19話 タール村
アルはタール村に向かって飛んでいた。
馬車で半日近くはかかる道を一時間で着くペースで羽ばたいている。
その姿は相当に目立つものであるが、アルの存在に気付く者はいない。
隠密
気配を遮断し、他者から姿が見えないようにする魔術である。
これを使っているためコソコソ隠れることもせず堂々と大空を羽ばたいていても、その姿を捉えられる者はいない。
アルは時々ロック鳥なんかともすれ違うが、見つかることも無いため快適な空の旅を楽しんでいた。
そうこうしているとタール村も見えてきたため地上に降り立ち、歩いて来たことを装う。
村の入口には見張りのような男が立っていたので話しかける。
「初めまして。依頼を受けたアルと申します。村長に取り次いでもらってもよろしいですか?」
「依頼だと? 証拠を見せろ」
随分な物言いにムッとしながらもそれを一切顔には出さず依頼書を見せる。
男は依頼書をまじまじと見て、何も言わずに村に入っていき、しばらくすると、戻って来た。
「村長がお呼びだ、付いてこい」
礼儀がなってないなと心の内で悪態をつきながら着いていく。
案内されたのは村の中で1番大きい家だった。
中に入ると40代くらいの男が出迎えてくれた。
「初めまして。私がこの村の村長を務めておりますダリルと申します。本日は依頼を受けて下さるということで誠にありがとうございます」
「初めまして。アルと申します。依頼について詳しく話を聞きたいのですがよろしいですか?」
アルはダリルに依頼について詳しく尋ねる。
村長が嘘をついているのか、それとも他の人かは分からないがこの依頼には誰かの悪意が関わっている。
それを見極めなければならないアルは村長のダリルに揺さぶりをかける。
「村の周りを彷徨いている魔物はレッサーウルフとの事ですが、間違いはありませんか?」
「はい、そのように聞いております。退治しようとしたところ連携を取って反撃され失敗したようです」
「怪我人は?」
「いないと聞いております」
アルは村長ダリルは白だと確信する。
ダリルの話は全て伝聞系なのだ。
それに誰かが意図的に情報操作している痕跡がある。
しかしそれもお粗末なのだ。
レッサーウルフは群れで行動するが、連携をとるにはリーダーの存在が必須だ。
やはりリーダー個体がいるのは確実だろう。
「分かりました。では罠を仕掛けた場所に案内して頂いてもよろしいですか?」
「分かりました。こちらです」
案内された場所には、落とし穴があった。吊るされている肉には噛みちぎられた跡もあり、その周りにはウルフの足跡らしきものもある。
しかし、その中にはどう見てもレッサーウルフのものではない大きな足跡がある。
「ありがとうございます。では僕はこのまま警戒にあたりますので」
何か手伝えることはないか、とダリルに聞かれたがかえって邪魔になるため家に帰ってもらう。
(あの見張りが怪しいな)
アルは誰が村長に嘘をつき、裏で情報を操っているのかを考えていた。
正直ダリルも怪しいには怪しいがアルはそれはないと思っている。
メリットがないのだ。
村長たるもの、村を守る責任がある。
ギルドの信用を失い、依頼を受けてもらえないなんてことになったら困るのだ。
念入りにダリルに質問したが特に嘘をついている様子は見られなかった。
しかし収穫もあった。
態度の悪い見張りの男。
その男がダリルと依頼のすり合わせをしている際かなりの殺気を放ち睨みつけてきたのだ。
特にレッサーウルフについて聞いた際には酷く動揺しているようにも見えた。
村長ダリルが主導で行った不正ではないことは確かだ。
なので依頼を完了させてから犯人を炙り出すことにしたアルは準備に取り掛かる。
「隠密、反響」
初めから姿を見せていては警戒して出てこないかもしれないので念の為姿を消しておく。
そして索敵魔術でウルフの反応を探る。
そうしてしばらく待機していると魔物の反応を確認した。
5匹のレッサーウルフが姿を現す。
だがアルはもっと強大な反応を捉えていた。
シャドウウルフ。
ブラックウルフの突然変異種である個体がそこにはいた。
アルは良くない予感が当たってしまったことにため息をつきながら、飛び上がる。
幸いにも、まだアルの姿は補足されていない。
先制攻撃でレッサーウルフを片付けてしまおうーーそう考えているとゾクリと悪寒を感じる。
シャドウウルフと目が合ったのだ。
見えていないはずなのに、視線はアルを捉えていた。
(気付かれたか?)
(匂いでバレたっぽいですねー)
アルは油断していた。
狼の嗅覚を侮っていたのだ。
シャドウウルフは見えてないアルに飛びかかり爪で切り裂こうとする。
アルはすんでのところで回避する。
しかし隠密が効いてないことが明らかになった。
魔術に関してはいくらでも調整出来るが、気付かれてしまってはもう遅い。
アルは隠密を切り、姿を見せる。
状況は最悪だ。
アドバンテージを失い、警戒された状態でシャドウウルフと対峙することになったアルは冷や汗が首筋を伝うのを感じた。




