16話 語られる真実
「確かにそれは私も気になるね」
カイの問いかけにリーシャも同調する。
アルは少し黙り込んだ後、覚悟を決めた顔で話し出す。
「僕は無能と呼ばれてました。それは剣も魔術も使えなかったから。カイさんは耳にしたことがありますよね」
「ああ、でも単なる噂だろ?」
「いえ、正しいんです。僕は実際剣もろくに扱えないし、魔術も使えませんでした」
「でも今は使えるじゃねーか」
「はい。今は。そこでいつから使えるのかというところに戻ります」
アルは自身が魔術に目覚めるきっかけとなった出来事を思い出す。
「それは、ある依頼を受けていた時のことです。その迷宮に潜り、依頼対象の魔物を倒し、帰ろうとした時でした」
アルは自然と握る拳に力をこめる。
「僕は突然、パーティリーダーのデリックからパーティ追放を言い渡され、そこで襲われ気絶しました」
けれど表情は決して変えることなく淡々と話していく。
「目を覚ました時に周りには誰もいませんでした。気絶してる間に魔物の餌になってなかったことに安堵しましたが、それでも状況は悪いままです」
「そこにいる魔物には無能の僕ではどう頑張っても勝てるはずがありません。ひたすら魔物に出会わないことを祈って出口に向かっていましたが、ついに魔物に出会ってしまいました」
カイとリーシャはゴクリと唾を飲み込む。
「その魔物はブラックウルフでした。その時僕は死を感じました。」
「そして思ったんです。どうして僕がこんな目に合わなければならないんだろうって。何も抵抗出来ずにただ無惨に殺されなければならない自分が悔しかったです」
「僕だって好きで無能でいるわけじゃないのにどうして、その問いの答えを求めました。その時にカチリと何かがハマるような音を聞いたんです」
「その時に分かったんです。僕は無能じゃないって。この魔術の使い方が分かったんです。その力を使って僕は何とか生きて帰ることが出来ました」
「ということなのでカイさんの問いに対するこた――――」
そこでアルは苦しさを覚えた言葉を中断してしまう。
身体が締め付けられるの感覚に驚く。
気付くとカイとリーシャに抱き締められていた。
「カイさん? リーシャさん?」
「悪かった。興味本位で聞いていい話じゃなかったな」
「辛い思いをしたね。話してくれてありがとう」
2人のアルを抱きしめる力が強くなる。
「あの……どうしたんですか?」
2人の行動の意味が分からないアルは口だけを動かし尋ねるが、答えは返ってこない。
そこでアルは自身の視界がぼんやりと滲んでいくのに気が付いた。
アルの目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。
裏切られ、置いていかれ、殺されかけ、すり減った心が叫びをあげていた。
だがアルはそれに蓋をして聞こえないふりをした。
しかし、その慟哭はアルの予想以上に膨らんでいた。
パンパンに膨らませた風船のようになったそれは、ちょっとしたきっかけで割れてしまう。
そして、たった今破裂したそれは感情の波となり、溢れ出した。
「あれ……? どうして……?」
アルは止まらない涙に戸惑いを隠せない。
しかし、不思議なことではない。
どうして決壊したダムから水が流れ出ないことがあるだろうか。
「いいから泣けよ」
「ここには私達しかいない」
カイとリーシャは必死に涙を抑えようとしているアルに、優しく甘い言葉をかける。
アルは泣いた。
涙が枯れるまで啜り泣いた。
その声にならない叫びを受け止める2人は、まるで我が子を見るかのような顔でアルを見守っていた。
◇
◇
「お見苦しい姿をお見せしました」
涙が止まり、落ち着いたアルは照れくさそうにしている。
「しかし、それだけの仕打ちを受けておいてよく復讐に走らなかったね」
「彼らに復讐したところで特に意味はありませんから」
その言葉にリーシャは愕然とする。
「彼はいつもこんななのかい?」
「ああ、妙に大人びてやがる」
アルの子供らしからぬ言動に驚いたリーシャはカイに普段のアルの様子を尋ねる。
カイとしても、アルの年相応の姿を見たのは、片手で数えられる程だ。
「まあいい。とにかく、今日は君に会えてよかった」
「僕もリーシャさんにお会いできて嬉しかったです」
「もし、王都に来ることがあったら是非私の研究所を訪ねてくれ。歓迎しよう」
「その際は是非」
アルはリーシャに差し出された手を握る。
「では、また会える日を楽しみにしている」
リーシャはそう言い残し、軽やかな足取りでギルドを後にした。




