第6話 ハウジング領地の購入と、和泉の一歩
ハウジング領地の値段を半額にすることが出来るという、天候変化クエスト。それがネクロアイギス王国で見つかったそうだ。
制限時間8分――いや、5分の船旅を考慮すると実質3分。道中では路上に怪我をしているゲームキャラクターが登場し、ヒーラーで回復魔法をかけると1分制限時間が延びる。制限時間内であれば、ハウジング領地が半額で購入出来るクエストらしい。
「じゃあ、ふすまさんは希望通り半額で買えたんですね。僕にハウジング領地の購入の順番がきましたし」
「だね。どうも船で無差別ヒールテロしたせいで、船を下りたら船長から制限時間がごっそり減らされるペナルティを受けて、ジャスト0秒の奇跡の滑り込み購入を決めたそうな。配信盛り上がっただろうなぁ。楽しそう」
∞わんデンは笑いを含んだ明るい声音でツカサに尋ねる。
「クエ、チャレンジします? ちなみに錬金アイテムの頭痛薬が必要。その頭痛薬、現在マケボではえらい高騰しているってさ」
「あ、えっと……」
《『雨月』から『頭痛薬HQ』のトレード申請を受けました。承認しますか?》
「雨月さん」
「頭痛薬なら捨てようと持っていたドロップ品がたくさんある」
「雨月君、そのドロップ相手は人名の――あ、いや何でもないです。俺にもください。お支払いは少し前のマケボ正規値段の50Gでも良い?」
「はい」
「オッケー。本来、頭痛薬は安値の消耗品アイテムだし、ツカサ君も気軽にいただきましょうぞ」
「チョコもほしいです!」
「わ、私も……」
全員、雨月から『頭痛薬HQ』をお金を払ってトレードしてもらった。
遠くのふすまがムクリと起き上がる姿が目に入る。彼女はこちらを見ると、誇らしそうな表情で口角を上げて親指をグッと立てた。
(ふすまさん、おめでとうございます)
ツカサも真似て親指を立てる。すかさず∞わんデンが「自分に親指の先が傾いていたら、ちょい意味が違ってきますよ」と教えてくれた。
それから、西の『山に何かが隠された領地』と記載があったハウジング領地に急いで向かう。いざ自分の購入順番がきて、後ろに待っている人がいると思うと気が急いてしまう。∞わんデンからは「大きな買い物なんだから、他の人間は気にせずじっくり選べばいいよ」と言われたが、そうはいかないと思ってしまう。
目的の領地に近付いていくと、遠目からも無骨な小麦色の高い山が見えていて、起伏の薄かった他の領地との地形の違いが顕著だ。段々と山の姿が大きくなっていくと、目を輝かせるチョコのようにツカサもワクワクしてきた。
∞わんデンはそれよりも通り過ぎる南西のハウジング領地を眺めている。
「おっと、山の公爵領のお隣ってば辺境伯領か。隣接している訳じゃないけど、ご近所さん。これなら人通りに関しては、山の公爵領は過疎とは無縁の位置かもしれんね」
「辺境伯領は、ネクロアイギス王国から橋が架かる場所みたいですよね」
「橋は良さげだけど、固定の大通りの道が領地内を横断するのが確定だろうし、自宅の前を他のプレイヤーに通行されるってことが嫌な人間にはキツい立地かもね」
「嫌、ですか?」
「普通のハウジングだと、プレイヤーに自宅の庭を勝手に歩かれたりすると怒る人間はいるかな。まぁ、プラネのハウジング領地は、他プレイヤーがいるのが前提の広さっぽいけどねー」
目的の場所に辿り着く。事前に見学した『空から何かが飛来する領地』とされる公爵領と同じ広さがある。その領地の購入用のシステムブラウザで、家を建てられる場所を確認すると隅の山の上だった。
北側と西の海側と思われる辺りは壁のように山々が連なる。その角の北西の頂上に平たい土地があり、そこから山の形に添って下へと続く緩やかな坂道があった。ツカサにとって馴染み深い、山の中の道に似ている。
全員で頂上へと登った。頂上はかなりの範囲の大陸が見渡せて、開かれた視界の広さが圧巻だ。
チョコが言葉もなく、微かに口を開けた状態で広大な景色を眺めている。和泉も頬を染めて興奮気味に頂上の広い敷地を見渡した。
「昔のお城の場所みたい! 山の上の天空城になるね……!」
「ここすごく眺めが良いですよね!」
和泉とツカサが意気投合している隣で、∞わんデンと雨月は山の下を覗き込む。
「ふむ。辺境伯領の様子も観察できるし、この立地ってさぁ……」
「弓術士でPKがしやすそうですね」
「それそれ。芋スナの高台よ」
∞わんデンは雨月に顔を向けて人差し指で指差し、嬉しそうに頷いた。
