23話 空中散歩
辺りもすっかり暗くなり、月が夜空を彩る。
ギルドも閉まり、冒険者たちも自身の家や宿に帰る時間帯。
「悪いな。残ってもらって」
そんな中アルはまだギルドにいた。
アルはいつも通りに依頼を受け、シャドウウルフ戦の反省点であるハンド魔術の練習をし、ギルドに帰ってきた。
報酬を受け取り帰ろうとしたところを呼び止められて、待機していた。
「何の用ですか?」
アルはなぜ自分が残されたのかを尋ねる。
疲れていたこともあり、早く帰りたい願望が全面に出てしまっている。
「お前の魔術についてだ」
「僕の?」
アルの魔術について。
当然心当たりがないアルは話の内容の想像もつかず、首をかしげた。
「また前みたいな変な魔物噂があってな。だが俺はお前の目撃情報だと思ってる。かと言って俺は普段お前が魔術を使っているところを見たことがないから判断しようがねえ。だからお前の魔術をとりあえず見て、報告に寄せられてるのがお前の事なのか確認したい」
(あらー、誰かに見られてたっぽいですねー)
(まあ、反響に反応があった時も、特に隠すとかしなかったしね)
噂や報告に挙げられているのはアルで間違いない。
アルは堂々と空を飛ぶし、容赦なく熱風も吹雪も使っている。
最近多用しているハンド魔術は特に見た目がよろしくないため、噂を加速させる要因にもなっている。
「僕に手札を全部晒せってことですか?」
カイの言っているのは自分のことで間違いないと確信しつつも、簡単にイエスとは言えない。
冒険者にとって情報は命。
自身が得意なこと、苦手なこと等は余程気を許した関係の人にしか話せないだろうし、切り札として隠しておきたいものもある。
「悪いがそうなる。ただ無理強いはしねえ。お前の意思は尊重する」
少しの間静寂がこの場を支配する。
カイとしても悩んだ末の決断なのだろう。
カイはその気になればアルに黙ったまま、彼を調査をさせる手段も取れた。
だがそれはアルに悪いような気がしたため、気が進まなかった。
だからこそ正面からお願いすることにしたのだ。
アルはこの静寂を破り、1つため息をつく。
「他言無用でお願いしますよ。あと、そこに隠れてるディアナは出ておいで」
アルはカイの頼みを承諾しつつ、自身の斜め後ろのカウンターの陰で聞き耳を立てていたディアナに声をかけた。
「なんで分かったんですか?」
「勘だよ」
(私の目は誤魔化せませんよ)
ディアナの存在はソフィアが気付いてアルに教えていたのだ。
「お前、何してんだ」
カイはディアナを訝しげに見る。
「アルさんの魔術を見れるチャンスだと思って隠れてましたが、バレてしまっては仕方がありません。大人しく帰ります」
「別に見て行ってもいいよ。一人に見せても二人に見せても変わらないからね」
どうせカイに見せるのだ。
一人増えたところで問題はない。
「その代わり他言無用で頼むよ」
「はい!」
ディアナは嬉しそうに笑う。
そして3人は闘技場へと向かった。
◇
◇
「ではお見せします」
そう言ったアルの体が突然燃え上がる。
慌てて駆け寄ろうとするカイとディアナをアルはこっちに来るなと手で止める。
その間も炎は衰えることはなくアルの体を満遍なく焼いていく。
しかしその炎が消えた後も、アルに問題は見られない。
「だ、大丈夫ですか?」
傍から見ると中々にショッキングな絵面だったため、ピンピンしているアルを見ても心配が募る。
「ん? ただの回復魔術だよ。今は特に怪我もなかったから空打ちだけど」
どうにも話が噛み合わない。
アルにとってはこの魔法はいわば回復魔術のヒールと同等の扱いのためディアナが何を慌てふためいているのか分からないのだ。
「それが回復魔術か?」
カイも回復魔術には見えなかったため、驚いている。
「それに準ずるものです」
不死鳥の灯火
治療、再生専用の魔術だ。
「次は何をお見せしましょうか?」
「俺が見たことあるやつ以外を頼む」
カイに炎と氷の翼は見せている。
それ以外の魔術を発動する。
「天使の翼」
6枚の純白の翼を展開する。
「わあ。綺麗です。触ってみてもいいですか?」
「いいよ」
ディアナが触りたいと申し出たので、硬化はさせず柔らかい羽を触らせる。
「もふもふですー」
ディアナは翼に顔を埋めて気持ちよさそうに声を伸ばす。
「はい、終わりね」
