第17話 戦争イベント⑤ VSグランドスルト開拓都市
ネクロアイギス王国の拠点・果樹林へと、そろりそろりとツカサ達は後退する。上空を飛ぶ恐竜に騎乗しているグランドスルト開拓都市の秘儀導士に、移動していることを気付かれないよう、彼らを見上げながら本当にゆっくりとした移動だ。〝ダルマさんが転んだ〟状態再びである。
特に【郭公のさえずり】の素早さ効果が残っている神鳥獣使いの皆は、慎重に動くしかない。
恐竜の名前は〝アクリュウプテロ〟。テイムモンスターは頭上に名前が出ていた。
ツカサがなんとなく見た目を知っている有名なプテラノドンという恐竜の姿にも似ているので、つい小さな声で疑問がこぼれた。
「どうして名前がプテロ……?」
「う、うーん……プテロダクティルス類だから? どう見てもアンハングエラに羽を付け足した翼竜なのに、アンハングエラと名乗らないのは気になるところ……」
バード協会9が首をひねりながら、これまた小声で答えてくれた。和泉やチョコ、古書店主達も目を丸くしてバード協会9に注目する。
「詳しい」と、ツカサが内心感心しているところに、ゆゆかは「バード協会さんは、ダイナソー協会だったんですか?」と結構失礼な褒め方をした。
バード協会9は、そんなゆゆかの名前いじりに「その名前、今度サブキャラ作ったらつけようかなぁ」と笑って乗っかった。朗らかで気のいい人だ。
いくつかのアクリュウプテロが急降下を始め、ルゲーティアス公国とネクロアイギス王国の区別なく、プレイヤー達を襲った。
狙われたプレイヤーは「うわあ!」「ぎゃああっ」と悲鳴を上げながら、敵味方関係なく逃げ惑う。
そんな阿鼻叫喚な混戦っぷりの中、耳に入ってくる観戦組のボイスチャットは当事者でないため余裕があるものだ。
『ふすまの配信、テイムモンスターどもがレベル制限くらってなくて、ふすまPTがギャグみたいに即死してて吹いた。一方的にルゲーティアスを蹂躙してんじゃん』
『アクリュウプテロって、確か最低レベルの個体でもレベル40じゃ……?』
『プレイヤーのレベル10制限んんんん!!』
『勝てねぇよ!?』
『まさかの秘儀導士無双。俺、参加しなくてマジ良かった……』
『ブラディス事件からの逆襲の秘儀導士』
『テイマーが輝いている!』
『まぁ、他職も上位スキルが使えた時点でこの展開が見えてたのでは』
『秘儀導士って上位スキルほとんどないんだっけ?』
『テイムモンスが色んな固有スキル持ってるからねぇ』
『陸奥って奴の配信つけたら、ウィリアム道場に参戦してたんで笑った』
『味方NPCと対人戦始めるって戦闘狂なの? よく知らない配信者なんだけど5700人も視聴してるんだね。プラネの人気実況者?』
『いやぁ、ネクロの偵察組が見てるせいか、絶対普段より視聴者多くなってる』
『有名と言えば最近は有名か? わんデン信者のリア知人で通ってるよ。わんデンが生放送で視聴者に陸奥のこと教えられて配信見に行って、無言でそっ閉じして帰った生放送のアーカイブ好きだわ』
『わんデンさぁ、その後何事も無く放送の続きを再開したよなぁ。あの反応はネタ抜きでガチのリアル同級生だったんだろ?』
『陸奥さんについてのコメントがされる度に、記憶喪失になる最近のわんデンさん好き』
『俺は最近のマイルドわんデンは寂しい。全然炎上しないじゃん……』
『炎上なら直帰でしただろ!』
騎乗している1人の秘儀導士が眼下を見渡し、∞わんデンを見つけた。
目が合った∞わんデンは爽やかにニコッと笑みを返し、顔を動かさずに早口でツカサ達に告げる。
「こういう時、ホント実況者は真っ先に袋叩きだわ。みなさん、脱落ごめんね!」
∞わんデンは言うやいなや身を翻して走り出し、ツカサ達から離れていった。その∞わんデンに1頭のアクリュウプテロが追撃する。
「わんデンさんっ……!」
「ツカサ君!」
それとは別の1頭が、ツカサ目がけて急下降してくる。とっさに和泉がツカサの前に出た。
∞わんデンは走りながら背後を振り返って弓の弦を引き絞ると、ツカサに攻撃が届く前に、ツカサ達に襲いかかる寸前のアクリュウプテロに騎乗していた秘儀導士に攻撃を当てる。
秘儀導士は弓のクリティカルダメージの攻撃を受け、騎乗状態が解除されて鞍から落ちてしまう。そして地面に転がった。
主人が背中から落ちてしまったアクリュウプテロは、怯むような動作で体をひねって羽をはばたかせ、空中で急停止する。
すかさず、雨月とチョコが仰向けに倒れる秘儀導士へと攻撃魔法を放ってとどめを刺した。
一方、∞わんデンは追いつかれ、アクリュウプテロに攻撃されて戦闘不能になる。
『ぎゃあああ! わんデンさんー!!』
『わんデンアウトぉぉぉ!』
『あそこに蘇生は届かんぞ』
『ダメだー! くぅちゃんさん、コア拾えるところだったのに死んだー!!』
『あと一歩だったのに!』
