第5話 ハウジング領地のぶらり見学
《大陸領地マップ
・『海から何かが漂着する領地――【公爵領】1億G』
・『空から何かが飛来する領地――【公爵領】1億G』
・『山に何かが隠された領地――【公爵領】1億G』
・『雪解けのない湖畔の領地――【公爵領】1億G』
・『水源のない大河の領地――【公爵領】1億G』
・『大陸間の橋を持つ領地――【辺境伯領】9000万G』
・『ネルグ北の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ北東の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ北西の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ東の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ西の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ南の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ南東の領地――【侯爵領】8000万G』
・『ネルグ南西の領地――【侯爵領】8000万G』
・『トゥルーホーリー帝国城がある領地――【侯爵領】8000万G』
・『トゥルーホーリー帝国教会がある領地――【侯爵領】8000万G』――……》
この後もシステムブラウザの《大陸領地マップ》は下にスクロールでき、たくさんの領地名が続いていく。《【伯爵領】6000万G、【子爵領】4000万G、【男爵領】3000万G》は、侯爵領の倍以上の土地数があったが、領地名と場所の数字がついているだけでどんな領地なのかの記載は一切ない。
∞わんデンが難しい顔をしてうなった。
「伯爵領からはハズレかね。普通の三国ハウジングだとL・5000万、M・2500万、S・1000万、SS・200万でしょ。あっちのLより高額なのになぁ」
「その分、伯爵領は既存Lより土地が広くはあるんですよ……!」
いつの間にか雨乞いエモートを止めたふすまが、グッと親指を立てて言う。しかし、ふと何もない空中に目をさまよわせ、急にテレポートの態勢に入った。
「フレに呼ばれたので失礼します!」
「あ、はい」
ツカサが消えるふすまに手を振る隣で、∞わんデンが「『フレに呼ばれた』って」と何故か肩を震わせて笑っていた。結構、∞わんデンは笑い上戸なんじゃないかと思う。
ツカサは和泉達に向き直り、改めて考えを口にする。
「折角なので、1億Gの公爵領のどこかを買いたいと思います」
「おー、いいねぇ」
∞わんデンが軽い口調で賛同してくれる。チョコも真剣な面持ちで頷いてくれて、和泉は目を丸くしてびっくりしていた。気持ち、トカゲの尻尾がピンと上に上がっている。
表情を変えることのない雨月はツカサに尋ねた。
「手持ちはあるのか?」
「あります」
「あれま。じゃあお兄さんの出番なしか」
∞わんデンの発言に、和泉が一瞬目を泳がせたのにツカサは気付く。
(和泉さん?)
「じゃあ、直接見に行こうか。ツカサ君、もうここが良いって場所ある?」
「あ、いえ……。でも、『何かが』って説明についている場所が気になります」
「チョコもです!」
「ここ以外は、『空から何かが飛来する領地』と『山に何かが隠された領地』か」
「山……」
ツカサと∞わんデンは目を見交わして苦笑いした。山に囲まれているのが常日頃の馴染みの風景なのだ。
身近にあるものは微妙かもしれないと思っていたら、
「山!」
と少し興奮気味のチョコの声が上がった。
ツカサにとって当たり前のものが、どうやらチョコにとってはそうではないようである。
「近い方から順番に見にいきましょう」
「うん」
道らしき色の土の上を歩いて北上する。皆で歩き出したが、なかなか目的の場所が遠い。間に子爵領や男爵領のブラウザがある領地を通り過ぎる。パッと見たところ、三国を旅した時に見た村の規模のものが子爵領、三軒ほど家屋が建てられそうな敷地を持つのが男爵領だった。
(男爵領の方、うちの家ぐらいの広さだ)
和泉とチョコが「男爵領も広いね」と話している会話を耳に入れながら、ツカサは現実の家を連想していた。ひょっとして自分の家は大きい家の部類に入るのだろうか。
(でもカナちゃんの家も同じぐらいだと思うし)
