5話 覚醒
「う、いてて」
目を覚ましたアルは横っ腹の痛みに体を捩る。
辺りを見渡して自身の身に起きたことを思い出した。
「不味いな、本当に置いていかれたのか……」
とりあえず生きていることには安堵したが状況は絶望的だ。
アルは一人でここから脱出をしなければならない。
だがこの迷宮はアルが逆立ちしても敵わないような強い魔物がうじゃうじゃいる。
アルはよろよろと立ち上がり、壁を支えにして歩き出す。
もはやアルには魔物とエンカウントしないことを祈る事しか出来なかった。
◇
◇
アルは突然足を止めた。
ついに恐れていたことが起こってしまった。
冷や汗を流しながら見つめる先には魔物がいた。
ブラックウルフ。
デリック達が4人がかりで倒した魔物だ。
手負いのアルでは万が一にも勝ち目はない。
そんなブラックウルフはアルの方を振り向いた。
不意に目が合う。
刹那、ギクリとアルの体が凍りついた。
全身から嫌な汗がダラダラと吹き出す。
ジリジリと距離を詰めるブラックウルフ。
アルは目を逸らさずにゆっくりと後ずさる。
ズリズリと靴底を引きずる音が耳に響く。
その音がたまらなく不快だった。
(どうして?)
アルの心は限界だった。
仲間に裏切られ、置いていかれ、今は魔物に追い詰められている。
(どうして僕がこんな目に合わなければならない?)
涙が零れそうになる。
その理不尽に。
その不条理に。
(僕だって好きで無能をやっているわけじゃないのに)
アルは立派な魔術師になりたかった。
だが魔術が使えなかった。
(どうして僕は初級魔術の一つも使えないんだ? 誰か、誰でもいいから教えてくれ……)
縋るような思考。
だがその瞬間カチリと何かがハマるような音がした。
(はーい。りょーかいでーす)
「は?」
突然脳内に響く形で聞こえてきた気の抜ける声に思わず声を出してしまう。
(あらー、ご主人、ピンチですね。)
「あー、確かにピンチだね」
ツッコミ所は満載だが、一周回って落ち着きを取り戻す。
目の前にブラックウルフがいるとは思えない会話だ。
(さて、ご主人の問いにお答えしますと、ご主人は魔術が使えない訳ではありません)
「は? でも僕は魔術を使えないぞ」
(いやいや、ご主人はもう魔術を使ってますよ。私という魔術を)
「意味がわからない。わかりやすく言ってくれ」
(では、ご主人の力は魔術を作る力。この私を作り出したように、新たな魔術を願えば自ずと道は開かれます)
アルはこの絶望的な状況で何を言ってるんだとツッコミをしたかった。
魔術を作れるなんて高等技術、自分に出来るはずがない、そう思っていた。
だがこの謎の声は言った。
自分は魔術だと。
「作ろうと思えば、いいんだな?」
どの道ブラックウルフを何とかしない限りアルに未来はない。
絶望の淵に突如現れた、不確定な光。
それに委ねるのも悪くないと思った。
(はい。でもご主人が知っている魔術の理論はおそらく邪魔にしかなりません。1度頭を空っぽにして、既存の魔術にはないものを思い浮かべるのがコツですよー)
謎の声からアドバイスを頂戴したアルは思考を開始する。
(今僕が求めるのは目の前の犬畜生を叩き潰す力)
アルはブラックウルフを討伐する方向で考える。
そしてもう既に魔術案は浮かんでいた。
「なあ?」
(はい?)
「人間って手が二本しかないの、不便だと思わないか?」
(あー、なるほどー)
謎の声はアルがどんな魔術を作り出そうとしているか理解し、納得の声をあげる。
「悪魔の手」
アルは自らが名付けた魔術名を口にする。
するとアルの身体から無数に飛び出した悪魔の手と称すのが相応しい禍々しい手が、ブラックウルフに容赦なく襲いかかる。
その手はブラックウルフの体を掴み、肉を引きちぎり、骨を折る。
当然ブラックウルフは抵抗するが、その悪魔の手は一度掴んだものは決して逃がさない。
やがてブラックウルフは血溜まりを作って絶命した。
「生きてる……のか?」
緊張の糸が解けたかのようにズルズルと座り込む。
自身の頬を抓り、夢ではないことを確認すると、ようやくブラックウルフを1人で倒したという実感が湧いてきた。
アルはひとまず安堵する。
自身の力の事、謎の声、色々と聞きたいことがあるが、とりあえず生きていることを喜ぶことにした。