観戦組のボイスチャットに古書店主がハッと顔を上げて走り出す。凄い勢いで転ぶのだが、上手くスライディングする体勢で草むらの中に滑り込んでいった。
「こっ、古書店主さん!?」
「立て直しには【復活魔法】持ちが必要だからねー!」
そんな言葉を言い放って、古書店主の声が遠ざかっていった。バード協会9が「ちょっ! 1人はマズいですってば!?」と慌てふためく横で、ゆゆかが立ち上がる。
「私が店主さんの補助について行きます! ひっ、きゃあああぁぁ!?」
ころんころんとでんぐり返しで転がりながら、草むらの中にゆゆかも消えていく。ツカサと和泉、バード協会9は呆気に取られながら彼らを見送った。
「大丈夫でしょうか……?」
「ゆゆっゆゆかさんっ」
「お、おおう……。ヘイスト時の物理演算どうなってんだろ……!」
「あー……初期装備の店主も、とは盲点だったか」
先ほど戦闘不能にした秘儀導士が悔しげにぼやく。性別不詳の森人の顔を覗き込んだチョコが「隻狼さんです」と驚いた。チョコの知り合いらしい。
雨月は隻狼の言葉を聞きとがめた。
「盲点?」
「教えるんで、ぺ、ペンギンを……触らせて下さい……後生なんで最期に」
グランドスルト開拓都市のヒーラー、宝珠導使いが近くにいないため、隻狼の復活は絶望的だ。ここでイベントから退場になるため、雨月に思い切ったお願いを隻狼はした。
チョコが神妙な顔つきで、仰向けに倒れる隻狼に近づき、お腹の上に置かれた手の上にカワウソを乗せた。
「カ……カワウソハラスメントやめろーッ!!」
「チョコの召喚獣は、雨に濡れてもかわいいのです」
「愛くるしい見た目で誤魔化されんぞ! 俺が求めてるのはフワモコなんだよ!!」
バード協会9が横から小声で「いや、この雨の中だとどんな子でもしっとりだろ」とツッコミを入れた。
雨月がゆっくりと種人ぐらいの大きさに巨大化しているコウテイペンギンの雛を抱えると、隻狼へとコウテイペンギンの雛を降ろした。
和泉がびっくりする。
「顔に!?」
隻狼は一瞬にして黙ったが、「しっとりモコモコ……」とコウテイペンギンの雛のおしりの下から、もごもごとうわずった声音が聞こえた。ゲームなので呼吸は大丈夫だとツカサもわかっているのだが、端から見ているとつい心配になる。
すると隻狼が、急に真面目なトーンで話し始めた。
「先生は、敵に姿を見られたらガン逃げ推奨」
「え……?」
「現段階のプレイヤー内で【復活魔法】を使えるヒーラーが少ないって認識、PVP勢には常識。実際俺もネクロの中ではまず先生を探したし。
特に先生は【復活魔法】持ちなのを全員に知られてると思った方がいい。レーテく……レーテレテってプレイヤーを街中で蘇生させてただろう?」
その指摘に、ツカサはサッと顔色を青くした。そういえば、和泉が常に防いでくれていたが先ほどの戦闘では、神鳥獣使いの中でもツカサはよく攻撃をされていた気がする。
フッと、一帯が真っ暗になった。唐突な暗闇の空間にツカサは固まる。
真っ暗な空間の中にはルビーや他国のプレイヤー、更にはテイムモンスターまでいて、その姿が淡く光っていた。
ツカサはどうやら光っていない。ザザーンッと寄せては返す波の音がどこかからしていた。
ルビーが左手を突き出す。すると、光っているプレイヤーやテイムモンスターの前に黒いフラスコが浮かんだ。
「【ブラックジュエリーボックス】」
『え?』
『え……』
『エッ』
『ハア!?』
『えええー!?』
『げえッ!? ルビーちゃん?!』
絨毯をクルクルと巻き取るように、暗闇が無くなっていく。薄暗く雨の降りしきる草原に再び景色は戻っていった。その巻き取られた暗闇はルビーの召喚獣だったらしく、ルビーの足下の影へと吸い込まれる。
たった1度だけ使える、ルビーの攻撃型の特性――敵拠点内での中規模即死攻撃が放たれたのだ。【即死耐性】持ちのプレイヤーは生き残っているが、テイムモンスターは全滅した。騎乗していた秘儀導士は落下して地面に叩きつけられ、瀕死のHPになっている。
攻撃を受けていないネクロアイギス王国のプレイヤー達は、精神的ダメージを受けて唖然としていた。ショッキングな映像を見せられて言葉もない。
代わりに観戦組のボイスチャットが大騒ぎだった。
『パライソのスキルじゃねぇかぁぁッ!!』
『つまりルビーの本当の種族は……そういうこと!?』
『影の召喚獣を見た時から嫌な予感してたんだよなぁ! パライソ達の種族名って〝影人〟だって判明してるだろ!?』
『どんだけネクロに鬱設定を盛ってるんだよ!』
『ネクロアイギスに親を殺されたのか正木は!?』
『うへぇ、グランドスルトに移籍したくなってきた……』
『『影の興国』の影って、影武者って意味じゃなかったんですか!?』
『スピネル陛下浮かばれねえええ!!』
遠目に、拠点の中央にいたアリカが回復と【復活魔法】を唱えて、周りの立て直しを図っている様子が見える。
(アリカさん! もう復帰してる!?)
