46話 勘違い男襲来
カトレアの視線の先にいるのは男だ。
それに気付いた冒険者達もまるで腫れ物を扱うかのように無言で距離を取り始めた。
つい先程ナビルスに戻ってきたカイやアルは何が何だか分からない。
しかし、カトレアや他の冒険者の様子から、煌びやかな装備をまとった成金のような男が憂いの原因であることだけは理解出来た。
その男はキョロキョロとギルドを見渡した後、真っ直ぐにアルの方へと向かってきた。
先程と打って変わって静まり返ったギルドの中には彼の靴が床を叩く音だけが木霊している。
彼はアルの前に立つと見下ろすようにアルの顔を覗き込む。
身長差があるためアルは見上げるように彼の様子を伺う。
ふと肩に手をかけられる。
そしてその手はアルを薙ぎ払うように横に払われた。
「うわっ」
突然の男の行動に驚くアル。
少しよろけただけで済んだが、内心アルはヒヤヒヤだった。
(あっぶなー。カウンターの悪魔の手が発動するところだった)
意図せぬ攻撃から身を守るために組み込まれた術式。
それが容赦なく牙をむくところだったが、咄嗟の判断で発動を阻止したアル。
「いきなり何をするんですか?」
「君に用はない。引っ込んでいろ」
そう言って男は顎に手を当ててジロジロとフィデリア達を見る。
そしてふむ、と呟く得意げに両腕を広げて高らかに言った。
「君達にはこのマルコ様のパーティに入る栄誉をくれてやろう」
「は?」
「何こいつ?」
マルコと名乗る男に二人は怪訝な表情で声を漏らす。
「すみません。もう少し早く対応出来ていれば……」
「カトレアさん。彼はいったい?」
アルは申し訳なさそうに謝るカトレアにマルコの素性を尋ねる。
「彼は気に入った女性に声をかけてああいった強引な勧誘を行っているんです。パーティを既に組んでいることが分かれば引き下がらせることも出来るのですが……」
カトレアが早急に手続きを行いたかった理由がそれだ。
フィデリアとレイチェルの容姿を見てマルコに気に入られることを危惧したカトレアは事前に手を打って起きたかったのだが、それも遅かった。
「あの様子だと諦めさせるのは手を焼きそうですね」
フィデリア達は断っているようだが、未だにしつこく言い寄られている。
「いいかげんにしてください!」
「あんたとパーティを組む気は無いって言ってる」
「やれやれ。強情だな。実力もあり、金もあるこの俺が入れてやると言っているんだぞ? 受ける以外選択肢はあるまい」
勘違い甚だしいこの男の発言に呆れるばかりだ。
そしてついには強引に手を掴もうと手を伸ばした。
「月蝕の翼」
ゴパッと轟音が響く。
嫌がる彼女達を守るように、マルコとの間を遮るようにアルの背中から噴出した翼は禍々しい光を放っていた。
それに触れかけたマルコは異変を感じてすぐに手を引っ込めた。
その翼のものとなる月蝕の本質は吸収。
力が抜けるような感覚に陥ったマルコがすぐに手を引いたのは英断だったろう。
そうでなければ今頃全てを吸われてすっからかんになっていたのだから。
そして忌々しそうにその翼の所持者であるアルを睨みつける。
「なんのつもりだ?」
「それはこちらのセリフです。今彼女達に掴みかかろうとしましたよね? さすがにそれは見逃せません」
アルも引く気は無い。
マルコがただフィデリア達をパーティに勧誘するだけなら静観するつもりだった。
冒険者が他の冒険者を勧誘するのは当然の権利で、行き過ぎなければ既にパーティを組んでいる者を引き抜くことなんかも可能だ。
しかし、マルコはフィデリア達の意志をまるっきり無視した行動を取ろうとした。
それがついにアルを動かした。
マルコが後ずさるとアルは翼を霧散させる。
そしてフィデリア達の前に立つ。
