39話 雑談
フィデリアを寝かせ、応接室に戻ってきたアル達は思い思いに雑談を繰り広げていた。
「アルさん、ほんとに強かったですね。私、びっくりしちゃいました」
「まったくだ。リーシャの弟子も強かったが、お前はさらに上をいっていた」
ディアナとカイがアルを褒め称える。
アルはそれをむず痒く感じていた。
「フィデリアが火を使っていたのはアルくんの入れ知恵かい?」
「いえ、まったく。僕も驚きました」
リーシャはフィデリアの変化の原因はアルだと踏んでいた。
実際、それは正しい。
フィデリアは炎への憧れを捨てられなくなってしまったのだ。
そしてその憧れを植え付けたのはアルだ。
「火は風や雷とは違うからな。その緩急を使いこなせたらフィデリアはもっと強くなる」
リーシャは弟子のいい変化にご満悦の様子だ。
元々アルを研究所に留まらせたのは、弟子に影響を与えるためでもあった。
「ライバルとも呼べる存在はお互いを高め合う。これからもしのぎを削ってくれ」
「フィデリアが諦めない限り何度でも相手をしますよ」
アルとしても切磋琢磨し合える同年代の存在は非常にありがたい。
「そう言えばお前ら、なんか話したか?」
カイの問いの相手はアルとディアナだ。
せっかく気を利かせて二人きりにしてやったのだ。
何があったのか気になるだろう。
「そうです! 聞いてくださいよ! アルさん貴族だったんですよ!」
「「貴族!?」」
「はい! あの魔術の名家、ハイルブロン家の長男だったんですよ!」
ディアナはアルの過去をあっさりと打ち明けた。
普通は話してもいいか許可をとったりするものなのだが、バレて困るものならそもそもディアナにすら話していない。
アルは特に気にすることなく、興奮した様子のディアナを微笑ましく見ていた。
そして彼女の口から飛び出た衝撃のカミングアウトに注目はアルに集まる。
「元だよディアナ。今はただのアルだよ」
「ほ、本当にハイルブロン家の長男なのか?」
「だから元ですって。今は追放された身です」
「なんだってまた……」
カイやリーシャは思った。
何故アルを追い出したと。
2人にとってアルは魔術に秀でているイメージが強い。
そのアルを追放とは一体何があったのかと身構えてしまう。
「僕は生まれつき魔力量が多かったので神童と呼ばれ期待もかけられていました。そんな僕がハイルブロン家の英才教育をもってしても初級魔術すら使えなかったんです。すぐに手のひら返しでしたよ」
「酷いですよね? 魔術を使えないくらいでそんな扱いするなんて」
ディアナはぷりぷりと怒っている。
アルが納得していることでも、嫌なものは嫌なのだ。
「そりゃ、また随分と見る目がなかったんだなそいつらは」
「まったくだね。アルくんほどの者を手放すどころか敵に回すなんて……ハイルブロン家の終わりも近いか」
「いやいや、僕は特に恨んだりしてませんって。むしろ追放されてよかったですよ」
ディアナに話した通り、アルにとってのハイルブロン家は鎖なのだ。
それを解き放ち自由を与えてくれたハイルブロン家に感謝こそすれ恨むなどありえない。
「まあ、貴族ではよくある事だ。家の名が傷付くからとかで廃嫡されるなんてことはしょっちゅうだ。むしろ生かされてるだけでも御の字だったかもな」
実の所その通りだ。
もしアルの存在を隠すために殺すという手段を取られた場合アルは抵抗することすら許されずに死んでいただろう。
せめてもの慈悲として追放という形を取られたのは不幸中の幸いだった。
「でも今なら家に戻れるんじゃないか?」
カイは口にする。
今のアルの力なら名家に相応しいものになっていると。
「まさか。自分から戻る気もありませんし、頼まれたとしても僕は戻りませんよ」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
せっかく得られた自由を自ら捨てるなんてことアルがするはずがない。
「それにあそこに僕の家族はもう居ません。僕の家族は僕が五歳の時に死んでしまいました」
実際に死んだ訳では無い。
アルが両親を両親として認めてないという意味合いだ。
才能の有無で判断され、突如愛を打ち切られた子供がどうしてその残虐な行為をした人間を親として認められるだろうか。
「見返したいとは思わないのか?」
「これっぽっちも。二度と僕に関わらないでいてくれればそれでいいです」
あくまでもアルはアル。
貴族とはなんの関係もない1人の冒険者として生きていくことを決めた。
「僕は今楽しいですよ。これも皆さんのおかげです」
ハイルブロン家に軟禁されたままでは一生知ることのできなかった人の温かさ。
アルはそれらを与えてくれる人をもう何人も知っているのだ。
「僕は皆さんが大好きです。なので元貴族とか関係なしに今まで通り接してくれると嬉しいです」
アルはにこりと微笑む。
もうその目に冷たさは残っていない。
そしてその笑顔につられてみんなも笑ったのは言うまでもないだろう。




