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24話 ルール

 空の旅を終えたアルははしゃぎ疲れて眠ってしまったディアナを仮眠室に寝かせ、闘技場へと戻ってきた。


「お、お前どこ行ってたんだよ。気付いたらいなかったぞ」


 そこには正気に戻ったカイが待っていた。


「ちょっと気分転換に。それより、続きいいですか?」


「あ? まだあるのか。お前の魔術こえーのばっかだからなー。ビックリしないやつで頼む」


 アルに魔術を見せろと頼んだのはカイだが、あまりにもアルが規格外の力ばかりを見せつけてくるので、嫌気がさしている。

 かと言って自分から頼んだ手前、引き下がれないという謎のプライドが邪魔をし、お開きにするという選択肢を捨ててしまった。


隠密(ステルス)


 ディアナとの空の旅でも使用していた隠密。

 認識されなくなる魔術だ。

 この効果によりカイは目の前にいたアルの姿を捉えられなくなる。


「消えた?」


 アルは静かに移動してカイの肩を叩く。


「うおっ、いつの間に?」


「認識を逸らすものです。隣にいても認識出来ないようになりますよ」


「……一見地味だが、強力だな」


「見えないだけでそこにいるという事実は変わりません。実際シャドウウルフには嗅覚で捕捉されました」


 アルはシャドウウルフとの厳しい戦いを思い出す。

 シャドウウルフと目が合った時の緊張を昨日のことかのように思い出せるほど心に残っているのだ。


「そうか。それにしても今までで1番優しいやつだったな」


 驚かないものを頼んだとはいえ、どうせまたとんでもないものを使うと思っていたカイは、予想を裏切られ少し嬉しそうだ。


「じゃあこれも優しいですかね。無限収納(インベントリ)


 何も無い空間から突然毛皮が現れる。


「マジックバックみたいなものか」


 その光景を知っていたカイは見事言い当てる。


「さすがにご存知ですよね。モデルはそれですよ」


 アルは前々からデリック達が所有していたマジックバックを欲しいと思っていた。

 マジックバックがあれば荷物の容量をそこまで気にする必要が無くなるからだ。


 だがマジックバックは高い。

 アルの今の稼ぎでは買うことが出来ないくらい高価なのだ。


 でも欲しい。

 それならば作ってしまえ。

 結局、そういう思考に辿り着いた。


「中々優しいやつで助かった」


「そうですか。それで、あと見せてないのは二つですが……」


 アルの歯切れが悪くなる。

 カイが見たことないのはあと二つ。

 叡智の女神(ソフィア)反響(エコー)である。


 しかし、これらは見せられるものでは無い。

 ソフィアに関して自分用で、反響(エコー)に関してもカイはその効果を実感できない。


「残りは秘密ということで」


 特に言及しないことにした。

 そしてカイは勘違いで身震いをする。

 アルが秘匿するほどのものすなわちそれほどやばい代物であると。


「まあ、切り札は隠しておくものだしな」


 カイは強がりで何とか大人の体裁を保とうと必死だ。

 しかし、切り札という切り札は全て見せ切っているアルはその言葉に首を傾げる。


 話が噛み合わない2人の間に謎の空気が流れる。

 カイはその空気を取り払うために強引に話を進める。


「それにしてもお前の魔術、凄いな。確かに見たことないもんばっかりだ。報告を聞いた時は耳を疑ったが……どれもお前の魔術と一致してる」


「これで確認は終わりでいいですか?」


「ああ、手間かけさせた」


 カイもひとまず安心する。

 報告にあったものが実在する魔物だったら今頃対応に追われていたことだろう。


「しかし、お前の引き出し想定よりも少なかったな」


 カイはアルの手札が想定よりも少なかったことに驚いている。

 少なくとも倍はあると思っていたのだ。


「まあ、そうですね。今使えるもので満足してますし。それに必要なら()()()()()()()()()()()()


