第12話 上位スキルの発見と、和泉の決心
ツカサは『使い手のローブ(MND+20)』に装備を変更し、『鳥籠』の扉を開けて中にオオルリを入れる。ふわんと柔らかな光に、鳥籠とツカサ自身が包まれたかと思うと、直ぐに光は消えた。
一緒に鳥籠を覗き込んでいたソフィアが、「これで修理完了だよ」と教えてくれる。
「武器の消耗を修理したら、防具も一緒に直るの」
「こういう感じなんですね」
「簡単だよね。修理アイテムは壊れないから購入さえしておけばオッケーなの」
「ソフィアさん、色々とありがとうございます」
「ソフィアも頼みごとしたもの。それじゃあ、ソフィアはそろそろ行くね」
ソフィアはその場でクルリと回ってドレスの端を軽くつまみ、ツカサに会釈してから身を翻す。しかし足を止め、空を見上げて「んー」と小首を傾げた。
「和泉達も投票したみたいだし……意外と、素直に参考にして投票した子多いのかなぁ?」
「掲示板を参考に、ですか? 多いかもしれないですよね」
「そっかー」
ソフィアは手を振って去って行った。さらりと、個別フレンドチャットが送られてくる。
ソフィア:ギルド長と幹部は国の掲示板が見られないけど、
ただのギルド員は大丈夫だから掲示板に潜伏してるの!
その部下から暗殺組織ギルドが候補に挙げられてるって
聞いてはいたけど、みんな天邪鬼で入れないと思ってたのに
色々と考えないとなの!
こういうリアルタイムイベントに参加出来ないから
暗殺組織ギルドに入ったのに話が違うよー٩(๑`^´๑)۶
じゃあツカサ、またね☆
ソフィアを見送ったツカサは教会の自室へと戻り、ネクロアイギス王国掲示板を覗く。
それから、所属国の攻撃指揮官ユニット・防御指揮官ユニット、自国フィールドの投票のブラウザを出して、ツカサも好きなキャラクターに投票を入れることに決めた。
掲示板で推奨されていた『暗殺組織ギルド長・???』には入れないことにする。
(暗殺組織ギルドの件は、掲示板で知らせる訳にはいかないのかなぁ……。ソフィアさんも、どこまで内部事情をバラして運営に怒られないか案配がわからないみたいだけど)
今のところ、フレンドチャット内で情報が完結していたらお咎めがないようなので、ソフィアも雨月との情報のやり取りで試している感じだろうか。
好きなキャラクターということで、思い入れのある『「1500P」スピネル・ローゼンコフィン・ネクロアイギス(防衛・支援型)、「800P」スピネル・ローゼンコフィン・ネクロアイギス(攻撃型)』と、掲示板を参考に『「200P」ジーク(特殊支援型)』の3人に投票した。
そこでフィールドはポイントが足りないので入れず、残ったポイントで『「70Pフィールドエフェクト」月夜、「50Pフィールドエフェクト」曇り空』に入れた。これが当日どうなるのか、ドキドキする。掲示板で見たジークの逸話にも怖くてドキドキした。
『神鳥獣使いギルド基本教本』を開く。シャン! と鈴の音が鳴った。
《【基本戦闘基板】に【水魔法LV1】(5P)、【同時詠唱LV1】(10P)、【恐怖耐性LV1】(5P)のスキルが出現しました》
スキルを出現させた後は、スキル回路ポイントを5使って【即死耐性LV1】を取った。これで突然戦闘不能になる心配は減り、和泉達に迷惑をかけるリスクも減ったと思う。
傭兵団の共有大倉庫から、雨月とチョコが不要だという二刀流剣士用と召魔術士用の指輪を4つ取り出した。【空中ジャンプ】【幻視デコイ】のスキルが付いたものだ。おっかなびっくりに1つ1000万でマーケットボードに出品する。
自分用に作ろうと思っていたが、1000万という値段になると使うより出品したくなる心理が働いて悩ましい。
次は神鳥獣用のアクセサリーリング作り。いよいよ『彫金秘伝書』のレシピが使える。ツカサの神鳥獣使いのレベルに合わせて、『LV12 神鳥獣リング』を作ろうと意気込んだところ、製作手順や用意するものは指輪とほぼ同じで拍子抜けした。