「今はプロやってるマギシって奴がさ、その芋スナプレイでよくチームの足を引っ張ってたわ。前線押し上げる時に動かない奴ってマジ迷惑だったなぁ」
「……マギシという人は、知人なんですか?」
「うんにゃ。今となっては声かけられる前にブロックする間柄。もしプラネにいたら、見かけ次第PKしちゃうだろうな、きっと。自分でも呆れるくらい粘着質なんだよねー。目の前にいない場合は空気で存在を忘れているんだけど、目の前をうろつかれたら排除しなきゃ気が済まないと思う」
「――俺にも、昔いました。そういう相手」
「ほう? 相手は自分をPKした奴?」
「はい。神鳥獣使いになる度にキルされました。【脱獄覇王】の称号を手に入れてから、そのプレイヤーがプラネからいなくなるまで執拗にキルし続けたんです」
「それ、特定プレイヤーへの粘着ログイン妨害で悪質。アカウント凍結されなかったの?」
「【成就せし復讐】と【無罪となった極悪人】の称号が取れたので、相手が赤色ネームで自分を一定数キルしていた相手なら平気です」
「復讐推奨だと……。ヤベー闇の仕様を聞いてしまった」
「もしかしたら黄金ネームだからだったかもしれません」
「赤色ネームへの冷遇にガチめの闇を感じる。正木洋介はPKに親でも殺されたんかい! ――いや、殺されかけたのか。運営的な意味で」
∞わんデンはさりげなく、雨月の足下にいるコウテイペンギンの雛を一瞥する。
「ひょっとして、嫉妬だったのかな」
「俺にはわかりません」
「スッキリした?」
「当時は」
「案外、爽快感って一瞬だけだよね。軽くはなるけど、消えない。だから線引きを決めてる」
「線引き……?」
「俺の場合は、マギシが俺が遊んでるゲームの視界内に入ってきたら容赦なくゲーム内でボコる。以上!」
ファイティングポーズを作って拳を突き出す∞わんデンは不敵に笑う。雨月は釣られるように顔をほころばせて笑った。
(雨月さん……)
近くで語られる話に耳を傾けていたツカサは、共感出来ないことに寂しさを感じた。自分は同じ目に遭っても、∞わんデンや雨月のようにやり返そうというたくましい意志は湧いてこないだろう。
(わんデンさんがいて良かった。きっと、雨月さんとも話が合うから)
ツカサだと、どうしても人と争うPKなどの話は出てこない。でも∞わんデンとなら、雨月はその方面の話が出来る。どんな分野も、人と話したいことは必ずあると思う。
その後、他の公爵領2つも見学した。
北西の『雪解けのない湖畔の領地』は、不思議なところで領地内の地面が雪に覆われていて、大きな中央の湖が凍っていた。和泉は雪景色に喜んでいたが、ツカサは現実の山の朝霜の寒さが少し苦手なので、あまり心惹かれる場所ではなかった。∞わんデンも目を細めて一言「眩しい」とあまり乗り気でない感想をこぼす。
チョコは湖の氷をコンコンとノックしてから、渋面で仁王立ちしていた。やはり湖なら凍ってない方がいいのだろう。さらにカワウソとコウテイペンギンの雛が目の前を滑っている姿に、口元をきゅっと引き結んでいた。
北東の『水源のない大河の領地』は、独特な場所で領地内を大きな川がブツ切りに横たわっていた。源流もなければ、最後は海へと流れてもいない。切り取ったような謎の大河である。∞わんデンが「マイクラの無限水源かよ。このグラでシュール……」と呟いていた。
チョコと和泉、そしてツカサは、川で沈むカワウソの隣でコウテイペンギンの雛が浮いている事実に衝撃を受けた。
「色々見てきたのですが、『山に何かが隠された領地』の公爵領を買おうと思います」
ツカサの言葉に、和泉とチョコがパチパチと賛同の拍手をしてくれた。
∞わんデンが確認する。
「半額クエはする?」
「ネクロアイギス王国から始まるんですよね。たぶんそこには今、人がいっぱいいるんじゃないかって思います。僕が2番目だって皆に言うようなものだから……恥ずかしいので、やめておきます」
「そっか。じゃあ8分、俺に時間をくださいません? ネクロアイギス行ってクエやってくるから」
「え?」
「ツカサ君、傭兵団で購入するでしょ。だから団員がやったら、団長のツカサ君に購入時にクエ補正入るのでは? っていう、まぁ検証ですな。パーティー組んでるのも保険になるかな。意味なかったら待たせるだけになるので、ごめんね。だがしかし、明日投稿する動画を撮りたい!」
「わかりました。頑張ってください」
「応ともさ」
「待ってくださいです」