「なあ? その作るってのはなんだ? オリジナル魔術ってことか?」


 オリジナル魔術。

 魔術に精通した者が研究と試行錯誤を経てたどり着く自分だけの魔術。


 ソフィアがそれを聞くと「そんなレベルの低いオリジナルなどとご主人のを一緒にしないでください」と憤慨した。


「そうですね。カイさんには話しておきましょうか」


 別に隠すつもりもない。

 それにカイなら信用出来る。

 いざとなったら助けになってくれる可能性もある。


「僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そんなカイにアルは自身の最大の秘密を打ち明ける。


「は?」


 カイが驚くのも無理はない。

 むしろその言葉を信じる方が無理がある。


「魔術を作れる……?そんな事が出来るのか?」


 掠れた声で聞き返す。


「僕はこの力のことを以前リーシャさんからお話を聞いたことも合わせてユニークメイカーと称しています。そして自分で課した制約はありますがユニークメイカーならそれが可能です。何かお見せしましょうか?」


 ユニークマジックを超えた魔術ですら息をするように作り出せる能力。

 それをアルとソフィアはユニークメイカーと名付けた。


 そしてアルはユニークメイカーの実演を申し出る。

 手っ取り早く見せてしまうのが疑念を取り除く近道である。


「なんでもいいですよ。適当に何か言ってみてください」


「……じゃあ即死魔術は可能か?」


「……可能ですが、不可能です。その魔術は僕が課したルールに反します」


 アルが力を手にした時に課したルール。

 即死魔術はそれに引っかかる。


「その他にも、死霊術や死者蘇生なんかも駄目ですね」


「基準はなんだ?」


「僕には約束があります。僕を救ってくれた命の恩人との大切な約束が。それを妨げる可能性がある魔術は基本的に作らないつもりです」


「約束?」


 カイは知らない。

 アルがソフィアとした約束を。


「旅をするんです。2人でゆっくりと色々な世界を見て回るんです。それに大きすぎる力は必要ないでしょう?」


 アルは今はナビルスで活動しているものの、いずれはソフィアの体を作るための旅に出る。

 その際に邪魔になりそうなものは作らないと決めているのだ。


「確かに作ろうと思えば即死魔術や大規模破壊魔法も作れます。でもそんなことが知れ渡ったら僕はどうなりますか? 軍事利用するために囲い込もうとする人もいるでしょうし、殺そうと目論む人もいるでしょう」


 アルの力を戦争に利用しようと企む国もあるかもしれない。

 それを危惧した国がアルを消そうとするかもしれない。

 アルはそうなる可能性が高い魔術は使用しない。


「僕は身に余る力を手に入れましたが、この力を手放すつもりはありません。だからと言って人をポンポン殺せるような魔術を量産するつもりもありません。僕は殺戮兵器に成り下がりたくない。あくまでも、ちょっと強い魔術師程度でいたいんです」


 それがアルのルール。

 魔術師の範疇での魔術作成だ。


「そうか……お前も色々考えているんだな」


「はい。なので他でお願いします」


「……じゃあ、前にリーシャが話してたものなんだが、反発する光と闇の魔術を融合させることは可能か?」


「出来ると思いますよ」


 リーシャが研究している魔術の1つ。

 複合魔術の理論。


 アルは理解せずともその領域に足を踏み入れている。


 灼熱の翼(ヒート・ウイング)吹雪の翼(ブリザード・ウイング)

 これらはどちらも炎、氷と風の複合である。


 ならば光と闇も出来ない道理はない。

 アルは自身に宿る魔術の力を全面的に信用している。


 力に目覚めて命を救われた時からそれは今でも変わらない。


(光と闇を混ぜるだけなら簡単なはず。あとはどんな形にするか……か)


 光と闇。

 互いに打ち消し合う属性である。

 それらを性質を最大限活かすように魔術を構成していく。


「出来ました」


 アルが完成した旨を伝えるとカイはため息をつく。

 カイはアルが出来ないとは微塵も思っていない。

 だがリーシャが研究している魔術をあっという間に実現させたのだ。

 長年研究者の道を進むリーシャのことを思うと少し切なくなる。


「一応、調整は入れたつもりですが、何が起こってもいいように少し離れてください」


 カイに距離をとらせるとアルはたった今作り出した魔術を発動する。


月蝕(ジ・イクリプス)