頬擦りをしているディアナをよそに、アルは翼を解除する。無数の羽がばらまかれたかのように宙を舞い、霧散した。
「むう」
ディアナは頬を膨らませて、不満をアピールしているがアルはお構い無しだ。
「悪魔の手、紅蓮の手、氷結の手」
アルは3種のハンド魔術を発動させる。
「それだよそれ! やたら報告多かったやつ。体から手を生やした化け物がいるって」
翼を介さないハンドは非常に見栄えが悪い。
初見では化け物に見えるのも仕方ないだろう。
ある程度は操作してみせたところでアルは手を引っ込める。
「次は対象が必要なんですが、カイさん受けて貰えますか?」
「分かった」
「服が濡れますが、大丈夫ですか?」
「気にしなくていいぞ」
「では遠慮なく、水獄の堅牢」
どこからともなく発生した水がカイの身体にまとわりつき覆い尽くしていく。
そして顔を出すような形で水の檻にすっぽりと収まったカイは、シャボン玉のようにプカプカと宙を漂っている。
カイはその檻の中で手足を動かそうとするも、それに追従するようにまとわりつく水に阻まれ自由を得ることは出来ない。
「この拘束魔術は凄いな」
持ち前の拘束力を実感しているカイは素直に感想を述べる。
「あ、それは拘束ではなく本来ならば相手の息の根を止めるものです」
「………は?」
何やら物騒なことが聞こえた気がしたカイは疑問の声を上げる。
その視線の先にはニコニコしているアルがいる。
「待てっ! 早まるな! 俺を殺してもいいことないぞ!」
勘違いではあるが自身がどれほど絶体絶命な状況にあるかを理解したカイは慌てて命乞いを始める。
何とか逃れようとジタバタと手を動かすが、一向に出られる気配は見られない。
そこにアルの無言の笑顔も合わさり、カイは余計に恐怖を感じていた。
「止めろっ!頼む!まだ死にたくない!」
アルはカイの今まで頼りになる男だったとは思えない行動に少しの幻滅を覚えたが、心の内にとどめ、カイを解放する。
「……地面って素晴らしい」
解放され地に足が着くことに喜びを覚えているカイを他所にディアナはアルに自身の要望を伝える。
「はい! 私、空を飛ぶアルさんを見てみたいです」
カイからアルが空を飛べることは聞いていた。
それを聞いたディアナも見てみたいと思ったのだ。
「せっかくだし一緒に飛んでみる?」
アルの口から願ってもない提案が出たので、ディアナは歓喜で身をふるわせる。
「是非お願いします!」
断る理由も当然ない。
「じゃあ外行こうか。あ、カイさーん、ちょっと出てきます」
カイに外へ行くことを伝えるも、走り回ることで喜びを噛み締めているカイにその言葉は届かなかった。
◇
◇
◇
「目立たないようにするから、あんまり大声は出さないでくれよ」
「はい!」
「じゃあ、失礼するよ」
アルはディアナの背中と膝裏に手を回して抱き上げる。
俗に言うお姫様抱っこというものだ。
アルの腕にすっぽりと収まったディアナは恥ずかしそうに悶えている。
「隠密」
隠密の効果によりアルとディアナの姿は周りから認識されなくなる。
それには以前の反省も活かして、魔力遮断や、匂いなどもカットする効果も組み合わせである。
「じゃあ、行こうか。天使の翼」
いつも通りに三対六枚の翼を広げるとゆっくりと空へ飛び上がる。
「うわあああ」
普通に生きている分には空を飛ぶという体験は中々出来ない。
しかし、今まさにその体験をしているディアナは筆舌に尽くしがたい感動を覚えていた。
「うわあ、綺麗……月に手が届きそう」
いつもより月が近く感じるディアナは月に向かって手を伸ばす。
「これがいつもアルさんが見ている景色なんですね」
「今は夜だけど、昼間だったら野生の鳥を近くで見たりできるよ」
「ふぁあああ」
ディアナは言葉にならない声を漏らす。
空から見る景色を目に焼き付けながら自身を抱いているアルをチラリと見る。
こんな贅沢をいつでも出来るアルを羨ましく思う。
「あの、今日は我儘を聞いてくれてありがとうございます。出来ればなんですけど、またこうやって空の景色を見せて貰えると嬉しいです」
ディアナは思い切って我儘を言うことにした。
1度見たら病みつきになる空中散歩を味わったのだ。
そうなるのも無理はない。
アルはにこやかに笑う。
「いいよ。また来ようか」
2人は顔を見合わせて微笑み合う。
この空の旅はディアナが満足するまで続いたのだった。




