第5話 製作者・正木洋介とVRMO『リザルト:リターン』の関係
「おや、それは征司君のタブレット?」
「学校の貸し出しです。受験するのに参考になる資料や電子書籍を、先生が入れてくれてます」
征司は「受験」という単語にまだ慣れず、照れくさくて恥ずかしそうに言う。
そんな征司の言葉に対して、滋は微笑ましげに相づちを打っていた。
今日の滋も、やる気があるのだかないのだか不明なだらけた様子で、ゲーミングチェアに座ってコンビニのレジにいる。
「問題集は紙?」
「はい。プリントやテキストは前にいっぱいもらいました。だからノートを余分に買いに来ました」
「アナログじゃないと覚えにくいの、なんでだろうね」
「同じようにペンシルを持って画面で書いても、僕も明らかにデジタルだと覚えにくくて……不思議です」
「俺もアナログ筆記派。同じ受験先のペーパーレスの奴にさ『古くさい覚え方。紙の無駄じゃん』ってよく煽られたけど、そいつが不合格だった時は変に気まずかった記憶あるなぁ」
『通信教育を拒否して山村から出るんですか、やっぱり。人間はそうなりますよね』
ちょうど、隣の郵便局からコンビニに入ってきた宮本サンが征司を見ながら会話に入ってきた。
『学校に通うなんて非効率ですのに、いつまで経っても人間は通信教育を主流にはしませんね』
「実際に経験すること、教室での集団生活が重要だって考えは消えないし、学歴って権威も全然社会から無くならないからね。ステータスは偉大なり」
『人間は価値観をアップデートせずに、次世代に引き継ぐから困ります』
「因習は美徳なのさ」
肩をすくめる滋に、宮本サンは『人間は皆、メカですね』と呆れたように呟いて郵便物を確認し、征司に頭を下げてコンビニから出ていった。
滋は宮本サンが去った方向を見ながら頬杖をつき、ニヤリと口角を上げる。
「だから、アンドロイドと人間は仲良くいられるのさ。科学的には人間という労働力はいらないのに、俺という労働力がいる矛盾だよ。因習万歳」
「どういうことですか?」
「征司君だっていつもVR機器に尋ねられてるでしょ。『電源をつけますか?』『電源を切りますか?』そして征司君が『はい』か『いいえ』を選べる。
AIにもアンドロイドにも結局のところ人間並みの決定権はないからね。子供が親を選べずに、その環境で育つように、人間から生まれた機械達も、人間の古い因習に従順に縛られているのさ」
滋は「ああ、そうだった」と言って、レジ台にもたれていた身体を起こす。
「プラネでお兄さん面したばっかりで悪いんだけど、2日ぐらい離れます。実況の依頼来てさ。動画撮るのにちょい集中しようかと。でもなんか問題あったら何時でも連絡して」
「はい。カードゲームの依頼ですか?」
「うんにゃ、まさかのネトゲ。悩んだけど単発でってことで受けた。俺って今じゃカードゲームの人間なのにねぇ。プラネの影響ですかね。それにしたって反応お早いけど」
「オンラインゲームに2日だけで良いんですか?」
「さわりだけになるかな。まぁ、プラネみたいに実際にやってみないと分からない良さはあるだろうし、今どんな環境になってるのか、見てくるのも有りだと思って」
(今?)
「ひょっとして、滋さんが昔プレイしたことがあるゲーム……?」
「そうだよ。クライアント側は知らないだろうけど」
滋は苦笑をこぼす。
「初期引退勢は、直帰民だって名乗らないからさ。昔の直帰と、今の直帰はゲームシステムが完全に別物だからしょうがないね」
「直帰――……あ。VRMO『リザルト:リターン』!」
「そそ。まだ動画投稿前だから依頼云々のお話もここだけの内緒です」
「滋さんが前に遊んでいたオンラインゲームってそれだったんですか?」
「いや、征司君に話してたのは海外のMMO『マジックエレメントワールド』。4年も遊んですっっっごい思い入れある作品だけども、残念ながら随分前にサービス終了してる」
滋はそのゲームを思い出してか、重い溜息を吐いた。
「サービス終了後にねぇ、俺も難民化して色々と渡り歩いた訳ですよ。その1つがちょうどその時に始まったばかりだった直帰。FPSにロールとレベルとパーク制をつっこんだMOで、なかなかのカオスさだった」
滋の言う〝パーク〟とは、線で繋がったスキル・ツリーから獲得していく能力のことで、〝スキル〟と同じものだそうだ。
思い出を語りながら顔をほころばせる滋に、征司も笑顔になる。
「面白いゲームなんですね」
「うん、面白かったよ。ただ俺は、直帰がきっかけで本格的なFPSに興味が出て直ぐに辞めちゃったけど。
特に初期の直帰で無茶苦茶だったのがヒーラー。味方の回復が銃でパーティーメンバーを撃つって形で、全体回復が地雷を設置して足下を爆発させるってものだったんだよね」
「えっ……、それは大丈夫なんですか……?」
