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30話 誤解

 トレント討伐とハニービーの蜂蜜採取の依頼を終えたアルはギルドに戻ってきた。

 アイラのカウンターに並ぶという約束もしっかりと守る。


「これ、お願いします」


 ギルドカードと依頼書、そして討伐部位と蜂蜜をアイラに渡す。


「あ、はい……少々お待ちください」


 しかしアイラの表情はどこか硬いものがある。

 それもそのはず。

 アイラは目の前のアルをいかに怒らせずにやり過ごすかを考えている。


(どうしてあんなことを言っちゃったんだー、数時間前の私ー)


 自分のところに並んでほしいと頼んだことを非常に後悔していた。


「お待たせしました。これで依頼達成となります。そして一定数の依頼をこなしましたのでこれでEランクに昇格となります」


(なんで? なんでまだEランクなの? 絶対舐めて突っかかる人いるよ。死んじゃうよその人ー)


 目の前の優しそうな男アルはとても強そうには見えないが、親友エレンの話を考慮すると迂闊なことは出来ない。

 しかし、エレンの話が本当ならいつか死人が出そうで気が気でない。


(お願い……神様……)


 エレンに何とかすると約束してしまったアイラは死なないことを祈りつつ、勇気を出して話を切り出す。


「あの……私の親友のエレンが大変失礼なことをしてしまい申し訳ありません」


 アイラはアルにエレンの所業を謝罪する。


「ただ、彼女にも悪気があった訳ではないのです。職務を全うしようとした結果起こってしまった不運なのでどうか寛大なお心で許して頂けませんか?」


 アイラは必死に頼み込む。

 頭を下げたままアルの言葉を待つが、アルが黙ったままなため余計に不安を煽る。


(親友? エレンさん? 誰だ? ソフィアは知ってる?)


(いえ、エレンと言う名に心当たりはありませんね)


 なかなか返事をしないアルはソフィアとそんなことを話していた。

 アルはエレンの名前も知らないし、エレンとアイラが旧知の仲であることも知らない。

 そのためアイラが何故謝っているのか分からないのだ。


「あの……すみません。エレンさんって誰ですか?」


「…………ほえ?」


 アイラはようやく返ってきた返事に頭を上げ、その問いに答えようとしたところで、その問いの不自然さに変な声を出してしまう。


「すみません……今なんと?」


(聞き間違いだよね? 今エレンさんって誰って聞こえたけど私疲れてるのかなー?)


 アイラはアルの口から出てきた言葉を素直に受け入れられず、自身の幻聴を疑う。


「エレンさんって誰ですか?」


(聞き間違いじゃなかったー)


「えっ、エレンとはお会いになったのでは? 魔術研究所の者なんですが……なんでもアルく……様をリーシャ様のお客様とは知らず帰してしまったと嘆いておりました」


 アルはそこまで聞いてようやくピンと来た。


「ああ、彼女ですか。そうですね……別に彼女は何も失礼なことはしていないと思いますよ」


 アルは受付で自身の対応をした女性を思い返すも、特に不快に思うようなことはなく、至って丁寧な対応だったと記憶している。


「そのエレンさんが何を気にしているかは分かりませんが、僕は何とも思ってません」


「そ、そうですか……」


 エレンから聞いていた話と全然違うとアイラは拍子抜けする。


「えっと、次はちゃんともてなすから都合のいい日に来て欲しいと言っておりました」


「分かりました。わざわざありがとうございます」


 アイラは内心ほっとした。

 そしてアルを必要以上に警戒しすぎてたことが分かった。


(全然違うじゃない)


 結局全てはエレンの被害妄想に過ぎないのだ。

 アイラは彼女の言葉に踊らされていた。

 だが実際にアルと話してみて、エレンが言っていたようなことにはならないと確信した。


 こうして安堵しているアイラに質問が飛んでくる。


「アイラさん、どうかされたんですか?何か話し方も違いますし、僕の呼び方も……体調でも悪いのですか?」


 アルは先程から疑問に思っていた。

 アイラの話し方からフレンドリーさが失われ、自身を呼ぶのもくんから様になっていた。


「えっと、今まで通りアルくんって呼んでいいかしら?」


「もちろんです」


「エレンがアルくんを怒らせると王都が永久凍土になるって言ってたから、私も失礼がないように気を付けてたの……ごめんね」


「あはは、僕がそんなこと出来ると思ってたんですか?」


「私も出来ないと思ったけどリーシャ様がそう言ったらしいのよ」


「えっ」


 まさかその話の出処がリーシャだとは思っていなかったアルは開いた口が塞がらない。


 だがリーシャがアルのことを少々盛って話したとすれば、エレンのことも分からなくもない。


「まさか。きっとエレンさんも冗談を間に受けてしまっただけですよ」


 アルはそんなこと出来ないと否定する。


 まさかリーシャが本気で言っていたとは露知らず、きっと冗談だと言う。


「とにかく研究所には行くので、その時にエレンさんの誤解も解いておきます」


「そうしてあげて。あの子アルくんに怯えてたから」


 アルは聞けば聞くほど分からなくなる。

 リーシャが自分を何だと思っているのか。


 研究所に行くのはまた今度にするつもりだったが、エレンが幻の恐怖に脅かされていることを考えると何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 アルは一言アイラにお礼を言いギルドを出ると、リーシャのいる研究所に向かって歩き出した。


