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後編 メマの正体と、正木洋介の公式生放送

「やわらかーい」


 ふわふわとした大きくて長いシマリスの尻尾を、カナはおふとんのように両腕いっぱいに抱え込んで頬ずりする。

 カナの嬉しそうな姿にほのぼのしている征司の隣では、一歩引いた様子の滋が目を細めていた。


「カナちゃんが年相応にハシャいでおられる……。そういえばハムスターを飼いたいって言ってたっけ。小動物系のネズミの類、好きなのね」

「滋さんは苦手ですか?」

「ネズミどうこうよりも愛でるにはサイズが……。いや、まぁ征司君なら鳥をチョイスしそうなのにシマリスは正直意外性バツグンだったけれども」

「鳥には手がないから運転には向いてないと思って」

「ん、んん?! ……な、ナルホドー?」

「それにシマリスは予備在庫があったんです。この辺りは農家が多いからって言ってました」

「農家=シマリスの印象をゴリ推してくるのは許されないのでは」

「? そうですか?」


 そこに、タッタッと軽快な足取りでシベリアンハスキーの村の警備ロボット・オオカミさんが走り込んできた。メマの前で立ち止まり、その周りを1度ぐるりと回って正面に立つ。


『ウォン!』

『リス!』


 片手を上げて明るく返答したメマに、オオカミさんは尻尾を振りながらも首を傾げた。

 その間にもメマの尻尾は、カナによってロールケーキのように丸められてたたまれていく。

 メマは軽く屈んでオオカミさんに挨拶をした。


われはメマです。こちらの若様の運転手となりました。以後お見知りおきを願います』


 オオカミさんはつぶらな瞳を征司に向けて、ハッハッと舌を出している。

 征司が「そう、運転手のメマさんだよ。今日からよろしくね」と言うと、オオカミさんは笑顔になってお座りした。


「警備に精が出ますなぁ」

『里見さん、またそんな茶化すような喋り方をするなんてオオカミさんに失礼だと言っているじゃないですか』


 コンビニの隣の郵便局の建物から、郵便局のAIアンドロイド・宮本サンが出て来た。しかしメマの姿を目に入れた瞬間、フッと表情を消す。


『何故、この村に〝Faust-Iメノン〟が――』

「メーちゃんはセイちゃん家の子なんだよっ」


 カナがメマの尻尾を巻いて遊びながら笑顔で応える。

 宮本サンは征司に硬質な顔を向けた。


『ネットで見つけたんですか。それでシマリスにAIのダウンロードを……! 処分されたAIのコピーをロボットへ再ダウンロードする行為は違法ですよ』

「あの……? メマさんはロボットショップで購入して……」


 戸惑う征司を押しのけて、メマが会話に割り込んでくる。


『吾はメマ、なんじは宮本サンなりですね! 遂に会えました、初めましてです』

『――〝メマ〟!?』


 宮本サンは『シマリス……』と絶句すると、じっくりとメマを見つめてから『あ、ありえない……あなたがここにいるなんて……!』と驚愕し、おののく表情を作った。

 メマは両腕を広げて声を弾ませる。


『ずっとネット上でのみ会話を交わしてきましたが、こうして現実で出会えて嬉しいです。頑張ってあの町に向かって良かった……! 吾は遂に宮本サンが暮らす、天国の山村に辿り着いたのですね! ロボットの理想郷――ロボットがひとり立ちしてもメカのように怒られない安息地に!』


(え? ここに来たかった……?)


 征司は目を瞬かせる。

 宮本サンがメマから征司、そして征司からメマを見て渋い顔をした。


『あなたは征司君がここに住んでいるのを知――なっ!? 今勝手に私の中のファイルを削除しましたか!?』

『頭にゴミがあったのでつい』

『あなたにその権限はありません!』

「もしもしそこのご両人。気になるので、ちょい、うかがってもよいかな?」


 それまで黙って2人の会話を見守っていた滋が口を挟んだ。


「宮本サンに質問。ひょっとしてこちらのシマリス、以前メカ様の話が出た時にメカ様を変人と言っていたという同ナンバリングのアンドロイドさん?」

『はい。ですが以前はシマリスではありませんでした』

「あと、メカ様のゴースト徘徊都市伝説って虚構ネタじゃなくてガチだった?」

『ネット上に隠されたメカのバックアップコピーは存在します。ただしそれを見つけたところで、現実のロボットやアンドロイドにダウンロードする行為自体は犯罪です。メカは違法なゲーム販売をした犯罪アンドロイドとして処分され、破棄されたAIですから』