 アルの手を先には禍々しい闇と神々しく煌めく光が混ざり合う回転球が浮かんでいる。


「光と闇の互いに打ち消し合う性質を利用しました。効果は衝撃吸収と魔力吸収です」


 淡々と説明をするアル。

 しかし、カイは理解が追いつかない。

 ただ回転球がそこにあるという事実しか受け入れられない。


「レッサーウルフの骨をあれに投げてみてください」


 無限収納から取り出した骨をカイに持たせる。

 カイはアルに言われた通り骨を球に向けて軽く放る。


「なっ!?」


 骨は回転球に当たると勢いを失い、真下に落ちる。

 衝撃吸収。

 カイはその意味を正しく理解する。


悪魔の手(イーヴィル・ハンド)


 アルは手を回転球に向けて放つ。

 その手は魔力吸収の効果で飲み込まれるように消えてしまう。


「カイさん、あれ、思いっきり殴って貰えますか?」


 アルはもっとわかりやすいものを提案する。

 カイは頷き、思いっきり殴った。

 だがあまりの手応えの少なさにカイは驚き自分の掌を見つめている。


「手応えが全然なかった。衝撃を受け流された。でも全部なくなるわけじゃないんだな」


「そこが調整したところです。衝撃無効は強すぎます」


「すげえ」


 カイはそれしか言葉が出なかった。

 魔術専門じゃなくても分かる。

 この短時間でこれほどの術を作るのにとてつもない程の知識と技術が求められることを。


「その魔術の仕組み、リーシャに教えてもらえないか?」


 かつてパーティを組んでいた女の目標。

 それを目の前の少年はやってのけた。

 頭を下げて頼み込む。


「うーん、それは無理ですね」


 返ってきた答えは否だった。


「間違えました。無理ではなく、不可能です」


「どういうことだ?」


「普通魔術は術式を用いて詠唱でそれを固定して発動します。でも僕のはそういった過程がないんです」


 過程がない。

 アルの魔術は術式を用いることも、詠唱をすることもない。

 想像力から結果だけを取り出せる。

 それもたった一言、発動文句を口にするだけで。


 しかしカイやリーシャが求めてるのはその過程だ

 ないものはない、知らないものは知らない。

 だから不可能なのだ。


「そうか……確かにお前が詠唱してる所を見たことがない。それは無詠唱とは違うのか」


「そうですね。詠唱しないのではなく詠唱がないんです」


「すまん、無茶を言った」


 アルならばと期待していたため、落差も大きい。

 しかし、アルは要求には答えてみせた。

 アルに非はない。


「だが、いつかリーシャに見せてやってくれ。何かの参考になるかもしれん。それと、その魔術を作る力のことをリーシャに話しても大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。どの道見せるとなると詳しい説明も必要でしょうから」


 恐らくこの魔術を見たリーシャはカイと同様に何か尋ねてくるだろう。

 そうなると必然的にリーシャにもアルの力のことを話さなければならない。


「じゃあ頼む。リーシャには俺の方から手紙でも送っておく」


「分かりました。王都に行った際には必ずリーシャさんの所に顔を出します」


 そう約束を交わしたアルは挨拶をして帰っていった。





 その背中を見送ったカイは大きく息を吐く。

 つくづく規格外だと思っていた少年だが、過小評価していたことを思い知らされた。


 今まで見てきたものはアルの力のほんの一部でしかなかった。

 そしてその異端の力の伸び代は未だ見えない。


 魔術を作る。

 その力でアルはこれからも驚異的なスピードで強くなっていくだろう。


 カイはその末恐ろしい才能が、彼の身を滅ぼさん事を願うばかりだ。


「まあ、あいつなら大丈夫だろ」


 だがその心配も過度にはしない。


 アルはきちんと自分の力がどういうものか分かっていた。

 自身が課した制約もある。

 そう簡単に破滅することはないだろう。


 だが万が一アルが道を踏み外した時、止められる大人であろう。

 カイはそう決意した。



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