トテトテと必死に歩いてついてくるコウテイペンギンの雛の歩幅は小さい。本人は気にしていなさそうだが、傍目にはとても苦労しているように見えて気の毒である。オオルリと違って、飛んで移動出来ないらしい。カワウソは空中を泳いで飛んでいるのに、コウテイペンギンの雛はどうして飛べないのだろうか。
雨月が立ち止まってコウテイペンギンの雛が傍に来るのを待つと、追いついたコウテイペンギンの雛は、雨月をつぶらな瞳で見上げてから何故か雨月の足の上に乗った。
ツカサはペンギンの生態を知らないのだが、ひっつくのが好きなのだろうか。雨月がかがみ込んで腕を広げると、コウテイペンギンの雛がその懐に身を寄せる。それを抱えて雨月は再び立ち上がった。
その拍子にツカサと目が合う。
「すまない」
「気にしないでください。可愛いですよね」
雨月の腕の中を見上げるとネズミ色のフサフサのお尻が見える。ツカサが笑って正面に顔を戻すと、今度は微妙な顔つきの∞わんデンと目が合った。
「その子……要は武器なんだよね? 武器枠にそこまでの可愛さいる?」
「どうしてですか?」
「いやぁ、だって不便じゃないのかい、雨月君」
「いえ」
「そう? テイムモンスターじゃないんだし、例えばシマリスなら『リス』って鳴くぐらいでいいと思わんかね」
∞わんデンの何気ない言葉がチョコの琴線に触れた。太眉を上げて眉間に深い皺を作る。
「……シマリスは『リス』なんて鳴かないのです」
「えっ」
虚を突かれた様子の∞わんデンに、ツカサは申し訳なさそうに話す。
「あの、わんデンさん……本物のリスは『チチッ』って鳴くんです……」
「いやいや、ツカサ君!? 俺だってわかってたよ、あの鳴き声がおかしいってことぐらいはね!?」
慌てて言いつのる∞わんデンへの、チョコの視線は厳しい。
「わんデンさんは、動物エアプレイだったのですか」
「動物エアプって何!?」
「チョコに任せてくださいです」
「あ、いやあの、ちょっと!? 動物動画をメールで怒濤に送ってくるのはヤメテ! そもそもチョコさん、エアプの意味間違ってません!?」
「知らないのに知っている風に話すことです。掲示板で学んだのです」
「おーし、微妙にズレてんなぁ! それゲームに適用される言葉だからね!? 本来ゲームやってないってことで使う言葉だからね!」
話の流れで∞わんデンが、動物園や水族館に1度も行ったことがないことが判明し、和泉やチョコに酷く驚かれていた。実はツカサも行ったことはないのだが、流石に∞わんデンのようにロボット以外の動物をほぼ見たことがないという訳ではないので黙っていた。
(そういえばわんデンさん、オオカミさんの扱いが適当だって宮本サンに怒られていたっけ。ロボットかどうかじゃなくて、ただ動物のことがわからないんじゃないかな)
何でも知っている人だと思っていたので意外な一面を知ったと思った。
賑やかな道中、ツカサは和泉がどことなく心ここにあらずな様子に気付く。やはり領地の値段を見てから上の空だ。
(和泉さん、どうしたんだろう……)
南東寄りの『空から何かが飛来する領地』と紹介されていた公爵領は、平坦な地形の土地だった。小麦色の大地が見渡す限り続く。ネクロアイギス王国の街ほどの広さがある。
ここのシステムブラウザを覗いていた∞わんデンが呟く。
「ありゃ、家を建てられる場所は中央の一画に固定されておるのね」
「本当ですね。余った周りの土地はどうなるんでしょう。庭なんでしょうか」
「いやいや主要都市並に広い庭って! そんな訳ないでしょー。……ないよね?」
「チョコは製作者さんが製作者さんなので何とも言えないのです」
「マジでその可能性も捨て切れないとか、何なんだこのいらない信頼感のあるゲームは」
「中央に家を建てるのって、け、結構目立ちそうだよね……」
和泉が及び腰で周りを見る。「まぁ、色々いじれるんだろうけど、最初は一軒家がポツンとあって目立つだろうね」と∞わんデンが評した。
ツカサと雨月は青空を見上げる。
「ここ、何がやってくる場所なんでしょうか。鳥や動物のテイムモンスターがやってくるなら気になります」
「パライソじゃないか」
「パライソさん?」
「空の交通手段を持っている」
「イベントで宇宙船を出してましたよね。わ、パライソさんが降ってくるのは怖そうです」
「危ないだろうな」
ふと視線を感じたと思ったら、喉に物がつっかえたような顔のチョコと目が合ってびっくりした。
「夢が……団長さんと雨さんは夢がないのです……」
「あ……、すみません」
