第13話 戦争イベント① 待機時間の作戦会議
5月31日、時刻21:00。
ツカサの目の前にお知らせのブラウザが表示された。
《これより、期間限定イベント『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』を開始します!
参加条件はメインストーリーの称号【影の立役者】【大魔導の立役者】【巨万の立役者】です。NPC及び他のプレイヤーとの、PVPに近い団体戦闘行為があります。
また強制的にレベル10に固定、一時的にブロックリスト機能が解除されます。
【脱獄覇王】の特殊武器は、通常武器仕様に制限されています。フレンドチャットと掲示板の機能の使用、個人での職業変更も出来ません。
メインストーリー及びサブクエストのNPCに関するネタバレが含まれています。
――『神鳥獣使い』で参加しますか?》
《参加》 《不参加(観戦)》
ツカサは《参加》をタッチした。次の瞬間、視界が暗転する。
次第にうっすらと闇が払われ、見知った果樹林の風景が目の前に広がった。青い色の光に囲われた場所の中に他のプレイヤーもいる。
――《ネクロアイギス王国拠点エリア ※現在、全ての戦闘行為が禁じられています》――と文字が浮かぶ。
プレイヤーの頭上にはいつもと違って名前が表示されておらず、白色で職業名しか表示されていない。ツカサも自分の頭の上に視線を向けると、『神鳥獣使い』と表示されていた。
隅にいる和泉の姿を見つけ、傍に駆け寄った。
「和泉さん、こんばんは」
「こっ、こんばんは……ツカサ君」
和泉はいつもより声をひそめて答える。最近、ツカサや傭兵団のメンバーにはあまり見せなくなっていた、おどおどとした様子の和泉になっていた。
和泉の視線の先には他のプレイヤーがいる。見知らぬプレイヤーがたくさん居る場所で、緊張しているのだ。
周りを気にして窺う和泉に配慮して、ツカサも大人しく目立たないように小声で話す。
「どうせなら、入る前からみんなで集まって一緒にログインするんでしたね」
「そ、そうだね。でも、どういう仕様かわからなかったし……しょ、しょうがないよ」
中央に集まる他のプレイヤーに視線を向けると、これからイベントが始まるというのにどうしてだか活気がまるでない。けだるげで、どこか彼らは気落ちした様子だった。こういうのをお葬式ムードと言うのだろうか。
「みなさん、どうしたんでしょうか?」
「参加人数が……少ない、よ」
和泉が戸惑いを滲ませた声音で呟いた。パッと見渡した印象では、数十人のプレイヤーが青いエリア内にいると感じる。
中央の人垣の中から、カワウソを抱えたチョコがひょっこりと顔を出し、人を避けつつ前進してツカサ達の傍に向かって来た。
次いで∞わんデンが青いエリアに現われ、人垣が割れた。へらっと笑いながら手を振ってこちらにゆっくりと歩いて来るので、ツカサと和泉が2人に挨拶をしようと口を開いたところで、
「ギャーッ!!」
突然、野太い悲鳴と共に、人垣が中央の位置から四方八方の隅へと蜘蛛の子を散らす勢いで素早く大移動した。中央には雨月がひとり立っていて、ツカサの方へ真っ直ぐ歩いてくる。
「ツカサさん、こんばんは」
「こんばんは、雨月さん! 雨月さんは……えっとネクロアイギス王国所属になったんですか……?」
(どこまで聞いていいのかな。多分、『二重スパイ』クエストの関係でここにいるんだよね)
雨月は困ったように微笑んだ。これは答えにくいことを聞いてしまったようである。ツカサは口をつぐんだが、周りは騒がしくなった。
「覇王いるぅぅぅッ!!」
「ルゲーティアスざまああああ!!」
「覇王イベント参加すんの!?」
「エェッ!? 覇王が血が通った人間のような真似をー?!」
「どうせなら神鳥獣使いで参加してくれよッ! ガチ覇王スタイルヤメテ下さい!!」
やんややんやと盛り上がり、思い思いに野次を飛ばす。雨月が彼らに視線を向けると、誰もがその場で「ウッ」とうめき、死んだ状態のエモートをして倒れていった。
ポカンとする和泉の「何これ……」という呟きに、ツカサも目を丸くしながら頷いた。
《参加受付を終了しました。これより全ての情報を公開致します。
制限時間5分以内に自国拠点の準備を整えて下さい》
《『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』では、それぞれの自国拠点内に【幻影仮想コア】が設置され、他国のコアを壊すことで勝利となります。
【幻影仮想コア】は他国プレイヤーが触れ続けることで壊れていきます。完全に壊されるとその国の敗北となります。NPC防御指揮官ユニットの支援型の回復でしか、破損した【幻影仮想コア】のHPゲージは回復出来ません。
またNPCユニットとプレイヤーユニットのキル人数は勝敗に関係ありません。どちらも戦闘不能になった場合、特殊イベントエリアから退場となります。
