表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/69

38話 稽古

「アルくん、私に稽古をつけて下さいませんか?」


 戻ってきたアルを待ち受けていたのはフィデリアだ。


「突然どうしたの?」


「実践で試してみたいことがありまして。それに私の相手はアルくんしか務まらないでしょう?」


 それは間違っていない。

 だがそれはこの研究所にいる者、そしてリーシャを除くという条件付きだ。


「別にいいけど、今からやる?」


「アルくんが宜しければお願いしますわ」


「あの、すみません。それ見学してもいいですか?」


 アルとフィデリアの戦うことが決まったところでディアナはおずおずと手をあげる。

 そしてその稽古の見学の申し出をした。


「僕はいいけど……フィデリアは?」


「私も構いませんわ」


 反対するものが居ないということでディアナも共に転移部屋に向かうことになった。


「そう言えば二人はもう自己紹介したの?」


「はい。ここに来た時に顔を合わせ、挨拶しました」


「そうなんだ。でもどうして見学したいの?」


「私、アルさんが戦うところって見たことないんですよね。ちょっと気になっちゃいました」


 ディアナは受付嬢だ。

 アルがどんな依頼を達成したかなどは記録で把握しているが、どんなことをしているかまでは分からない。


 魔術自体は以前に見せてもらったがそれを用いた戦闘というのはまるで想像がつかないのだ。


「言っておきますがアルくんは強いですわよ。私なんか足元にも及びませんわ」


 ディアナの言葉に反応し、何故かアルの力を自慢するフィデリア。

 アルは言ってて悲しくならないのかと苦笑いを浮かべる。


「僕なんてまだまだだよ。もっと強くならないとね」


 そのためにこの研究所の施設を利用させて貰っているのだ。

 アルの目指すべきところはまだまだ遠い。


 雑談を繰り広げているうちに転移部屋に着いた。

 ディアナはその部屋の異様な雰囲気に思わず声を漏らす。


「うわ、何だか不気味ですね」


 黒い石版が敷き詰められている部屋だ。

 そう思うのも不思議ではない。


 だがアルやフィデリアは何度も足を踏み入れているためとうの昔に慣れてしまった。


「大丈夫」


 そう言ってそれを証明するようにアルは石版に足を乗せる。

 それに続いてフィデリアも乗ると、ディアナも目を瞑りながら飛び乗るようにして足を乗せた。


 そして謎の浮遊感がアル達を包み込み、地下へと送り込んだ。


 ◇


 ◇


「地下にこんな場所があったんですね。ギルドの闘技場より立派じゃないですか」


「僕も初めて見た時は驚いたよ」


 ディアナが地下の様子に声を上げる。


「私はもう慣れましたわ。さあアルくん、やりますわよ」


 フィデリアは気合い充分といったところか。


「先に言っておくけど、前みたいに同じ技しか使わないなんてことはしないからね」


 前回フィデリアと戦った時はリーシャに月蝕(ジ・イクリプス)を見せるためにわざと多用していた。

 だが今回はそうする必要は無い。

 正真正銘、本気で相見えることとなる。


「そうじゃなくては困りますわ。私は本気のアルくんに勝ちたいですわ」


 フィデリアにとってアルは憧れであると共に、初めて出来たライバルだ。

 勝ちたいと思うのも当然のことだろう。

 だがそれは本気のアルでないと意味が無い。

 手加減されて勝ったとしてもそれは喜ぶに値しないのだ。


「なんだ?面白いことしてるじゃねーか」

「私達も見ていっていいかな?」


 そこにカイとリーシャがやってきた。


「よっ、ディアナ」


「ギルドマスター。どうしてこちらに?」


「お前らがどこか行くのが見えたからな。入った場所を聞けば修練場っつーから来てみたわけだ」


 アルとディアナが戻るよりも一足早くカイは研究所に帰ってきていた。

 そして偶然アル達が怪しげな部屋に入って行ったため、リーシャに詳細を尋ねてやってきたという訳だ。


「見物人は増えたけど、僕達がやることは変わらないよね」


「もちろんですわ」


 アルとフィデリアは向かい合ったまま笑い合う。

 そして静かに動き出す。


「――ウインドアロー」


 先に行動したのはフィデリア。

 素早い詠唱で風の矢を放ち、アルを牽制する。


吹雪の翼(ブリザード・ウイング)


