17話 品質
アルはボア討伐の依頼を受けていた。
前回作り出した反響を使い、ボアの位置を割り出し、それを上空から見下ろしていた。
その背中に展開されているのは吹雪の翼。
アルはその翼を振り下ろすために大きくあげ……そしてそれを力任せに振り下ろすなんてことはせずにゆっくりと下げた。
「凍らせると面倒臭いよね」
ふと呟いた言葉。
それが攻撃を中断した理由である。
遡ること数分前。
ボアを討伐するにあたって、どのような攻撃手段を用いるかの議論がなされていた。
(燃やすのは楽ですけど……ボアではちょっと勿体ないですね)
「そうだな。同じ理由で悪魔の手も却下だ」
では何を理由に却下されたのか。
それは素材である。
ボアはゴブリンのような売れるところがない魔物と違い、皮も肉も素材として売れる魔物である。
だが灼熱の翼で焼き尽くしたり、悪魔の手でちぎったりすると当然査定は下がる。
以前は火力云々で盛り上がっていたが、冷静に考えた時、その選択肢は一瞬で消え去った。
故に凍らせるということで落ち着いたのだが先程のアルの一言で振り出しに戻ってしまった。
「凍らせると溶かすのが面倒くさい」
(では燃やしますか?)
「確かにそれは楽だけど」
(はぁ、では新しいの作りますか?)
「そうするかー」
綺麗に倒せる魔術がないならば、作ってしまえばいい。
今のアルにはそれが可能だ。
「傷を付けたくないから風と岩はダメ。焦がしたくないから火と雷もダメ。土は分からない。水が安牌かなあ」
氷は面倒臭い。
その他にも理由を付けて除外していき、最終的に水が選ばれた。
(まあ、妥当ですね)
「後はどういう形にするかだな」
アルは考える。
どのように倒せば素材が綺麗に残るか。
(水で覆って息の根止めてしまえばいいんじゃないですかー?)
「なるほど。確かに生物である以上呼吸を封じれば気絶、やがて死に至るか」
(ですです)
ソフィアの案は中々魅力的である。
その方法ならば素材を残したまま魔物を葬れる。
最悪人間を相手取る際も殺さずに気絶させることが出来る。
「じゃあそれで」
後は簡単だ。
イメージすればいい。
その結果を取り出すのだから。
新魔術が出来上がったため、アルはボアに近づき、たった今完成したそれを試す。
「水獄の堅牢」
アルが作り出した水が渦巻くようにボアを囲い込み、その檻に閉じ込めていく。
絡みつくような水に覆われていくボアは逃げ出そうと奮起するものの、時すでに遅し。
全身を水の球体に閉じ込められたボアは、プカプカと宙に浮いていた。
ゴボゴボと空気の泡を吐き出すしかないボア。
呼吸を封じられたボアは、文字通り息の根が止まった。
アルが魔術を解除するとバシャリと水が地に落ちる。
「どう?」
(悪くは無いですね。状態もいいんじゃないですか?)
中々いい出来にアルも満足している。
ソフィアも言った通りボアの状態は綺麗だ。
アルは解体用ナイフを取り出し、素早く血抜きと剥ぎ取りを行う。
(手慣れてますね)
「たくさん練習したからね」
素材の剥ぎ取りはかなり練習した。
それこそ本職に頭を下げて教えを請い、身につけた技術だ。
無能と呼ばれていた頃のアルでも、自慢出来ていた技能の一つだ。
手早く剥ぎ取りを終え、ボアを皮と肉とそれ以外に分けると、爆炎でそれ以外の部分を焼き尽くしていく。
それが終わったら再び反響を使い、ボアを探していく。
こうして規定の数ボアを仕留めたアルは笑顔で帰った。
◇
ギルドの受付嬢は驚愕の表情を浮かべる。
アルが出した討伐証明が原型を留めていたからだ。
ここ最近アルが持ち込むものは焦げていたり、ちぎれていたりと、ろくなものがなかった。
それが今日、非常に綺麗な状態で提出されたでは無いか。
本来ならそれが普通のことであるにも関わらず、一種の感動を覚えてしまう。
「凄い、ようやくまともな……」
口元を手で抑えて震えている。
「大袈裟ですよ」
「いえ、大袈裟ではありません。ここ最近のアル様が持ち込んだものは見るに堪えな……いえ、酷いものでしたので」
「あ、そうですか……」
自覚はあったものの、ここまでハッキリと口にされると心にくるものがある。
だがそれも今回限りだ。
次回からの依頼でも、この品質を維持出来るだろう。
「ありがとうございましたー」
良い状態の素材買取が加算された報酬を受け取ったアルは、機嫌を直して帰って行った。
響きがいいから堅牢ってしてますけど、これそういう意味の単語じゃないんですよね。
とりあえずいいの思いついたら変えると思いますが、一旦保留ということで。