「わんデンさん! あそこにっ、し、視聴者さん!」
突然、和泉が北の方を指差す。∞わんデンもそちらに視線を向け「あらま。へぇ、意外だなぁ」と言った。
黄色ネームの山人男性『牙』が歩いていた。赤くて長い三つ編みの髪が遠目にもよく目立つ。彼はこちらを視認すると、無言で軽く片手を上げた。ツカサもペコリと頭を下げる。
そして牙は去っていった。
「格好いいですよね」
「ソウダネ」
ツカサの言葉に、∞わんデンも薄目で同意してくれた。和泉がポツリと呟く。
「牙さん、3位なんだよね」
「マジか」
「わ、私が4位だから、たぶん……きっと」
「あれ。ツカサ君と同じ2位じゃないんだ?」
「私のワールドクエストはネクロアイギスの防衛だったので……500ポイントだったから」
「そういえば、彼は地下で初期に700ポイント取ってるって言ってたね。ってか防衛で思い出したけど、スペースデブリサーバーのネクロアイギスは越権で終わって、それでメインの話がどうなったか聞いた?」
チョコがバッと顔を上げて熱く話し出す。
「聞きましたです……! プレイヤーが王様になる展開らしいのです!」
「スピネルとルビーの死亡ルート、あれはあれで面白そうですな」
チョコと∞わんデンの会話にツカサは目を丸くする。
「プレイヤーが王様になるんですか!?」
「ほら、【影の立役者】の称号手前のメイン話でさ、港の地下施設でプレイヤーもスピネルと同じ権限を登録するシーンあったでしょ。あの登録があったから王様になるルートらしいんだよ。
ルゲーティアスもこっちのサーバーでは越権成功だったけど、デブリじゃ防衛されて、博士って呼ばれてるNPCがタイムマシンで現場から逃げたはいいけど重傷で死亡ルートなんだってさ。んで、グランドスルトのルビー枠? なNPCのウィリアムっていうのが存在ごと抹消されましたとさ」
「え!?」
「グランドスルトの若頭さんは、戦争イベントの戦い方で海人バレしてます。デブリのおかげで博士の息子説が確定されたのです。でも、若頭さんの代わりがヤッグスさんだったのでデブリでは非難ごうごうなのです」
「ヤッグスさん!」
ツカサもよく知っているヤッグスは、彫金師ギルドで受付をしている人物だ。
「そりゃ、人気キャラが消滅して不人気キャラがプレイヤーの身内になる話に変わったらねぇ」
「このゲームのキャラ……死ぬことが多いんですね」
「シビアだよね、俺はキライじゃないけど。他のサーバーや国にキャラ作って全部見てみたいかも。まぁ、ぶっちゃけ時間がないからヨソ様のプレイ動画で補完になるな」
話しながら北西へと向かう。大陸を東から西へと横断する形だ。一旦、元の道へと戻る。∞わんデンがその際に、「空の公爵領、大通りの道から外れてるのか。港よりも人通りがない場所になりそう」と立地の短所を指摘した。
横断途中、南の方角に視線を向けると、桟橋から走っているプレイヤーの姿が目に入る。
「ふすまさん?」
彼女の頭上に小さな雲がある。遠目にも、追尾する雲を連れて領地の購入ブラウザへと一直線に全力で走っているのがわかった。つい、足を止める。
(あれはなんだろう)
《ハウジング領地が購入可能になりました!》
《06/02~06/04の3日間、あなたはハウジング領地を購入出来ます。この期間内に手続きがない場合、自動的に優先購入権利は破棄されます》
「!?」
いきなり目の前に現われたアナウンスのブラウザにギョッとする。ふすまを見ると、購入ブラウザの前に滑り込んで倒れていた。
「し……死んでる……!」
「え!?」
「わ、わんデンさん、それはちょっと」
「キルはされてない」
「!! 掲示板です! ハウジングリアルタイムアタックです!」
「チョコさんは一体何を言っているのだ」
首を傾げながら、∞わんデンはシステムブラウザを展開して「ぶふっ」と吹き出した。膝を叩いて大笑いする。
「RTAマジか! マジで言ってんのか! 嘘でしょ!? あはははっ!」
ツカサは目を白黒する。その間に、和泉も素早くシステムブラウザを開いていて驚きと興奮の声を上げた。
「うわっ!? ホントだ、RTAクエ!?」
「どういうことですか?」
「ネクロアイギスで曇りの天候の値段で買えるようになるクエストが見つかったんだって! 購入制限タイム3分! ヒーラーだとさらに制限時間を伸ばせるって! タイムセールだよ、ツカサ君!」
和泉の説明を聞いたツカサは、
「どういうことですか?」
思わず、同じ言葉を繰り返してしまった。