更に宝石も要らず、銀だけで作れる。完全に指輪の簡易製作版だ。
(装飾もないのは鳥の足につけるリングだからかな。小さ過ぎて見えないところだから……)
『彫金秘伝書』のレシピのものが、むしろ簡単になっているのは微妙に納得出来ない。ネットでリングについて検索すると、【彫刻】スキルで模様がつけられるという記事を見かけた。
『ステータスは上がらない! 意味の無い自己満足の世界への挑戦』
記事は潔く、メリットの無さを説いていた。白魔樹使いの錫杖につけられるリングも模様のない無骨なものらしく、キレイでオシャレなアイテムにするというのが記事の主旨だ。記事を書いた人は、白魔樹使いがメイン職業らしい。
ツカサは単にオオルリにオシャレアイテムがあるならつけたいと思っていただけなのだが、追加装備のリングはヒーラーにとって重要なものらしく、回復のバリエーションを増やすための解放アイテムのくくりだと知った。
そのアイテムに【彫刻】のスキルで模様や柄を刻むことが出来るという。
ただし、どれほど手間をかけて仕上げようとも、ステータスは一切上がらない。HQをNQにするリスクが付くデメリットがあるとのこと。
記事はまず【彫刻】スキルの出現のさせ方を解説していた。最速はスキルブックだそうだ。ツカサはメインストーリーの進行で出現させている。
(そういえば、スキル回路ポイントを使ってまだ覚えてなかったなぁ……。でもポイントが、確か5ポイントも必要で)
□――――――――――――――――――□
スキル回路ポイント〈5〉(B2/C0/P3)
□――――――――――――――――――□
ステータスを見てみると、合計で5ポイントはあった。戦闘職業の2ポイントを使えば覚えられる。生産職業は【彫刻】で、現時点の出現スキルを全部取ったことになるが、戦闘職業の分をこれ以上削っていいものか悩んだ。
(もう彫金師のレベルは上がってもスキル回路ポイントはもらえないから、どこかで戦闘職業分をもらわないと【彫刻】は取れないんだし……よし)
《【特殊生産基板〈透明〉】の【彫刻LV1】を取得しました》
遂に生産職業寄りのヒーラーだと苦笑しながら、【彫刻】スキルを取った。こうやって分岐していくんだなぁと思う。
だが思い悩むこともなくなり、スッキリした。今、やりたいことは彫金師なのだ。
それから銀の指輪と同じ製作で、『LV12 神鳥獣リング』を作る。
気になったので、試しにNQとHQ、そしてHQパーフェクトの3つを作った。《完成品個数+1》の彫金師用ヤニ台の効果で各2つずつになっているので、正確には6つである。
マーケットボードや攻略サイトを見れば作らなくても結果はわかるが、自分で作って知りたかったので見ないでの製作だ。こういう検証みたいな作業は、すごくワクワクする。
『LV12 神鳥獣リングNQ〈【サークルエリア】〉』2個
『LV12 神鳥獣リングHQ〈VIT+1、【サークルエリア】〉』2個
『LV12 神鳥獣リングHQ〈VIT+1、【サークルエリア】〉』2個
3つ目はミニゲームがパーフェクトクリアのHQなのだが、2つ目の多少ミスをしたHQと性能の差はない。
それにNQとHQも大して変わらないとツカサは感じた。人によっては「VIT+1」を重要視するかもしれないが、そこまで突き詰めたプレイをしているのは極一部のプレイヤーだけだろう。
(NQとHQに差が無いのは、やっぱりギルド階級で費やした時間が関わっているからかな)
クエストをたくさんして3万Gも払っているのに、装備の品質で回復魔法をパワーアップ出来ないなんてことになったら、あんまりな話になってしまう。だからNQでも装備出来れば大丈夫なようにされているのではないだろうか。
《【サークルエリア】は地面に特殊なエリアを形成する。地面にエリア設置後、【特殊戦闘基板〈白〉】の魔法をエリアに付与出来る。パーティーメンバー以外にも恩恵がある。制限時間は40秒》
(あ。便利そう。神鳥獣に装備させていると使えるスキルって認識でいいのかな?)