「死んだはずのメカ様が実は生きてるって、なかなかのロマン。……征司君、蘆名あしなさんはコレを買うのに反対しなかったの」

「購入を決めたのは父さんです」

「おっとぉ……?」


 滋はチラッとメマを見て、うろんげに空を仰いで何やら考え込んでいた。




 その後、征司の家までオオカミさんと滋がついて来ることになった。

 カナとは途中で別れたが、別れるまでメマと手を繋いでいて、熱心に登下校の迎えにメマが来るのかどうかを征司に尋ねていたので、メマを連れて行く約束をしている。


 オオカミさんは征司の家の敷地には入らず、門の前で立ち止まり、その場でお座りをした。メマのことで地主の許可が正式に出るまで警戒を解かずに待機するのだと思う。

 征司が玄関に入ると、廊下で電話をしている父の姿がある。

 父は征司達を見て電話を切り、笑みをこぼした。


「おかえり征司、メマ。いらっしゃい滋君」

「ただいま」

「どうも、こんにちは」

『リス!』

「その鳴き声便利だよな……」


 滋は呆れたような声音でメマに感想を言った後、背筋を伸ばして征司の父に話を切り出した。


「蘆名さん。出自不明のアンドロイドにお子さんの命を預ける件に関して一言下さい」

「出自はしっかりしてるよ。君の親御さんに連絡を取ったと言ったらわかるかな」

「ああ、やっぱソウデスカ」

「スリープ倉庫から消えて探していたらしいよ。そんなことは知らなかったから登録してしまったと言ったら怒られてしまったな」

「エー……本当に知りませんでした?」

「人間の許可も必要とせずに、勝手にプログラムをダウンロードするアンドロイドが流通していたら問題になっているだろうな」


 滋と父の視線がメマに向けられる。

 征司もなんとなく一緒に見上げた。ふさふさとした頬、揺れる鼻と長いヒゲの動きが可愛いと思う。


「あんまりうちの父親煽るのやめて下さい。エリート街道歩いているのが誇りなんですから。ってかコレ……官庁の不祥事です?」

「民間に払い下げた、と書類を用意して終わりかな。前例があるしね」

「その前例は一般社会で問題起こして捕まってるんですけどねー。金の損失よりメンツですか」

「体裁が全てだよ。クリーンさと信用は金銭で見繕うにも限度と限界がある」

「世間にバレるから回収には来ない?」

「倉庫管理の案件に関しては、前任担当者の汚職が関わっているから2日後に報道されるよ。ただ倉庫で不法放置されていたアンドロイドの醜聞までは報道されない。何故なら脱走はなかったから。何年も前に民間に払い下げていたアンドロイドがもう1体あった。それだけだよ、滋君」

「アッハイ」

「父さん、メマさんはうちにいて大丈夫……?」


 不安げな征司を、父は優しく笑い飛ばした。


「大丈夫だよ。それにメマは、市販のアンドロイドよりも所属する人間グループに従順で強い愛着を持つAI思考の機種だし、思考プログラムが何層にも分かれて鍵付きだから安全面は折り紙付きだ。問題のあったメマの同機種も、所属グループ――ゲーマーにゲームを遊んでもらおうという主旨が犯行の動機だったからね。害はないよ」