「フレンドリーファイアは無い仕様だから、ダメージは0。でも攻撃受けた際の反動があったから、回復力より攻撃威力を上げるパーク取りまくって、どこまで味方を空に吹っ飛ばせるかに命かけてたヒーラー側と、ヒーラーの遊びにブチ切れたタンカーとアタッカーがよく揉めてたなぁ。
ま、今の直帰はそんな遊びが出来たパーク制とレベル制が廃止されて、装備更新がレベル代わりのゲームシステムに変更されたんだけどね。俺は好きなシステムじゃ無いけど、その後に人口も増えて支持されているみたいだし、ゲームシステム変更は英断だったんじゃない?」
「装備がレベル?」
「プラネやってるとピンとこないかもしれないけど、結構主流なんだよね、装備が強さになっているのって。狩りゲー系だと特に課金装備が売りやすいし」
「そうなんですか」
「逆にプラネの、プレイヤーにスキルポイントを使わせて自由にスキルを取らせるゲームシステムはオフゲー向き。VR抜きにしてもMMOではマイナーになってるかな。昔は多かった時期もあったけど、ことごとくサービス終了しているし……。
他のMMOはレベルを上げると、自動でその職業のスキルを覚える形になっているよ。便利で遊びやすいけど、スキルで個性は出なくなったね」
「『プラネット イントルーダー・オリジン』のゲームシステムは、滋さんから見てどうですか? 面白いですか?」
「ゲームシステムはレトロ極めてるなぁという印象かな。良い言い方すると、プレイヤーの個性が出るようにロマン詰め込んでる感じ。悪く言えば、プレイヤーに個性を出させることを節々で強要して折角の自由度を歪めてる感がある。直帰初期組の俺としては懐かしくて好――」
ふと、滋が真顔になって言葉を止めた。
「滋さん?」
「架空惑星のサバイバルMO」
「え?」
「いや、直帰もSFモチーフだったなと思って。しかも遭難者による資源開拓系のシナリオ。今はどうなってるか知らないけど、初期はそれ1本だった」
「惑星の……開拓?」
「あれ。プラネの製作者って正木……なんて言ったっけ」
「お名前は正木洋介さんです」
「正木洋介か。ありがとう」
滋は征司にも見えるように、拡張現実ブラウザを開いて『正木洋介』を調べた。
真っ先に出て来たのは、前に征司も見たオンライン百科事典のページだ。
□■□ 正木洋介□■□
日本のインディーズゲームクリエーター。
19歳で大手PCゲームストアにて、惑星開拓シミュレーション『プラネットダイアリー』の有料体験版を配信。この続きを作るためと称し、クラウドファンディングで支援金を募る。
その翌々年、クラウドファンディングの資金によって製作した、独自のオンラインゲーム製作補助AIと運営用AIを公開。同時にVR『プラネット イントルーダー・オンライン(仮称)』を発表するが、「私達はこのゲームが遊びたいんじゃない。話が違う」と激怒した国内及び海外支援者達と揉め、物議を醸す。後日支援者達とは和解し、訴訟には発展していない。
後に、名称を『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』に変更。有料オープンベータのダウンロード販売を開始。有料のため、長期2ヶ月のベータ期間を設けた。
しかしベータ開始1ヶ月の後に、ゲーム内にて「*5.5ブラディス事件」が発生。この時のPK映像がSNSや動画配信サイトにて拡散。多くのユーザーが離れ、ベータ期間が1年続く。
現在、PKを下方修正した正式版VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』を配信販売中。
□■□(オンライン百科事典より出典)□■□
(あっ、最後の方の文章が変わってる)
「生年月日書いてないのか……。でも総合掲示板で今24歳だって出てたっけ。なるほどー」
滋はニヤニヤしながら、画面を指で弾く。
「元・直帰プレイヤーかい? 影響受けてるねぇ。いや、わざとか。わざと寄せたのかコレ」
「正木洋介さんは『リザルト:リターン』のプレイヤーなんですか?」
「多分、そうじゃないかなって想像。直帰のパーク制が無くなったのって4年前なんだよ。この百科事典の情報を信用するなら、クラウドファンディングで資金集めをしていた頃にパーク制の廃止があった。それでそれから1年後に、突然オンラインゲームを作るって発表しているんだよね。……あっ」
検索で出て来た2年前の動画が滋の目に留まり、そのタイトルに腹を抱えて笑い出した。
動画のサムネ画像は何かのイベント会場を背景に、正木洋介らしい青年と中年の男性が白い椅子に座って向かい合ってトークをしているものなのだが、動画のタイトルは――
『ゴリラVSハシビロコウ ファイッ!』
「動物動画……?」
「ヤメテ征司君っ! アッハハハ! 苦しいっヤバい……!」
滋はタイトルがツボにはまってしまい、撃沈してしまった。