それから、その6つに【彫刻】を施す。1から自分でデザインを考えるものではなく、模様のテンプレートがあり、好きな模様を選んで組み合わせていく形だった。
ツカサはネクロアイギス王国の紋章と同じ、イチジクと草木の組み合わせにする。〝彫刻〟という単語で削っていくイメージを持っていたが、別の銀の板を叩いて打ち出して模様を作ったものをひっつけるなど、付け加えていくものだった。
突然、耳をつんざくような高音の金属音が響く。
「!?」
ガンガンうるさい爆音の金属を打ち鳴らす音に、声にならない悲鳴を上げながらも、バラまかれるト音記号とヘ音記号の重なった瞬間に触れられた。
《パーフェクト!!》
《「◆LV12 神鳥獣リングHQ〈VIT+1、【サークルエリア】〉」を加工しました!》
「え……? 今の、音楽……?」
心臓が嫌な鼓動をバクバクと立てていた。先ほどの、長時間聴き続けると体の具合が悪くなりそうな音の暴力を脳裏で反芻してヒヤッとする。
流石に加工では2つ製作にはならないようだ。「◆」が加工マークである。
つらい音程に耐えながら、6つ全ての加工をし終えた。
その過程で、地味に奇怪なメロディに慣れだしたツカサは、耳がこの音楽に慣れている今しか作りがたいのではないかという妙な強迫観念に駆られて、白魔樹使いの『錫杖リング』も勢いで作った。
更に個数を追加して黙々と作り続けていた時、不意に告げられる。
《称号【名工国宝】を獲得しました》
ツカサは手を止める。それからシステムブラウザを出し、称号の説明を読んだ。『解放装備アクセサリーを30回連続でパーフェクト加工した匠の称号』と解説されている。
(漢字4文字の……難しい称号)
少し前に、神鳥獣使いのスキルに関わる称号として【正道賢人】の取得条件緩和のお知らせがあった。
ツカサはスクッと立ち上がり、生産作業を止めて神鳥獣使いに戻ると自室を出る。
教会の廊下を歩く足取りは軽く、意外と落ち着いていた。さっきまでの製作で、心臓をバクバクとさせすぎた反動がきているのかもしれない。驚き続きの麻痺によって、変な冷静さがあった。
教会の本堂、惑星探査機の石の彫像のご神体の前には何人かプレイヤーがいた。遠慮がちに彼らから離れた場所から【祈り】を捧げる。オオルリが胸を反らして「ピィーリーリー……ジッジ」とキレイな声で鳴いた。
その声に、ツカサの方をプレイヤーが振り向く。離れた意味はなかったかもしれないと思い、気恥ずかしくなった。
《【神鳥獣使い】【祈り】【機械時計】を揃えた状態で、【深海闇ロストダークネス教会の神体】に想いを捧げました。
――スキルレベルと極めし称号【名工国宝】を感知しました。【郭公のさえずり】をダウンロード出来ます。【祈り】と【機械時計】のどちらにダウンロードしますか?》
「え!? あ、あれ!?」
(選択肢があるの!?)
慌てて、思わず全体フレンドチャットを開けてパニック気味に書き込みをした。
ツカサ :祈りと機械時計どっち!?
∞わんデン:はい?
えんどう豆:エ
和泉 :どうしたの?
チョコ :?( ̄・ω・ ̄)
ソフィア :おめでとう~(*╹▽╹*)
でも時計ってソフィアわからないの☆
雨月 :1つで満足するなら【祈り】上書き
2つ目を目指すなら時計
時計のデメリットは装備から時計を外せないこと
ツカサ :ステータス的に時計以外を装備した人より弱くなりますか?
雨月 :なる
それでも上位スキルを2つ持てるようになるのは魅力的だった。実際は称号を得るのが難しく、取れることはなかったとしても可能性を残す方を選ぼうと決める。
《【機械時計】に【郭公のさえずり】を取得させました。
【特殊戦闘基板〈白〉】の【郭公のさえずり】を取得しましたが、【機械時計】に該当する装備品を外した場合、このスキルは消失します。ご注意下さい》
ソフィア :待って その話詳しくして
上位スキルって2つ持てたの!?
