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27話 失敗は成功のもと

 あれから何度か打ち合わせをし、準備を整えたアル達はナビルスを出発した。

 旅の初めの方は上手くやれるか不安そうだったターニャ達も、中盤になるにつれて徐々に自信を持てるようになってきている。


(中々飲み込みが早いですね)


(僕も驚いてるよ)


 ターニャ達はアルの教えをみるみる吸収して、知識、技術共に身につけている。


「これは食べられますよね?」


「うん。あとは肉の臭みをとるのにも使えるから見つけたら多めに取っておくといいよ」


「分かりました」


 ターニャは物覚えも良く、一度取った野草や香草、木の実の事はバッチリだった。


「これでいい?」


「そうだね。あとは木にぶら下げて血が落ちるのを待とう」


「分かった」


 ルナには狩った魔物の処理の仕方を教えている。

 血抜きや剥ぎ取りなどの基本的なことだが、少しコツを教えただけで直ぐに上達した。


「皆さん、ご飯が出来ましたよー」


 サシェには料理を仕込んだ。

 簡単に作れるもののレシピや食材に合う調理の仕方などを教えた。

 今やサシェの作る料理はターニャとルナの胃袋をがっちりと掴んでいる。


(もう教えることないかな)


(スポンジみたいな吸収量でしたもんね)


 基本はもう叩き込んだ。

 あとはちょこちょこと口を出しながら見守るだけでいいだろう。


「アルさーん。お昼にしますよー」


 ターニャが呼んでいる。

 彼女達の食卓の輪に近づくにつれて、いい香りが漂ってくる。


(何か感慨深いものがありますよね)


(ほんとにね)


 彼女達が今までどんな食事をしていたのか気になったアルは一度口を出さずに料理を任せてみた。


 完成したのはこの世のものとは思えないダークマター。

 見た目も匂いも食べられるものではなかった。

 ルナが青ざめるのも頷ける代物だった。


 それが今ではこんなにも進歩した。

 ヒナが巣立つ親鳥の気持ちである。


「今行きます」


 そんな彼女達の成長を身近に感じることに喜びを覚えているアルだった。


 ◇


 ◇


 その後のアル達は順調に王都へと向かっていた。

 特に困ることも無く、安全に進めている。


 そして今は夜。

 王都まではあと半日といった距離だ。

 恐らくこれが最後の野営になる。


 アルが心配していたこととして真っ先に挙げられるのは食糧難だが、初日以降も上手く狩りを続け、アルの備蓄もあったため、食事のランクが落ちたことはない。


 そして魔物。

 これに関してはターニャ達の実力を考慮してそこまで心配はしていなかったが念の為だ。

 べらぼうに強い魔物に襲われるケースも想定はしていたが杞憂だった。


 そして最後に盗賊だ。

 野に放たれた最低最悪の犯罪者。

 それは駆逐してもどこかから湧き出てくるかのように増えている。


 その盗賊にとってターニャ達は最高のカモだ。

 彼女達は揃いも揃って美形である。

 下衆な男共に目をつけられない理由はない。


 そしていくら腕に自信があろうとも数の暴力には敵わないだろう。

 だがここにはアルがいる。

 アルは道中は常にターニャ達に悟られないように周囲の警戒を行っていた。


 そしてこの最後の野営。

 食事も取り、明日に備えてターニャ達も眠りについたところでアルの反響(エコー)が人型の反応を捉える。


(囲まれてる)