ただし、プレイヤーユニットには50秒の猶予が与えられます。その時間内に【復活魔法】をかけられた場合は復帰出来ます。
この特殊イベントエリア内でのキルは、PKまたはPKK行為としてカウントされませんので、青色ネームプレイヤーも積極的に攻撃に参加して自国の有利に貢献して下さい》
情報が開示され始め、プレイヤー達はざわついた。
「おい、誰がユニットか」
「要は陣取り?」
「ガチのタワーディフェンスじゃなくて、ネクロアイギスは延命した感……。どう考えてもタンクとヒーラーの数が足りないもん」
「所詮は季節イベント的な何か」
「いやぁ、タンクとヒーラー人数は強て――」
《ネクロアイギス王国 :参加人数 :49名
不参加(観戦:2132名)
ルゲーティアス公国 :参加人数 :4581名
不参加(観戦:91名)
グランドスルト開拓都市:参加人数 :2811名
不参加(観戦:379名)》
「勝てるかァーッ!!」
「よそは千越えしてるじゃんかー!」
「正木のせいじゃないが正木いいいいいいい!!!!」
「ええっ、うちの観戦者多過ぎ!? 参加してよみんなー!!」
「戦争はガチで数なんだよ!? ねぇ!?」
周りが地団駄を踏んで大騒ぎする中、ツカサは人数の不利よりも、プレイヤー人数の多さに感動していた。ここに出された数字はイベントに参加することを承諾したプレイヤーのみである。つまりこれ以上の人数のプレイヤーが、今や『プラネット イントルーダー・オリジン』の世界にいるのだと思うと胸が熱くなった。
(ログインが30人いれば多いぐらいだって……みんな顔見知りの村みたいなものだって、少し前までベータの人が言っていたのに)
《ネクロアイギス王国は、参加人数が一定数に届かなかったため、不参加である観戦者のボイスチャット機能を解禁します。
数の不利を補うために、観戦者は他国の動向を外部で偵察し、参加者にその情報を実況して構いません》
「不参加なのに参加……?! もう訳がわからないよ!」
「情報の有利がなんだ!? なんか意味あるぅ!? 情報あっても生かせる人数じゃないでしょぉ!!」
「観戦組ってどうなってるのさ。私達の中継映像が見えてるのか?」
すると、頭上から『お前らの映像が空撮視点で見えてるだけー。他国視点なしー』『PVPなんてノーセンキュー』『対人は怖いからヤダ』『わんデンは生配信しないの? 他国の奴やってるよ』とたくさんの音声が降ってくる。
頭上に観戦者の映像はないが、観戦者に話しかけるプレイヤーは心なしか空を見上げて口を開く。
∞わんデンも苦笑いしながら空へ向かって声をかけた。
「後々動画上げるよ。それより、キミ達も参加して?」
『悪いなわんデン。俺は他ゲーの周回に忙しいんだ』
『生産しながら見てます。頑張って下さい』
『戦争って名前変えてるだけでPVP戦じゃん。やりたくない。すまんな』
『ハウジング領地の購入に戦争参加は条件じゃないからパス安定~』
「おい、わんデン視聴者さん。祭りは参加してなんぼだろぉっ!?」
「そうだーそうだー!」
ピョンピョンとその場で跳んで賛同の華やかな声を上げる袴姿の砂人女性は、ベータ最後の夜に皆を集めて記念写真を撮っていた『桜』だと、ツカサは気付く。他にも平人男性の青年『嶋乃』と、ハウジングエリアで話した平人男性の老人のロールプレイヤーがいた。
『そこの七方出士の袴女子かわゆいな』
「あ。桜は所属してる傭兵団で闇しかない団長が復帰したから、軽々しい粉かけ発言は背後に気をつけろレベル」
『すみません!?』
《各国の投票結果です。
◇ネクロアイギス王国「2689P」により選出◇
・「1000P」暗殺組織ギルド長・???(通常参加不可のプレイヤー。団員含む。攻撃型)
・「800P」スピネル・ローゼンコフィン・ネクロアイギス(攻撃型)
・「200P」ジーク(特殊支援型)
・「500Pフィールド」ネクロアイギス王国の果樹林
・「70Pフィールドエフェクト」月夜
・「50Pフィールドエフェクト」曇り空
◇ルゲーティアス公国「1651P」により選出◇
・「1500P」ブラヴァレナ・シストバグル(防衛・支援型)
・フィールド無し――ルゲーティアス公国の平原
・「100Pフィールドエフェクト」雨
・「50Pフィールドエフェクト」曇り空
◇グランドスルト開拓都市「1507P」により選出◇
・「1000P」キャシー(ベナンダンティ一定時間ランダム出現有り。攻撃型)
・「300P」ウィリアム(特殊攻撃型)
・「200Pフィールド」グランドスルト開拓都市の断崖
・フィールドエフェクト無し――青空
これより選出されたNPCユニットの幻影ユニットを出現させます。
【幻影仮想コア】の配置場所、幻影ユニットの攻撃指揮官ユニット及び防御指揮官ユニットの設定をプレイヤーが振り分けて下さい》
(わっ、ルビーだ!)