雨月 :努力に見合った強さが保証されている
ソフィア :ヤバいの
∞わんデン:察した
持って生まれたプレイヤースキルを努力と表現して
いいものか悩むなーw
えんどう豆:(゜д゜)
ソフィア :上位スキル持ってるソフィアもびっくりだよ
チョコ :上位スキル!( ̄・ω・ ̄)
ソフィア :【断罪のさえずり】
暗殺組織ギルド幹部以上の地位の称号でゲットなの♪
即死デバフ付き全体範囲無属性魔法攻撃だよ
チョコ :強いです
∞わんデン:凶悪
ソフィア :ダンジョンボスなんてどうせ即死耐性あるの
∞わんデン:雑魚戦用か
ツカサ :掲示板に時計のことを書き込んだ方がいいですか?
雨月 :もう知っているはず
∞わんデン:いやいやいや
SNSまとめと攻略サイトのどこにもその情報載ってないw
ソフィア :雨月の常識はまだ常識の域になってないの
えんどう豆:(゜д゜;)
∞わんデン:雨月君とツカサ君は見た目装備欄じゃなくて、
ガチ装備欄の方で何の効果もない懐中時計を装備してたの?
腕輪のアクセサリー装備欄を消費するでしょ
ツカサ :腕輪はしてないです
雨月 :懐中時計を持っているとパライソが変な顔を毎回する
∞わんデン:キミ達どうしてそんなに適当装備で普通以上に遊べてるのwww
チョコ :プラネは結構スキルさえあればどうとでもなります
ソフィア :スキル取得で機能が解放のシステムだよ!
装備やステータスはその補助って感じなの。
解放された機能を本人が扱えるかどうかは別にして、
機能制限されているプレイヤーは解放プレイヤーには
装備の良さだけで勝てないの
∞わんデン:ゲーム始まって直ぐの初期状態って全機能ロック状態?
ソフィア :うん
世界観的にも機械基板のパーツ(スキル)集めて機能修復なの
∞わんデン:想像以上にステータス依存のRPGの系譜じゃなかったw
スキル優先しよう
ソフィア :時計のこと、掲示板にソフィアが書き込むよ?
もう上書きでスキル取っちゃった人に恨まれそうだもの
ツカサ :お願いします
∞わんデン:まぁ、先行の人柱のおかげで後発は助かるもんだ
雨月 :上書きした青色ネームはもう1度【祈り】を
取ればいいじゃないか
ソフィア :え?
∞わんデン:え?
チョコ :え?
えんどう豆:e
ツカサ :良かった、やり直しできるんですね
雨月さんすみません。何度も突然フレンドチャットを
雨月 :困ったことがあるなら、いつでも連絡してくれ
ふとブラウザ越しに、教会の本堂の入り口に和泉が立っているのに気付いた。目が合った和泉は気まずそうなぎこちない笑みを浮かべる。ツカサはチャットを閉じて、和泉の傍へと近寄った。
和泉は所在なさげに床へと視線を向ける。
「あ……えっと……」
「和泉さん」
「ツカサ君、困ってるって、思って……で、でも解決してる、ね。チャットで……」
「お騒がせしました」
ツカサが照れながら笑いかけると、和泉も釣られて相好をくずした。
和泉と一緒に教会の隅の長椅子に座る。
(ちゃんと会って話すのは、久しぶりかもしれない)
ここ数日、互いに金策をしていて、チャットで話してはいたが顔を合わせていなかった。
少し間が空くと、何やら互いの間の距離を測り合うような不可思議な緊張感がただよっていたが、和泉がそんな空気を打破するように口火を切ってくれる。
「上位スキル覚えたんだね。おめでとう……!」
「ありがとうございます。ええっと――……?」
「カッコウ? のさえずりかな?」
「ああ! これ、カッコウって読むんですね! あれ、でもカッコウってそんな逸話あったかな……?」
ツカサは【郭公のさえずり】の説明文に首を傾げた。隣の和泉にもその説明を読み上げる。
「『パーティーメンバーに【不吉の予感】を付与する』ってスキルなんです。【不吉の予感】は『最初の攻撃を完全回避、パーティーメンバーの行動速度の上昇』だそうです」