チョコがバッと手を振り上げる。勢いが良すぎた反動で身体が半周回ってしまい、∞わんデンの方ではなく、雨月に向かって声を上げたかのようになってしまった。
しかし、チョコはめげずにキリッと太眉を上げてハキハキと告げる。
「チョコもやります! 勝負です!」
雨月は、スッとチョコの前から横に移動した。∞わんデンが腕を組んで「ふふふ」と含み笑いながら、チョコの前へと移動する。
「チョコさん、平人種族の俺に勝てるとでも? その潔さ良し! いざ勝負!」
「はい、チョコの本気を見せます!」
チョコが職業を変更した。隣に、白いフサフサとした綿毛で顔が黒い60㎝ほどの鳥が現れる。
「ニワトリの神鳥獣使いで挑みますっ」
「ニワ……トリ……?」
∞わんデンと和泉が目を白黒とさせた。赤いトサカがない鳥がいるのだ。その鳥は首を伸ばして「コケコッコー!」と鳴いた。
「ウコッケイだ!」
ツカサは声を弾ませて喜んだ。チョコが得意そうに「チョコは《ランダム》の賭けに勝利したのです……」と胸を張って額の汗を腕でぬぐう仕草をした。
「ちょっと待って。ウコッケイって、あの烏骨鶏? ……エェッ、こんな姿なんだ!?」
∞わんデンは驚いたままチョコのウコッケイに近づき、無造作に持ち上げる。ウコッケイは大人しかった。
「お、おお……こんな感触か。ってか相変わらず重さがないのにリアルな感触があるのって不可思議生物感が……。いやまぁ、重量がないのは実にゲーム的で良いんだけど、頭が混乱するわぁ」
「ではネクロアイギスにいきます!」
「うむ。あ、ツカサ君。購入ブラウザ前がゴールね。そこにどっちか辿り着いた時に、購入してみてくださいな。よろしゅうに」
「はい」
チョコと∞わんデンがテレポートして消えた。
それから時を待たずに、ピロンッ! とSE音が鳴って、カウントダウンの数字が空中に現れる。
「僕にも制限時間が表示されました。けど、詳しいお知らせがないんですね。雨月さん達にも見えていますか?」
「いや、見えていない」
「傭兵団で購入が出来る団長だけなのかも。お知らせがなくて不親切なのは、クエストがソロ用……? だからなのかな」
残されたツカサと和泉と雨月の3人は、地面にゴールの線を足で引いて、その流れで何となく地面に文字や絵を描き始める。
和泉は木の枝、ツカサは釣り竿の角で、赤いトサカのニワトリの絵を描いて見せ合う。雨月は彗星を模した綺麗な杖を取り出して、点とぐにゃぐにゃの線を交互に描いていた。
「それはなんですか?」
「鶏の声だな」
和泉がその点と線を覗き込んでジッと見つめてから、五線譜を描いて音符をつけたものを長々と描いた。
「その音の絵から生まれた曲がこちらだよー」
「鶏の曲か……」
「わあ、すごい!」
「へへっ」
はにかんだ和泉は俯いた。地面の楽譜を見つめながら、ポツリと呟く。
「……あ、あのね。この大陸ってやっぱりオープンベータから遊んでいる人ばかりが来て……いるよね。ふすまさんも、あの牙さんも」
「そうですね」
「ツカサさんと和泉さんもだろう」
「う、うん。でもこの大陸のね、ハウジング領地って……優先権もそうだけど、高額の領地は正式版からの新規の人が買えるものじゃないし、これってやっぱりベータ版からずっと『プラネット イントルーダー』シリーズを支えていたベータ版プレイヤーへの最後のご褒美だと思うんだ。だから――」
和泉は青空を見上げた。
「私、譲れるなら優先権を譲りたい。その、このゲームのイベントを遊ぶのに、協力してくれた人に。ツカサ君と知り合えたのも、雨月君とチョコちゃんとだってこうやって話せるのも、プラネが今もここにあるから……ベータ版プレイヤーのおかげだから」
(和泉さん……。それじゃあ、ずっと購入で悩んでたんだ)
和泉がたまに上の空だった理由を知れた。何か嫌なことがあったのではないかと密かに心配していたのでホッとする。安心したツカサとは対照的に、雨月の瞳は心底不思議そうだった。
「あまり、そんなふうに考えたことはなかった」
「雨月君は当事者だからだよ。PK事件の……部外者の私は、やっぱりモチベとかゲームの機材費や維持費とか……作り手側に立って考えちゃう。きっと残ってくれていた人達のおかげで、プラネは何とか維持されてて、でもそれもこの規模だから赤字だったと思うんだ。
けど絶対に、残り続けて遊んでいるプレイヤーがいたからこそ、1年間終わらずにいたんだ。早くに終わらせる権利が、製作者にはあったよ。私なら……へこんで半年もしないうちに公開をやめて消えてるだろうなって。負債を抱えると身動き出来なくなるから、怖いし」