投票したルビーが選ばれていて、ツカサは喜んだ。
しかし他のプレイヤーはまず「げぇ……」とうめく。
「ちょっ……カイムとキアンコー落選してるじゃん!」
「ギルド長のカイムは神鳥獣使いにしか馴染みないキャラだしのう。神父が意外と嫌われとったのが判明して面白いんじゃ」
『キアンコーは、ルビーをスピネル呼びし始めた瞬間が地味にトラウマ』
『ちょうど参加条件がそこの話だったから、余計にキアンコー神父に入れたくない人が多かったんじゃないかな? かくいう私も嫌いなので入れてませんっ!』
「とんだ人気投票よ」
『陛下に入れるのはネクロ民の義務です』
『でもルビーちゃんの方が来たかぁ。スピネル様に入れたのに残念』
『暗殺組織ギルド長とジークの票が圧倒的に多かったのかも。スピネル陛下は次点で多くても、その2人が入ったら自動的にポイントがオーバーするから切られたんだろうなと』
『カフカの戦闘モーション見たかったなぁ』
どうやら最後のイベントに不参加を決めていた人達は、暗殺組織ギルド長以外は思い思いに好きなキャラクターへ投票していたようだ。
『ルゲーティアスは伯爵令嬢以外、全員信用出来ないNPCばっかってルゲ民が掲示板でキレ散らかしてたけど、本当に全力で伯爵令嬢だけを選んでるの笑う』
『信用?』
『ラスボスとその部下だろ、あとはサブクエの殺人事件で容疑者だったキャラだらけ。ルゲ民は例えポイントあったとしても、魔法少女以外にポイント入れなかったと思う』
『グランドスルトのウィリアムって誰? 初めて聞いた』
「海から来たプレイヤーを序盤で拾って舎弟にしてくれる若頭の本名だよ。名前を知るには好感度が必須だね」
『ルビー、ブラヴァレナ、ウィリアム。三国メインの主人公が勢揃い!』
『主人公って俺達じゃないの!?』
『英雄様は主人公の添え物、おこぼれもらってる身内枠です』
「――幻影ユニットか、なるほど。つまり本人ではないから死人も出撃枠にいたのか。まぁ、傭兵団の演習に国王が混ざってるのは物語上おかしい」
「支援型がいない……終わった!? 攻撃型ばっかでコアの回復手段ないじゃん!!」
『ジーク姫』
「いやいやいや! ジーク君はコア回復しない支援型! 実質攻撃型要員というか、あの人はヒーラーのプレイヤー1人と大差ないよ!?」
『ぶっちゃけ殺人鬼召喚のおまけでしかないですよね』
そうこう話しているうちに、ブヮンと機械的なSEが鳴り、中央の地面に白い魔法陣が浮かんだ。そこに水の泡のような球体と、黒装束に仮面をつけて姿を隠している9人、スピネル国王の衣装を着ているルビー、長い髪を左サイドで結った花柄のワンピース姿のジークが出現する。
ルビーとジークはそれぞれ青色の淡い光に包まれていて無表情で立っている。《待機中》という表示がグルグルと彼らの周りを回っていた。
それを見たプレイヤーの目が明らかに死んだ。気力を無くしてガクリと肩を落とし、その場で崩れ落ちる。
「暗殺組織ギルド9人っ!? 少ない! 焼け石に水ぅッ!」
「しかも肝心のギルド長がいない……嘘だろ……」
黒装束の1人がスッと前に出て来た。頭上には『暗殺組織ギルド長』と名前が表示されている。ワニっぽい尻尾があるので、砂人男性だ。
(ソフィアさんじゃない)
ツカサが驚いていると、くだんの砂人男性がプレイヤー達に口を開く。
「どうもギルド長です」
「チェンジ!」
「お前、ジョン・スミス気取ってジョンって名前にした聖人弟子のジョンだろ!! ねぇ、暗殺ギルドPSトップの聖人はー?! せーいーじーん!」
「ジョン、ハウスよ」
「種人ロリの聖人出して」
怒濤の非難に『ジョン』は舌打ちをした。
「ええいっ! 今日は私が暗殺組織ギルド長です! 面倒クセー下剋上クエやるのに昨日から有給取ってこなして、わざわざギルド長になってからイベント参加しに来てやったんだ、感謝しろよ!! じゃなきゃ、ギルド長が不参加でポイント消費だけで召喚不発終了してたんだからな!」