「要はヘイスト?」
「え……?」
「あ!? その、別の言い方っ」
「い、いえ。僕、他の言い方でもゲーム用語はわからないので大丈夫です」
「そっ……そっか。カッコウで縁起悪いって話は、私も聞いたことないなぁ。むしろカッコウの歌とか音楽でも取り上げられてる有名な鳥だよね」
「他の鳥の巣に卵を産んで子育てしないから不吉? でも他の鳥が食べない毛虫を食べてくれるので良い鳥だと思うんですが」
「うわ、托卵の鳥なんだ……。動物番組の、巣から他の卵を出すえぐい動画観たことあるよ、あの鳥なんだ。他の読み方あるのかも」
和泉はそう言って、ネットで調べ始めた。ツカサと違って手際よく、直ぐに「ホトトギスとも読めるんだって」と教えてくれる。更にホトトギスについて色々と資料を見つけて開いていた。
「えぇっ、ホトトギスってカッコウの一種なんだ……。ツカサ君、江戸時代の俳句に〝郭公〟で〝ホトトギス〟のものがあるよ。カッコウとホトトギスの姿も似ているし、同一視されていて同じ漢字になってるっぽい。うーん、俳句・和歌なら古語辞典を調べようかな?」
「俳句?」
調べものをしている和泉の横顔は生き生きとしていた。ツカサもそんな和泉と一緒にいられてなんだか和む。
「ホトトギスは、昔は不吉な鳥の鳴き声の代表だったみたい。長い間、鳴き声だけの正体不明の鳥だったんだって。夜に鳴く声が人の叫び声に聞こえて、不幸を予告する声だとか、死者の魂をあの世に導くとかなんとか」
「じゃあこのスキル名、【〝ホトトギス〟のさえずり】って読むのが正しいんですね」
「たぶん、そう」
「和泉さん、すごいです」
「すごいのは電子辞書だよ!」
いつの間にか、最初にあった緊張感もすっかり吹き飛んでいた。
和泉に、彫金の売れ行きが良かったら目標額に届くだろうという話をしたら、自分のことのように喜んでくれる。しかし、和泉はハウジングについて何か悩んでいるようだった。
「私も、ハウジング領地の優先購入権をもらったんだ」
「そうだったんですか! おめでとうございます」
「へへ。……でも傭兵団で購入出来るなら、私は個人的にもらう必要なんてないから無駄になっちゃうよね。防衛クエをした時は、折角のイベントだからって頑張って参加したんだけど……でも他の人に譲った方が良かったのかな……」
「和泉さん」
「あんまりこういう……人のことを気にし過ぎて考えるのって向いてない……よね、オンラインゲーム」
和泉は笑っていたが、落ち込んでいるようだった。
「僕もあまり向いてないです……」
「ううん。ツカサ君はすごいよ! 私よりしっかりしてるし、彫金も器用にこなすし」
「そんなことないです。失敗ばかりです。――とにかく商才は全然ありません!」
きっぱりと自信を持って断言すると、和泉はぽかんとした後、肩を揺らして笑い出した。
「マーケットボードの適正価格がいまいちわかってなくて」
「わんデンさんに相談は?」
「僕、わんデンさんよりこのゲームは先輩なのが、そのちょっと……」
「ツカサ君でもそんな風に思ったりするんだ」
「はい、ちょっとくやしいです。でもゲーム歴が長いわんデンさんに追い越されるのも、当たり前なのはわかってるんです」
「その気持ちわかる。私も、面白いって薦めたゲームを兄が自分より先にクリアしてるとムカッとするし。
マケボなら、私も弱いなぁ……。どうしても『こんな高値じゃ買う人がつらい!』なんて変な正義感が出ちゃって、ついつい最安値で素材並べてその価格帯を維持しようとしばらく並べ続けて頑張っちゃうんだよね」
「和泉さんも利益は二の次って感じなんですね」
「うん。そうやって、この素材は私の商売品ってものがあるよ。チョコちゃんも、利益度外視の職人さんだよね。自分が作りたいものを余分に作って、余った分をマケボに置いているみたいだし。