「おいおい。帰ってきて早々に問題起こすとかやめてくれよ」
アルがギルド内で力を使ったことで今まで黙っていたカイもついに見逃せなくなる。
とはいえアルの行動は仲間を守るためのものであるし、マルコに直接の攻撃はしていないためお小言はそれだけで済んだ。
「おい! マルコっつったか? お前もいい加減にしろ。嬢ちゃん達が嫌がってるのが分かんねえか?」
ギルドマスターの立場からしても勧誘だけなら特に口出しする必要はなかったが、リーシャにフィデリア達を頼まれていることもありさすがに仲裁に入る。
「まさかとは思うが……君達はそのひょろっちい男に弱みを握られ脅されているのかい? よし、それなら俺が懲らしめてやろう」
「ちょ、ちょっと!?」
「ふざけないで」
しかし、マルコはカイの言葉をガン無視。
そしてついにマルコの妄想はねじ曲がり、アルに牙をむく。
人の話を全く聞かないようで、フィデリア達の抗議は耳にすら入っていない。
「彼女達を解放しろ。さもないと痛い目を見るぞ」
「本当に人の話を聞かない人ですね。それに痛い目……ですか? どうするつもりです?」
「君が彼女達と釣り合っていないことをこの剣で証明してやろう。相応しいのはこの俺だということをその身に教えてやる」
ポンポンと腰の剣を叩くマルコ。
「俺と決闘をしろ! 俺が負けたら潔く彼女達を諦めよう。だが俺が勝ったら彼女達は俺のものだ」
「ふざけないでく――」
「いいわ。受けてたちましょう!」
フィデリア達をまるで景品のようにモノ扱いされたことに対して文句を言おうとしたアルだが、その叫びは当の本人であるフィデリアによって遮られた。
「身の程知らずもいいとこ。あんたなんかにアルが負けるわけがない」
レイチェルもフィデリア同様にアルの力に絶対的な信頼があるため決闘には賛成のようだ。
「どんな裏技を使ったか知らないが、随分信頼されてるじゃないか。それでどうする? 逃げだしても誰も文句は言うまい」
「……いいでしょう。その代わり僕が勝ったら僕と彼女達に関わるのはやめてください」
「いいだろう。君が勝ったらな」
アルが求めたのは自分達に関わらないこと。
マルコは既に勝った気でいるため、その条件を承諾する。
「その前に一つ勝利条件を設けませんか?」
闘いに移る前にアルはそう提案する。
「僕は魔術師であなたは見た感じ剣士ですよね? それでは戦いの土俵が違いますよね?」
「ハンデをよこせということか?」
「そうじゃありません。お互いの戦闘法の違いで実力を発揮できなかったなんて言い訳が通用しないように予めルールを設けたいんですよ」
剣士と魔術師。
前衛と後衛。
両者の戦い方はまるで違う。
アルにはアルの、マルコにはマルコの得意な戦い方がある。
ましてや今回の決闘は剣と剣のぶつかり合いなどといった単純な勝負ではない。
故に明確なルールを事前に設ける必要がある。
「なるほど。君は自分の首を絞めるという訳だね」
とにかく自分の都合のいいようにしか解釈しないマルコに一同はほとほと呆れかえる。
しかし、勘違いしてくれるならそれはそれでアルにとっては好都合だ。
「決闘はこのギルドの闘技場で行いましょう。勝利条件はシンプルに相手を誰もが納得出来る形で無力化するというのでどうですか?」
「構わないよ。どうせ君が負けるんだから好きにすればいい」
ギルドマスターのカイや冒険者の前でそう了承したのは証拠になる。
これであとからごねられても対応出来る。
「じゃあサクッと君を倒して彼女達はもらっていくよ」
マルコはそう言って周りの目を気にすることなく、再び高笑いをギルド内に響かせるのだった。
今後しばらく書籍化改稿作業に専念させて頂く予定です……が手のひらドリルする可能性もあり^^*