 アル達のテントを囲むように配置された男どもはジリジリと詰め寄ってくる。


「こんな夜分に何の用ですか?」


 できるだけ刺激しないように盗賊に尋ねる。


「女おいてどっかいけ。邪魔しないなら見逃してやる」


 やはり狙いはターニャ達であった。

 しかし、はい分かりましたと彼女達を差し出したところで無事に逃がしてくれる保証もない。


 そしてターニャ達は2週間とはいえ共に旅をした仲間だ。

 そんな彼女達を見捨てるという選択肢は存在しない。


「お断りします」


 なのできっぱりと断った。

 交渉は決裂した。


「お前、馬鹿だろ。お前みたいなガキがこの人数相手できると思ってるのか?」


 盗賊の強みは数の暴力。

 仮にターニャ達を合わせてもアル達は4人。

 それに対して盗賊達は20人程いる。


「ターニャさん! 盗賊です!起きてください!」


 盗賊の実力が分からない以上、ターニャ達を眠らせておくのは悪手だ。

 守るべきものは近くに置いておきたい。


 それにこの盗賊が思いのほか弱い可能性もある。


「アルさん!」


 アルの声を聞き、ターニャ達が目を覚ました。


「ターニャさん、ルナさん、サシェさん。背中合わせで身を守ることを優先してください」


 ターニャ達もアルの指示を聞いて戦闘態勢に入ったところでアルも動き出す。


天使の翼(エンジェル・ウイング)


 広げた6枚の翼で盗賊達を次々に切りつけていく。

 盗賊達が持っている並の武器ではアルの翼を受け止めることが出来ず、武器ごと切り裂かれていく。


 アルは人を傷付けるのは初めてだったが、特に動揺はしていない。


 だが、次々に盗賊が再起不能になっていく中で、アルの耳に悲鳴が届く。


「きゃっ! 離して!」

「離せ! 触るな!」

「やめてください! 痛いです!」


 振り向くとターニャ達が盗賊に取り押さえられ刃物を首に当てられていた。


(なぜ? まさかっ?)


 アルはターニャとルナがサシェから離れた場所で抑えられていることで全てを察した。

 だが、盗賊は待ってはくれない。

 得た人質を盾に、アルに命令する。


「こいつらの命が欲しけりゃ大人しくしろ」


(不味い、人質を取られた…)


 迂闊に動けなくなったアルは残りの盗賊達の攻撃を甘んじて受けるしかない。

 突き刺さる刃が鈍い痛みをアルに与える。


「……つっっ」


 アルはなぶられながらも思考は冷静だった。

 彼女達を助ける方法を模索していた。


(どうする? 今の手持ちじゃ速さが足りない。ターニャさん達の首が落ちるのが先だ。……!?)


 ハンド魔術も水獄の堅牢(ブルー・ジェイル)も完成、着弾に時間がかかる。

 アルの元から放っているのでは間に合わない。


 そんなことを考えているアルに閃きが舞い降りる。


 魔術の起点を自分以外に定めるという閃きが。


 自分を起点するから着弾に時間がかかる。

 ならば空間上のある一点を起点にすれば良い。


 アルは魔力を薄く伸ばし、ターニャ達の元まで広げていく。


(いけるか?)


 正直これは賭けだ。

 初めての試みなため不安も付き纏う。

 自分から切り離して使う魔術を制御出来るかも分からない。


 だがやるしかない。

 ターニャ達を助けるためのリスクだ。

 そこは割り切るしかないのだ。


氷結の手(アイシクル・ハンド)


 ターニャ、ルナ、サシェの首元を起点に氷結の手を発動させる。

 その手は三人の首に当てられた刃物を押し返し、盗賊の武器をもつ手を凍らせる。


「なんだっ?」

「冷てえ!」


「今です!」


 盗賊達がターニャ達の拘束を緩めたのをアルは見逃さない。

 ターニャ達は自身を取り押さえていた盗賊を倒す。


 アルも人質がいなくなったことで大人しくしてる必要はなくなった。


水獄の堅牢(ブルー・ジェイル)