『えぇ……?』
『有給は草』
「あー、聖人は今日ログイン出来ないのか。リアル事情なら仕方ない」
『ほーん。本物の聖人、今はギルド長じゃないのね』
コホンと咳払いし、ジョンは崩れていた口調を正した。
「明日には私が決闘で倒されてこの職は辞しています。あなた方の暗殺組織ギルド長は戻って来ますからご安心下さい」
『決闘?!』
『草しか生えん』
「内輪で対戦やってるの」
「PVP勢かな?」
『暗殺組織ギルド長って役さ、コロコロ中の人が変わり過ぎじゃ無いですかね』
『前も変わってたことあったよね? メインムービーで暗殺組織ギルド長の背丈が次のシーンで変わっていたことあって混乱したわ。聖人で永久に固定化してよ』
暗殺組織ギルドの他の面々も後ろでそれぞれ「こちとら早退組です」「有給は正式版の日に使ったんで、もう仮病しか手段が……」「ダッシュでっ、帰宅したんでっ息が……っゲホゲホ」と口々に主張する。
しかしその苦労話は観戦組に『お前らロールプレイしろよ』と無慈悲に一蹴された。
「とにかく時間がないですよ。さっさと我々の配置を決めて下さい」
プレイヤーだがNPCのようなことを言うジョンに、ほとんどのプレイヤーが周りの様子を窺うように顔を見合わせた。誰もが仕切りをやりたくないという雰囲気をかもし出し、唐突に会話が途切れる。
桜が元気に手を上げて中央に出た。
「はーい。じゃあ、攻撃指揮官ユニットはル……スピネル陛下で! 防御指揮官ユニットはジーク姫と、暗殺組織ギルド長面々でどうかな? 喋らない人は私に同意したと見なすよ!」
「……攻撃型は防御側に配置出来るのだろうか? ああ、出来るね。ならいいと思うよ」
モノクルをかけた神鳥獣使いの種人が、魔法陣の中に浮かぶ巨大な青いブラウザに触った。
桜とその種人男性に、種人女性が遠慮がちに尋ねる。
「古書店主さん、暗殺ギルドの人達を攻撃にまわさなくて大丈夫ですか?」
「PK勢は待ち伏せや不意打ち系のスキル持ちが多いはずだから、桜さんの提案通りに、隠れる場所のある自国拠点での迎撃の方が彼らは動きやすいんじゃないかな。ルゲーティアスは平原、グランドスルトは断崖。遮蔽物があるフィールドではないからね」
『古書店主』の言葉に、ジョンが無言で頷く。それを見た周りのプレイヤーも頷いたり、親指を上に立てて賛同のアピールをした。
ツカサ達も隅で彼らの話し合いを見守るばかりだ。特に何かがわかるわけでもないので、むやみに口を挟んで邪魔にならないようにしている。
「わんデンさんは、話し合いに参加しなくてもいいんですか?」
「俺はこれ以上、悪目立ちしたくないのです。配信者ってだけで迷惑かけることあるからね。イベントでは出来るだけ謙虚でいますことよ。これが本格的なレイドとかなら無言の奴は地雷だから積極的に話すけどね」
∞わんデンが肩をすくめて苦笑する。それから「制限時間がある中で、ああやっていちいちまとまりかけた話を混ぜっ返すのも悪」と桜達の方を見て嘆息した。
ツカサも視線を向けて、知った顔に思わず息を呑み込む。傭兵団アイギスバードの倉庫から色々と持ち出して退団したレーテレテが、「暗殺組織ギルドは攻撃に回すべきだ!」と騒いでいて、周りのプレイヤー達がうんざりしていた。
桜が絡まれながらも、適度にレーテレテの言葉を受け流し、【幻影仮想コア】の設置場所を決めるところまで話をなんとか進める。あと2分というカウントダウンがいきなり表示され、さすがにそれまで黙っていたプレイヤーも、焦りが出てきて積極的にしゃべりだした。
「コアってそこらに置くわけにはいかないよな!?」
「オブジェクトと重ねられるみたいだよ!」
「地面に埋める?」
「いやでも、プレイヤーが踏んだら光るぞコレっ」
「木の中に入れたら、木に触った瞬間に木が光るー!」
「だからってそこらに放置出来ないだろ!?」
何気なく上を見上げたツカサは、葉に覆われた暗い果樹林の枝先に、和泉と初めて果樹林に入った時のことを思い出してポツリと呟いた。