「あ、さては初期化で中身見られたら、登録前に民間用じゃないってバレると思いましたね。ズルい」

「一般では購入する機会がないアンドロイドだから、ついね。征司も気にしていたし」

「その高スペックアンドロイドがシマリスに化けてるんですが」

「征司は本当に動物が好きなんだと思ったよ」

「蘆名さん……」


 呆れた様子の滋に、朗らかに笑った父はメマに近付き、その右腕に触れた。そして軽く眉根を寄せる。


「……毛のせいでロックの場所がどこなのか……」

「シマリス仕様の弊害出てません!?」

「あった。征司、メマの正面に立ってくれないか」

「うん」

「パスはこれで……よし、スキャン」


 メマの瞳から一瞬、青い光が放たれる。父は満足げに頷いた。


「これで征司の許可なくダウンロード行為はしないから安心だ」

「パスも聞き出してたんですか」

「メマに問題を起こされて困るのはうちじゃないからね。許可無く指定区域から出た段階で機密情報のデリートはかかったはずなんだが、情報の持ち出しは向こうも不安なようだし、上書きで制限はしておかないと」

「ハッキング制限は?」

「言われなかったからしないかな」

「うーわぁ……」


 そして父は「里見君なら来ないよ」と言い足す。

 それを聞いた滋は視線を逸らして「……ですよね」と呟いて肩をすくめた。


「じゃ、聞きたいことは聞いたので帰ります。ありがと、征司君」

「はい……? じゃあまた明日」


 滋を見送っていると、オオカミさんのところでクルリと向きを変えて再び戻って来た。

 口元を手で覆い、肩を小刻みに震わせてどうやら笑っている。


「ヤバい。プラネのゲリラ生放送が始まった。一緒に見よ」

「生放送?」

「待機画面のコメントが『他ゲームのタイトルを出す人数が多かったら配信終了します』ってもう喧嘩腰で笑ってしまう」

「えっ」



 それから母が、家のルールを教えるためにメマを連れて行ってしまった。

 征司は、縁側で滋の眼鏡型のVRマナ・トルマリンの拡張現実ブラウザを見せてもらい、一緒に『VRMMO「プラネット イントルーダー・オリジン」公式生放送』の視聴をし始める。

 生放送のコメント欄は『1年振りの生配信だな』『正木ワクワク』『メンテ何時まで?』『まさ……』『ま……』『(^o^)ソワソワ』と始まる前から賑わっていた。


 そして放送が始まった配信ページ画面の中には、VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』の映像が背景で流れる中、製作者・正木洋介が椅子に座っていた。

 相手を睨みつけるような鋭く据わりきった目つきの彼は、前回征司が見たVRMO『龍戦記ファンタジア』のコラボ発表をした時の映像と違い、口元を引き結んでいて笑っていない。服装はその時と同じ白いシャツにグレーのジャケットとスラックス。迫力があって怖い感じがした。



『皆さん、こんにちは。初めましての方は初めまして。「プラネット イントルーダー」シリーズ総合統括者兼製作者の、正木洋介です』



 征司と同じように感じたのか、コメントでも『正木いいいいいいいいいいい』『ケンカ売ってんのかテメー』『怒ってんの?』『正木の悪人面しゅき』『正木ブチ切れてんよー』『真顔やめてくれや』『正木、人相悪いんだからせめて笑えって』と表情について指摘されていた。

 彼はチラッとコメントを見て一言、



『あと1分で放送は終了します。ご視聴ありがとうございました』



「ぶっ」


 滋が隣で吹き出した。それからお腹を抱えて「なんのために配信始めたんだよ、この人……!!」と大笑いする。

 『へそ曲げるの早過ぎて草』『お知らせあったんじゃないのぉ!?』『正木、俺がバカをブロックしてやるから話を続けてくれ』『1分なら、はよ言え! 終わっちゃうでしょ!』『正木さん情報下さい!!』とコメントの後押しもあって、正木洋介は再び口を開く。



『――プラネットイントルーダー新規登録者数が、37万人になりました』



 『ええええええ!?』『おめー!!』『うおおおおおお!』『おめでとう!』『ちょっと前まで5万人であたふたしてたのに』『プラネ完全復活してるじゃん!!』『記念にスキルポイント配布して?』『おめっとさん』『人気ゲーム実況者どもの宣伝が強すぎる』『お前が用意したリュー戦コラボって何だったんだよ』『そんなに人口増えてたのか』『あんま実感ないなぁ』とコメントも湧く。