 以前は月蝕(ジ・イクリプス)で対抗したそれを、氷の翼をはためかせることで避けたアルはそのまま中へ飛び上がる。


 上空から見下ろし、お返しと言わんばかりにに冷気をぶつけ牽制する。


「――()()()()()()()()()


 フィデリアはそれを火の壁で対処する。

 その様子にリーシャが関心の声をあげた。


「ほう、フィデリアの新しい技か」


「あれは炎か?」


「いいや、火の初級魔術だ。だがフィデリアは風と雷以外を使おうとはしない。一体どんな心境の変化があったのか」


 フィデリアはアルの美しい炎に魅せられてから密かに特訓を始めた。

 その成果が今使っている火の初級魔術だ。


(ああ、羨ましいな)


 アルがどんなに願っても手に入らなかった力。

 10年という時間を費やしても得ることのできなかった力。

 それを高々数週間でものにしたフィデリアに少しばかりの嫉妬を覚える。


「まだまだいきますわよ! ファイアーアロー! サンダーアロー!」


 フィデリアはアルの躱す方向を予測し、時間差で矢を放つ。

 元々速さの異なる2種類の矢を巧みに使いこなし、アルに攻撃を届かせようとする。


月蝕(ジ・イクリプス)


 アルは目の前まで迫っていた雷の矢を光と闇の回転球で吸収する。

 だがフィデリアはもう既に次の魔術を完成させていた。


「――ウインドブラスト」


 フィデリアが放った烈風は完璧なタイミングでアルを襲った。

 それは吸収し切れずにアルに直撃し、爆風を巻き起こす。


 辺りに吹き乱れた風が見学しているディアナ達の元まで届く。


 しかし、吹き荒れる風が止み、姿を現したアルは未だ余力を残している。


 空中に留まるアルは氷の翼の右半分を炎の翼に変え、ゆらゆらと揺らしていた。


「……やりますわね」


 手応えを感じたことで一瞬気が緩んでしまったフィデリアだがすぐに気を引き締め直す。

 アルがこの程度でやられるわけが無いのはよく分かっていた。


「ライトニングブラスト!」


 ここでフィデリアは最大の切り札を切った。

 まだ制御が上手くいかないため、使うのを躊躇していたそれを苦し紛れに放った。

 ウインドブラストとは威力も速度も格段に上のそれは容赦なくアルに襲いかかる。


 しかし、なんの捻りもなくただ放っただけのそれは難なく防がれる。

 制御も甘く注ぐ魔力も多いそれは、上級魔術一発分以上の魔力を無駄に消費しただけだった。


 しかし、以前のように上級魔術を連発するということはしていないため、まだ魔力残量に余裕はあるフィデリア。

 アルに対してそれはただの愚行であると理解している。

 そのためまだまだ戦う意思は折れない。


紅蓮の手(ボルケイノ・ハンド)氷結の手(アイシクル・ハンド)


 二本の手がフィデリアに牙をむく。


「――ファイアーウォール」


 先程と同様に壁を作り、防御を試みる。

 しかし、それは壁と言うにはあまりに脆すぎた。。


 フィデリアの付け焼き刃のような火の魔術ではその上位の炎はおろか、相性的には有利なはずの氷ですら防ぐことが出来ない。

 その理由はそれぞれが内包する魔力の差。

 フィデリアは平均を超える高い魔力量を誇るが、アルと比べると天と地ほどに差が存在する。

 それに加え、アルは魔力回復も早い。

 ほぼ無限といっても過言でない魔力はユニークメイカーの力を最大限に引き出せるのだ。


 そしてアルの氷はリーシャの炎とうちあえるだけの力を持つ。

 リーシャの時ほど力は込めていないが、フィデリアの火の初級魔術では当然アルに軍配が上がる。


「なっ、――ウインドブラスト」


 火の壁を難なく突き破り、迫るその手を得意の魔術で相殺する。

 しかし、その手はいくら打ち消しても次々と襲ってくるため反撃の機会を見出すことが出来ない。


「フィデリア、まだやれるよね?」


「もちろん、ですわ」


 フィデリアはこの圧倒的逆境でも強がりで笑ってみせる。

 ここで諦めてはアルに近づくことは出来ない。


「――ウインドカーテン」


 風の中級魔術だ。

 自身の周りを風で囲い込み、迫り来るアルの手を何とか弾く。

 だがそれも長くは持たない事が分かっていたフィデリアは最後に一矢報いるための策を練る。


(何としてもアルくんを地面に引きずり落として見せますわ!)


