41話 こだわり
「アル、ちょっと大怪我とかして欲しいんだけど」
「は?」
「だから、大怪我。出来れば部位欠損が起こるレベルのやつが好ましい」
「いや、好ましくないよね」
フィデリアに焚き付けられたレイチェルがとった行動はアルが理解に苦しむものだった。
それもそのはず。
誰がいきなり怪我しろと言われてするだろうか。
「どうしてそうなったか一から説明できる?」
余りにも突飛すぎる話に案の定アルはついていけない。
アルとしても大怪我はしたくないが、一応話だけでも聞いてみることにした。
「フィデリアが自慢する。私も負けてられない」
「フィデリア? フィデリアが何か言った?」
レイチェルはこくこくと首を縦に降った。
だがそれでも全てを理解するには情報量が少ない。
「アルに私の神聖魔術を見てもらいたい。そのためには怪我してもらうのが手っ取り早い」
無表情ながらにどこか自信の溢れる顔でレイチェルは語る。
何とも非人道的な提案ではあるが、それはレイチェルの自身の神聖魔術への絶対的な自信に起因する。
部位欠損レベルも治療できるという実力がその自信を物語っている。
そこでだいたい話を掴めてきたアルはなんとも言えない表情を浮かべる。
「確かに手っ取り早いかもしれないけど、治すために怪我させるのは違うでしょ」
アルの言い分は尤もだった。
さらに付け加えると、仮にアルが大怪我したところでレイチェルの出番はない。
アルには自身に施した緊急再生魔術がある。
部位欠損のような規模の大きい怪我が起ころうものなら真っ先にそれが発動し、アルを癒してしまうだろう。
「それならナビルスに行くっていうのはどう? 迷宮ならアンデッドもいるだろうし、フィデリアも誘ってみんなで攻略してみない?」
「それ、いいね」
レイチェルはアルの提案に目を輝かせ、賛成の意を唱えた。
迷宮都市ナビルス。
そこには多くの迷宮が存在し、アルが言ったようなアンデッドが多く生息する迷宮もある。
レイチェルが力を振るうにはもってこいのステージだろう。
「カイさん達の会議が終わってナビルスに戻る時に僕達も行くってことでいいかな?」
「うん、フィデリアにも伝えてくる」
そう言ってレイチェルはかけて行った。
それを見送ったアルにインテリジェンスマジックであるソフィアが声をかける。
(よろしかったのですか? 現在のご主人の技構成は完全にソロ向きです。とても集団行動出来るものじゃありませんよ?)
「あ……」
ソフィアの指摘に間の抜けた声をあげるアル。
力に目覚めてから一人で行動することが多かったため、今までに作ってきた魔術もほぼソロ用のものだった。
「……何個か作るから手伝ってくれ」
(お任せ下さい!)
そして屋外ならともかく迷宮となると使えるものも限られる。
フィデリアやレイチェルの力を考えると、さほど心配ない気もしたが、万が一に備えていくつか新しく作る旨をソフィアに伝え、構想を練った。
◇
◇
地下の修練場でアルは魔術を作り、ソフィアと共に調整を入れていた。
今回重きを置いたのは味方のサポート。
それが出来る魔術を作っていた。
フィデリアは攻撃型で火力は申し分ない。
レイチェルは回復などの支援に秀でており、対アンデッドでは攻撃も期待できる。
アルはその事を考慮し、守りの要を担い防御を厚くすることにした。
そしてあってはならない事だが、回復担当のレイチェルに何かあった時のことも考え、自分以外の回復手段も備えておくことにした。
「こんなもんでいいか」
(あとは魔物か何かで試してみればいいでしょう)
「まあ、一度試しておいた方が安心か」
出力不足や調整ミスでフィデリアやレイチェルに危険が及んでは元も子もない。
ソフィアの進言もあり、ナビルスに行く前に一度使い勝手を調べることにした。
(それにしても、水にこだわったのは何か理由があるんですか?)
「え、ああ」
ソフィアが尋ねたように、アルが今回作った魔術は水属性のもので固められていた。
わざわざそのようなことをするのには何か訳があるのかもしれないと思い、ソフィアはアルに理由を尋ねた。
「特に理由はないけど強いて言うなら気持ちよく動いてほしいからかな?」
(と言いますと?)
「フィデリアのファイアーウォールとかもそうだったけど盾や壁を広げると自分達の視界も遮られる。特に火とか土、岩なんかはそうなる。消去法で残ったのは水と風の二択だったけど、風なら僕が使うよりフィデリアの方がいいと思ったから重複しないように水って訳」
アルが防御魔術を組上げる時に真っ先に頭に浮かんだのは岩属性だ。
硬いものの代表格でもあり、いかにも守りに向いた属性である。
そう考えて実際にいくつか作ってみたが、しっくり来なかったので考え直すことにしたのだ。
「見えてるのと見えてないのでは対応の仕方も変わってくるしね。僕も翼でガードする時とか割と見えないの良くないかなって思って調整入れたし」
アルがよく使う翼の魔術。
アルはそれを繭のようにして防御を行っていたが、それに少し不便さを覚えていた。
今となっては調整済みで問題も解決しているがそれと同じような悩みをフィデリアやレイチェルに与えない為に水にこだわったのだ。
(そういうことでしたか)
「そういうこと。じゃあ試しに行こうか」
そう言って修練場をあとにしたアルは、新魔術の実用性の試験を行うために出かけることにした。