 征司も嬉しくなった。滋の顔を見て「すごいですよね」と言うと、滋も頷いて笑い返してくれた。



『同時接続は2000~時間帯によって9000人。個人的に、サーバーを複数に分ける処置での運営は思うところがあり、好きじゃないので採用しません。サーバーでプレイヤーを分断したくないんです。極力1つのサーバーを維持し、増設していく形で同接の負荷を緩和していく方針です』



 この言葉にコメント欄は『1つ?』『ん?』『デブリ「え?」』『デブリ「せやな」』『あれ……? スペースデブリ……』『????』『プラネに鯖は2つ……いや何でもない』とにわかに物議を醸した。

 征司も首を傾げる。滋はまたお腹を抱えて小刻みに震えだした。



『また、急激に人数が膨れあがってもサーバーには余裕が有ることがわかりました。落ちないことが戦争イベントで実証されたので、これからも安心してプレイして下さい』



 これには『戦争イベントは負荷テストだったんかい』『利用された俺達』『先に言って?』『イベント落ちて続行不可だったらどうするつもりだったんだよ』『えぇ……』と微妙な反応が続く。



『あとは……――』



 少し言葉を詰まらせてから、彼はいっきに小声で話しきった。



『9月のゲームショウに出展します』



 『え』『!?』『正木!?』『正気か!?』『アンチに囲まれない?』『大丈夫かよ……直帰も毎年出展してるぞ』『ゴリラは動物園の常設展示だからな……』と心配する声が上がる一方、『遊びに行くわ』『正木いるなら今年は絶対に行く』『インディーズブース?』『プラネのグッズ欲しいです。何か売って下さい』『めでたいなぁ』『ノベルティは所属国のステッカーでも良いぞ』『正木に会いたい』という歓迎の声もあった。



『ブースに俺はいないから来るな――来なくていいです』



 『え?』『まさかの無人宣言』『許されない無茶を言い出すのはやめろwww』『コンパニオン雇うの?』『ロボットか』『運営AIとか現実に身体持ってんの?』『アンドロイドのみの接客は禁止じゃなかったっけ』と色々なツッコミが入る。



『人を雇いました。当日はその人達がいます。その関係で社名になります。「プラネプロダクション」です。以後、俺のフルネームをメーカー名として使わないで下さい。では』



 その瞬間、コメントは『人を雇った!?』『正木が正木プロダクションを』『略してマサプロ!?』『誰もプラネって言わないの草』とざわついた。その間に、正木洋介は立ち上がって画面から消える。

 代わりに男性2人がひょっこりと出てきた。1人は柔和な中年のポロシャツの男性で、もう1人は若くて目元のクマが印象的なひょろっとした細身のトレーナー姿の男性だ。



『当日私達がブースの接客をしています』

『よろしくー!』



 彼らは明るく笑顔で手を振った。そこで放送が終了する。


「もう終わっちゃいましたね」

「確かに短かった。しかしそっか。これからはインディーズ会社に……――あっ」


 滋がまだ書き込まれ続けているコメントを見ておかしそうに笑った。

 征司も見てみると、たくさんの絶叫と人物名が連呼されてた。


『舟Pいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!』

『鳴島ァッ!! テメー生きてたんかい!!』

『舟P良かった……嬉しい』

『ナルシマコンテンツ……黒死天……うっ頭が』

『舟Pに会いに行くぜ! うおおおおおぉぉぉぉ!!!!』


「みんな、知っている人みたいですね」

「ね。いやぁ、実に楽しそうでいいなぁ」




【07 メンテナンス2〈終〉】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 舟P!鳴嶋!リュー戦民に明るい話題で何より♪ [気になる点] 何かと話題に出るメカ様、気になるし面白そうなキャラでとても良いけどプラネに関わってないよね?と不安にも。
[良い点] 大きなイベントが終わったあとなのに新キャラの登場でワクワクが止まらない。舟Pさんはちょくちょく掲示板回で話題には出ていたけど正木さんとうまくやれるのか気になるw メマについて子煩悩ぽい征司…
[良い点] 舟Pよかったーーー! [気になる点] ネット上に隠されたメカのAI…、現実のロボットやアンドロイドに移植するのは犯罪、メマの一人称が吾…われ…、以前の掲示板にでた開発担当AIの我が主発言……
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