛り上がる。


 ボコリ、ボコりとあちこちから音が聞こえる。

 そこから現れるのは白い手。

 だがそれは肌が白いとかそういった意味ではなく文字通りの白。白骨化した手が次々に湧き出てくる。


「こういうこともできるんだ」


 アルは翼を払って、地面に氷を走らせる。

 地面を突き破り這い出ようとモゾモゾと動く手を巻き込んでパキパキと凍らせていく。


 だが全部は止められなかったようで、通常サイズのスケルトンが何体も徘徊していた。


「アルくん、私が――」

「待って!」


 フィデリアはこの大スケルトンの周りに出現したスケルトンを攻撃する旨をアルに伝えようとしたが、その声はアル本人に遮られた。


「これは僕が倒すから安心して!」


 このスケルトンがどれだけの力を持っているかはまだ分からない。

 それでも十分対処できると踏んでの事だ。


(これはフィデリアより僕の方が向いている)


 フィデリアの攻撃能力は高い。

 それはここに至るまでの活躍で十分に理解出来る。


 しかし、殲滅戦ならばアル、レイチェルの方が上手だ。

 フィデリアは魔術制御の関係上、直線的な攻撃が得意だ。

 速く、最短で、高威力を叩き込む。その点で言えばこの場の誰よりも優れているかもしれない。

 その分、範囲攻撃には向いていないのだ。


 これだけ散った敵を単体で削っていくのには無駄が多すぎる。

 ならばまとめて倒す役をアル自身が担う。


「止まれっ! 純白の霜雪(ホワイト・フロスト)!」


 神聖属性を含む氷魔術。

 光の粉雪はアルを中心に吹き荒れる。


 地面から湧いたスケルトンは徐々に動きが鈍くなる。

 触れた箇所から氷、浄化の力で砕けるように崩れていく。


 大スケルトンにも効果はあるようで、其れが身に降り注ぐのを拒むように必死に腕を動かして振り払おうとしている。


「おまけにくらえっ!」


 闇雲に振るわれる腕を掻い潜り、大スケルトンの正面に立ったアル。

 そして弓のように引き絞った氷の翼で突くように連撃を与えて吹き飛ばした。


 壁に激突してガッシャーンと大きな音が鳴り響く。

 あちこちに骨の欠片が飛び散って落ちていく。


「やったのですか?」


 フィデリアとレイチェルの傍にスっと降り立ったアルはまだ警戒を解いていない。

 尋ねたフィデリアはそれを見て察し、一瞬緩みかけた気を引き締め直した。


「弱らせて一気に片付けないと何度でも立ち上がりそうだね」


 あちこちでカタカタと音がなっている。

 氷の中に埋まっている骨ですら激しく震えだし、ピシピシと氷を砕いていく。


「アル、あれ……」

「分かってるよ」


 レイチェルが指さした所には先程アルが吹き飛ばした大スケルトンの頭が浮かんでいた。

 そして、あちこちで動き出した骨はその頭に引き寄せられてガシャガシャとくっついていく。


「うわ……気持ち悪……」


 レイチェルが顔を引き攣らせた。

 出来上がったのは人型の骨ではない。

 頭をそのままに適当にそこらから骨を寄せ集めたような身体は、蜘蛛を模しているかのようだった。

 自身の身体を構成していた骨だけでなく、呼び出したスケルトンの物も引き寄せたのか、大きさも増している。


「これは骨が折れそうだ。骨だけにね」


 アルは冗談交じりに呟いて、背中の翼を白色に切り替える。

 ガシャガシャと素早い動きで近付いて来る大スケルトンの横をすれ違うように低空で通り抜けた。


 切断。切り落とされた脚に崩れ落ちる身体。

 しかし完全に倒れる前に斬ったはずの脚がくっつき動き出していた。


「ライトニング・ブラストッ!」


 一瞬の稲光とともに轟音が鳴り響いた。

 バチバチと迸る雷撃が大スケルトンを飲み込み、バラバラに吹き飛ばす。


「ごめん、見誤った」

「いえ、このくらいならどうということはないですわ」


 アルはフィデリア達に危険が及ばんとしたことを詫び、礼を言う。

 彼女の咄嗟の攻撃で何とか危機を凌いだ。

 しかし――


「そんな、もう元通りに……」


 何度砕いても復活する骨の身体。

 フィデリアの最大火力を持ってしても、完全に機能停止に持ち込むことは出来なかった。


 フィデリアは自身の最大の一撃を食らってなおも動き続ける大スケルトンをキッと睨みつける。


「大丈夫。みんなで倒そう」


 レイチェルが光球を放つ。

 やはり光属性は効果が高いのか、大スケルトンは苦しみ悶えている。


「私がトドメを刺す。だから二人で私が倒せるくらいまで追い込んで欲しい」


 フィデリアもレイチェルも残り魔力は少ない。

 だから下手な魔力消費は控えるように動いた。

 だがレイチェルは確信した。

 それは自惚れでもなんでもない。

 この大スケルトンには自分の力が最も有効であると。


 アルも光属性並びに神聖属性には着手しているが練度はレイチェルに及ばない。

 普段から使う炎や氷に比べると、最近になって多用し始めた白色の魔術はどうしても厚みが出ないのだ。


 だからこその志願。

 このまま砕いては再生を繰り返していては、フィデリアも自身もジリ貧だという自覚があるから、勝負に出るのだ。


「分かった。僕とフィデリアであれを弱らせる。だから一発で決めてくれ」


「任せましたわよ」


「合図はなくていいから、好きなタイミングでやっていいよ」


 フィデリアがコクリと頷いたのを確認するとアルは大スケルトンの脚を集中的に攻撃し始めた。

 狙いは単純、体勢を崩すことだ。

 いくら再生が早かろうと、脚を止めてしまえば一瞬の隙が生まれる。

 その一瞬を積み重ねれば、それは確実にチャンスへと変わる。


 アルが何度も何度も脚を崩している間にフィデリアとレイチェルは魔術を構築する。

 術式の展開。呪文の詠唱。

 必要なプロセスを焦らずかつ迅速に済ませていく。


 一足先に魔術を完成させたフィデリアは、紫電を纏い、自身の魔力を最後の一滴まで絞り出すかのように練り上げている。


 先程よりも強く速く大きい攻撃。

 アルは視線を向けずとも、その一撃に込める思いをヒシヒシと感じ取っていた。


 前に出て大スケルトンを釘付けにしていたアルが空中へと舞った。

 そして一閃。

 針の穴を通すような完璧なタイミングで叩き込まれたライトニング・ブラストは、爆発を起こしたようにスケルトンの身体を蹂躙した。


 しかし再生が始まる。

 散らばった骨が元に戻ろうと動き出す。


「行かせないよ。水の天獄(ブルー・ヘブン)


 この期に及んで集まろうとする骨をアルが見逃すはずもない。

 対アンデッド用に編み出した魔術。

 分裂させた水球を器用に動かして、本体から分離した骨を回収するように掴まえていく。


 帰ってくるはずの身体の部品が一向に帰ってこないことに憤りを感じているのか、浮かぶ顔はカチカチと歯を慣らしている。


 手も足もない。

 残るのは頭だけ。

 最後の抵抗として一番近くにいたレイチェルに噛み付こうとした所で――


「終わりだよ」


 死の宣告。

 既に死を迎えているアンデッドには天国への(いざな)いというべきだろうか。

 真っ白な光の道に飲み込まれて金切り声を上げた。


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