他のルゲーティアス公国のプレイヤーとグランドスルト開拓都市のプレイヤー達が、瀕死や戦闘不能になって倒れている中、アリカはHPを大きく減らされても素早く全快させて誰よりも早く動き出しているようだ。
カラスの鳴き声と、続けてフクロウの声も聞こえた。古書店主とゆゆかの神鳥獣だ。
「危ない!」
和泉が盾でツカサに飛んできたクロスボウの攻撃を弾き、雨月が【風魔法】を果樹林の奥へと放った。
ツカサは警戒していなかったネクロアイギス王国の方角から連続で攻撃され続け、慌てて背後の果樹林に振り返った動作で運悪く勢いが加速して転がった。直後、全員の素早さの効果が切れる。
切れる前に吹っ飛ぶように転がって皆から離れてしまったツカサは、急いで立ち上がったところをルゲーティアス公国の槍術士に攻撃された。
「こんにちは!」
「わ!?」
何故か挨拶をされながら突き出された槍の穂先を避けた。しかし、ツカサのHPはごっそりと減る。
(そうだった! 回避スキルが無いから避けても意味がないんだった……!)
相手の攻撃範囲から離れなければならない。ツカサに対峙する槍術士の後方で、果樹林から現われたグランドスルト開拓都市のタンクの戦士、近接アタッカーの棒術士と格闘士、遠距離レンジャーの二刀流剣士、ヒーラーの宝珠導使いの10人ほどと和泉達が交戦している姿が見える。
『団体様だー!』
『この人数は覇王いてもダメだ!』
『その団体さん、フレンドリーファイアに困って一旦退却しようとしてた人らだよ。草むらに隠れてたのに気付かれるなんて運悪かったねぇ』
『いや、絶対素通りはない。グランドスルトの二重スパイ組がいるから最初からレーダーの隻狼で位置バレてた』
チョコとバード協会9が集中攻撃されて戦闘不能になった。和泉は雨月に回復されているが、ガリガリと削られてもうもちそうにない。
『わかっていたが物理アタッカーにホント瞬殺だな、キャスターって……』
『対人最強の格闘士とPK最適解の二刀流剣士が5人もいる時点で、アリカニキ以外のヒーラーは無理』
『暗殺組織ギルド、なんだかんだでスゴいキルして頑張ってんだけどなぁ』
ツカサは和泉達の元に駆けつけたいが、それが出来そうも無い。とにかく槍術士から逃げることにした。逃げるツカサに、褐色肌で黄色の髪と目、着ている中東風の服も黄色な槍術士の砂人男性が追いかけてくる。
『あ。監獄イベントを全員強制にした元凶の人だ』
『黄龍くん……初手挨拶で攻撃するの? 怖い!』
『挨拶は大事だけど、時と場合によりますよ』
『先生逃げてるし、運動会かチェイス用のBGMでもかけようか?』
「い、いりません……!」
観戦組のボイスチャットになんとかそれだけ答えて、ひたすら走って逃げる。しかし全然振り切れない。止まると攻撃を受けてしまいそうで走り続けた。ずっと後ろから追いかけてこられるのは、なかなかの恐怖だ。
ザザッと草むらの視界が開ける。晴れ渡る岩肌のフィールドに出てしまった。グランドスルト開拓都市の拠点だ。慌てて足を止めた。
(隠れる場所もないし、戻らないと……!)
ツカサを諦めずに追ってくる槍術士の姿がもうすぐそこだ。諦めるしかないと、向き直ったその時、彼の姿が消えた。
《ルゲーティアス公国の【幻影仮想コア】が、ネクロアイギス王国により破壊されました!
ルゲーティアス公国は敗北したため、全プレイヤーが退場になります》
(勝っ……た……?)
アナウンスに、ツカサは肩の力が抜ける。危機を脱して、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、フッと長い影がツカサにかかる。ツカサはビクッと身体を揺らし、恐る恐る自分の背後を振り返った。
そこには、ニカッと明るい笑顔の平人男性が腰に手をやり、腕の間に棒を挟んで立っていた。
ツカサが知っている棒術士のプレイヤーだ。オープンベータ版の時に、パーティー募集板でお世話になった人物である。確か名前は――……
「イェーイ、おひさー! いやぁ、鴨がネギ背負ってんなー!」
「る、ルートさん……」