「……コウモリ」
「あ、ああ……偽装食品屋台の肉」
和泉の相づちを含んだ言葉に、ツカサは吹き出した。
「偽装食品屋台って、和泉さん……!」
「だっ、だって、いくらゲームの中の話でも食べ物系は引きずるよ!」
傍で2人の会話を聞いていた∞わんデンが、「そういえば、普段はモンスターが出る戦闘フィールドだっけ」と確認するように果樹林を見渡し、「あっ」と声を上げてツカサに振り返った。
「ツカサ君。今のコウモリのネタ、言いにいっても良い?」
「居たんですか? えっと、どうぞ……?」
カジュコウモリがいたという情報なんて必要だろうかと、ツカサは首をひねる。
∞わんデンはツカサ達から離れて、中央の集まりに混じった。桜達と何やら話している。遠目にも背の高い山人男性がコアを持って枝にぶら下がるカジュコウモリに手を伸ばす。
すると、「うわっマジか!」とプレイヤー達からどよめきが上がった。
「カジュコウモリの中に【幻影仮想コア】を入れられます。もうこれ以上の隠し場所はないと思うのでここに決定!」
桜が全員に聞こえるように大声で告げる。それまで遠慮していた観戦者達が話し出した。
『設定終わった? こっちの初動はどうする?』
『おー、コウモリの中って天才じゃん。コア探してて、モンスターを倒すだの触ろうだなんて発想にはならないよ絶対』
『生配信偵察。ルゲーティアスのコアはブラヴァレナが直接持ってる。グランドスルトは断崖中央に放置。ただし、キャシーとウィリアムが防御でいる。
ルゲーティアスとグランドスルトの両国、真っ先につぶせるネクロアイギスに突撃予定。ただし別働隊を複数作って、グランドスルトはルゲーティアスの、ルゲーティアスはグランドスルトの空き巣狙いを計画』
「ネクロアイギスへの進軍を、陽動のエサみたいにするのはヤメてくれないか!」
「覇王居ても人数がなぁ……既に俺達は両国に敵と見なされてないよな」
「桜さん、どこ行きます?」
「最初はルゲーティアスに行こうよ。プレイヤーが何人残ってるかわからないけど、NPCユニットは一体だけみたいだし、ひょっとしたらどこかにすこーしだけでも勝機があるかも? だよー」
「グランドスルトに勝って欲しいのう」
「特攻じゃー! 全員ルゲーティアスにGOGO!」
ジリリリリッ! と目覚まし時計に似た機械音が鳴り響く。
《制限時間5分が終了しました。これより自国拠点エリアを解放します》
《ゲームスタート!》
周辺を囲っていた青白い光が消え去り、暗い果樹林の一角へと戻る。そしてルビーとジークの顔にも生気が戻るように表情が蘇った。ルビーはプレイヤー達を見て、顔をほころばせている。
ところがジークはルビーとは逆の方向に顔を向け、とある一点を見つめて不思議そうに告げる。
「妖精がいる」
(え?)
ジークの言葉を聞いた半数のプレイヤーが、バッと瞬時にジークの視線の先を見る。
ツカサはビクッと肩を揺らす。彼らはツカサを見た――いや、正確にはその視線は隣に向けられていたのだ。ツカサが隣を見ようとした時には、既に彼は動き出し、ジークの目の前まで移動していた。
ジークを長剣で斬りつける。
雨月の一撃で倒れたジークは、淡い光になって消えた。
全員がぽかんとその一瞬を見送った。
しばし沈黙がその場を支配する。だが正気に戻った次の瞬間に絶叫した。
「ええええええええぇーッ!!??」
《ネクロアイギス王国の秘匿期間限定クエスト『二重スパイ』が達成されました!
ネクロアイギス王国で、フレンドリーファイアが解禁されます。味方への攻撃が可能になりました。
同時にNPC「パライソ・ホミロ・ゾディサイド」の怒りが、移籍先のネクロアイギス王国と移籍プレイヤーから消え去りました》
《敵国イベントユニット「雨月」が正体を現わしました!》
「プレイヤーをイベントNPC扱いはやめろぉー!!」
誰かが放ったツッコミが木々の間を木霊した。




