閑話 受付嬢の受難
迷宮都市ナビルス。
そのギルドにて働く受付嬢ディアナ。
彼女はカウンターに突っ伏して嘆いていた。
「ああー、アルさんいつ帰ってくるかなー?」
王都に行ってしまったアル。
順調に進めていればそろそろ王都に到着する頃なのだが、彼女はもう既にアルの帰りを待ち望んでいた。
「そんな早く帰ってくるわけないでしょ。そんなこと言っていないで暇なら働きなさい」
「はーい」
パタパタと職務に戻るディアナ。
それを見つめていたカトレアははぁと軽くため息をつく。
アルがナビルスを出てからずっとあのような様子でいるディアナを少し心配している。
今のところ業務に支障は出ていないが、その様子は飼い主を探す犬のそれだ。
(大丈夫かしら?)
いつも通り振舞ってはいるが、アルがギルドを訪れていた時と比べるとどこか元気がないように見える。
(そのうち私も王都に行ってきますとか言っていなくならないといいけど……)
と考えてさすがにそれはないと切り捨てようとしたが、出来なかった。
アルが迷宮に置き去りにされた時もディアナは真っ先に行動を起こそうとした。
ディアナのいざと言う時の行動力は馬鹿にならない。
それを見張っていなければいけないカトレアの気苦労は募るばかりだ。
◇
◇
◇
三日後。
カイ宛に一通の手紙が届いていた。
カトレアはそれをもって、カイの執務室の扉を叩く。
「入れー」
「失礼します。カイ様宛でお手紙が届きましたのでお持ちしました」
「おう、ありがとな」
お礼を言い、手紙受け取ったカイは封をビリビリと豪快に破り、中身を取り出し目を通した。
「おっ、アルからじゃねーか」
「なんて書いてありますか!?」
アルという悩みの種の名前が聞こえたカトレアはドンと机に手を付き、身を乗り出してその手紙の内容を催促する。
「お、おう。しばらく王都に滞在するってよ」
カイは滅多に取り乱さないカトレアの大声に驚きつつも質問に答える。
「そ、そんな……」
カトレアはがっくりと項垂れる。
「なんだ? アルがいないから寂しいのか?」
「違います。このままではディアナが危ないです」
カトレアは事細かに現在のディアナの状態を説明する。
ディアナは職務中もため息ばかりで、仕事も手についていない状態なのだ。
「あー、確かにやばいな。あいつ、アルにベッタリだもんな」
「そうです。いつやらかすか分からないのでヒヤヒヤしてます」
必死に現状の説明をするカトレア。
しかしそれをしたところでアルの帰りが早くなる訳でもない。
そこでカイが閃く。
「もうちょいしたら王都にギルマス会議で行くんだった。そんときにディアナも連れて行ってアルに会わせてやるか」
ギルドマスターの付き添いに受付嬢が着いていくのは珍しくない。
むしろカイからその提案が出るとは好都合だ。
「それです! 是非連れて行ってください」
カトレアは目を輝かせて懇願する。
「お、おう。じゃあディアナにもそう言っておいてくれ」
「かしこまりました」
嬉しそうに執務室を出て行くカトレアをカイは見送った。
◇
◇
◇
「ディアナ、ちょっと話が――」
「大丈夫ですよ、カトレア先輩」
あるのですが、と言おうとしたところでディアナに遮られる。
「カトレア先輩は私がアルさんに会うために仕事を放って王都に行かないか心配しているんですよね」
カトレアは固まる。
まさかディアナに悟られているとは思わなかった。
「私、あの時に決めたんです。アルさんが帰ってくる場所になるって。確かに寂しくないと言えば嘘になりますけど、私、我慢できます」
アルが迷宮に置き去りにされた時に立てた誓い。
アルを笑顔で迎えると決めた時の誓い。
それは今でも変わらなかった。
「私がここを離れたら、アルさんが帰ってきた時、笑顔で迎えられないじゃないですか」
にこやかな笑顔で言い放つディアナ。
どうやらカトレアはディアナの事を見誤っていたようだ。
まさかディアナがこんなことを考えていたなんて露にも思わなかった。
要らぬ心配に踊らされていた自分が情けなくなる。
「ごめんなさい。私、貴方のことを過小評価していたみたいね」
「そうですよー。先輩、私の事舐めすぎですー」
カトレアはディアナのからかうような態度にイラつきを覚える。
(すぐに調子に乗るところは変わらないわね)
このまま言われっぱなしも癪なので、少し意趣返しをしてみることにする。
「カイ様が王都で行われるギルマス会議に貴方を連れていくのを打診していたけれど、この調子ならなしでいいかしらね」
「え、王都?」
「ええ、アル様に会わせてあげようというカイ様の粋な計らいでしたが……貴方には必要なさそうですね」
意地悪な笑みを浮かべるカトレア。
「すみません。やっぱり我慢できないので連れて行ってください」
手のひら返しで綺麗な土下座を見せつけるディアナ。
なんだかんだ言いつつも、一刻も早くアルに会いたいディアナだった。