 散々いたぶってくれた相手をまとめて水の檻に叩き込む。

 念の為気絶している盗賊達も、無限収納から取り出したロープで縛り上げる。


 何人かは死んでいたものの、盗賊を退け、捕えることが出来た。

 だが、ターニャ達は酷く怯え、顔は青ざめている。


「皆さん、無事ですか?」


 アルはターニャ達に怪我の有無を確認しながら、自身の治療も行う。


「私達は大丈夫です。ですがアルさんが……きゃっ」


 顔を上げたターニャの目に映ったのは絶賛炎上中のアルである。


「あ、これヒールみたいなものなので気にしないでください」


「は、はぁ」


 ターニャ達はなるべく見ないように努めた。



 しばらくしてアルの傷も目立たなくなった頃。

 ターニャ達も落ち着いてきたようなので、アルは話を切り出す。


「さて、反省会でもしましょうか」


 先程の盗賊戦における反省。

 これを無くしては、彼女達は次盗賊に出会った時も同じ目に遭うだろう。


「盗賊に襲われるのは初めてですか?」


 頷くターニャ。


「盗賊は基本的に集団で襲ってきます。1人では対応できません。味方と連携をとる必要があります」


「だからいつも通り連携して戦おうとした。だがサシェの援護がなかったから確認したら、いつの間にか抑えられていて……」


 ルナは悔しそうにぼやく。


「そんな経験は初めてですか? ターニャさん?」


「はい……」


「それは嘘ですよね。僕と戦った時同じ状況だったはずですよ」


 ターニャとルナはハッとする。

 闘技場で行ったアルとの戦いを思い出す。


「魔物と戦う分には特に問題なかったかも知れませんが、対人戦は別です。守る壁がなくなった魔術師は浮いた駒です。真っ先に狙われますよ」


 アルとの戦い。

 そして先程の盗賊戦。

 どちらを振り返ってみても、ターニャとルナが攻撃に移った直後にサシェが狙われている。


「サシェさんが対人戦のプロで、一人でも戦える人なら止めませんが、もしそうでないならターニャさんとルナさんが守らないといけませんよ」


 返事は返ってこない。

 しかし、その言葉は二人の心に刻まれていた。


 失敗は成功のもと。

 彼女達はもう同じ過ちは犯さないだろう。


「僕が言いたいのはそれだけです。それに偉そうなことを言っておきながら、皆さんを危険に晒してしまって申し訳ないです」


「謝らないでください。むしろ私達が人質になってアルさんに迷惑を掛けてしまいました。助けてくれてありがとうございます」


「いえいえ。ではお互い様ということでこの話は終わりにしましょう。盗賊の処理もしなければなりません」


「どうするんですか?」


「普通なら生け捕りで連れて行ければいいのですが……さすがにこの人数を僕達だけで運ぶのは無理があります」


 王都は近いが、盗賊全て連行できるほど近くはない。

 それに死体もある。

 ここで全て殺して焼き払ってしまうのが得策だろう。


「やはり殺して焼いてしまうのがいいでしょう。野放しにしておいてもいい事ありませんし」


 アルはそう言うと盗賊達から金目のものを回収する。

 そして死体と気絶した盗賊を山のように積み上げる。


紅蓮の手(ボルケイノ・ハンド)


 炎が揺らめく業火の手がその山を包み込んでいく。

 勢いよく燃え上がる音がパチパチと響く。

 時間をかけて燃え広がったその火が消えた時、そこにはもう何も無かった。


 ◇


 盗賊の後処理を終えたアル達は少し離れた場所に移動していた。

 さすがに盗賊を処理した場所で眠る気にはなれなかった。


 簡易テントを組み直していると、ターニャ達がアルに話しかけてくる。


「あの……アルさんは、その、人を殺すのって初めてですか?」


「初めてですね」


「では、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか?」


「どうして……か」


 アルは初めての人殺しを経験した。

 しかし不思議と不快感や嫌悪感はない。


「割り切ってるからですかね。殺らなきゃ殺られる時とかそんな事は考えてる余裕もありませんし。対話は試みますけどそれでも駄目なら僕は躊躇いません」


 とどのつまり必要なら殺す、ということだ。

 今回変に手加減して生きたまま捕獲しようとしていれば、ターニャが、ルナが、サシェが死んでいたかもしれない。

 そしてその中にはもちろんアルも含まれていた。


「むしろ皆さんの反応が普通です。殺しに不快感や嫌悪感を覚えるのは正常な証ですよ」


 ターニャ達はさらに悩みこんでしまった。

 人の言葉ですぐに解決できるものでも無いだろう。


「今日は休みましょう。明日に響きますよ」


 でもせっかく仲間がいるのだ。

 話し合って、悩みを打ち明けて、自分達の落とし所を見つけて欲しい。

 答えを見つけて欲しい。

 アルは切実にそう願った。



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