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37話 アルの過去

「ディアナはハイルブロン家の事は知ってる?」


「はい。公爵の貴族様でしたよね?さすがにそこまでお偉いところなら私でも知ってますよ。確か優秀な魔術師を多く出している魔術の名家です」


 ハイルブロン家。

 それはディアナが述べた通り、優秀な魔術師を輩出する魔術の名家。

 宮廷魔術師として王家に仕える、歴史ある貴族の家だ。


「僕は、そのハイルブロン家の長男だったんだ」


「そうなんですか…………長男ですか!?」


「おお、そこで韻を踏むのか。やるね」


「そんなことどうでもいいですよね!?」


 流れ込んできた情報を飲み込もうとしたが、違和感を覚えたディアナ。

 それを口に出したところ、意図せずとも完璧な韻を踏むことになってしまう。


「落ち着きなよ。僕の魔力量は物凄く多かったから神童として期待されてたんだけど、ディアナも知っての通り僕はちょっと前まで魔術を使えない人間だったからね。どうなったかは分かるよね?」


 アルは遠い目をしている。

 微笑んではいるものの、どこか悲しそうな瞳だ。


「まず五歳の時に親には見放された。魔術の名家の英才教育を受けても初級魔術すら使えない僕は期待外れってことでとにかく馬鹿にされた」


 アルの親はアルを見限り、居ないものとして扱った。

 それからは軟禁生活のようなものが始まった。


「僕のようなものがいることが世間に知られるのは恥だと言われてほとんど屋敷から出ることは出来なかった。弟が産まれてからは僕は目もかけられなくなったよ」


 そんな不遇な扱いを受けて幼少期を過ごしたが、唯一の救いはまともな教育を受けられたことだろうか。


「僕を居ないものとして扱うのは当主である父さんの決定だから家の使用人達も進んで僕に関わろうとはしなかったけど、一人だけ僕の事を気にかけてくれる侍女がいてね。こっそりと僕に勉強を教えてくれたんだ」


 アルが人並みの教養を持っているのは間違いなく彼女のおかげだろう。

 アルは彼女に感謝している。


「それからはなんにもなかった。ただ与えられた部屋の中で過ごすしかなかったからね」


 下手に脱走でもされてアルの存在が公になるのを避けたかったため、アルには常に見張りが付けられていた。

 アルに何かをしでかす力はなかったため、いらぬ心配ではあったが。



「でも僕が15歳の誕生日を迎えた時に家を追い出された。ハイルブロン家に相応しくない者は出て行けと。結局10年経っても初級魔術すら使えなかったからね」


 軟禁生活を強いられていたものの、何とかして親の気を引こうとしたアルは魔術の勉強に打ち込んだ。

 しかし、奇しくもその才能は開花することはなかった。


 誰もアルの中に眠る強大な力に気付くことはなかったのだ。


「そういうわけで家を追い出された僕は生きていくために冒険者になった」


「ぐすっ、あんまりです。魔術が使えないから追い出すなんて酷すぎます」


 ディアナはアルの境遇に同情した。

 わずか5歳にして親の愛を受けられなくなることの辛さ。

 想像しただけでも心が痛むものだった。


 だがアルの生まれは貴族の家で、魔術の名家。

 様々な事情があるのだ。


「僕は追い出されて良かったと思っているよ。ずっと外の世界を知らずに閉じ込められてるなんてゴメンだったからね」


「アルさん……」


「ほら、それに家を追い出されたおかげでディアナに出会うことが出来たわけだしさ。そんなに悲観することじゃないよ」


 アルは涙目のディアナの頭をわしゃわしゃと撫でる。


 アルにとってハイルブロン家は自身を縛る鎖だった。

 自由もへったくれもない、ただの牢獄。


 だがそこから解き放たれたアルは自由を知った。


「デリックに会ったのもちょうどその頃だったな。その時はデリック達もみんな冒険者になりたてで、初心者同士パーティを組まないかって誘われたんだよ」


 アルがデリックとパーティを組んでいた理由。

 それは単純なものだった。


「断る理由もなかったし、もちろん承諾したよ」


 その頃アルは魔術に見切りをつけ、自分に出来ることを探した。

 たとえ戦闘が苦手でもパーティに貢献できるようにサポート力を高めていた。


「あの頃はギスギスした雰囲気とかもなかったんだけどね。でもみんなが強くなって僕との実力差が開いてからは雰囲気は悪くなった」


 アル達がナビルスにやって来た時彼らは既にBランク相当の実力を持っていた。

 その時にはアルの事を軽んじる傾向が見られた。


「それでも僕はデリック達に誘われて嬉しかったから何としても役に立ちたかった。でもダメだった。その結果があのザマだよ」


 デリックはアルを迷宮に置き去りにするという暴挙に出た。

 アルは本当に悲しかった。

 無能であるが故に全てを失う自分が嫌だった。



 しかし、アルは笑った。

 いつもと変わらぬ優しい笑顔でディアナを見据えた。


「僕は家も追い出されて、パーティも追い出された。でも今の僕は無能じゃないし、支えてくれる人もいる」


 ナビルスは温かい人ばかりだ。

 ディアナを含め、アルに良くしてくれる人は沢山いる。

 カイやリーシャも頼りになるし、新たにフィデリアやレイチェルという友人も出来た。

 アルはもう孤独ではなかった。


「僕は今不幸だなんて思ってない。この大空に羽ばたくことが出来たから」


 アルは青空を仰ぐ。


「ごめんね、つまらなかったでしょ?」


 本当は話せばもっと長くなるのだが、アルは出来るだけ簡潔に冒険者になった理由と、デリックのパーティにいた理由を話したつもりだ。

 だが思ったよりも長くなってしまった。

 こんな話を長々と聞かせてディアナを退屈させたのではないかとアルは心配していた。


 だがそれも杞憂だった。


「そんなことはありません。いきなり貴族だったなんて言われてびっくりしましたけどアルさんの話を聞けてよかったです」


「そっか。それはよかった」


 ディアナにとってアルの肩書きなんて関係なかった。

 平民だろうが貴族だろうが、そこにアルの本質はない。


「こんなこと言ったら不謹慎かも知れませんが、アルさんが追い出されてよかったです」


「全然構わないけど、何で?」


「だって、そうじゃなかったら私、アルさんと出会わなかったかもしれないんですよね? 私はアルさんに出会えてよかったです」


「そうだね。僕もディアナに会えてよかった」


 2人は心の内をさらけ出した。

 今まで誰にも話さなかった事を話したせいか、アルも普段は言わないような事を口走っていた。


 その後は沈黙が続いた。

 特に言葉はいらなかったからだ。

 不思議と心が通じ合う感覚が二人を繋いでいた。


 二人は長い間見つめあっていた。

 密着しているためお互いの体温を感じ、鼓動が早まる。

 背景の青い空とは裏腹に、2人の顔は赤く染まっていた。


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