36話 出会い
「もちろん覚えているよ」
アルとディアナの出会い。
それは劇的でもなんでもない。
ただの受付嬢とただの冒険者の巡り合わせだった。
アルが初めてディアナを目撃したのはもちろんギルドでだった。
デリックのパーティの一員としてナビルスにやってきたアル。
リーダーのデリックが依頼を持って並んだカウンター、そこにディアナはいた。
「は、はじゅめまして、うけちゅけ、んんっ、受付嬢のディアナと申しましゅ。以後お見知り置きを」
この時はまだ新人だったディアナ。
緊張してカミカミの自己紹介をして顔を真っ赤にさせていた。
普段ならとっくに怒鳴り散らしていただろうデリックもこれには呆気をとられていた。
その後も受注の際に書き込みをミスしたり、何も無いところで転んで書類をぶちまけたりして、時間を無駄に使い、不機嫌オーラ満載のデリックに涙目になりながら何とか仕事をやりきったディアナにデリックは舌打ちをしてギルドを後にした。
「ふぇぇ……」
そんな泣きそうなディアナにアルは駆け寄り、言葉をかけた。
「大丈夫。誰だって初めてはこんなもんだよ。次失敗しないように頑張ろう」
その慰めの言葉は安心させる優しいものだった。
「あとこれ。膝、大丈夫? 擦り傷とかに効く薬だから良かったら使って」
何も無いところで転び膝を擦りむいていたディアナ。
アルはそれを見逃さなかった。
彼女に手渡された薬はアルお手製のものだ。
「じゃあごめんね」
そう言ってアルはデリック達の後を追い、ギルドを後にした。
これがアルとディアナの出会いである。
◇
◇
「あの時のディアナはまだ新人さんだったね。自己紹介もめちゃくちゃ噛んでたし、何も無いところで転ぶし、見ていて楽しかったよ」
「もう、そんなことまで覚えているんですか?」
上目遣いにアルを見上げるディアナ。
思い出したくもない過去を掘り出され、恥ずかしさに身を悶えさせる。
「それと比べるとほんとに成長したよね」
今となってはそんな酷いことにはならない。
多少のドジは否めないが、何も無いところで転ぶといったことももうない。
「私だって頑張ったんです! それに、ほら、アルさんも言ってたじゃないですか。次頑張ろうって。あれからも何度か失敗……いえ、かなり失敗しちゃいましたけどその度にアルさんの言葉を思い出して、頑張ろうって気持ちになれました」
「それは何よりだよ」
自身の何気ない言葉が助けになっていたとは露知らず。
だが励ましの言葉を送った甲斐があるというものだ。
「あとは……そうだな。あの時のカトレアさんはピリピリしてたな。ディアナを見張る目が厳しいっていうか、とにかく目を離しちゃダメって雰囲気だったよね」
ディアナの教育係としてカトレアはサポートに回っていた。
しかし、1歩引いた位置から彼女を見ている目は焦りや何かを懇願するようなものが見受けられた。
「実はアルさんが来る前にも何回か同じことしちゃって怒られてたんです。今はちょっと厳しい先輩ですけど、その時はめちゃくちゃ怖い人だと思ってました」
あはは、と苦笑いを浮かべるディアナ。
アルもそれであの緊張かと納得した。
「他にも――」
「もうやめてくだいよ。さすがにこれ以上は恥ずかしすぎて死んじゃいそうです」
アルの口から自身の恥ずかしエピソードがまだまだ飛び出してくることを予感したディアナはアルを止める。
これ以上は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
そもそもディアナはアルがそこまで鮮明に出会いの日を覚えているとは思っていなかった。
何気なく聞いた過去を掘り返され、予想外の恥ずかしさにアルから顔を背ける。
だがアルの腕の中に収まるディアナはどうしても視界からアルをどかすことが出来ない。
そして不意に目が合う。
ディアナは心臓が高鳴るのを感じた。
「そ、そうだっ! 私、アルさんの昔の話が聞きたいです」
それを隠すようにディアナは強引に話題を変える。
「僕の?」
「はい! 私はナビルスに来てからのアルさんしか知りませんし」
ディアナはナビルスに来たアルしか知らない。
ナビルスで初めて会ったのだから当然だ。
「初めて会った時はもうデリックさんとパーティを組んでましたよね?」
「そうだったね」
「どうしてですか? 冒険者になった理由などもあれば是非聞いてみたいです」
ディアナは不思議だった。
何故アルがあのようなパーティにいたのか。
「分かった。面白くないかもしれないけど聞いてくれるか?」
「はい!」
柔らかい雰囲気がなくなったアルは真面目な顔つきに変化する。
ディアナも先程までの恥じらいの表情とは打って変わって笑顔を取り戻した。
アルは一つ深呼吸をすると、ポツポツと話し出した。