 ◇


 再び研究所に訪れるとエレン――では無い女性が出迎えてくれた。


「君がアルくん?」


「はい」


「私はリディア。エレンが失礼なことしちゃってごめんね。今エレンを呼んでくるからちょっと待っててね」


 受付の奥らしき扉の中にリディアが入ると悲鳴と壁に何かが当たるような音が聞こえてくる。


「こらっ! アルくんに謝りなさい」


「嫌っ! 嫌だ! 殺される。まだ死にたくないよぅ。現世とおさらばするのはまだ早いよぉー」


 リディアはエレンを引っ張りだそうと躍起になるが、エレンも抵抗をやめない。

 しかし、その軍配はリディアに上がる。

 やがてズルズルと引きずられるようにして姿を見せたエレンは、この世の終わりを目の当たりにしたかのような顔で啜り泣いていた。


「す、すびばぜんでじだ。どうがいのぢだげはかんべんじでくだざいぃ」


 泣き叫ぶ勢いのまま聞き取りずらい謝罪の文を述べ土下座をするエレン。

 アイラから話は聞いていたものの、ここまでとは思わなかったアルは戸惑いを隠せない。


「あのー、エレンさん? 僕はあなたを殺したりしませんし、怒ってもいません。なので泣き止んで頂けませんか?」


 アルはなるべく優しい言葉遣いでエレンに声をかける。


「ほんと? 絶対?」


「絶対です」


「うわあああん。死んじゃうかと思ったぁー。王都が滅びるかと思ったよぉ」


(リーシャさん、エレンさんに恨みでもあったのかな?)


 あまりに悲惨すぎる被害妄想。

 しかし、その出処は元を辿るとリーシャだ。

 アルはリーシャがどんな風に自分を説明したのか気になる。


「ちょっ、こら、離れなさい」


 一方、アルからお許しの言葉を頂けたエレンは、歓喜してリディアに抱きつき、その胸に顔を埋めている。

 そしてエレンの顔から飛び散る涙や鼻水が、リディアの上着を湿らしていく。


 5分弱エレンと奮闘し、ようやく引き剥がす事に成功したリディア。


「ごめんね。騒いじゃって」


 リディアはアルに軽く謝る。

 しかし、アルは目を逸らしたままだ。


 アルが目を合わせてくれない事を不思議に思いつつ、視線を下に向けるとその理由が分かった。


「き、着替えてきます」


 顔を赤らめて走り去るリディア。

 何が見えていたのかは言うまでもないだろう。


 ◇


「リーシャ様の所に案内するね」


 着替えたリディアはなんでもないようにアルの案内を申し出る。


「リーシャさんは普段何をしているんですか?」


「うーん、日にもよるけど基本部屋にこもってなんかしてるかな。食事以外で部屋を出ることは滅多にないし」


 予想以上の引きこもりだった。

 それでよくナビルスまで出てきてくれたとアルは感心する。


「リーシャ様はアルくんが来るのを楽しみにしてたんですよ。それをエレンが確認もせずに帰すから、まったくもう」


「アポイントを取っていなかったのも事実ですし、普通の対応だったと思いますよ」


「そう言ってくれると有難いけどさ、普通確認するよね。あの子マニュアル通りの対応しか出来ないからさ」


 エレンは決して間違ったことはしていない。

 来客がアポを取っているか確認。

 確認が済んだらリーシャに取り次ぐという流れだ。


 今回アルはアポを取っていなかった。

 だから帰してしまった。


「リーシャさんが一言言っておけば済んだ話ですよね」


「そうなんだけどねー。アルくんが来るってことに喜んじゃって、他のことも全部ほっぽりだして待ってたからね。だから言うのも忘れてたんじゃないかな、っと着いたよ」


 リディアは扉を叩く。


「リーシャ様ー、アルくんをお連れしましたよ」


 バサバサと何かが舞う音がして、バンと扉が開かれる。


「やっと来たか、待ちわびたよ。さあ入ってくれ」


 そこには目を輝かせたリーシャが立っていた。



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