34話 氷世界の王
アルはまたギルドに依頼を受けにやって来ていた。
今回隣にいるのはレイチェルだ。
フィデリアがレイチェルにやたらと依頼を受けることを推していた。
一度アルと行動をしてみれば今までの凝り固まった価値観なんて吹き飛びますわとどこぞの悪徳商法のような説得を続け、レイチェルが折れる形で依頼を受けることになった。
レイチェルはジト目で、フィデリアを変えてしまった張本人アルを見つめる。
たかが依頼を受けただけであの変わりようだ。
レイチェルはどんなことが起こるのか多少なりとも興味があった。
いつも通りアイラの所に顔を出したところで、以前と同じようにからかわれる。
「あら? また違う女を連れているなんて。アルくんも中々やり手なのね。こっちが本命なの?」
「違いますよ。そんなことよりおすすめはありますか?」
「そうねー、これなんかどう?」
アイラの軽口も軽く聞き流す。
アルも冗談である事が分かっているため、それ以上は責めない。
そしてアイラが用意したのはコボルト討伐の依頼だ。
「なんでも南の方でコボルトが増えてるらしいのよ。生態系が崩れる前に潰して欲しいって」
「分かりました。それでお願いします」
コボルト討伐の依頼を受注する。
するとレイチェルがアルの服の裾を引っ張る。
「あっちにもっとランク高いのあるよ。そっちにしよう」
「ごめん。僕まだEランクだからこれくらいの依頼がちょうどいいんだ」
「…………うそだ」
フィデリア同様にレイチェルもアルのランクに疑問を抱く。
「ねえ、なんーー」
レイチェルが理由を訪ねる前にアルはビシッとギルドカードを提示する。
その色、書かれているランクの文字でアルが嘘を言っている訳では無いことが分かったレイチェルは愕然とした。
「じゃあ、行こうか」
そんなレイチェルにアルはにこやかに微笑むだけだった。
◇
◇
「あそこにいっぱいいるね」
アルはコボルトの群れを眺めていた。
犬の頭をした人型の魔物だ。
知能はそれほど高くはないが、武器を扱う程度の知能は持ち合わせているのか、どのコボルトも剣や棍棒など何かしらの装備はしてある。
「ちなみに神聖魔術は見せてくれるの?」
「ここで使えないこともないけど私はアンデッドの浄化や怪我の治療に特化してる。アルが怪我したら見せられるかも」
「他の魔術は?」
「水ならちょっとは……」
レイチェルは完全にヒーラーやプリーストタイプだった。
アルはそれを考慮して作戦を考える。
「コボルトは臆病ですぐ逃げるからまず足場を悪くしたいね。レイチェルが水を撒いて僕が凍らせるとかどう?」
「いいと思う。でも一度にたくさんの水は出せないからアルの負担が大きいかも」
「いいよ。任せて」
レイチェルの自己申告により、水魔術にあまり期待出来ないことが発覚したが、アルは作戦に支障はないと判断した。
「じゃあ僕が先行して合図を出すからレイチェルはここから水を打ち込んで。コボルトは釘付けにして逃がさないつもりだけど万が一レイチェルの方に逃げたらすぐに僕を呼んで」
「それはいいけど……合図って?」
「飛ぶ」
「そう……わかっ……飛ぶの?」
「うん」
一瞬納得しかけたレイチェルだが、アルの言葉に違和感を感じ聞き返す。
その言葉の真意を尋ねようとしたがアルは既に行ってしまった。
だがその意味をすぐに理解することになる。
「綺麗……」
視線の先には氷の翼を羽ばたかせ、宙に舞うアルの姿があった。
◇
「あれ? 水が来ない?」
レイチェルがアルに見とれて固まっている頃。
合図を出したアルは水を待っていたが一向に飛んでくる気配がない。
レイチェルのいる方向を見るも特に何かあった様子もない。
彼女の方も気になるが、コボルトも逃げようと動き出しているため、アルも行動に移す。
「水獄の堅牢」
アルはセルフで水撒きをすることにした。
命中度外視でそこら中に水獄の堅牢を発動させる。
何体かは適当に放った水の檻に捕えられるが、対象を失い不発に終わったものは地面を濡らしていく。
地が水を得たところでアルは翼を薙ぐ。
コボルトが逃げようとする方向から吹雪をぶつけて牽制し、逃がさない。
そして吹雪から逃れようと後退するコボルトは凍った地面に足を滑らせ、次々に転んでいく。
アルは完全にこの場を支配していた。
コボルトを囲い込むように吹雪の壁を作り追い詰めていく。
「試してみるか」
氷と神聖。
青と白の複合魔術。
白い光を纏った霜が辺りに立ち込める。
その美しくも残酷な冷気の渦がコボルト達に牙を剥く。
「純白の霜雪」
爆発したかのように吹き荒れるそれはコボルトをあっという間に飲み込んだ。
幻想的な光景を離れた場所から眺めていたレイチェルは、あまりの美しさに呼吸をするのも忘れてしまう。
「…………」
言葉を発することすら出来ない。
その純白の霜は、瞬きひとつすら出来なくなるほどの魅了の力を持っていた。
やがて吹雪がやみ、霜が晴れてアルの姿が視認出来るようになると、そこには更なる驚きが待っていた。
「すごい……」
一面に広がる銀世界。
無数に飾られた氷像。
そこに君臨している氷世界の王。
まるで絵画の世界に訪れたかのような錯覚をレイチェルは覚えていた。
「おーい」
アルに呼ばれたレイチェルは彼が作り上げた銀色の世界に足を踏み入れる。
「合図、気付かなかった?」
「……ごめん」
アルに指摘され、自分がアルに見とれて何もしていない事に気付いたレイチェルは恥ずかしそうに頬をかいた。
「でもこれ、どうするの?」
話を変えるためにレイチェルはコボルトだったものを指差す。
「討伐の証明……しないと」
「あ……」
カチコチに固まった氷像を溶かし、素材を剥ぎ取るのは、非常に面倒だった。
◇
◇
ギルドに報告をし、研究所に戻ってきたアルとレイチェル。
フィデリアはレイチェルに駆け寄り、アルについて尋ねる。
「どうでした? アルくんと組むのは?」
「うん。綺麗だった」
「そうでしょう? 私は目を奪われてしまい動く事を忘れてしまいましたわ」
「私も。気付いたら全部終わってた」
「それも仕方ありませんわ」
「うん。仕方ない」
「それほどアルくんの炎は美しかったですわ」
「それくらいアルの氷は綺麗だった」
「「ん?」」
2人の意見が突然割れる。
「何言ってますの? アルくんの真の美しさは炎にこそありますわ」
「それは違う。氷こそアルの全て」
「「ぐぬぬ……」」
話は平行線を辿る。
互いに自身が体験した事を語るが、優劣はつかなかった。
その結果2人は、どちらかを否定するのではなく、両方を肯定する方向で手を打つことにした。
「どちらも素晴らしいということでよろしいですか?」
「それが妥当」
がっしりと握手をするフィデリアとレイチェル。
「氷の力、見せてくださる?」
「炎、見たい」
その二人がお互いに見たことの無い方の魔術を見せろと催促しに来たのは言うまでもない。