 そのための術式を構築していく。

 そしてウインドカーテンの陰に隠れて素早く詠唱を終わらせる。


(チャンスは一瞬。ウインドカーテンが切れた時が勝負ですわ)


 風の幕はガリガリと削られついには効果を成さなくなる。


(いまっ!)


 フィデリアはアルを見据えると、完成させていた魔術を一気に放出する。

 風、雷、火の三種の矢がアルの逃げ場に埋め尽くすかのように、放射状に放たれる。

 そしてある一点にのみ全く攻撃が行かない安全地帯があった。


 小技で誘って大技で迎え撃つ。

 これはその誘いなのだ。


(アルくんは間違いなくのってきます。そこに私の最大火力を……)


 アルの性格上、罠と分かっていても真正面から受けるということをフィデリアも分かっていた。


「いいよ、フィデリアの全力、受け止めてあげる」


 フィデリアの予想通りアルは誘いにのる意志を示した。

 あとは力のぶつかり合い。

 勝つか負けるかの一発勝負だ。


「これが、私の、()()ですわ!」


 日輪。

 それはアルが作り出した炎と神聖の複合魔術。

 ビッグメタルスライムを一掃する際に使用した太陽の魔術だ。


 フィデリアが日輪と呼ぶものはアルのそれと比べると余りにも淡く、小さなものだった。


 ファイアーボール。

 フィデリアが日輪と呼ぶものの正体だ。

 フィデリアが残っている魔力を全て費やして練り上げた火力特化のファイアーボール。


「へえ、やるね」


 アルはそれを見て口端を吊り上げる。

 フィデリアが最後の最後でこの魔術を選んだ意図を瞬時に汲み取り、彼女が望む魔術を行使する。


「日輪!」


 フィデリアの火の玉とは大きさも輝きもまるで違う炎の塊が渦を巻いて形成される。


 そして2つの太陽がぶつかり合う。

 せめぎ合うように小爆発を何度も起こし、互いに押し返そうと煌めきを強める。


 だが、結果は見えている。

 互角に見えていたそれもフィデリアのファイアーボールが徐々に力を失っていくことで勝負は呆気なくついた。


「……あ」


 自身のファイアーボールがアルの放つ本物の日輪に飲み込まれたのを視認したフィデリアは小さく声を漏らす。

 その太陽は未だ衰えることなく自身に歩を進めていたからだ。


 しかし、フィデリアは魔力を全て先程のファイアーボールに費やしていたため、もはや立っているのがやっとだった。

 自身に迫り来る太陽を前にしてフィデリアは笑う。


(あれに焼かれるのなら、本望ですわ)


 美しい煌めきを放つ炎の塊が刻一刻と迫る。

 フィデリアはついに覚悟を決めたかのように目をつぶってしまった。


 来るであろう痛みや衝撃にみっともなく声を出さないように備えるフィデリア。

 しかし、それらはいつまで経ってもやってこない。


「…………?」


 恐る恐る目を開けると、まず目に入ったのは翼だった。


月蝕の手(イクリプス・ハンド)


 そして次に目に入ったのは、無数の手を使って日輪を押さえつけているアルの姿だった。

 日輪は魔力をどんどん吸収され、輝きを失い萎んでいく。

 そしてポシュッと可愛らしい音を立てて消えてしまった。


 アルはフィデリアに振り向くと笑顔で告げる。


「綺麗な太陽だったよ」


 それを聞いたフィデリアは目をぱちくりさせる。

 そして自然と頬が緩むのを感じた。


「ふふ、参りましたわ」


 そう言うとフラリとアルに向かって倒れてきた。

 文字通りの全力を尽くしたあとだ。

 限界だったのだろう。


 アルに抱きとめられたフィデリアはすやすやと眠っていた。

 その表情はとても穏やかで、晴れやかなものだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