結構、中間素材の値段を気にせずに完成品の値段をつけてる生産職の人って多い。素材の値段より完成品の方が安い現象、たまに見かけるからありがたく買わせてもらってるんだ」
「お得ですね」
「作ってる人には申し訳ないけど、安く手に入ると嬉しいよね」
うきうきと楽しそうに話す和泉の顔からは、『プラネット イントルーダー・オリジン』が好きな気持ちが溢れていた。
「――和泉さん。僕、色んな人からゲームだけじゃなくて現実でも遠慮なく失敗しろって言われてるんです」
「失敗……」
「和泉さんも、やりたいことは思いきってやって、一緒に失敗しませんか?」
その言葉に、和泉は呆けたようにツカサを見つめ、それからゆっくりと頷いた。
「うん……うん。私、勇気を出して言いたいこと、やりたいこと、たくさんある。怖いけど……失敗してみるよ!」
「はい!」
「ツカサ君、この戦争が終わったら私……色々ゲームでやってみるね。他にも古巣の動画配信から……今度は1からひとりでやってみる!」
そこでピタリと勢い込んでいた和泉の動きが止まり、突然顔を真っ赤にして震えだした。
「私……今、フラグを立てる発言を!」
「ふらぐ?」
「つ、ツカサ君は気にしないで! うわああっ恥ずかしい……!」
和泉が顔を覆ったその時、アナウンスがあった。
《ベータ版登録者へのお知らせ。
ベータから一定期間が経過しました。この間、PK行為及び運営からの警告などがなかったプレイヤーの赤色ネーム化を解除致します。また、ネームの色が変更後の数日間は、まだ赤色ネームの扱いとなります。ご注意下さい》
「あ」
「わっ、ブラディス事件の緩和きた」
5.5ブラディス事件でやむを得ずPKをし、その後PKには関わっていないプレイヤーの人達が、これで一旦青色か紫色になれるようだ。「戦争イベント中ってブロックリストと赤色ネームの扱い、どうなるんだろうね」という和泉の疑問に、ツカサも想像がつかず首を傾げた。
その日はログアウト前に、ソフィアとの明星杖の値段の会話を思い出して、一応スキルがついているので『◆LV12 神鳥獣リングHQ』『◆LV17 錫杖リングHQ』全23個を1つ300万Gでマーケットボードに並べた。
リングに関しては、模様とVIT+1程度しかHQの良さはないので、買う人はいないだろうなぁと思いながらも並べている。最終的に50万Gにした辺りが、丁度良い値段だと考えていた。
次の日、ドキドキしながら覗いたマーケットボードは、やはり1000万Gの指輪は売れていなかった。
しかし意外にも、300万Gの『◆LV17 錫杖リングHQ』が6つ売れていてびっくりする。その日はしばらく値段をそのままで保留にすることを決め、素材集めに奔走した。
それから2、3日は全く動きがなく、そろそろ値段を下げていこうと考えていた30日の夜、1000万Gの指輪4つが突然売れた。
更に『◆LV12 神鳥獣リングHQ』が3つ、『◆LV17 錫杖リングHQ』6つ――白魔樹使いの物はこの6つで全て売り切れる。
(う、嬉しいけど、どうして突然売れたんだろう!?)
また掲示板に晒されているのかと不安になった。もし【彫刻】でのセンスについて笑われていたらつらいと思い、掲示板を覗くのが怖くて、目を通しているらしい∞わんデンに尋ねたら、「話題以前に、イベント前に装備整えてる奴が多いんだよ。今、すごくマケボ動いてるよ」と教えられて、ひとまずほっと安心した。
そして冷静になると、売り上げ8500万Gの金額に対して目標達成の喜びも湧かず、ひたすら戸惑った。降って湧いた大金の数字に、実感がまるで湧かない。
(喜んで……いいのかな……? わんデンさんに借金しないで済んだんだから)
こうして、ふわふわした心地で、ツカサは5月31日を迎えた。
――ただ、夢見心地でいられたのは、ネクロアイギス王国側の待機場所に移動させられ、頭を抱える自軍プレイヤーの姿を見るまでだったが。