「……経験が?」
雨月の疑問に、和泉は苦笑する。
「楽器や機材って高いんだ。あ、私は……わんデンさんとツカサ君は知っているんだけど、えっと実は音楽の仕事をしていた時期があって。今はもう関係ないけど、最初に会社からやりたくないことを言われた時に『やめる』って選択が、月々の返済があったせいで出来なかったんだ。けど、あれが……自分の都合のための選択が、本当に良くなかったんだろうなって、今は思ってる」
続けて和泉は「今も全然身動き出来てないんだけどね」と言いながらも、その表情は晴れ晴れとしていて明るかった。
その時、遠くから走ってくる∞わんデンの姿が見えた。「わんデンさん!」と大きく手を振って迎える。
「ゴール!! 残りタイム30秒ー、危な!」
「あ、あれ? チョコさんは」
「ツカサ君、購入購入」
「!! はっ、はい!」
ツカサは急いで購入用のシステムブラウザに触れる。
《ここは『山に何かが隠された領地――【公爵領】1億G』の土地です。現在1億Gが減額され、5000万Gで購入出来ます。購入しますか?》
《傭兵団『アイギスバード』での購入》 《個人『ツカサ』での購入》
ツカサが《傭兵団『アイギスバード』での購入》をタップする。再度、購入について尋ねる文言が出た。
《『山に何かが隠された領地――【公爵領】1億G』の土地は『採集○、天災×、ホラー×』です。本当に〝傭兵団『アイギスバード』〟で購入しますか?》
《はい》 《いいえ》
勢いで直ぐに《はい》を選んだ後に、ツカサは目を瞬かせた。
(今、ホラーがどうとか?)
「半額で買えた?」
「はい! わんデンさん、ありがとうございます」
ハウジング領地の購入システムブラウザが消えて、パチパチパチ! と拍手喝采の音と紙吹雪が舞った。
ツカサのメニュー欄に、新たに《ハウジング領地》の項目が増えている。
――アイギスバード公爵領―― と目の前に大きな文字が表示された。
「名前が!?」
「へぇ、購入者の名前が地名に反映されるのか。地図にも記載されてるね。これ個人名義で買うのはちょっと――ゲホッ」
∞わんデンが肩を震わせて、大笑いしそうになるのを堪えていた。左上の大陸地図の南東に『ころも連盟公爵領』の名前が出現している。
「語呂と語感が渋滞してて腹痛い」
ツカサは《ハウジング領地》の項目に、《譲渡》を見つけた。
「和泉さん、他の人に領地を渡せる項目がありました! ただ、『1度でもハウジング領地を譲渡したアカウントは、2度とハウジング領地が購入出来なくなる』って注意書きもあります」
「ありがとう、ツカサ君!」
和泉は「わんデンさん!」と意気込んで叫び、∞わんデンにガバッと頭を下げた。
「お金を貸してください……!!」
「へ?」
目を丸くする∞わんデンのように、ツカサも驚いた。
(負債は怖いって、さっき和泉さん言っていたのに……。それぐらい感謝してるんだ……)
「いいけど、おいくらほど?」
「2000万……いや、4000万……6000万ぐらい」
「増えてる増えてる。ほい」
あっさりと6000万Gをトレードされて、和泉はポカンと∞わんデンを仰ぎ見た。
「り、理由……聞かないんですか。個人でハウジング領地を買わないって、わた、私、事前に言っていたのに」
「俺、和泉さんの保護者じゃないからね。好きにしなよ」
∞わんデンは素っ気なく言う。
和泉は、へにゃっと泣き笑いの表情で笑った。
「十分、頼りっぱなしにさせてもらってる」
「ええい。用があるなら、さっさと行きなされ」
「あ、ありがとうございます!」
和泉はテレポートをしていなくなった。
ちょうど、すれ違うようにチョコが戻ってくる。凜々しい表情のチョコは、びしょ濡れだった。
「チョコさん、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「チョコはチョコ・クルーソーになり損なったのです。だから平気です」
「くるーそー……?」
「チョコさん、海に落ちちゃったんだよね」
「ええ!?」
∞わんデンに促され、ここまでのチョコの脚色された冒険話を聞きながら、皆でアイギスバード公爵領の自宅が建てられる山の上の土地へと向かう。
ハウジング領地内では、PK・PKK不可の設定を外さない限り、所有者――傭兵団で購入した場合は、傭兵団の団員全員が黄金ネームのPK武器でもキルはされない。完全な安全地帯の仕様となっていた。




